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♪いまのキミはピカピカに光って〜 と言えば…1980年3月に宮崎美子さんが登場した、ミノルタカメラのコマーシャルのコマソンでゴザイマス。 そう、例の木陰で穿いていたジーンズをこっそりと脱いで水着姿&お腹のお肉がブルンブルン…というアレ。 その曲は当時、斉藤哲夫さんが唄いオリコン9位、20万枚を記録する大ヒットとなったのだが、元々はそのテレビCM用として作られ、当初はそのCMの長さ分(約30秒)しかなかったとらしい。しかしながら、CMでご愛嬌を振りまいた美子人気が大爆発!そのため、後続メロを新たに追加しての緊急リリースになったそうな。 それこそ彗星の如く…ほんの短期間で超がつくほどの人気者になってしまった美子さん。実はその人気に便乗をカマされ、1981年に歌手デビューしていたこと…コレを読んでる皆様ならばご記憶に残っているかと。しかもそのデビュー曲といったら…かなりアイドルチックなシロモノで。 その彼女のデビュー曲が表題の「NO RETURN」である。この曲は1981年10月21日発売…ということは、美子さんも花の82年組だったのか。作詞は阿里そのみさん、そして作曲は...
さんが手がけたという豪華盤。八神さん(注:コレを読んでる男性陣…八神康子さんではなくっよ)と言えば… 「みずいろの雨」 「パープルタウン」 「ポーラースター」 「思い出のスクリ−ン」 などなど…70年代後半に次から次へとベストテンヒットをかっ飛ばし、その魅惑のハイトーンボイスで名を馳せた方でもある。そんな八神さんが美子さんにプレゼントしたというこのチューンは…
をしこたま要求するような難曲…だったのである。おそらくは歌テストなどの際に唄わせてみたら思った以上に高いお声が出る!といったところから、デビュー曲は当時のハイトーンの旗手であった八神さんに…ということになったのかもしれない、おそらくは。 ♪電話の数で 愛情を はかるつもりはないけれど 曲全般的に超がつくほどのさわやか男声コーラスがしこたまに入りまくるカレッジポップス風の仕上がり。それこそ杉真理さん作曲+須藤薫さん歌唱…みたいな世界観であふれまくっていたりもする。 ♪真夜中のラブコ〜〜〜〜〜ル ゆうべも待ってた ハイトーンボイス…キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!! これこそがこの曲における聴きドコロ。八神さんばりの高らかなる歌声がココで展開されているのである。 ♪海辺の約束 Do you remember? 忘れられたら I’m so lonely たった一度のミス〜〜〜〜〜テイクね なんとかなるものよ だって 英詞が挿入されているところがまさにカレッジポップス風の雰囲気をうんとこさと盛り立てていたりもする。そして、ふたたびのハイトーンをカマしながら「なんとかなるものよ」と気楽にカマえる美子さん。ホントになんとかなるのかしらん。(笑) ♪もうどこへも NO RETURN もうどこへも NO RETURN あなたに会った その時にきめた ノ〜リタ〜ン、ノ〜リタ〜ン…ここまでこのお言葉を繰り返されると、この曲のタイトルが「ノ〜リタ〜ン」だったのか「ノ〜タリ〜ン」だったのか…なんとなく分からなくなってくるもの。だけれども美子さんが「ノータリン」なんてお歌でデビューをカマすハズが無いってのは、理性をシカリと取り戻せば明確なところでもあるか。(笑) それにしてもこのチューン…曲が始まってから終了するまでに都合3度の転調をカマすのである。コレの意味をカラオケにおけるリモコンを使って説明すると、オリジナルの音源キー(初期設定)から+3のところまで段階的にせり上がっていく…ということである。楽曲のキーを+3度上げる…ということは楽曲のイメージや歌い易さすらもうんとこさ!と変わってしまうもの。この事実はカラオケにおいてキーコンをイジくる方ならばご承知のことかと思われ。美子さんはこの曲でソレをなんと1曲の中でやってのけてしまったという…ある意味、スゴウタだったりするのである。現に曲の終盤ともなるとこの転調がさすがに堪えるのか…膨れ上がった血管がこめかみのあたりに見え隠れする美子さんのお顔らしきものもチラホラで。この楽曲はそれくらいに凄まじい高さのキーにまで昇天していくのである。 以前にもこのブログで80年代アイドルポップスにおける転調の金字塔作品として、つちやかおりさんが1982年にデビュー曲として放った「恋と涙の17才」をご紹介したことがあった。しかし今回の美子さんのコレ…2大巨頭?いえいえ…もしかしたらソレを遥かに凌いでいるような風情もありきで。どうやら金字塔は美子さんの手に渡りそうな気配がムンムンなのでゴザイマス。しかもハイトーンでも勝負できそうな気配でありまして…例えば沢田富美子さん「ちょっと春風」あたりとはかなりの‘いい勝負’にまでもつれこみそうな予感が。(笑) この曲はオリコン最高60位、1.9万枚を売り上げてヒットを記録した。通常であればこの売上だと「番外編」ってことになるのだが、美子さんは現在も女優さんとしてご活躍中であり、もちろん知名度もバツグンであることから、今回はこちらで取り上げてみることにしたのであります。美子さんはこのヒットに気を良くされたのか… 「わたしの気分はサングリア」(1982年・作詞:安井かずみ 作曲:加藤和彦) 「黒髪メイド・イン・LOVE」(1982年・作詞:橋本淳 作曲:筒美京平) と…出すわ出すわ。これらにプラスしてアルバムも3枚!発売していたというからちょっと驚きか。歌手活動に関してはかなりノリノリだったようでゴザイマス。(笑) 美子さんが雑誌の表紙モデル→CMを経て芸能界入りをされたのは、彼女が大学生の頃だったけれども、それこそソレがもう少し若い頃だったのならば…バリバリのアイドル歌手になれていたのかも?例のCMによる美子さんのご愛嬌たっぷり具合をご記憶に留めている方ならば、コレは納得事項かと思われ。 ちなみに美子さん…ちょっと間を空けた1987年に… 「だからDESIRE」 なるラップソングもリリースしている。この曲は日本人女性としてお初のラップソングという珍記録も残る楽曲らしい。こういうのに果敢に挑戦するところから考えても…かなりお歌がお好き?だったのかしらん。デビュー曲では…
と声高らかに歌いながらも…歌の世界にはひょっこりと
をカマされていたようでゴザイマス。(笑) ☆作品データ
作詞:阿里そのみ 作曲:八神純子(1981年度作品・ビクターレコード) |

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