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書庫☆80年代アイドルレビュー

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このブログではこれまでにたくさんの懐アイドルたちを、それぞれがかっ飛ばしたヒット曲(←じゃないものもあったけど)とともに振り返ってきたもの。当時はいたいけな少年少女達だった僕等にたくさんの夢を与えてくれたその功績をタップリコンコンに称えてきたつもりである。

しかしこれだけの数のレビューを展開してもまだまだ未レビューよん!ってな楽曲やアイドルさんだって存在するのである。言い換えれば5年間ひたすらレビューし続けてもちっとも消化されてない…ってことにもなるのか、滝汗。それだけあの頃のアイドル産業ってのはスゴかった…という証明だったりもするか。昨今じゃアイドルらしいアイドル(←あくまでもワタクシメが独断で定めた基準によるアイドル像ってことになるけど)ってのはめっきり見かけなくなってしまったもの。かつての華やかなる時代を知らない若い世代のお方々は、アイドル歌手であふれかえっていたあの頃のニッポン芸能界について…

SHOCK!

マジで〜?なんて驚くのだろうか。そもそも「SHOCK」という言葉は辞書によれば…

精神的打撃、憤慨、驚き

こんな意味を持つソレである。さすがに精神的打撃を受けるところまではイカないとは思うが、それでも多かれ少なかれビックリするくらいの感情ってのは噴出するものなのだろうか。(笑)

それはそうとSHOCKと言えば思い出すのはあのお方…そう、将来の大器と期待されながらも意外なほどに短命なアイドル生活を歩んでしまったというあのムスメっ子。今回はここにコジつけその方が放ったナツウタをレビュってみようと思うのでありまする。それはそうとこの方ならば↑のニッポン歌謡史の1ページに関しては…

「マジよっ」

っと返してくれるのだろうか、おそらくは。(←分かる方だけが分かるネタでゴメンなさい)

表題の「SHOCK!」は宇沙美ゆかりさんのシングル第2弾として、1984年6月21日に発売された作品である。今から遡ることかれこれ26年も前の楽曲…ってことになる。普段からこうした曲ばかりを聴いてるワタクシメの耳にとってはさほど古さを感じさせるソレとは思えないのだが、今の若い世代の方にとってはやっぱり「古」の文字が浮かんでしまう…そんな作風なんだろうか、おそらくは。

ところでこのSHOCK(ショック)というお言葉…これこそあの頃アイドルの楽曲タイトルや歌詞として、かなり高い頻度で使用されていたソレだったりもする。パっと思いつくものだけでも…

「透明人間」 ピンク・レディー
「処女的衝撃」 シブがき隊
「恋のショッキングタウン」 仁科恵子
「ラブショック」 川崎麻世/マーガレット・ポー(同名異曲)
「ショックかくして大人する」 柏原芳恵
「横浜ショック」 大内和美
「ボーイ・キラー」 松本友里
「恋はショッキングブルー」 長沢由利香
「I MISSED THE SHOCK」 中森明菜

などなど…おそらくは歌詞中の一部だけってな度合いでもソレが使われていたチューンってのはもっとたくさんあったのかと思われ。そうしたお言葉を歌詞のみならず、そのまんまズバリとタイトルにしてしまった…ってのが今回の表題曲なのである。

作詞を担当されたのは岩里祐穂氏、作曲ならびに編曲を手がけたのは後藤次利氏。後藤氏に関してはデビュー曲からの続投である。シングル第2弾でも作曲と編曲を同時に手がけるという気合の入りっぷりが特筆か。岩里氏に関しては前にも他の記事で触れたことがあるが、作曲家としてヒット曲を持つ岩里未央氏とは同一人物である。この頃の岩里氏は堀ちえみさんの「さよならの物語」からはじまった一連ヒットでノリにのっていた時期。おそらくはそうしたおつながりにより同レコ会社の大型新人、ゆかりちゃんのシングル第2弾を手がける流れになったのではないかと思われ。

そんな表題曲のモチーフは…

オンナ心を分かってないヤツにションボリする少女

コレである。

思春期にありがちな男子と女子における成熟度のスレ違い?ソレにより生じるお糸のからまり状態なのか。こうしたモチーフは他アイドルの楽曲でもよく見受けられ♪今では〜同い年〜男の子たち〜ものたりません〜なんて嘆くのもあったし、遠い街へと消えたきりなしのつぶて〜なんてのもゴザイマシタよね。なにはともあれ、この時代のアイドルポップスにはこうしたオンナ心を理解しない未熟なオトコたちがこぞってご登場と相成っていたのでありまする。

♪SHOCK! まさかあなたを嫌いになれないわ
 だけど すこしつきあいきれない感じ

ほらね。歌の冒頭からいきなりの精神的打撃&憤慨キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!ってな具合なの。主人公様的には「なんか違うのよねん」とでも言わんばかりのおキモチなんだろう、おそらくは。

♪SHOCK! 水着のしずく 小指でなぞるけど
 変ね 切なくなるの

このお歌の主人公様が欲しているものがなんなのかは明確には語られていないのだが、ティーンでこの年代とくればおそらくは「はらはらサマータイム」なアレ…のことなんだろう。

♪馬鹿ね・・・・・・
 だって あどけなくても 女はレディーよ
 スリルめいた恋が素敵だと思う

ほらキタっ!スリルを求めてるんだってばぁ〜要はジェットコースターに乗りたいの。♪乗せてってよ〜とばかりにね。だから早く乗っけてあげなはれ。(笑)

♪イヤよ・・・・・・
 ちょっと モテるからって 誤解しないでね
 あなたは女の子 まるでわかってない

ちょっと〜ぉ!女の子をこんなに「さびしんぼう」にさせるなんて!♪抱いてほしいなんて〜オンナのクチから〜と言わんばかりなんだろうか。外見はいいかもしれんがな〜中味の鍛練が足りないんだよ〜キミぃ!って四十路オヤジが小うるさく「渇」でも入れたくなってきたりもする…というワタクシメも彼女のキモチをちゃんと解釈できてない恐れあり。(笑)

なにかこう彼女が欲しているものと彼が提供しているものとが合致せず、彼女は焦りまくっている…そんな状況下にいる「ふたり」のようである。

♪ションボリ Ah〜しちゃうわ

女の子をしょんぼりさせるヤツなんて♪ロクなもんじゃねぇ〜ってなトコロかしらん、プンプン。(笑)

この楽曲はデビュー曲だった「蒼い多感期」と同じ作曲家による作品だけに、ソレの延長線上といったメロ運びが特徴となっている。涼しげなアレンジが効いていて清涼感を感じさせるナツウタといった風情である。だけどなんとなくツカミに欠ける?といった印象はないだろうか。ここで聴き手をツカめ!っといった箇所でなんとなくしぼんでしまってションボリしちゃうみたいな作風なんだもの。パンチはそこそこにあるのだけどあともう一息!ってな感じ。まぁ、歌詞で♪ションボリ〜ってのが挿入されてるからあえて…の作戦だったのかもしれないけれど。そんなところもこの歌詞に出てくるオトコと一緒のようでもある。(笑)

こうした点を考えると、楽曲の出来としてはやっぱりデビュー曲の方が上回っていたのでは?といった意見を持たざるをえない。決して「すっぱい失敗」だったとは思わないけれども。なにかこう「SHOCK!」というインパクトのあるタイトルと楽曲自体が上手く絡んでない?もしくは焦点が合ってない?そんな印象を抱いてしまうのである。作風的には後に中山美穂さんのデビュー曲として発売された「C」を彷彿とさせるソレであり、もうひとひねりしたらグンと良くなる作品だと感じるが…いかがなものだろうか。それでも特筆すべき点はあるんだからネ。それは…

ゆかりさんの表現力

彼女はウマい!なにがお上手かって言うと唄ってる時の表情が実にスバラシイのでゴザイマス。デビュー曲の時も15歳の少女とは思えないような仕上がりっぷりを見せてくれた彼女だったが、この曲でも女優としての才あり!という印象をテレビの前にいる人達にうんとこさっと植えつけるようなスバラシイ表情を見せてくれているのでありまする。特に最後の部分で♪しちゃうわ〜とカマした後の数秒間のお顔ったらば…ステキすぎますがな、ゆかりたん。デビューしたばかりの新人歌手なんてのは歌うだけで精一杯!ってのが常だったものだが、ゆかりさんに関しては‘左うちわの余裕’のようなものを感じさせるのである。なにかこうすでに歌中で演じることが出来てしまっている…と表現したらいいのだろうか。これはまさに当時の業界が彼女に大きな期待をかけてた理由ここにアリ!の証とも言えようか。彼女の奥底に潜む女優としての素質や才能たるや…スゴイものだったのだろう。

ゆかりさんはデビュー前年度に製作された映画「みゆき」でいきなりのヒロイン役をゲット!この作品では数々の新人賞も受賞。もともとデビュー曲として予定されていたのは「と・き・め・きタイフーン」というチューンであり彼女が沖縄出身ということをコンセプトに作られた楽曲だったのだが、いざデビュー盤が世に出回るとその曲はB面へと降格。なんでも急遽ひっくり返しての発売だったらしい。おそらくは明菜&青い性ブームの真っ只中を見据えての変更劇?だったのか。「蒼い多感期」に関してはお気に入り楽曲なので文句をタレるつもりは全くもってないのだが、映画「みゆき」のイメージを大切にするのであれば「と・き・め・き…」をデビュー曲にしとくべきだったのではないか…と後の祭りながらも考えてしまうのである。

ゆかりさん売り出しに関してはアイドル路線というコンセプトが根底にあったと聞くが、ソレが原因で大映ドラマ主役内定(後に伊藤麻衣子さんが演じたアレ)から身を引くハメに。青い性路線の楽曲を歌わせるくらいなら出しちゃってもよかったようにも思うのだが…ここが彼女における最初のケ躓き。それでも事務所は屈せずフジテレビとタイアップにて同局の夏キャンギャルをやらせたり、ドラマ「あ!Myみかん」での主演や「オレゴンから愛」への出演…と攻勢をかけまくったのである。しかしツレないかな…ゆかりさん人気はイマイチ盛り上がらず。そんなところに舞い込んできたのがフジテレビドラマ「スケバン刑事」の主役内定というお話。しかし同時期にオファーのあった映画に専念するためにまたまた降板。ツイてないにもほどがあるというものである。

もしも彼女が初代スケバン刑事になっていたとしたら…その後のアイドルおふたりさんのご活躍ってのはあったのかなかったのか。ひとつ違っただけでその後が様変わりしてしまうという…まさにショッキングな‘運命のどんぐり’なのである。

ゆかりさんはスケバンの方をやりたくて意欲マンマンだったとも聞く。しかしながらスケバンを断って主演した映画は大コケ。コレが原因で精神的打撃(SHOCK!)を受けたのかなんなのか…将来の大器と言われたムスメの芸能生活はこの映画主演をもってエンドってしまったのである。まさに…

♪ションボリ Ah〜しちゃうわ

コレに他ならなかったのである。悔やんでも悔やみきれない選択ミスと言えようか、ショックゥ〜!


☆作品データ
作詞:岩里祐穂 作曲:後藤次利(1984年度作品・キャニオンレコード)

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福永恵規さんと言えば…

おニャン子クラブ・会員番号11番

として「夕やけニャンニャン」の番組内でご活躍された方である。おニャン子時代における彼女のウリは…

唯一の東京都民

コレだったもの。この意味は当時のメンバーにおけるその殆どがソコ以外のご出身者だった状況下で、彼女だけが東京都民だった…ということを意味していた。また他メンツはそのビジュアルにおいてもまだまだ田舎娘といった風情が脱し切れてない中で、恵規さんだけがなんだかとっても洗練された都会ちっく少女といったイメージを醸し出していたのも確かである。そういったことも手伝ってか、恵規さんはおニャン子クラブのデビュー曲だった「セーラー服を脱がさないで」(1985年7月5日・オリコン最高5位)においてはフロントメンツの1人として抜擢。要はあれだけ大人数のユニットにおいて最前列で唄わせてもらえる!という超がつくような破格の好待遇を授かったのである。実際におニャン子プロジェクトに関わった人々の後日談としても、彼女に関してはそのプロジェクトにおける主要メンツとして考えられ、彼女中心で売ってゆこう!といったお膳立てさえも組まれていたなんて逸話も残っているくらいなのである。

このようにおニャン子の中じゃ‘ときめきイチバン星’だった恵規さん…そんな彼女がソロデビューをカマしたのは1986年5月21日のことである。このように字面で記述ってのもあまりピンと来ないかもしれないが、河合その子さんのお初ソロデビューが1985年9月1日だったということを考えると…イチオシ娘としてはちょいと出遅れ感のあるデビュー?といった印象は否めない。かといって満を持して…でもないような?そんな妙なエピもこの曲には残っていたりもするのである。そこの辺りのガサ入れは後ほどってことで。(笑)

さて、そんなこんなでようやくソロとしての船出を切った恵規さんのデビュー曲は、作詞を秋元康氏が、作曲を高橋研氏が手がけた爽快感がしこたまのポップス。ソロデビューをカマした頃の恵規さんは↑のレコジャケでも見て取れるように、髪も少し長めになった状態だったもの。おニャン子加入当時の恵規さんはそれこそサッパリとしたショートカットでボーイッシュな雰囲気でウっていたのにもかかわらず。ソレがこのデビュー曲の頃になると↑のような感じとなたことから…もしかしたらこの時点ですでにイメチェンさえもが強要されていたのか、ナゾ。

でもってこの楽曲の歌詞を追ってみると…

♪君の小さな背中を ぼくの腕の中に

とこんな具合。要は女の子歌手がオトコ視線から唄うという、いわゆる‘ぼくモノ’として仕上げられていたのである。これはまさにボーイッシュな雰囲気で売っていた恵規さんならではの企画と言えようか。ワタクシメはおニャン子派ではなかったので、ここら辺りの裏事情に関してはあまり詳しくないのだが、このような歌詞が準備されていたことを考えるに…恵規さんのデビューはもうちょっと早い段階が考慮されていたのかしらん?なんて邪推が頭をもたげてきたりもして。だってこのぼくモノを歌うのならば、当初の髪型の方がよっぽどピッタリコンコンだったもの。

作曲を担当された高橋研氏は元々シンガーソングライター、俳優、DJとしてのご経歴を持つ方。しかし彼を一躍有名にしたのは1983年にアルフィーの「メリーアン」で作詞を担当したこと。その後も…

「スターダスト・メモリー」(作詞) 小泉今日子
「バランスシート」 少女隊
「LOVE STATION」 早見優
「翼の折れたエンジェル」 中村あゆみ
「アドベンチャードリーム」 アイドル夢工場
「じゃあね」 おニャン子クラブ

などなど…ノリにのりまくってアイドル関連のお歌群にも手をお出しになったもの。それこそ次から次へと楽曲を提供していったのである。そんなコンビが作り上げた恵規さんのデビュー曲…まずそのポイントはこの曲のタイトルにあるだろうか。

Invitation

そう、コレなの。タイトルにこんなこジャレた響きを持つお言葉を持ってきたというセンス。このワードは竹内まりやさん作詞&作曲で河合奈保子さんが1982年12月にリリースした「Invitation」という楽曲ですでに使われてはいたものの…恵規さん楽曲発売当時のニッポンだってまだまだこのお言葉に関する認識はさほどお高くはなかったと記憶する。まぁ、ナンの因果か豪州に住んでしまった今となってはInvitationというお言葉のナニがそんなにこジャレてるのか…ちょっと分かんなくなってきてたりもするのだけれども。(笑)でもって、恵規さんは後発シングルとしても…

「ハートのIgnition」

なる楽曲をリリースしていたが、コレはデビュー曲での好調に気を良くしての…こジャレたお言葉によるシリーズ化のおつもりだったのか、ナゾ。(笑)

♪黄昏の街 忘れものの雲
 誰もいないアスファルト

♪絵画館から 夕陽が落ちたら
 窓がぶどうの粒みたい
 
楽曲全般的には爽快さが溢れんばかり…まさに涼風を思わせるような作風である。実際のレコード発売時期だった初夏にはピッタリコンコン、それこそお誂え向きの作風?♪いいえ〜それはウソ〜そうじゃないのよん。実はこの曲にはこんな裏エピが…。

♪木枯しの街 忘れものの雪

本来はこういう歌詞で出来上がっていたらしい。この歌詞なら当然の如く、アキウタかフユウタの風情となり…実際にデビュー時期も秋〜冬にかけてを予定ってことになるわな。ただ、その次期が1985年のソレだったのか、はたまたその翌年のソレだったのか…そこら辺りに関してはよく分からない。でもおニャン子プロジェクトにおいては‘ときめきイチバン星’だったこともあり、もしかしたらかなり早い段階でのデビューが企画されていたのか?などと邪推してみたりもするのである。

ただ楽曲のメロの雰囲気自体は本来の発売予定時期だった秋冬の青空の下でも良し&実際の発売時期だった初夏の爽快な青空の下でも良しといった二刀流(両刀使い?)なの。要はデビュー時期が定まらないことを考慮して、あえてどちらにでも臨機応変に対応出来そうな作り…に仕上げていたとしたらソレはソレで結構スゴイかも。歌詞をちょこっと入れ替えするだけでナツウタとしての衣替えに成功したのだものネ。(笑)

♪風のInvitation さらわれないように
 静かに抱きしめれば
 風のInvitation いつしか僕と君は
 ひとつの影になった

このサビ部分…その爽快具合は唄い出しとなんら変らずに、それこそグイグイと押しまくってゆくだのが、ここでの白眉はやっぱりアレ…ですよねん。

♪抱きしめればぁ〜〜〜〜ぁあ〜

そうそう、ここ。イチバン最初にテレビでココを唄う恵規さんを見たときは、その突拍子もない飛び音ワザにいささかビックラこいたものである。たまたまその時がそうだったのかもしれないけれど…なんか「あれ?恵規たん…滝汗」みたいな。でも歌いこむうちにどんどんお上手になって…ここに関するリスナーの違和感ってのは払拭されていったものでゴザイマシタよね。

いずれにしても両刀使いなこのお歌…夏でも秋でも冬でも楽しめるってのは魅力であり、だからこそこの時期にこの書庫でレビュる…というネジ込みができちゃったワケだし。(笑)

この曲はオリコン最高1位に到達、17.6万枚を記録してヒットと相成った。1位を奪取したのは…

●「夏色片想い」菊池桃子
●「ジプシー・クイーン」中森明菜

この狭間。その居座り期間はたったの1週と極短だったけど、こうしたトップアイドル達に並んで1位が取れた…これはまさに当時のおニャン子パワーを物語る記録とも言えそうである。なんといってもレッスンもなにもしてない素人ムスメ達のお歌がオリコンで1位を獲れちゃう時代…今思うと結構スゴイかも。時代はなんて方向に進んでしまったんだ!と後悔してみたって遅いの、もう。(笑)

それにしてもスタッフ側の思惑ってのはなかなか国民のお好みとは合致しないものでゴザイマスよね。大きな期待を背負ってデビューした新人アイドル歌手がその後は鳴かず飛ばずのサッパリコンコン…なんて迷走だってたくさん起こっていたくらいだし。おニャン子プロジェクトにおいてもソレは例外でもなく…

♪できることなら 知らない道に
 迷ってみたい 2人きり

って、まさかソレはないでしょ。(笑)

恵規さん自体コレをリリースしたすぐ後、1986年9月におニャン子からアッサリコンコンとご卒業。その後は「スケバン刑事」や森永のコマーシャルなどでその元気なお姿を見せてくれていたが、1988年頃になって体調不良を理由に芸能界にサヨナラ。その後のおニャン子復活イベントなどには一切合財そのお顔をみせてくれないことから察するに…

♪恋のInvitation いつしか僕と君はすてきな風になった

芸能界からのインビよりも現在のだんな様からのソレの方が魅力的だったのかもしれませぬ。ここら辺りのスタンスに関しては、おニャン子会員番号における4や8の方(←いつなんどきでも出ずっぱり)とは随分と違ったソレでゴザイマスよね。(笑)

☆作品データ
作詞:秋元 康 作曲:高橋 研(1986年度作品・ポニーキャニオン)

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今回の「80年代アイドルレビュー」は、この書庫始まって以来のぷち掟破りをカマしてみたいと思うのである。なぜこんなことをカマそうとしているのかというと…ソレは今回のレビューの主役であるこのお方のデビュー日に起因する。ソレが…

1990年1月1日

コレである。この日付はまさにデビューがあと1月、いやたったの1日早かったとしたら、80年代のうちにデビューを飾れたという、実に微妙な年月日なのである。それこそたったの1日違いでも…やはりこの記事が収まる書庫名「80年代アイドルレビュー」というものにはそぐわないソレとなってしまうのである。でも今回は無礼講…しかもたったの1日違いなんだしね。こういうワケで掟破りをするハメになったのでありまする。皆様、どうかご理解のほど!ってか実際のトコロはこの曲がダイスキなもので、無理強い&ネジ込みしてでもここで紹介したいだけなんだけど。(笑)

さて、ワタクシメが掟破りをしなくてはならないその方とは…

和久井映見

この方なのである。和久井さんと言えば女優として芸能界デビューをカマされた方であり、そのデビュー作は1988年にフジテレビで放映されていた「花のあすか組!」である。このデビューを皮切りにして、以後2年間は女優オンリーとして…

「追いかけたいの!」(フジテレビ・1988年)
「スワンの涙」 (フジテレビ・1989年)
「夏の嵐」 (フジテレビ・1989年)
「愛しあってるかい!」(フジテレビ・1989年)

などフジテレビを中心にしてご活躍。ただこの時点では彼女の存在に注目する人は少なかった頃…でもある。そんな彼女が1990年の1月1日、90年代の幕開けとともに歌手デビューを飾ることになったのだが、その際のデビュー曲が表題の「マイ・ロンリィ・グッバイ・クラブ」だったのである。このデビューの時点で和久井さんはすでに19歳になっていたものの、美少女として充分に通じるような麗しいルックス、そしてどこか陰のあるような佇まいを武器にド派手に歌手デビューをカマされたのである。そのド派手具合とやらが、下記のクリップ群なのである。

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キャッチは「君、麗し」1990ショッパナよっ!1990年1月1日発売なの

彼女のデビューに際しては、このようにPVが制作され、しかもテレビスポットによるデビュー告知がバンバンとオンエアされまくるという、そこらヘンのお地味デビューを飾った新人歌手からしたら羨望の的になるであろう、実に恵まれた船出だったのである。デビュー時の所属レコ会社はポリスターレコード。ここはWinkやフリッパーズギターで当てていた社だったのだが、それ以前はアリス関連や堀内孝雄さんのソロ盤、アイドルではルー・フィン・チャウさんや大西結花さん等がいる程度という、ちょいとお地味なレコ会社だったものである。Wikiの記述によれば経営自体もかなりヤバめだったらしい。そういう社のどこから(Winkでの儲けから?)こんな大金が出てきたのかはナゾなのだが、とにもかくにも和久井さんデビューは実に華やかなソレと相成ったのである。そう、まるで…

○ょきんぎょ

ってかコレは和久井さんがお出になってる某バンクのコマーシャルでしょ。そうじゃなくって、水の中を優雅に泳ぐ宝石のようなアレ…そう、金魚ちゃんのように華やかであり、また煌びやかだったのでありまする。(笑)

さて、そんな彼女のデビュー曲は、作詞を康珍化氏が、作曲を亀井登志夫氏が手がけたもの。アイドルでこのコンビによる作品というと…

「抱きしめたい」
「チャイニーズ・キッス」、以上、松本伊代
「接近(アプローチ)」 南野陽子(作詞のクレジットは森田記だが、これは康氏の別ペンネーム)
「オペラグラスの中でだけ」 村田恵里

このような良曲が多いのが特徴である。お二人は大学の同級生だったらしいので、楽曲作りに関してもウマが合うもの同士でシコシコ…ってな状態だったのかと思われ。そんなコンビがこしらえたこのチューン…デビュー当時はすでに19歳になっていた和久井さんの年齢を考慮したとおぼしき、オトナっぽくて渋い風情がしこたまのソレ。

♪車にのれば行ってしまう 丘の真上の
 マイ・ロンリィ・グッバイ・クラブ
 まわりとびらの 向こうでいつも
 あの人が待ってた

そう、だからこのお歌における舞台もオトナだけが立ち入ることの出来る‘クラブ’という場所が選ばれているのである。この丘の真上にあるクラブとやら。昨今じゃクラブと言えば、昨年世間をお騒がせしまくった80年代アイドルのあの方や、お若い方などが踊りまくってトランス状態に陥る場所?みたいなイメージがあったりもするのだが(←違ってたらゴメンなさい)、この曲で設定されているクラブはもっとオトナびた雰囲気の場所。それこそ横浜あたりの、港を見下ろす丘の上あたりに佇むソレ?でもってその外観はきまってクラシカルな洋館スタイルなの。これはあまりにもステレオタイプすぎるイメージかもしれないが、オトナの雰囲気が漂うクラブというと、やっぱり大方の人がこんな見た目を想像するのかと思われ。で、このお歌の主人公の女性ったらば、こんなとこで一体なにを?

♪わたしは仕立ておろしのドレス
 髪にとめた星のヘアピン
 あんなに心おどらせた
 素敵な夜があったでしょうか

どうやら過去を回想中のようでゴザイマス。この‘クラブ’と呼ばれるオトナの社交場にてしっぽりとした素敵な宵を過ごしたとおぼしきとあるカップル。そんな場面を思い起こしては…

That was the most wonderful night I have ever had in my whole life.

英語圏に生息する人種がこれでもか!とばかりに目ん玉をひんむいて多用するこの日常表現。その大袈裟っぷりに「あなたの’THE MOST’は一体何回あるのかしらん?」と思わず閉口気味になるソレだったりもして。とにもかくにもこの女性だってソレを「THE MOST」な宵として認定していらっしゃるらしい。

♪ようこそここへ マイ・ロンリィ・グッバイ・クラブ
 ワインつぎましょう 火をともしましょう
 けれどあなたが マイ・ロンリィ・グッバイ・クラブ

この主人公様…要は傷心状態なのでゴザイマス。このクラブで素敵な時間を過ごしたという、そのお相手にフラれたのか、はたまた事故などでその彼が帰らぬ人になってしまったのか…そこら辺りの詳細に関しては歌詞中では触れられていないのだが、いずれにしても彼女は彼との恋をLOST…失くしてしまったらしく、その彼と過ごしたこのクラブでの宵を最高のもの、すなわちTHE MOSTとして想い出にふけっているようである。もちろんその恋を失くした後だって、この主人公様は客としてこのクラブでWELCOMEされる。そして客に対しては心づくしのおもてなしが提供される…このことにはなんら違いはないのである。しかしながらこのクラブが客に対して出来ないことがたったひとつだけある。ソレが…

♪失くした恋だけは 差しあげられない

コレなのである。その昔…失恋した客に対して、そのポッカリ空いた胸の奥に詰め込む飯を食べさせる〜なんてレストランも楽曲として唄われたもの。このクラブだってその‘穴’を埋めるための食事とエンタメくらいは持ち合わせている。だけれども失くしてしまった恋だけは…

「お客様、どうかソレだけはご勘弁願います」

逆立ちしようがナニしようが…カスタマーサービス大国のニッポンだって出来ないものは出来ないのである。それでもあの宵を忘れられず、ナニかに憑りつかれたように夜な夜な通ってくるひとりの女性…その人こそがこのお歌の主人公様なのでありまする。こうしたモチーフは70&80年代のアイドルポップスでもよく使われた手法だったが、その設定場所がレストランやディスコなどはあっても‘クラブ’というオトナを感じさせる場所がソレってのはめずらしい設定だったのかと思われ。まぁ、コレを唄った和久井さん自体も美形のルックスに加えてしっとりした低音ボイス…こうしたことからこのようなオトナっぽいお歌が宛がわれたのかと。和久井さんにおける歌手デビューの年齢を考慮すると…

♪ワインつぎましょう

あら?19歳だとオトナの社交場への出入りはもちろん、アルコール飲料だって…というアレレな矛盾が生じたりもするのだが。単に注ぎ役を買って出ていただけなのか、はたまた歌の中の女性年齢が若干上に設定されていたのか?そこら辺りは康センセイにぜひともお伺いしてみたい事柄だったりもするのである。いずれにしても和久井さんにおける実際のソレとの一致ってのは、ひとまずシカトされていたようでゴザイマス。(笑)

この曲はオリコン最高24位、6.2万枚を売り上げて、デビュー曲としては実に幸先の良い滑り出しを見せた。和久井さんと言えば一般的には女優としての活躍の方が知られる方だったりもするのだが、彼女の歌声はなかなかのセンスを感じさせる。年齢よりややオトナびた感じの、ドスの効いた感のある低めの麗し声。そして歌手デビュー前に女優経験のあるアイドルにおいて顕著に見られた歌唱における独特の表現力と味わい。いわゆる‘表情のあるお声’ってヤツである。このムズカシめのデビュー曲を堂々と…しかも声に表情をつけながらクールに唄えているあたりなど、個人的にはかなり魅力的な素材だったりもする。こうしたセンスにスタッフがかなりの期待を抱いていたのか…彼女はナニを隠そうシングル13枚、そしてアルバムに至っては11枚もリリースしているのである。コレにはワタクシメもいささかビックリコンコンだったりもする。でもたしかに女優ベースの歌手活動にしちゃ歌番組などに出てくる比率はかなりお高めだったかと。

♪聞イテ忘れじのシティーブルース
♪声を枯らして 歌っています

そう、だからアタシの歌声聴いてよねっ!和久井さんたらこんな風に言わんばかりに…その歌手活動に関しては意外にもやる気マンマンだったのかしらん、おそらくは。(笑)
なにはともあれ…和久井さんの麗しい美貌とお声、そして楽曲の渋いコンセプトがキラリンコンと光る一品なのでありまする。

☆作品データ
作詞:康珍化 作曲:亀井登志夫 (1990年度作品・ポリスターレコード)
注:和久井映見さんは90年代アイドルです。

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2010年も明けて数日が経過した今日この頃…コレを読んでる皆様はそろそろお正月ボケからは回復したのかしらん。そういうアンタこそしてないんじゃないの?と今にも怒声が聞こえてきそう〜なんて言われる前に自分でツっこんでみたりもして。(笑)

なにわともあれ、こんな状態でおっぱじめる「80年代アイドルレビュー」書庫における2010年度の第1弾は一体どの曲に…。もうこうなったらこの時季的なモノにコジつけてレビューを展開するのがイチバンかも…と思いあぐねた挙句にキメたのが、今回の表題曲ってことになるのでありまする。(笑)

表題の「少年ケニヤ」は渡辺典子さんのデビュー曲として、1984年1月1日…そう、元旦というなんともオメデタイ日に発売されたチューンである。渡辺典子さんと言えば…

「角川映画大型新人女優募集」

というコンテストで見事に優勝の栄冠を手にされた方。なんとこの時は日本全国津々浦々から約57000人もの応募があったという。ここで優勝の座をかっさらうことができなかったものの特別賞を受賞していたのが、のちのちの原田知世さん…ということになる。でもって優勝した典子さん、そして有望だった知世さんを角川所属に…そして先輩としてすでにテレビや映画で大活躍していた薬師丸ひろ子さんとひとからげ状態にした俗称が…

角川三姉妹

という、例のアレだったワケである。そんな三姉妹の中では1982年頃から将来の大器を感じさせる女優として「伊賀忍法帖」の主演や角川文庫のテレビコマーシャルなどで活躍を始めていた渡辺典子さん。1983年にはニャンニャン事件で降板になった某女優さんの代役として、映画版「積木くずし」の主演が棚ボタしてくるというラッキーぶりもあったりで。それこそあの映画では典子さんのものスゴイ形相がスクリーンに大映し!共演で母親役だったいしだあゆみさん相手にやりたい放題の…体当たり演技が当時は話題を呼んだものでゴザイマス。

そんな典子さんにようやく歌手デビューのチャンスが巡ってきたのだが、それが女優デビューから約2年が経過した1984年ひと足早くまさかの大ブレイク!その煽りを喰いまくり、典子さんの影はなんとなくウスウスになりつつあった頃である。だからといって(当時は銭がいっぱいあった?)角川は決して手を抜かなかったようである。その気合の入り加減とやらは、典子さんのこのデビュー曲で垣間見ることができるのでゴザイマス。まずこのデビュー曲は…

両A面

という大胆不敵な攻撃をカマしてきたのである。フツーに考えると新人アイドル歌手のデビュー曲が両A面になることは稀である。そして…

●「少年ケニヤ」は山村惣治原作、大林宣彦監督による角川アニメーション映画の主題歌
●カップリングだった「花の色」はTBSドラマ「探偵物語」の主題歌

という、要は…

ダブルタイアップ盤

だったの。これはスゴイですがな〜当時としてはこれこそがタイアップの極み!もうコレ以上は何もできまへ〜んというくらいの、いわば‘究極の戦略’だったとおぼしきソレだったのである。

そんな豪華なデビュー曲「少年ケニヤ」は…

♪なにかを叫びだしたくて ウズウズしてる
 
♪両手で口を押さえなきゃ 言葉が飛び出しそう

ガビ〜ン!これまた衝撃度200%超え〜っ!!といった風情でタップリコンコンの、スンゴイお言葉群が怒涛のように押し寄せてくるチューンだったりもする。そう、それこそ思いっきり白目をひんむいた顔面表情か似合いそうな感じでネ。コレって楳図かずおセンセイのようなグロめで大げさな絵柄などがピッタリコンコンとハマるような情景かしらん、ナゾ。

こんなスゴイのを典子さんに唄わせてしまった張本人とはどなたぞよ?と思えば…

阿木燿子

やはりキましたね、阿木センセイ。この方が70&80年代に作られた歌詞は実によいのである。とにかく言葉の使い方がすばらしく、かつ斬新で大胆で…まさに「職業・作詞家」そのものと言えるすばらしきお仕事をされていたのである。ちなみにこの楽曲の作曲を担当されたのは…

宇崎竜童

こちらもキましたわ。阿木&宇崎と言えばアレですよね、アレ。80年代初頭にかけてのニッポン音楽業界は、とにもかくにもあの偉大な大スターの結婚&引退によりポッカリ空いた椅子をどのムスメに座らせようか…いわば後継者探しに躍起になっていたものである。もちろん80年代に突入してからは、いわゆる‘太陽の女王や月の女王’などの大物ニューアイドル達だって誕生してはいたものの…それでも業界はまだまだ諦めていなかったというかなんというか。その勢いこそそうしたニューアイドルの登場でややや弱くはなっていたものの、それでもチャンスあらば…と言わんばかりの体勢。要は当時の業界をアクティブにするためには○恵さんのように安定してガツンと稼げる‘大玉’を探す必要性があったのだろう。

こういう状況下で白羽の矢をあてられたのが、要はソレっぽい陰のある雰囲気を持ったムスメ…でゴザイマシタよね。

佐藤恵利
浜田朱里
たかだみゆき(←入れちゃっていいのかしらん、ナゾ)
三原順子
中野美紀
三田寛子(←初期だけ?)

などなど…たくさんの女子たちがこうした矢を射止め、周囲の大きな期待に応えるべく次々とデビューをカマしていったのでありまする。おそらくはそれらの最終兵器?やはりソレっぽい雰囲気にプラスして大器を感じさせる大物感、年齢よりもオトナっぽく見えるその落ち着きっぷり…こうした要素をタップリコンコンと保持されていた渡辺典子さんには、やはり‘ソレ狙い’を含んだプロジェクトが組まれていったのかもしれない。ちなみにカップリングの「花の色」も同作家による作品。こちらも○恵さんの「冬の色」からの拝借だったのか、ナゾ。

♪誰かと冒険したくって 誰かにやさしくしたくって

この楽曲の歌詞はこうして追ってみると、やはりその映画の世界観を踏襲しまくった作りとなっていえることが窺える。楽曲全般のアレンジに耳を傾けてみても、曲の初っ端からエスニックの香りほとばしる。それこそそれらの名称すらも知らないような、なんともミステリアスな音色たちが聴き手を野生化させ、アッチの世界へズルズルと引き込んでゆく…そんな風情でしこたまなのである。ちなみにこの神がかり的な極上アレンジを施されたのは、荻田光雄氏…その人である。

そしてこの曲はそうしたサバンナ的雰囲気をタップリコンコンと湛えたまま…

♪大人達 おいしいものを
 隠しておくなんて ず・る・い・わ

そう。そして例のあの有名な決めゼリフ…

♪口移しにメルヘン下さい

ここへと雪崩こませてゆくのである。このハイライトを角川が放置するハズもなく…1984年当時に「少年ケニヤ」用の宣伝としてオンエアされたコマーシャル、そして渡辺典子さん本体用のデビュー告知スポットなどを駆使して、この‘決めゼリフ’をうんとこさっとアピールしていったのである。

♪勇気と愛の 重さについて
 たまには本気で 語ってください

ふむっ。典子の歌手デビューにおける重みについて…じゃあ、本気で語らせていただきますわ。(笑)

このレビューの冒頭でも記述ったように、典子さんのデビュー曲は両A面。そのレコードジャケットを見てもお分かりのとおり、実質は「花の色」がメイン扱いとなっていたものである。しかし、気づいてみたらテレビのベストテン番組などでお見かけしたそのクレジットは「少年ケニヤ」へと変更。公には両A面と謳っていながらも「少年ケニヤ」をメインにプッシュ!といった流れになっていったようである。たしかに「花の色」も和風情緒がタップリ、美系でしっとりな典子にハマりまくる佳曲だったのだが、出だしでの掴みやこの決めゼリフなどを考慮すると、やっぱりケニヤを前面に…という決定は自然だったのかもしれない。

この決定が効を奏したのか…この曲はオリコン最高9位に到達、計23万枚を売り上げるヒットと相成った。要はベストテンヒット&20万枚超えという、こちらも‘ダブル’になったワケである。角川という高級ブランド(←当時)の後押しがあったとはいえ、デビュー曲にしてこの結果は期待以上だったか。ただ残念だったのがレコードはこんなに売れたのにもかかわらず、テレビのベストテン番組ではこの曲はシカトされまくった。それこそ11位〜20位紹介の小窓でチラっとだけ。角川の新星ってことでスポットライトくらいにはお呼びがかかってもよさそうなモノを。そうしたテレビでのお披露目がもっとあったのならば…この曲は軽く30万枚超えくらいは達成できる、それくらいのサバンナ仕込み野性的なパワーは秘めていたのではないかと思えてきたりもするのである。

渡辺典子さんと言えば、素人時代に某大手プロが開催したオーディションにも参戦していたこと…コレは今となっては有名なエピである。そこで「審査員特別賞」なる賞を受賞し大注目!あわよくば歌手デビューの切符もソコからムギュっと掴んで華やかにデビューをカマせそうな勢いだったもの。しかしソコとはご縁がなかったのか、はたまたご本人様が断わったのか、コレに関しては定かではないけれど…後になってから角川ムスメとしてデビューした彼女は女優メインの気品あるイメージで売り出された。だから歌手デビュー!という話を耳にした際も「女優さんメインでウタは片手間?」なんて印象を持ったものである。でもなかなかどうして!その歌声を聴いてみたら、先ブレイクの角川ムスメたちと同様に…

♪両手で口を押さえなきゃ 言葉が飛び出しそう

思わず「ええっ!」っと口から飛び出す…実に味わい深い歌声を披露してくれたのでありまする。絶品の歌唱力…とは言わないし、ノドで唄ってる感は否めないけれど、ソレでもそこらフツー出のアイドル歌手には出せないような、何かとても神秘的なソレ。角川の中じゃイチバン好きですわ、このお声。しかもこの難しいリズム刻みのデビュー曲をちゃんと唄えてるのも特筆か。

まぁ、お若い頃から芸能界入りを夢見て、そういうオーディションに参戦していた方ですもの。典子さん的には一刻も早く歌手デビューしたくて…

♪ウズウズしてる

こんなおキモチだったのかもしれませぬ。(笑)

☆作品データ
作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童(1984年度作品・日本コロムビア)

イメージ 1

里帰り前は自宅のPCがぶっこわれて散々な思いをさせられたワタクシメ。古いパソにてネットアクセスし対策法を検索したり、無い知恵をフリにフリ絞った末に…やっとこさ‘使える’レベルにまで復旧したのでゴザイマシタ。もともと家庭用パソコンにおける寿命は3年とか5年とか…色々な説を耳にしたりもするのだが、その故障の引き金となるのは、やはり一番損傷しやすいハードディスク…ということになるようである。となると購入してからすでに5年が経過しているワタクシメのパソコンはやっぱりヤバイところまできてしまっている…ということになってくるのか。ってかヤバイどころか時代おくれもいいところ?といったシロモノと化しているに違いないのだが。(笑)

それはそうと「こわれる」と言えば、いましたよね〜80年代アイドルさんにも。今回はこの「こわれる」というお言葉にコジ付けさせて頂き、あの方が放ったこの1曲をレビュってみたいと思うのでありまする。

表題の「涙をたばねて」は小川範子さんのデビュー曲として、1987年11月25日に発売された楽曲である。

ちなみに「こわれる」というのは彼女のシングル第3弾としてリリースされた曲なのだが、今回は「こわれる」からコジ付けたのは歌手本体だけであり、その楽曲に関してはレビュらないのであしからず。彼女の唄った「こわれる」に関してはまたいつか…ネ。(笑)

小川範子さんと言えば、歌手デビュー当時14歳という幼さからは想像がつかないほどの表現力豊かな歌声の持ち主。コレはおそらく彼女の歌声を聴いた方に共通する感想ってことになるのではないだろうか。それこそ「日本‘表現力’歌謡大賞」なる賞番組があったとしたのならば、その栄冠は彼女の頭上に輝いていたのではないか…そんな風に思わせるほどの、恐るべしレベルのソレ...だったりもする。

まぁ、元から子役のご出身でなおかつテレビドラマでも主演女優を喰って喰って喰いまくるような演技をカマし、周囲をあっ!と驚かせていたのが当時の彼女である。なので歌の世界における表現力ウンヌンってのは範子さんにとったらA piece of cake!要は朝飯前だったのかもしれない。

そんな子役畑で大活躍をしていた彼女が、芸名を谷本重美→小川範子へと改名し、歌手として挑んだデビュー曲。ソレが表題の「涙をたばねて」だったのである。

この楽曲が世に出回った時…多くのアイドルファンが驚いたというのはあまりにも有名な話である。かくいう筆者も彼女の歌声には背中をゾクっとさせられるような…衝撃に近い感覚を味わったものである。あんな衝撃…おそらくは故・本田美奈子さんが「殺意のバカンス」で鮮烈デビューを飾った時以来だっただろうか。

それでは一体ナニがそんなに衝撃だったのか…ソレを歌詞とともに追ってみることにする。

♪偶然のように
 手渡すつもりの
 白い花束 

♪待ち伏せたパティオ
 自動ドアの音
 胸が胸が痛くなる

この曲は14歳の少女にはお誂えむきであろう、いわゆるキャピキャピのアイドルポップスとはイントロの時点からその趣を異にする。歌い出し部分以降に関してもソレは全く変わらないのである。むしろ範子さん独特の陰りのあるお声により、この楽曲はよりシリアスなお色へと塗り替えられてゆくのである。

物語の舞台はパティオ…である。この言葉は最近になってこジャレたレストランなどでも使われるようになったソレなのだが、その意は…

中庭

である。本来的にはスペインなどの住宅にあるソコを指すらしい。その様は四方を壁や柱廊で囲われた中庭...ってのが一般的だとか。

この歌における舞台設定は、そのパティオや自動ドアという語句からおそらくはモダンな外観を誇るとあるビルの中に存在するパティオと呼ばれる場所なのかと思われ。待ち伏せができる場所だからして、家屋ではなく公の場所に設えられたソレ?ってことになりそうである。そしてその場所で白い花束を携えて立ちすくむのが主人公様...という状況なのだが、ソコで偶然を装って花束を渡そうという魂胆...なのである。

♪偶然のように

そう、だから決して‘待ち合わせ’でもなんでもないのである。主人公様はアポイントは持ってない状態であるため‘待ち伏せ’であり、この時点でその方向性とやらが...

一方通行

なのが窺えたりもする。だからその携えている花束を渡せるかどうかの答えは…未だ闇の中なのである。かねてからアイドルポップスにはこのテの「好きな人を熱く思うウタ」ってのは数多く存在したものだが、それらの距離感とやらはモチーフによりさまざまだったもの。

例えば石川ひとみさんが歌って大ヒットした「まちぶせ」。これはそのテのお歌における代表作のようなもの。こちらに関しては、主人公様は内輪の仲間とやらに紛れ込むことを成功させ、テーブルを挟んであなたを熱く見つめる距離にまでもってくトコロまで漕ぎ着けた。では似たようなテーマで南野陽子さんが歌った「接近-アプローチ-」はどうだろう?こちらはかなり部が良い位置にその身を置いていたようで、「あなた」を呼び出してカフェテラスにての密会接近に成功しているのである。しかし表題の「涙をたばねて」における状況は…

♪だけどあなた気づかない横顔
 急ぎ足 すれ違う

コレなのである。上記2曲よりもかなり部の悪い立ち居地にいるのである。彼女の熱き想いをあたかも嘲笑うかのように…主人公様が恋焦がれる「あなた」は彼女の存在に全く気づくことなく、その横をアッサリコンコンと通り過ぎていくのである。

♪ねえ 好きですか
 つぼみだけのブーケ
 話しかける言葉
 ずっと迷ったのに

この花束を渡すために…どうやって切り出そうか、どうやって話しかけようか…こんな想いを悶々とさせながら、まちぶせしていた主人公様。でもその彼はその存在に気がつきもせず…たった今、彼女の横を風のように通り過ぎていったのである。そんな彼女に抱きかかえられていたというブツ、それが…

白い花束

であり、しかもつぼみだけのソレだったのである。

白=汚れのない最もピュアな色、つぼみ=これから開花する花

主人公様が彼のためにあえてつぼみだけの花束を選んだ理由、ソレは…

自己投影

おそらくはコレなのか。いわゆる‘レディ直前’の、ピュアでつぼみなる少女。要はこの花束は彼女自身であり、この花束を彼が受け取ってくれるということは…。

♪ねえ 見えますか
 わたしの指先
 流れ出ないように
 涙をたばねて
 あなたに贈るわ

だけれどもそんな彼女の想いはものの見事に打ち砕かれた。今、この主人公様の内部では涙が溢れかえっている。その涙つぶをたばねて、必死でおさえようとしている彼女。ここまでくると「うらめしや〜」の世界観?ってことになるのか。それこそ青白い顔して今にも消え入りそうな少女が立ちすくむ絵柄が、聴き手を執拗に襲ってきたりもするのである。この後の主人公様は…

♪あなたの左を 歩くその女性(ひと)は
 とても とても白い肌

と…そのお相手をも目撃するハメになるのである。それこそ楽曲の最後まで全く浮かばれることなく、失意のドン底へと突き落とされてゆくのである。

♪ねえ 好きですか
 赤と白のチェック
 あなたのシャツまねて
 こっそり買ったのに

こんなストーカーまがいのことまでして、彼との○○を熱望したというのに!

こうした内容のネクラ歌謡を唄いこなせた14歳…まさに当時の小川範子さんは恐るべし驚嘆の少女だったと言えようか。あの歌い方、あの表情、あの声、あのビブラート…どれをとっても完璧な仕上がりであり、彼女独特の‘うす暗い世界’を築き上げることに大成功しているのである。

この楽曲はテレビでのお披露目はさほど無かったと記憶するが、それでもイベントなどでは当時のティーン男子どもをすこぶる喜ばせ…

♪ねえ 好きですか

と範子が切々と唄えば…

「好きですよっ!」

と野太い声でコール返しをしていたという。こういう説得力のある歌を唄える逸材がアイドル全盛期に出現していたとしたら…一体どんだけの大化けをカマしたことだろうか。

範子さんのデビューは1987年。そう、羅針盤が示す方向を時代という磁場が狂わせ、徐々にその向きが翻弄し始めていた時期である。この曲はオリコン最高13位を記録し、4.9万枚を売り上げたものの、この楽曲が持つパワーと比較すると、ソレはどうにもこじんまりと収まってしまった感は否めない。もちろんこの時代を考えれば充分に健闘した部類に入るのかもしれないが、こうしたジミ場に収まってしまうには、あまりにももったいなさすぎるソレであり、涙なくしては語れない物語?そんな風にも思えてくるのである。まさに…

♪涙をたばねて 飾っているのよ

もちろんコレはワタクシメ個人における、思い入れがタップリコンコンの‘悔し涙’でのお話しになるのだけれどもネ。(笑)

それはそうと里帰りのために‘ぷち休業’どころか、かなりの長いこと筆休めしてしまったワタクシメ。こんなに長いブランクを作ってしまうと「チェリー、いい加減にしろよ!」と半ば呆れられているのではないか…ガクブルっと震えるワタクシメなのでありまする。このブログにご訪問してくださる常連の皆様は今でも…

♪ねえ 好きですか

というワタクシメからの問いには…

「好きですよっ!」

と答えてくれるのかしらん、ナゾ。涙をたばねるハメに陥る前に、あまりツッコンで聞くことはやめておきまする。(笑)


☆作品データ
作詞:川村真澄 作曲:中崎英也(1987年度作品・トーラスレコード)

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