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日本の芸能界において、花粉をふりまくワイン色のお花のような存在だった川島なお美嬢。その華やかでチャーミングな容姿は、多くの人々を魅了してきたもの。しかし、彼女は単にそれだけの人ではない…その昔から彼女を見守ってきた人ならば、この件に関しては合点していただけるのではないかと思われ。とにかく何事にも果敢に挑戦し、自身の成長を常に心がけてきた方だったのである。 そんなバイタリティあふれる彼女も病には勝てず…悲しいかな、遠いトコロへ旅立ってしまった。2015年9月24日 19時55分、54歳での早すぎる旅立ちに涙した方も多いことだろう。 川島なお美嬢の芸能界デビューは1979年。そこから始まったキャリアの中心は、80年代以降。これにより、彼女は80年代アイドルだ!と勘違いしてる方もチラホラ。コレはイケません…誤りは正さないと!ということでココ重要。彼女は紛れもなく、70年代アイドルの括りに入る方である。 そして芸能人・川島なお美としてのイメージは
などなどか。そして、80年代に青春を送った世代にとっては
これらでしょ!特に「お笑いまんが道場」は忘れがたく。
番組の構成や共演者とのやりとりはもちろんのこと、なお美嬢が描く少女まんが家顔負けの可愛らしいイ・ラ・ス・トも魅力的でゴザイマシタよね。更に、弁舌に秀でた彼女は、若い時分から司会業でも大活躍とキたもんだ。そしてそして
この滝汗エピソードに関しては、当時色々と揶揄されたもの。しかし、そこは川島なお美嬢…気持ちよすぎるほどの開き直りをお見せになったもの。彼女だって人間だもの…許してあげてヨ。ソレを実行するしないは別にして…誰でもそういう葛藤と一度くらいは戦ったことがあるはずでアリマシテ。まぁ、たしかにしてはならぬことではあるけれど。 そんな彼女のキャリアは歌手から始まった…しかも、アイドル歌手としてである。デビュー前は、平尾昌晃氏が経営する音楽院にて歌のレッスンを。平尾氏の回顧によれば、その頃からあらゆる面で目立つ存在だったらしい。 しかし待ってよ…歌手・川島なお美といったところで、世間での浸透度はあまりお高くないのでは?その理由は、大ヒットと呼べるような作品が出なかった…コレに尽きる。だけどあなどるなかれ…彼女のラインナップはシングル曲のみならず、アルバムも実に丁寧に作られているのである。それこそ、アルバムの方でより良いお成績を残された…アイドル歌手としてはめずらしいパターン。これら秀作の殆どが未だCD化されず、埋もれまくっている事実が嘆かわしいほどでアリマシテ。 ということで、今回はワタクシメが腕をまくらせていただきたく。おそらくはどこもやってない?彼女のアイドル時代の曲を一挙にレビュらせていただこうかナと。名づけて 【追悼・さようなら 川島なお美さん】なお美のヒットパレード といっても、さして枚数はないのであしからず。この機会に、歌手としての彼女にもご注目いただけると、これ幸いでアリマシテ。 それでは、まずこの曲から。 作詞:北村英明・藤洋子 作曲:幸耕平 編曲:馬飼野俊一 B面:「あなたの胸はドリーム・ランド」 キャニオンレコード 1979年4月21日 チャート:圏外 記念すべきデビュー曲。発売はキャニオンレコードだったが、当時の同社イチオシ、能瀬慶子嬢と並んでプッシュされていたことが伺える証も存在。当時の資料には「パっと周囲の空気をまばゆい陽光で満たすような、サンバ・リズムにのってフレッシュなアイドル、川島なお美がデビューします」という記載も。あの頃すこぶる流行していたサンバをイチ早く採り入れた、トロピカルテイストな楽曲。テレビ番組「ぎんざNow!」によく出演し、歌披露していたのが懐かしい。ベースボールキャップにホットパンツといったお召し物でハツラツ。なお美カット(いわゆるサーファーカット)を揺らしながら唄う彼女に、客席の男性陣はデレデレだったはず。この頃からザ・川島なお美とおぼしき礎が、すでに構築されていた模様。とにもかくにもチャーミングの一言に尽きる。しかし、プッシュされていた割に賞レースなるものには一切登場せず。これが彼女にとってマイナスになったのか、以降は新曲出ずの、くすぶり時代へ突入。
作詞:吉秋雅規 作曲:井上義久 編曲:井上鑑 B面:「こんなに幸せでいいのかしら」 東芝EMI 1981年5月5日 チャート:圏外 デビュー曲発売後、新曲を出せぬまま2年が経過。そして、前レコード会社との契約も終了してしまう。しかし、持ち前の負けん気により?テレビ番組「アイアイゲーム」のアシスタント業を細々と。そして、いつかやって来るかもしれないチャンスを待ち続けた時期。そんな彼女に救いの手を差し伸べたのが、東芝EMI。ようやく復活のノロシを上げることになる。あいにく本曲はコンセプトが固まる前の発売となってしまったのか、なお美嬢の良さが生かしきれずといった風。ひとまずは新レコ会社とも契約を結んだし、今回はこんなもんで…なお美嬢のこんなお声が今にも聞こえてきそうか。そして、ちょうどこの曲を歌唱している頃に、フジテレビのイメージガールに選抜されるという幸運も。同局「テレピカルサマー」のCMギャルとしてお茶の間に登場。そして10月には文化放送「ミスDJリクエストパレード」も開始され、ようやく歯車が回り始める。それにしても、彼女の見事な復活には恐れ入った。普通は2年も野放しにされたら、イジけて辞めるワ。(笑) 作詞:川島なお美 作曲:V.PANZUTI 編曲:青山徹 B面:「LOVE IS MYSTERY」 東芝EMI 1982年3月21日 チャート:圏外 彼女の良さを活かしきれず、消化不良気味に終わった前作。ならば今度はアタシがやるワとばかりにしゃしゃりでて?本作では“川島なお美”名義で作詞にも挑戦するという、美しきチャレンジャーぶりを発揮。イタリアの街角を彷彿させるようなメロディーに、なお美センスであふれかえる歌詞で色づけした佳曲。このあたりから楽曲のクオリティがグイ上げとなり、歌手・川島なお美にスポットライトがあたりはじめる。この曲を歌唱するために出演した、とあるテレビ番組では、デビューしたばかりの新人たちと十杷ひとからげにされる滝汗場面も。しかし彼女はコレをチャンスに替え、名前と顔がより知られることに。捨て身の覚悟か、スゴイゾなお美嬢!ちなみに同曲…作曲者名でググると同名曲(「マンドリーノ」)が見つかるが、それのカバー曲なのかどうかは不明。
作詞:島エリナ 作曲:田中真美 編曲:後藤次利 B面:「DO YOU WANNA LAST DANCE WITH ME?」 東芝EMI 1982年8月21日 チャート:80位、4週、1.1万枚 ミスDJの一員として人気を博してきた頃。ならば!と次なる戦略として打ち出してきたのが、キャンパスポップと呼ばれたジャンル。この分野には竹内まりや、須藤薫がすでに存在していたが、東芝EMIは川島なお美をそこへ座らせたい気マンマン。その野望を実現すべく発売された本曲は、オールディーズな雰囲気であふれかえる作品。歌詞内には、このテの歌ではおきまり♪ウォウウォウも織り込まれ、その世界観を聴き手に色濃く描かせる。ミスDJによる現役女子大生としてのイメージと絶妙に重なり合った本作は、シングルではお初となるオリコン100位以内へチャートイン。 作詞:田口俊 作・編曲:杉真理 B面:「右半分のドジな恋」 東芝EMI 1983年1月21日 チャート:61位、5週、1.5万枚 2ndアルバム「So Long」からのシングルカット。ちなみに同アルバムは、杉真理氏プロデュースという豪華盤。キャンパスポップクイーンの称号を奪取するために、本気モードで勝負に挑んでいた頃。蛇足になるが、同アルバムは「あの娘のスタイル」というタイトルで発売予定だったものを「So Long」へ変更した経緯がある。すげ替えた理由を知りたいトコロ。本曲をシングルカットするにあたり、単なるソレではつまらん!そんな提案が陣営側から出されたのか、仕上がった盤はハート型のカラーレコード+ピクチャーレーベルで愛嬌タップリ。価格は1000円と少々お高めだったものの、眺めているだけでも実に楽しい盤である。東芝は“なお美プッシュ”の手を緩めることなく、本曲ではテレビスポットCMもオンエア。おそらくこの辺りが、アイドル・川島なお美の最盛期か。パン・ケーキ、イースター、ダーリン、ヴァレンタイン、チョコレート、懐かしのR&B…ここでもオールディーズちっくな要素をタップリと盛り込み、ソレらしい世界を杉氏のポップなメロに乗せた快作。
作詞・曲:中原めいこ 編曲:新川博 東芝EMI 1983年7月1日 B面:「Summer Vacation」 チャート:56位、10週、3.3万枚 前作好調の勢いのまま発売。中原めいこ氏のアルバム曲カバー作品だが、当時は“書き下ろし”との誤情報も流された。歌手・川島なお美の曲と言えば?の問いには、おそらく9割以上の方がこの曲と答えるはず。Darling, don’t you know my love? 知らないとは言わせないわヨ byなお美といったトコロか。美しきご尊顔が大アップになったレコジャケも功を奏してか、チャート面でも自己最高の売上を達成。B面収録「Summer Vacation」は、村田和人氏による書き下ろし。後に山下達郎や村田和人自身によりカバー(村田盤は竹内まりやとデュエット)が成されたが、なお美バージョンが“オリジナル”であることを声高に叫んでおく。B面収録としてしまうには、あまりに惜しい傑作。なお、カバー作品群とは歌詞が異なっている。 当ブログの過去記事「GEMINI」のレビューはこちら。 作詞:売野雅勇 作曲:大野克夫 編曲:井上鑑 B面:「スリル・ミー」 東芝EMI 1984年2月1日 チャート:90位、3週、0.7万枚 ここであえてのデビュー曲踏襲?ラテンサンバのリズムに乗せ、更なる一気呵成を目論んだとおぼしき作品。しかし、セールス面ではいまひとつ伸びきれず、前作「GEMINI」から引き継いだ好調の波を断ち切ることに。ここはぜひとも中原めいこ作品で押してほしかったもの。当時ノリノリだった新進作詞家、売野氏を起用した作品だが、なにかまとまりきれてない感が漂うのは気のせいか。決して出来栄えがよろしくないワケでもないのだが、「GEMINI」のようなインパクトに欠けるのが玉にキズで涙・コパカバーナる。 作詞:売野雅勇 作曲:杉真理 編曲:椎名和夫 B面:「グッバイ・シーズン」 東芝EMI 1984年8月18日 チャート:97位、3週、0.5万枚 前作で苦杯をなめた分の巻き返し?タイトルどおり大波に乗ってやる〜的な意気込みを感じさせる作品。前作同様、作詞は売野氏に続投させるも、作曲は杉真理氏を再登板。このあたりは夢よもう一度なる祈念を感じさせるか。想い出の曲、ラジオ、サーフ、ジェットプレーン、オペラグラス、波そして砂…あなたは私の永遠の夏だから。映画「ビッグ・ウェンズデイ」をモチーフに描く夏の情景は、思わず胸キュンする波の数だけ抱きしめて。杉氏が紡いだポップでセンチなメロディーを、椎名氏がモータウンのリズムで味付け。今にも波の音が聞こえてきそうな、極上のサーフサイドポップスに仕上がった。あなたがいちばん輝いていたあの日…この歌詞に、なお美嬢の若かりし日のことを重ねる人も多いことだろう。B面「グッバイ・シーズン」もナイアガラサウンドで彩られた切な系ポップス。両面で懐かしきポップス風味を楽しめる、トータルコーディネート盤。出来栄えに反し、セールスが伸び切らなかったのがとても残念である。 作詞:NAO美 作曲:Nobody 編曲:新川博 B面:「二十五歳(ヴァンサンカン)」 東芝EMI 1986年3月31日 チャート:圏外 前作から1年半以上も空け、まさかのリリース。すでに年齢も25歳に達し、アイドルとして勝負するにはキビシイお年頃。ソレを逆手に取ったか、B面には包み隠さず「二十五歳(ヴァンサンカン)」という曲を収録。それでも負けないワ!とばかり、再び作詞に挑戦したのはお見事。しかもペンネームはNAO美とキたもんだ。巷のBE BOP流行りにすかさず飛びついたのも、見逃してはならないところ。まさにBE BOP…こんなところが彼女における最大の魅力だったのは言うまでもない。歌披露時には、おみ足にガーターという出で立ちで気を吐いたが、奇しくもコレがアイドル歌手としてのラストシングルに。デビューからすでに7年…女優と呼ばれたい!そんな意志がクッキリとしてきたのもこの頃か。 ■おすすめアルバム|シングルよりLP盤が好評だった川島なお美嬢
川島なお美…享年54歳。 その意志を貫き…彼女は最後の最後まで女優として、人生を立派に全うした。 女優と呼ばれることを誰よりも好んだ人…そんな彼女が再びマイクを手にしようと決心。それは歌手としてデビューした自身を決して忘れていないという気持ちの表れ、そして今でもその時代の自身を愛おしく想っている証だったのではないかと。11月5日…彼女がこの世に生まれた日。そして、2015年のその日に予定されていたディナーショーにて、歌手・川島なお美が20年ぶりに復活を果たすことになっていた。
その日はまもなくやって来る…空の上にいる彼女は、この日をどんな想いで見つめるのだろうか。
あなたが輝いていたあの日、あの笑顔、あのしぐさ…ずっと忘れません。 川島なお美さん…素敵な歌声、そしてたくさんの思い出を本当にありがとうございました。 いつかそちらで…お会いできますように。
またね…そして、しばしのさようなら。 |

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