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書庫【資料】キャッチフレーズ辞典

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さて、今回の「キャッチフレーズ辞典」は、新年度に入って颯爽とご登場なすったあのお方の実妹さま…そう石野家三姉妹のド真ん中!そそっ、石野陽子(現:いしのようこ)さんにご登場いただくことにしましたの。

陽子さんの歌手デビュー日は1985年4月25日。お姉さまのソレから遅れること約7年後のこと。お姉さまはアイドル歌手として、そして女優としてもご活躍されていたことから、その実妹である陽子さんには歌手デビュー前から熱視線がビンビンに集まったもの。

こんな状況だから歌手としてデビューする前からひっぱりダコの陽子さん。欽ちゃん(萩本欽一さん)番組内(「欽ちゃんのどこまでやるの!?」)のぷちドラマで主役を演じ、得意のフィギュアスケートで視聴者を魅了!それこそ歌手デビュー前の前宣伝はバッチリコンコンでゴザイマシタよね。それこそあの時代の欽ちゃんと言えば視聴率キングとして名を馳せた方であるからして…そんな彼の番組にいきなり出してもらえるというのは「もったいのうございます」と言わんばかりの好待遇。もちろんお姉さまから一身に受けられた威光のおかげもあったとは思うけれど。

そんな陽子さんが歌手としてデビューする際のキャッチフレーズが…

スキップ・エンジェル

コレだったのでありまする。デビュー時に使用された販促ブツに目を通してみると、どうやらカナとアルファベット両方の表記タイプが存在した模様。ちなみにアルファベットの場合は「SKIPPIN ANGEL FOR GREEN AGE」と記されている。英語でGREEN AGEは青春を意味するので、あえて和訳するのならば「青春の跳び歩き天使」ってことでよいのかしらん、ナゾ。(笑)

でもってコレを補足すべく存在したとおぼしきサブキャッチにも目を向けてみましょう!

スキップが好き、ベジタブルが好き、ヘルシーが好き、太陽が好き……陽子、17才

なんだかどこぞの食料品売り場で‘風にはためくノッポの’ノボリでお見かけするようなお言葉群がズラリンコンで滝汗。お野菜がスキ〜!なんてプロフィールのどこにも書いてないようだけんど?

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オリコン紙面、見開きいっぱいに掲載されたプロモ広告。髪を下ろした陽子さんは真子さんにクリソツ〜な雰囲気。胸元にリボンはこの頃アイドルの必須アイテム。3つ星デビューと書いてある。↑のサブキャッチやプロフィール、キャンペーンの予定でギッシリコンコンの裏面。撮影は篠山紀信氏。名前ロゴは非ヘボン式?水玉リボンをあしらったポップンロール風味が炸裂!

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アイドル界初?ビデオゲームとのタイアップ。モチーフとBGMに陽子さんのデビュー曲が使用された。陽子さんも「ごっきげん!」だったご様子オールディーズをコンセプトにして製作された1stアルバム「Boys & Girls」。デビュー曲よりもいい曲が目白押しともっぱらの評判?

さて、陽子さんのビジュアルは…

●ハーフっぽい色素薄な可愛いお顔立ち
●ポニーテールの髪型

こんな感じ。さてはこれらの要素だけで彼女をロカビリーの世界へと大突進させるに至ったのか、ナゾ。そして用意されたデビュー曲が…

●「テディーボーイ・ブルース」

売野雅勇&芹澤廣明コンビの作品で「チェッカーズの恩恵あずかるわ臭」がムンムン。しかしこのデビュー曲…どう聴いても陽子さんには合ってないような気がするのはワタクシメだけ?ご本人さまが最近になってお答えになられたインタブーでも「歌は本当にイヤだった」とキッパリの後悔0モード。まぁ、歌番組でのお披露目時にはロカビリーツイストのリズムにまったくもって乗り切れず、おどおどするはキョどりまくるはで…陽子さんの歌イヤ人生はこの時点で決定づけられてしまったのカモしれませぬ。陽子さん所属の徳間ジャパンにはザ・ヴィーナスというそのテの世界における先輩もいらっしゃったようだけど、ポニーテールと言えば=このテの路線という発想オンリーの社だったのかしらん、ナゾ。でもなんだかんだ言っても...

♪チェックのシャツが風にはためくノッポのテディ〜ボ〜イ

ノッポってのもいまどきナンだけどサ...クセになるからコレ「好きよ」。(笑)

公表されていたプロフィールには「リセ風の服がスキっ」って書いてあるのに〜用意された衣装は大胆格子柄のスカート+真緑のカーディガンをコーディネートしたテディーガール風!とキたもんだ。陽子さんが欲しておられたソレとは大きくかけ離れていたご様子。でもってそのカーディガンがこれまたねぇ…。肩部分でぬいドメされていたソレに腕を通すべきなのか否か…サッパリコンコンナゾなるデザインだったりで。腕をお通しにならないとご決断?されたとおぼしき陽子さんには、いっつも余分なお腕がブランブラン...でゴザイマシタよね。

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ダイタン格子柄をあしらったスカート肩のトコロでぬいドメのカーディガン余分なお腕がブランブランの図

神戸育ちという地の利を活かしきり、リセ風でデビューしたかったとおぼしき陽子さんにとったら…

♪Oh!ダーリン 涙涙 街の歌も泣いてたね

「陽子の歌も泣いてたね〜」←余計なお世話なのねっ、プンプン!
イヤなお歌からはさっさと足を洗いましたのよ。でもってその後はコメディーを経て存在感のある素敵な女優サンへとご変貌済!もちろん今でも現役続行中なのでありまする。

♪青いまなざし気を許せない アウトローだわ

今後もワタクシどもをケムに巻くよな大暴れ!そんな気を許せない未来のご活躍を祈念しながら、今回の「キャッチフレーズ辞典」はこれにておヒラきとさせていただきまする。

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さてさて…日本へのお里帰りなどにより、ちょっとばかり更新期間が空いてしまった『キャッチフレーズ辞典』。他記事でもご報告させて頂いたとおり…日本滞在中は当ブログの『ぷちオフ会』や個人的な旅行も含めて楽しいことのてんこもり。滞在していた期間中、ワタクシメのお顔はまさに満面の笑み!そう、ソレは顔面全体を微笑が覆い尽くしていた…という意味になるのでありまする。

そんなこんなで今回の『キャッチフレーズ辞典』はこの「微笑」にカコつけてさせていただきこのお方をご紹介。ってあまりの強引な書き出しに「微笑」どころか「嘲笑」モノかしらん、ナゾ。なんせこの書庫で書く記事はサッパリコンコンがモットーなモノで…字数都合もあるからさっさとイカなきゃならんのよ。(笑)

「微笑」と言えば…昭和に存在したエッティな記事満載の女性誌?いえいえ、違いますがな。

小泉今日子さん

アイドルではこの方に他ならないのでゴザイマス。キョンキョンと言えば10月に発売されたとある雑誌のインタブーにて、高橋美枝チャンの『ひとりぼっちは嫌い』や同期アイドル歌手だった川島恵さんの『ミスター不思議』などがお気に入り!と堂々宣言!昭和歌謡マニアを大喜びさせたのもキオクに新しいトコロでもあるか。この方がデビューした際のキャッチフレーズが…

微笑少女(びしょうじょ)

だったのでありまする。サブキャッチとして...

君の笑顔が好きだ

なんてのも付随していた模様。

コレラ以外にも…う〜ん、うるおぼえで恐縮なのだけど「3月21日、すずらんのような微笑少女(びしょうじょ)が花束をたずさえてやってくる」?こんな感じのロングバージョンものがどこかの音楽祭で歌前紹介コメとして使用されていたようなキオクもあるのだが…。あまり使われなかった理由が分からないので今となっては‘迷宮’入りと言えようか。(笑)

微笑と言っても…キョンキョンって『スタ誕』オーディションや決戦大会では特にソレらしい微笑は見せていたかしらねぇ?ってのが大方の印象のはず。それこそぷちヤンキー風情で満載のお姉ちゃんが度胸だめしで出場しちゃったの?といった風貌でゴザイマシタものね。(笑)

しかしソレが大きく軌道修正?され、アイドルデビューにあたりコジつけられるようにして盛んに宣伝されたのが「微笑」をモチーフにした戦略だった模様。おそらくコレは彼女が所属することになった事務所(バーニング)の先輩アイドル(石野真子さん)にあやかったモノなのかと。真子さんのキャッチフレーズは「100万ドルの微笑」でゴザイマシタものね。事務所的には結婚・引退することになったドル箱アイドルの後ガマ製造を、是が非でも決行する必要があった…ということなのかと。どこぞのプロダクションはこれでもか!とばかりに百恵さんにこだわりまくったけれど、似たようなトコロがここにもあったようでゴザイマス。(笑)

それにしてもキョンキョンのデビュー戦略は非常にユニークである。なぜならデビュー告知用の販促広告に本人の顔写真は一切合財登場しないからである。どれもこれもが少女まんが風イラストづくし。
イメージ 21982年のお正月号(『オリコン』)に、キョンキョンのプロモ用として初登場した販促広告。あけおめ、もとい「A Happy New Face」なんて遊びココロ満載の文字も見える。この時点では白と黒の二色ズリ
イメージ 3デビュー日が徐々に迫る頃のパターン。それでもまだ顔面の公開は一切合財なく、少女まんが風イラストのみで押し切っていた様子。↑の2パターンのイラストに加えて花束をかかえる少女の図も追加+ちょっとしたプロフィールも記載。ここからは気合を入れたのかカラーによる入稿
イメージ 43月に入りようやくナマ顔がご登場と相成った模様。それでもまだ2箇所にイラストが挿入されている。↑のイラスト風美少女を期待しまくっていた人にとってはちょっと違ったか...?それでも16才のフツーの女の子らしいナチュラルな可愛らしさであふれかえるキョンキョン
今になって思えばこの戦略は正しかったのか否か…よく分からないところでもある。それにしても本人不在でイラスト先行って戦略は…浅香唯チャンも少女まんが絡みでのデビューだったけれど、最初っから実際の顔面は出ておりましたものね。

それにしてもコンセプトに基づいて作成されたとおぼしきこのイラスト…似てるのか似てないのか、なんだかよく分からないのが正直なトコロ。内部事情はよく分からないのだが…実際のご本体お披露目までの期間ってのは一体?もしかしてこのイラストどおりの少女に変身すべくの?いわば(色々な意味での)お直し期間だったのかしらん、ナゾ。
イメージ 5メインのほほづえイラストの他にも3種類が存在

それでもまぶしいくらいのピンク色ミニ&ふくらみ袖のドレスで、デビュー曲『私の16才』を唄う彼女は…うん、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! かなりイメージに近づいたかぁ?とおぼしき風貌へ大変身を遂げたのである!
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イラストのイメージを損なわないようデザインされたとおぼしき衣装。ふくらみ袖が実に女の子らしい。新人としては待遇バツグン!最初から3着が用意されていた。1着しか作ってもらえず、ソレが全く意に沿わないモノだった中森明菜さんがうらやましがっていたという逸話も今や語り草か

まぁ、後日談としてご本人的にはこういうのはイヤでイヤでたまらなかったとおっしゃっていたけれども。ワタクシメ的には『キミに決定!』とばかりの、直球ド真ん中ドキューンだったんだけど。そう言えば、雑誌やなんかでお盛んに「真子さんがあこがれ」ってお話されていたのも...ヤラセ?♪ヒロシ〜の渡辺桂子さんの常套句だった「目標は先輩の柏原芳恵さんです」ほどわざとらしくはなかったけれどもネ。(笑)

ちなみにこのイラストを描かれたのは当時の人気まんが家、大山和栄さん。なんと浅香唯ちゃんがデビューするきっかけとなったまんが『シューティングスター』も彼女の作品とのこと。しかし、残念なことにすでに故人になられているからして…このイラスト作成にあたる当時のエピをお伺いすることはもうできないということになる。ガ〜ン!

♪今日も〜紅いリラの花〜髪に〜さして〜

♪まぁ〜つぅ〜のぉおお〜
↑↑【歌唱レッスン】「ココはネバっこくねっ」↑↑

待っていてもムダですがな…もうこの世にいらっしゃらないのだもの。

♪もう胸が〜パンクしちゃいそう〜

こちらとはまた違った意味で胸がパンクしちゃいそうですがな、もう。

『私の44才』にこんな悲しい事実を知らされるなんてね!涙がダダ洩れしてきたから、今日はここら辺りでおしまいとさせて頂きまする。。。(泣っ)

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さて、えっちらおっちら?第6回目を迎えることができました『キャッチフレーズ辞典』。今回の主役はこの方…荻野目洋子さんでゴザイマス。

この書庫は前記事とのおつながりは特に考慮せずの、思いつき人選なるもので進行させて頂いているものの...ふむふむ。むりくりにコジつけるとすれば、本格的な歌手デビュー前、前夜でのご活動によりすでにある程度の知名度もお持ちだったってこと?になるのかしらん。

オギノメちゃんと言えば…この方も「ちびっこ歌まね」系のご出身。ワタクシメの脳内キオクによれば、山口百恵さんの「プレイバックPart2」がお子様時代のオハコだったかと。でもって、番組内では威風堂々たる歌唱が実にスバラシかったもの。たしか出だしのカマエっぷりがものスゴく板についてらっしゃり、司会者のど肝を抜きまくっておられましたっけ。

そんな彼女における歌手としての最初の出発点はココ。

イメージ 1ミルクとしてのデビュー曲「ザ・あれからいちねん」は1979年発売。キャンディーズトリビュートとしての企画モノ
イメージ 21980年の夏休み限定で活動した際の曲「リトル・キッス」はノリノリ&ゴキゲンなナンバー。湯川れい子さん作詞の過激な歌詞がド肝を抜く!
イメージ 3ミルクとして歌番組に出た際の、晴れ姿3人ムスメ参上!

そう…まだあどけない少女3人で組んだミルクというユニット。ミミ、ルミ、クミってことでミルクということらしいけど、荻野目洋子って名前のどこからどうなってそういうニックネームが付けられたのかは一切合財のナゾ…だったりもする。このユニットは低年齢の少女3人によるものということで、活動期間はおもに1980年の夏休み限定。結局のところ、企画盤を含めて2枚のシングルのみでその活動を終えたのである。

その後のオギノメちゃんはアニメ「みゆき」の主人公役をゲットし声優としてデビュー!という恵まれっぷり。でもって遂には1984年4月3日に「未来航海-Sailing-」という曲でソロデビュー!と相成ったのでゴザイマス。その際のキャッチフレーズが…

ハートは、まっすぐ。

コレなんどす。よくこれら句読点を抜かして表記しているサイトもチラホラあるようだけれど、ハートはの後には「、」が、まっすぐの後には「。」が付くのが正しいソレでゴザイマス。

ミルク時代は長い黒髪がトレードマーク。そこから5年経過した1984年のソロデビュー後にはショートカットへとご変貌。

イメージ 4ミルク時代の長髪オギノメちゃん
イメージ 5アニメ「みゆき」で声優として活躍中の頃
イメージ 6「未来航海」でデビューしたばかりの頃。まだイメージが固まりきれてない感じ
イメージ 7なかなか売れずアタシに足りないのはナニ?と悩んでいた頃

聖子ちゃんカット全盛時代のアイドル王国において異彩を放ちまくる‘一兵卒’のよう。って…「国民の生活が第一」の党首みたくお古いお言葉使いね、アンタ。(笑)ソレはさておき、こうしてどんどん髪が短くなるオギノメちゃんは…

♪今夜だけでも シンデレラボーイ

といった、ハートまっすぐの少年風!

イメージ 8デビュー時に使われていたイラストキャラ。どう見ても「あしたのナオコちゃん」

デビューから数年はそういうところと楽曲戦略の歯車がいまひとつかみ合わなかったのか?歌手としてベストテン入りを果たすまでにはちょいとのお時間を要したものでゴザイマシタよね。

これにプラスしてデビュー曲も…

♪センチメンタルなサマブルセイリングなつはびみょうにドラマ

っと…ここまで息継ぎするヒマもないほどのまっすぐっぷり。それこそ元気過剰気味な少年が息も切らさず丘から駈けおりてくるみたいな風情か。(笑)

そういう意味でも「ハートは、まっすぐ。」というキャッチフレーズはオギノメちゃんの雰囲気にお誂え向き?だったと言えようか。しかも…

「レコード盤は自分の声が刻み込まれ買ってくれる人は何回もそれを聴く。だから、最高だと思えるものを刻まないと申し訳ないと思う。」

コレはご本人さまの弁だそうで、こんなトコロもまさしく…

ハートは、まっすぐ。

カッコEじゃないですか…ホレたぜ!乾杯。(笑)

中途ハンパが大キライ!オギノメちゃんがなぜかエントリーできなかった「第10回 日本テレビ音楽祭・新人賞ノミネート」でこんな風に紹介されていたのは、東芝のファーストレディーこと辻沢杏子さんでゴザイマシタよね〜ってなんなのよ、コレ。ネタが小さすぎて誰も反応しやしない。(笑)なにはともあれ...オギノメちゃんだってそれに負けんばかり?かなり実直でまっすぐだったようでゴザイマスね。

そんなこんなで今回の『キャッチフレーズ辞典』はこれにてお・し・ま・い。

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さてさて、好評なのかなんなのかよくわからないうちに第5回目を迎えることと相成りました「キャッチフレーズ辞典」。評判はどうあれ、ひとまずは続けさせていただきまする。(笑)

今回は前回の方とは特に脈略もなく…単に「この方にしようかしらん?」という思いつきで進めさせて頂きたいと。(笑)このブログを長きに渡りご愛顧してくだすってるロイヤルなご訪問者さまならば、筆者の気まぐれや錯乱気味の思いつき行動にはそろそろお慣れになってきた頃かと^^;。まぁ、しいて言えば前回の方とのおつながりは…これまたカタカナかも?なんといっても今回の方は…

パンジー

なるユニットに所属していた方でもゴザイマシタので。

パンジーと言えば、モデル事務所のオスカーよりアイドル業界に殴りこみをかけた3人娘。その内のおひとりが今回の当記事の主役!北原佐和子さん…なのでゴザイマス。

佐和子さんは同ユニットの中でもイチバン人気!そのお人形さんみたいなお顔立ちで瞬く間にお茶の間の人気者に!そしてデビュー早々にしてハウス社「フルーチェ」のイメキャラにも抜てきされるというご経歴もお持ちのお方なの。まさにアイドル歌手として順風満帆なスタートを切られていたのでありまする。

そんな彼女のキャッチフレーズは…

「さわやか恋人一年生」

コレでゴザイマス。

まぁ!なんて理想的なんざんしょ!これこそザ・アイドル!かわいこチャン歌手のデビューには相応しすぎるほどのソレ。

しかも彼女の売出しにはこの「さわやか」ってのに執拗にこだわったご様子。コレはおそらくお名前である佐和子(さわこ)に絡めたモノだったとも思われるのだが、この「さわやか」をクローズアップさせるべく、デビュー曲「マイ・ボーイフレンド」のレコジャケも、レコード盤面も、デビューアルバムのレコジャケも、そしてそれらで着用されたお召し物までもが「さわやか」を連想させる黄色。

しかもデビュー盤に至っては…

レモン

そう、これこそが「さわやか」の象徴!コレが佐和子さんの手中にムギュっと握られてるの。もうこれ以上の「さわやか」演出なんて…当時存在したのかしらん?と思わせんばかりの黄色っぷり。コレはパンジーの花の色を3人娘に宛がって…という方向性もあったのか、ナゾ。

イメージ 2デビュー曲はカラーレコード!目の覚めるようなレモンイエローを採用
イメージ 3ファーストアルバム「ときめき」でも黄色背景とお召し物でキメこむ佐和子さん
イメージ 4デビュー曲プロモ盤だけはなぜか赤色。二色刷りお徳用印刷のため黄色は不使用?単に文字が読みづらくなるという理由も?
イメージ 5デビュー時のロゴマークはレモンではなくリンゴをモチーフに

他同期アイドルと比較してもちょっぴりお姉さまだった佐和子さん。その弱み(?)をカバーすべく黄色をお上手に大活用&本来からのお人形顔効果により、他同期の女子と比較してもまったく遜色ない見た目になっていたもの。そういう意味でもこの黄色攻めは大成功だったのではないかしらん。なんといっても所属はテイチクでしたものねぇ…ここはデビュー曲における気合の入り方じゃ右に出る者はいなかったトコロ…としても知られたけんど。

そんなこんなで練られまくりの歌手デビューを果たした佐和子さん。だけどね…そんな彼女にも今だからこそ明かせるという、デビュー秘話とやらが存在するらしい。

「パっとパンジー」

はっ?「ちょっとコレどこの企画もの小唄なのぉ?」といった疑念含みの質問攻めに合いそうなスゴいタイトルにビックリコンコン。実はこれネ...彼女のデビュー曲候補で、しかも最後の最後までコレでイクことに決定していたシロモノらしい。タイトルの雰囲気でハンケツ下すのもなんだけど…「マイ・ボーイフレンド」のチョイスでご安泰だったのでは?なんて邪推も。なんでもご本人さま的には「パッとパンジー」の方がお気に入りだったらしいけんど。ちなみにこの曲は↑のファーストアルバム「ときめき」に収録と相成りましたとさ。(笑)

デビュー時にはそんなドタキャン劇もあったらしい「恋人一年生」が、歌手活動を重ねに重ね3年ほど経過した頃…

「明日からマネージャーはつきません。すべてひとりでやってください。」

当時の所属事務所は「恋人三年生」になっていた彼女にむかって、こんな風に言い放ったそうでゴザイマス。ガ〜ン!このカウンターパンチは強烈ムヒ!当時の佐和子さんにおけるご心中、お察しいたしまする…ギャワいそぅ〜。

「佐和子は『恋人一年生』なのよぉ」

と、過去を想ってわめいて泣いて…ハンカチギュっとしぼるほどの錯乱状態か。きっとご本人さま的にもデビュー時のチヤホヤ環境を思い起こしては…

♪あの頃がなつかしい〜あの頃はもう遠い〜

こんな回顧なおキモチだったのか、ナゾ。

それでも負けなかったのが佐和子さん…なんといっても今年で芸能生活30年!今でも女優サンとしてその存在感をキラリンコンと放つんだからネ。佐和子さん、アナタはよくガムばった!

そんなこんなで今回の「キャッチフレーズ辞典」はこの辺りでおひらきとさせて頂きまする。

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さて、シリーズものとして今回で4回目を(やっとこさ)迎えることと相成りました「キャッチフレーズ辞典」。

前回のピンク・レディーに続きますは…このお方。ルー・フィン・チャウさんでゴザイマス。えっ?ピンク・レディーとなんのおつながりが?なんて思わないでくださいませね。ココでは特に前回の方とのつながりは考慮しておりませんのであしからず。それでも一応「スター誕生」のご出身者同士&カタカナつながり(苦しまぎれ〜)ってのもあるにはあるけれど。(笑)

ルー・フィン・チャウさんと言えば、1982年12月24日のクリスマスイブに、谷村新司氏の全面プロデュースによるデビュー曲「スター誕生」で華々しく船出をきった方。なぜ谷村氏がチャウさん売出しのプロジェクトに担ぎ上げられたのかと言えば、チャウさんの芸能界入りのキッカケとなった番組「スター誕生」(日本テレビ)における決戦大会で歌唱された曲にある。その曲とは山口百恵さんが歌って大ヒットした「いい日旅立ち」であり、その作曲者が谷村氏だったことに他ならない。

さて、それではチャウさんのキャッチフレーズをこのあたりで大公開!とイキましょか、じゃじゃ〜ん!

「難民美少女」

コレなのでありまする。

チャウさんと言えば、ベトナムはサイゴン市(現在はホーチミン市)のご出身。戦火を逃れ、たった20メートルほどの長さしかないお船でドンブラコ。日本へ流れ着いたのが1979年のことである。ご本名の漢字表記は…

劉 涼珠

であり、たしか「名前には意味もあるの〜」といった内容の記事が当時のアイドル雑誌やらにも掲載されていたとキオクする、その意味とやらは失念したけれどもネ。字ズラから察するに「涼やかなタマ」という意味になるのかしらん、ナゾ。

当時のニッポンでは、チャウと言ったらあのムックリ犬のイメージしかないというステレオタイプ加減にドップリもいいトコロだったものだが、ワタクシメ自身がオーストラリアという移民国にやってきて生活をおっぱじめ、そして「チャウ」という名前でベトナム出身の女の子と一緒に仕事することになるとは!人生ってわからないものでゴザイマスよね〜コレは完全なる想定外。(笑)

ちなみにチャウさん一家はお父様が舞踊家、お母様は歌手としてご活躍。当時のベトナムではかなりの有名人だったらしい。そんなチャウさん一家における日本でのお住まいは神奈川県の座間市。比較的ワタクシメの地元からもお近い場所だったことから、チャウさんがデビューされた時は地元メディアなどでもかなり話題になったもの。また、高校時代の友人の友人のお知り合い(スゴイ遠いけど)から、チャウさんが(戻り級?)として編入された中学で一緒におベンキョウしていた!なんてお話も聞けたりで。なのでワタクシメ的にはチャウさんという人が、なにかとても身近な存在に感じられたものでゴザイマス。

まぁ、こうした背景を持たれていたチャウさんですものね、彼女のキャッチフレーズには驚きや意外性、創意工夫などのカケラすら感じさせませんの。まんまの直球勝負!ソレ以外のナニモノでもない…といったトコロ。不幸の切り売り?といった風情すらも感じさせてしまったりで。なにせ歌手デビューした後に出演したテレビ番組のすべてが「ベトナム難民」であることに焦点をクローズアップ!しかもドキュメント番組として一挙放映するテレビ局があったほどだものね。これらにプラスして…

イメージ 2「難民少女・チャウの出発(ダビダチ)」 三宅直子著

なるモノまでもが出版され、もう完全に話題先行型アイドルへ。チャウさん陣営としてもこの部分を包み隠したプロモーションは…ハナからなかったのカモね。ソレが後々の足かせになることは考えもせずに。もちろんこうした話題で注目され、テレビ出演できるのはチャウさんにとっても陣営にとっても大きなメリットだったのは言うまでもないけれど、チャウさんご本人的にはどうだったのかしらん?だって時には不幸話を聞くだけ聞いて歌披露はナシよん!なんてヒドイ番組もあったりで。ニッポンメディアがベトナム難民として彼女を気づかってるようなフリ?だけど完全なる見世物小屋と化していたのなら…チャウさんにはゴメンなさいでゴザイマスよね。


イメージ 3「スタ誕」決戦大会での様子
イメージ 4番組と同タイトルの「スター誕生」で華々しくデビュー!
イメージ 5デビュー盤の裏ジャケ(プロフィールと写真入り)
イメージ 61stアルバム「スター誕生」のレコジャケ。収録曲は谷村氏の書き下ろしを中心に「秋止符」やデビューのキッカケにもなった「いい日旅立ち」等のカバーも。谷村氏が後にセルフカバーした「ありふれた黄昏の街にて」も収録。アイポファンには学園をテーマにした切なポップス「イニシャルM.K」あたりがツボか。
イメージ 72曲目「愛をとどけて」ではグっとオトナっぽいこんな表情も
イメージ 83曲目で、ラストシングルになった「北物語」歌唱時の直筆サイン。9月24日、雨がやんだ曇り空の日。

そういうニッポン芸能界の気質とソリが合わなかったのか、チャウさんは1983年12月を区切りにひっそり引退。デビューからわずか1年の決断となり、彼女のファンクラブ「チャウチャウクラブ」も空中分解。引退時の理由は「体調不良」というものだったとキオクするが、この時に彼女の引退を報道したメディアは皆無…う〜ん、冷たい。早期引退の原因は難民ナンミンなんみん!と難民づくしにされてしまった挙句のrun a wayだったのか?

ニッポン芸能界に入る前は…

♪希望とあこがれ 胸に抱いて〜

武道館のステージで見た山口百恵さんに大きなあこがれを。

歌手デビューした後は…

♪The Star The Star is born

とてつもなく大きなお荷物をドッシリと。

♪愛をとどけて ときめきをかなえて〜

ベトナムから流れ着いた「難民美少女」のときめきは...

♪まるで映画のひとこまみたいに〜

ニッポン芸能界で凍てつく「冬物語」と化してしまったのか。

アッサリ引退をキメこんだチャウさんに合わせ、今回の「キャッチフレーズ辞典」はこのへんでおひらきといたしまする。

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