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書庫☆80年代アイドルレビュー

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70&80年代における懐アイドルさん達の中には、その活動期間が短かったにもかかわらず、未だに根強いファンから圧倒的な支持を受け続けている…そんな方も多いもの。今回レビュってみようと思っているこの方も、そんなタイプの元アイドルさんだったりもする。‘元’と強調しているのには理由があるのである。なぜなら彼女の芸能活動期間はすこぶる短く…たったの2年ほど、あっさりと引退してしまったにもかかわらず、未だにファンサイトなども数多く存在する、そんな方なのでありまする。

表題の「私のモナミ」はキミーこと水野きみこさんのデビュー曲として、1982年5月21日に発売された楽曲。

水野さんは当時、渡辺プロダクションという大手の所属。同年4月には同事務所の系列から、渡辺めぐみさんが「ときめきTouch Me」でデビューを飾り、本レビューの主人公きみこさんはその後にデビューと相成ったもの。かといってイチオシではなかったワケでもなく、水野さんのデビューに関しては、新聞一面の全てを贅沢に使った‘デビュー告知’が打たれたり、デビュー早々にしてテレビのコマーシャルにもそのお顔を出すなど…かなりの気合と力は入れられていたようである。要はこの年度の渡辺プロダクションは二人の歌姫に、後発の坂上とし恵嬢も絡め、売り出し攻勢をかけていた…ということになる。

きみこさんのデビューのきっかけは、中学3年生の時に渡辺プロダクションの音楽学院に入学。そしてその後に同プロが開催したオーディションに合格したことによる歌手デビューと相成ったようである。

そんなきみこさんのデビュー曲は作詞を尾崎昌也氏、作曲を尾崎裕司氏が手がけたというもの。このお二人はかつてはeyes(アイズ)というユニットとして歌手デビューをカマしたこともあり、デビュー曲だった「WHITE LOVE」はオリコンでもそこそこの上位にチャートインするスマッシュヒットになっていたと記憶する。そんな彼等が手がけたこの作品、それこそアイドルのデビュー曲としてはお誂え向きといった風情の、実にさわやかで可愛らしいチューン。若葉の頃に歌手デビューをされた、初々しいきみこさんにはピッタリコンコンといった趣だったか。

若葉の頃…と言えば、そうそう。実は彼女のデビュー盤は色の付いた、いわゆる‘カラーレコード’といったシロモノ。そのお色は、デビュー時期に相応しい若草色と相成っていたのである。それにしても82年度はこのテのカラーレコードが多く…

黄色:「マイ・ボーイフレンド」 北原佐和子
青色:「イニシャルは夏」 新井薫子
白色:「待ちぼうけ」 堀ちえみ

コレに加えてきみこさんの若草色などなど…ちょっとしたカラーレコード戦争の様相を呈していたものである。82年当時の自分は中学生。それまではソノシートなどでカラフルな盤は目にしたことがあったけれども、通常のレコード盤で色つきというのは…うん、自宅にあったゴールデンハーフ(「黄色いサクランボ」)のソレがワイン色だったくらいのもので、通常は黒とその相場が決まっていた。だからなおさらコレクション魂に火を点ける…そんな特徴を持っていたのかもしれない。その後もこうしたカラーレコードはアイドル盤において続々と…

ピンク色:「殺意のバカンス」本田美奈子
赤色:「H-i-r-o-s-h-i」渡辺桂子
青色:「DEAR」(LP)早見優
ペパーミント色:「ペパーミント」(LP)石川秀美
緑色:「Ash Wednesday」川島なお美(+ハート型)
赤色:「都会の流星」風間ルミ(+ハート型)
ペパーミント色:「SILKY」(LP)坂口良子

などなど、このような色の付いたレコード盤を好むマニア達は、しこたまに散財させられるハメになってゆくのでゴザイマシタ。笑)

さて、反れまくった話を元に...。

きみこさんのデビュー曲「私のモナミ」のテーマとは…

ダイスキなあの人にモナミと呼んでほしい少女の物語

コレなのである。モナミ…と言っても「なんのこっちゃ?」って人もいるかもしれないので、ちょっとばかりのお勉強タイム。

“フランス語でmon amiと綴る。ちなみに男性に対してはこのように綴るが、女性に対してはmon amieと綴るのが正当。意味合いとしては「親友、友だち」。親愛の情をこめて使う”

こんな言葉らしい。が、この歌の中では「お友だち」以上のソレを求めているような…そんな設定だったりもする。辞書によっては「わたしの愛人」なんてのが出てきたりするのもあって…ちょっとぉ〜アイドルのデビュー曲よっ。笑)

そんなこの曲は…

チャラララ チャラッラ チャッラッラ チャラララ

という、アイドルポップスのお手本(アレンジは大村雅朗氏)みたいなイントロに引き続き…

♪電話のむこうから あなたの眠い声
 今夜も遅くなって 悪いと笑う
 
と唄い始めるきみこさん。はて…この彼は一体どこをほっつき歩いていたのかしらん。それでも健気にそれを受け止める彼女。だって愛しているんだもん!といった状況なのは言うまでもないか。

♪きっと今夜もまた 話をそらすのね
 いれたばかりの紅茶 冷めないうちに

あら?一応「どこ言ってたのぉ?」くらいの追跡調査はカマしていたようでゴザイマス。でもそそくさと話をそらす彼…そう、それは‘いれたばかりの紅茶が冷める前’にカマされ、あっとう間に片付けられてしまうのでありまする。

♪だからモナミ モナミ この言葉
 わたしをそう呼んでほしいの

そう、こんだけLook overしてあげてるんだから、アタシをモナミと呼びなはれ!とでも言わんばかりか。この曲のタイトルは「私のモナミ」となってるが、ここでは…

私をモナミと呼んで=私はアナタのモナミ

という図式になっているのが興味深い。タイトルが「私の…」へとすり変わったいきさつはなんだったのかしらん。

♪そうよモナミ モナミ 知ってるわ
 あなたは少し照れ屋だって
 それでもいい 待ってるから
 バラ色に頬をそめて

まだ彼側から「キミは僕のモナミだよ」というacceptが下りてない(←彼女的には「彼は照れ屋だから言えないの」って解釈だけど)ので「私はモナミ」と高らかに宣言できない状態。だから故の「私のモナミ」と相成りなんだろうか、おそらくは。バラ色に頬をそめて待ってるのはいいけれど…もしもモナミと呼ばれなかったら。石川ひとみさんのあのお歌じゃないけど♪旅立つわ明日は一人〜愛したのは私〜なんてことにならなきゃいいのだけど^^;。

この曲はオリコン最高57位、2.5万枚を売り上げてチャートインを果たした。惜しくもトップ50に食い込むことは出来なかったものの、新人歌手のデビュー曲としては合格だったのではないだろうか。最高順位は低めだったが、トップ50まであともう一息!といった位置にまで登りつめた楽曲だったので、今回はオマケ!とばかりにこちらでのレビューにしてみた次第なのでありまする。

こうして歌詞分析をしてみると、やっぱり‘たわいない’ソレとして分類される1曲なのかもしれない。内容的にはかなり薄っぺらいことは否めない。だけれどもこれでいいのである、だって夢を売るアイドル歌手の楽曲なんだもの。それこそ当時のきみこさんが大きなリボンの付いたキュートなワンピース姿で、この曲を可愛く唄ってくれる…それだけで合格◎だったのでありまする。楽曲的にはメロ、そしてアレンジともに申し分ないのは言うまでもない。アイドルポップスのお手本といった風情がムンムンのイントロ、そしてエンディングをとっても抜かりナシといった仕上がりっぷりである。

きみこさんの歌唱に耳を澄ませてみると、うん…どうだろうか。正直なところ歌手向きのソレとは言いがたいようなお声というか、なんというか。音程は充分に取れている方だと思うのだが、どうにもこうにもお声が前面に出てきていないし、声としての抜けもなんとなく良くない印象もあったりで。デビュー曲は上記のようになかなか好調な滑り出しで、82年組における他同期ともさほどの差はなかったきみこさん。第2弾以降(セカンドは「夢見るアニー」)で失速気味になったのはそういった点や、あまりに対象年齢を下げすぎた楽曲が原因?ってのも考えられるのか。当時における新人アイドルの第2弾ってのは、その後の運命を左右するほどに非常に大切なソレだったワケで…ソレを考えるときみこ陣営はもうちょっと曲選択に関しては慎重にしてほしかったものか。

それでも、きみこさんは新人賞レースの前半戦では大活躍。「メガロポリス歌謡祭」では本選に駒を進ませる1人として選出。「歌謡大賞新人まつり」においてはこちらも大勢のエントリー新人歌手の中から選出され、歌のお披露目が出来るという栄誉を手にされていたりもした。ナニを隠そう、この大会はあの明菜さんが落選したソレ…でもありましたよね。但し、こうした好調の波も夏あたりを境にプッツリ。日テレ音楽祭・新人賞ノミネートで落選しツチがついたのか…その後はコレといって目立ったご活躍もなくなっていってしまったのが残念でもある。80年代に入ってからの渡辺プロダクションは81年といい、82年といい…失態が目立ったもの。

♪だからモナミ モナミ この言葉
 わたしをそう呼んでほしいの

当時のニッポン男児諸君がキミーのことを...

モナミ

と慕い憧れる…そんなストリームを作れなかったのは残念しこたまか。

☆作品データ
作詞:尾崎昌也 作曲:尾崎裕司(1982年度作品・ポリドール)

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さてさて、今回の「80年代アイドルレビュー」…おそらくは春爛漫な気候になってきたであろうニッポンに合わせまくり、ぜひとも春らしいハルウタど真ん中ってのをレビューしたいなと思った次第でありまして。こちらメルボルンの季節は確実に秋へと…その歩を進ませているのだが、そんなことはおかないなしにハルウタで攻めてみたいと思うのでゴザイマス。でそのお題目とは…

うふふ

このお方でゴザイマス。レビュー冒頭からなにやら「え〜っ?」と共鳴するお声が聞こえてきそうな悪寒がしこたま。だってアーチストでしょ…ってソレは確かにごもっともなのでありまする。しかし…この方が歌手としてデビューされたのは1980年3月21日という新人としてはイチオシの時期デビュー!若干20歳の頃であり、デビュー当初は聖子さん、奈保子さん、よしえさん等の同期新人歌手とともにアイドル雑誌のグラビアなどを飾っていた方なのでゴザイマス。しかも当時のハイティーンの男の子達がお世話?になっていたという人気誌「GORO」では、なんと‘水着のグラビア’までもご披露された経験があるという…これはどう見ても「80年代アイドルレビュー」にてレビュる価値がありあり!とにらんだワタクシメ。ってなワケで今回は強引にもあの方が放ったこのハルウタをレビュってみたいと思うのでありまする。シュガーもプリプリも出したからOKかしらん。(笑)

表題の「う、ふ、ふ、ふ、」は、EPOさんのシングル第5弾として1983年2月5日に発売された楽曲。

EPOさんと言えば、そのユニークなネーミングがいつも話題の的になっていたものだが、その由来はコドモ時代のお友だちからそのように呼ばれていた…ということから派生していたと記憶する。当時はそれこそ雑誌やらラジオやらにお出ましになるたんびに、ソレに関しての質問攻めにあっていたような…そんな記憶のかけらが残っていたりもするのでありまする。

そんなEPOさんはアイドル歌手としての接点もかなり多く…

「春色のエアメール」 松本典子
「内気なキューピット 島田奈美
「くちびるヌード」 高見知佳
「ニュアンスしましょ」 香坂みゆき

などなど…いずれも実に春らしい雰囲気をしこたまに湛えた楽曲を、当時のアイドル達にご提供されていたもの。このブログのご訪問者様の多くもこうした楽曲がお好きであるというご意見が圧倒的に高かったりもする。おそらくその魅力とやらはEPOさんにしか書けないであろう、その独特のメロディーラインにあったりもするのか。なぜなら上に挙げたどの楽曲も、他歌手が歌唱しているにもかかわらず、その独特メロのせいで聴き手の頭上右上あたりに…

エポさんのお顔とお声がポエ

っと浮かんでくるのである。松本典子さんが唄った「春色のエアメール」に関してはソレが非常に顕著であり、あたかも典子さんにマンツーマンでの歌唱指導を買って出たとおぼしき…実にEPOちっくなお色で満開になった1曲となっているのである。

さて、そんなEPOさんが作詞・作曲の両方を手がけた表題曲。この曲は資生堂における83年春のキャンペーンソングとして使用されたもので、EPOさんにとっても♪チャンスチャンス〜今がチャンス〜歌手としては‘大波どんぶりこ’といった状況下のチューンだったのである。このCMで売り出されていた化粧品ブランド名は「フェアネス」というソレで、その際のキャッチコピーが…

くちびるには春の光を、目元には春の輝きを

であり、その商品コンセプトとやらが…

アクティブな色 コンサイスな形

である。アクティブ=活動的、コンサイス=簡潔な、簡明な…という意味になるので、要はよりアクティブになった当時の女性達に向け、より簡潔にそして美しく仕上がるコスメよん!ってのがウリだったのかと思われ。まぁ、こうしたコンセプトは当時の春キャンコマーシャルにも色濃く出されていたようで。お隣で新聞を読んでるのは大会社の社長さん?で、モデルさんが秘書ってな設定なんだろうか。それにしてもなんと不釣合いなコンビ(←社長役の方、ゴメンなさい)。それこそこんな美しい秘書が隣に座ってたら、社長さんも気が散って新聞読むどころの騒ぎじゃないだろう。(笑)

♪うららかすぎる 日ざしのまやかしで
 街中 何だか いきづいている

だからなのかなんなのか…社長さんだってそのまやかしにあったのよ。でもって忘れかけていたオトコの本能が再び息づいてきちゃったのね。いえいえ…この社長さんは秘書がちゃんと仕事してるかどうか、確認してるだけなのよ、うふふふ。まぁ、要はその真隣りにいる社長さんすらも気がつかないほどに‘簡潔に’お化粧直しができるコスメキットなのよん!ってな宣伝もシカリと出来ているようでゴザイマス。

♪まばゆい春の 南風はいたづらに
 ブラウスのそでに 軽くそよいで

それにしてもこの曲における特筆はこの美しく流れるようなメロラインだろうか。当時のレベルだと歌謡曲作家にはこのような懲りまくったコード進行を駆使して曲を作れるってな方はさほど多くなかったと記憶する。この曲はソレがまさに単なる歌謡曲とは異なる部分でもあり、EPOさん的にも洗練加減を見せびらかす絶交のチャンスだったのと思われ。それにしても実に斬新で、かつ…

うららかすぎる

こんなお言葉がピッタリコンコンの、スムースに流れる実に春らしいメロラインに脱帽である!

♪うふふふ ちやほやされて うふふふ
 きれいになると うふふふ
 うふふふ 悪魔したくなる

当時のEPOさんはこの曲を引っ提げ、その才能をちやほやされたに違いないだろう、おそらくは。それにしても美しくなるとちょっとばかり小悪魔になってみたくなる…ソレは一理あるか。だって信じられないくらい簡単に‘獲物’がひっかかってくるのだものねぇ。それこそ‘エビでタイを釣る’ことだってなんらムズカシイことではないのでゴザイマス。やっぱり外面がキレイってのは‘つかみはOK’ってな風向きに持ってくためにはかなり優勢のようで。こちらオースにもブロンド&青い瞳の美少女はそれこそたくさんいるなれど…どうにも我の強い○ッチの多いこと!やっぱり人間としてイチバン大切なのは‘中身’であると断言したい筆者なのでありまする。(笑)

♪うふふふ 毎日誰か うふふふ
 見られることが うふふふ
 うふふふ ビタミンになる

コレはまさしくホントのことかと思われ。ウソでしょ…って思う方は80年代アイドルのシングル盤をデビュー曲から順番に並べ、そのお顔立ちをじっくりと拝見して下さいませ。もしかしたら中にはお○○しをカマした成果がドップリと出たわん…なんてアイドルの方もいたのかもしれないけれど…。(笑)それにしても皆さん、盤を追うごとにどんどん磨かれていったもの。特に石川秀美ちゃんや柏原‘うふふ’芳恵さんあたりはソレがもっとも顕著に現れたアイドルだったのではないだろうか。これらの方々はビタミン吸収率とやらがバツグンによかったのね、おそらくは。

♪たまに見せる涙を 優しい武器にかえて

サビとサビのつなぎ目で使われているこの歌詞…ここら辺りにも80年代の、レディ80(←ライバル会社のブランド名だったか^^;)、当時の新しい女性像が描かれている部分でもあるか。もっと美しく、もっとしたたかに…女性の自立宣言が声高らかに謳われていた、そんな時代だったのでゴザイマス。

この曲はオリコン最高7位、26.3万枚を記録して大ヒット!これはもちろんEPOさんにとってもお初のトップ10ヒットと相成ったのでありまする。デビュー当時から…

●「DOWNTOWN」※デビュー曲
●「Park Ave.1981」※シングル第2弾
●「土曜の夜はパラダイス」※シングル第4弾

といったオシャレな楽曲を歌い、注目されていたEPOさんにとったらこのヒットはアーチストとしての将来を約束する、それこそ…

う、ふ、ふ、ふ、

なヒットだったに違いないか。それにしてもEPOさんにおけるセカンドシングル「Park Ave.1981」のレコジャケったら…聖子ちゃんカットなのね。しかもサイドの髪をはらりとするポーズだって女王が歌唱中によくやられていたソレでゴザイマス。ソレに↑の表題曲レコジャケだって…EPOなんてお名前のロゴマークまで入っちゃったりなんかして。なんだか伊代ちゃんにおけるデビュー当時のレコジャケロゴにも負けず劣らずで、まさにしてやったりの…

う、ふ、ふ、ふ、

だったようでゴザイマスね。(笑)

☆作品データ
作詞・曲:EPO(1983年度作品・RCAレコード)

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先日、このブログでレビュらせて頂いた「ニートな午後3時」。その曲はそのレビューでも触れたとおり、1981年に資生堂における‘春のキャンペーンソング’としてオンエアされたモノである。キャンペーンソングと言えば、その起源は70年代にまで遡り、その殆どがシンガーソングライターと呼ばれた方達により唄われた作品で占められていたもの。そしてその時代が70年代後半へと移ると…

「春の予感」 南沙織
「不思議なピーチパイ」 竹内まりや

など…元アイドル?若しくはかなりアイドル寄り?なお方のソレによる起用はあったものの、純粋アイドル歌手達にそのお鉢というのはなかなか回ってこなかったものである。

その殻をウチ破ったのが…そう‘強運ムキ出しアイドル’として知られた松田聖子さん。彼女は言うまでもなく、80年代アイドル界におけるその頂点に君臨、そして‘女王’の名を欲しいままにした方…である。

そのようなワケで、今回はそんな‘女王’が放ったの‘春の一撃’をレビュってみようと思うのでありまする。

表題の「Rock'n Rouge」は松田聖子さんのシングル第16弾として、1984年2月1日に発売された楽曲。この曲は前述したように化粧品会社における春のキャンペーンソングとして起用。社は業界大手のカネボウ、しかも聖子さんご自身がモデルとなりにそのコマーシャルに出演!そして純粋アイドル歌手の楽曲を採用&ご本人様をモデルとして起用という、ダブルでは‘お初’となる快挙をカマし、とにかく話題には事欠かない楽曲と相成っていたのである。

しかも作家陣を見てよ!

作詞:松本隆 作曲:呉田軽穂 編曲:松任谷正隆

なんとも豪華な布陣でゴザイマス。それこそ、この楽曲を取り巻く状況だけで数十分くらいは語り続けることが出来そうな…そんなどハデぶりもウリだったと言えようか。

この頃の聖子さんと言えば、80年代アイドル界において押しも押されもしないトップの座に君臨。その断トツなご活躍っぷりを見るにつけ、その座は当分の間‘揺るぎないモノ’との予測が立てられていたものである。しかし、1982年5月にスタ誕から実力派として新人歌手がデビュー、彼女が同年の夏以降に予期せぬ大ブレイクを果たし、秋口に出した新曲では70万枚を超えるヒットを達成。翌年もそのままの勢いを保持しながら立て続けに40~50万枚以上を軽く叩き出す大ヒットを連発していったのである。

これまでは向かうところ敵ナシ!それこそたくさんのフォロワー達を支配下に、太陽の光が満ち溢れる王国を築いてきた聖子さん。しかし、そんな王国の太陽を沈ませようとする刺客が登場、その王国占拠を虎視眈々と狙っていたのである!ソレがこのブログで俗に言う‘太陽の女王vs月の女王’そう、女王同士による熾烈な‘オンナの闘い’の様相を呈したソレである。しかも、かつてはたくさん存在していたフォロワー娘達もどんどん敵側に寝返りだし…。

そんな状況にいた女王だったからこそ…実現できたであろう実に豪華な1曲。これが表題の「Rock’n Rouge」だったのである。

なんせタイトルだけを考えてもこの楽曲は異質である。なぜならこれまでの聖子作品のタイトルは

○○の
○○い
○○は

といったものが殆どであり、ソレラの例に漏れたのは…

「Eighteen」
「チェリーブラッサム」
「風立ちぬ」
「Sweet Memories」
 
くらいのもの。しかも最初のは両A面のカップリング曲、そして最後の楽曲は元々B面扱い&例のCMで話題になって面をひっくり返した楽曲だったこともあり、例外的作品と分類される作品とも言える。こんなことから考えてもそれまでのパターンを打ち破る作品を作りたい!そんな強い思いがひしひしと伝わってきたりもして。まさにこの曲は‘王国’を死守するために女王が挑んだ大きな賭け…だったとも言えるのか。

チャチャ〜チャチャッチャ チャチャチャ〜チャッチャ

もう、この曲はイントロからして聴き手を惹きつけまくる。文句のつけようがないカッコ良さである。それこそ曲の導入部分を耳にしただけで‘売れ線’というこの3文字が脳裏をユラリンコンとよぎっていく…そういった実に気の利いたアレンジが施されたイントロである。さすがはユーミンの旦那様、松任谷正隆氏である。

♪グっと渋い SPORTS CARで
 待たせたねとカッコつける
 髪にグリース光らせて
 決めてるけど絵にならない

♪1ダースもいるGIRL FRIEND
 話ほどはもてないのよ
 100万$賭けていい
 アドレスには私きりね

これまでのシングル曲とは明らかに違う作風。タイトルが指し示すとおりに、ロック風な味付けが施されており、それまでの女王によるぶりぶりな王道路線とはやや異なる風味を持っていたりもする。女王とロックと言えば、この曲以前にも「Eighteen」ではドリーミーなオールディーズ、アルバム曲などでモータウンに挑戦したり、ポッキーのコマソンとして「ポッキー・オン・ザ・ロック」なるロックンロール風の楽曲なども存在していたもの。おそらくはそのように過去に実験され少しずつ出来上がってきていた下地をこの大勝負で持ちこんで一気に畳み掛け!という狙いを含んでの策?だったのかと思われるのである。

それにしても女王が唄うとなぜにこうも‘高品質’になるのだろうか。それこそこのテの歌詞やモチーフは他アイドル歌手のソレにも見受けられた普遍のテーマである。しかし、それらのどれもこれもがこれほどの高貴な佇まいを見せることは決してなく、言葉は悪いけれども結果的には‘チープ’なお味すらも漂わせてしまうものが殆どだったと記憶するのである。このようなアイドルポップスファン以外をも唸らせる強力なパワーと洗練度を兼ね備えた‘高品質’加減。これこそが女王楽曲の特徴でもあり、他アイドルからの追従を許さない最大の魅力でもあったワケなのである。

ここまでずっとロック調のメロで押しまくってきたこの楽曲…だけれども聴衆が女王に対して求め喜ぶお事柄だって決して忘れないの。それがサビの…

♪PURE PURE LIPS 
 気持はYes
 KISSはいやと言っても反対の意味よ
 PURE PURE LIPS
 待っててPLEASE
 花びら色の春に I WILL FALL IN LOVE

ココなのである。曲前半におけるロック風味は影を潜め、ここでは女王本来の持ち味を十二分に発揮。それこそ十八番(オハコ)にしていた‘しゃくり上げ唱法’だって、ちゃんとご披露できるように仕組まれていたりもして。蝶よ花よ舞い踊るような春色‘ピンキーピンク’アレンジが聴き手の気分をワクワクさせる。それこそお花の形をしたキュートなイヤリングが両方の耳から覗く…そんなアクセがピッタリコンコンとお似合いだった女王ならでは!要は女王お得意の王道ぶりぶりメロを、楽曲の中でイチバン重要な‘サビ’に持ってくるという抜かりのなさ。これはまさに従来からのファンを満足させるためのサービスだったのかと思われ。

そして前半のロック風味のメロは新生ファンの構築をも視野に入れて作られたとおぼしきソレであり…女王とそのスタッフ陣営による練りに練られた策だったのではないか、そんな風に感じるのである。こうした特徴こそがこの曲における特記事項であり…

●これまでのシングル曲とは異質な前半部分
●その部分とのコントラストにより更に際立たされるサビ部分
●女王健在ぶりを聴衆に強力にアピールできるインパクト抜群なメロとアレンジ

「Rock’n Rouge」は一挙両得!それこそ…

聖子のばざぁ〜る

といった趣の、女王ワールドのすべてが全開ムキ出しの青空マーケット状態。聴き手をワクワクにさせ、しかもハルウタ(春キャンソング)としての要点をもきちんと抑えた…実に抜かりのないスバラシイ1曲だったのでゴザイマス。

この楽曲はオリコン最高1位、67.4万枚を記録し、女王としての貫禄を大いに見せつけた。それこそ、この売り上げに対抗し堂々と渡り合えた当時アイドルは…やはり月の女王くらいだったもの。この後も両女王は下記の比較表のように…

両女王・闘いの歴史松田聖子中森明菜
1982年「赤いスイートピー」 50.0万枚(デビュー前)
「渚のバルコニー」 51.4万枚「スロ-モーション」 17.4万枚 
「小麦色のマーメイド」 46.7万枚「少女A」 39.6万枚
「野ばらのエチュード」 45.0万枚「セカンド・ラブ」 76.6万枚
1983年「秘密の花園」 39.6万枚「1/2の神話」 57.3万枚
「天国のキッス」 47.1万枚「トワイライト」 43.0万枚
「ガラスの林檎」 85.7万枚「禁区」 51.1万枚
「瞳はダイヤモンド」 56.7万枚(1983年、明菜さんは3枚のみ)
1984年「Rock’n Rouge」 67.4万枚「北ウイング」 61.4万枚
「時間の国のアリス」 47.7万枚「サザン・ウインド」 54.4万枚
「ピンクのモーツアルト」 42.4万枚「十戒(1984)」 61.1万枚
「ハートのイヤリング」 37.6万枚「飾りじゃないのよ涙は」 62.5万枚

※「ガラスの林檎」は「SWEET MEMORIES」、「瞳はダイヤモンド」は「蒼いフォトグラフ」とそれぞれ両A面。

熾烈なデットヒートを繰り広げていくことになった。しかしながら、さすがの女王も最大のライバルだった月の女王からの激しい追い上げと突き上げにより、1984年後半にもなるとその息も絶え絶えになっていた感は否めなかったか。この年度こそが…

♪ちょっとブルーに目を伏せた

そう…これまで無敵を誇ってきた太陽の女王が、初めてその目を下向きにしたという‘修羅場’だったのである。この闘いは12月31日の‘あの大舞台’にまでもつれこんだ。両女王それぞれが光モノの衣装に身を包み、火花をバチバチと散らすような白熱のパフォーマンスを魅せたもの。しかも、お互いのパートナーまでをも引き連れてね。まさにこの年度が両女王による対決の白眉であり、アイドル界全体がその頂点を極めた時…まさにソレに他ならなかったのである。

☆作品データ
作詞:松本 隆 作曲:呉田軽穂(1984年度作品・CBSソニー)

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コレを読んでる皆様の日曜日における過ごし方ってのはどんな感じなのだろうか。

ショッピングを楽しんでみたり?お友だちと会ってカフェでチャット?趣味に没頭してみたり?家族サービスにいそしむお父さんがいたり?はたまた「日曜日なんて子供の世話で1日明け暮れちゃうわ」なんて♪嘆きのマンデーならず‘嘆きのサンデー’なる奥様もいらっしゃることかと思われ。

それでは、少しばかり時代を遡った昭和のあの日あの頃の日曜日はどうだったのだろうか。コレはあくまでも関東に生息していた筆者の体験談になってしまうのだが…

午前中はラジオのベストテン番組をチェック

そう、あの頃はそれこそ各局が競うようにたくさんのランキング番組を放送していたもの。例えば…

●ロイ・ジェームス「不二家・歌謡ベストテン」||
●井上順「歌謡紅白ベストテン」
●森田公一「青春ベストテン」※アシスタントは小島一慶

などのてんこもり状態。これらの全てが日曜日の午前中に一挙放送!…と、今となっちゃ驚きの事実だったりもする。中でも筆者はロイ・ジェームスさんの番組で実施されていた「順位予想当てクイズ」ってのがお好みでゴザイマシタ。だって当たれば1位〜3位までのレコード盤をすべてゲットできるという、実に太っ腹な企画だったのでゴザイマス。歌謡曲好きにとってはそれこそ願ってもないビッグな贈り物。しかしながら番組のクイズに応募するためには、不二家のルック等の製品を購入、その空き箱を送れ!などという(←売り上げ増進のためだったのか?)しちめんどくさい指令も付属だったのは言うまでもないか^^;。

で、日曜の午後はというと、ラジオにプラスしてテレビ番組なども絡んでくることになり…

●「クイズ!ドレミファドン」
●「ゲラゲラ45」||
●「全日本歌謡選抜」※司会は小川哲哉
●土居まさる&相本久美子の「TVジョッキー」
●関口宏の「歌謡ドッキリ!大放送」

などなど…これらの番組を掛け持ちしながらの‘忙しい日曜の午後’が過ぎてゆく…そんな感じだったもの。これらに土曜日の番組を含めると♪コ〜セ〜化粧品〜歌謡ベストテン〜他社の化粧品コマソンがランク入りしない番組(笑)とか、ニッポン放送・高島秀武の「オリコン全国ヒット速報!」(←100位〜1位までを一挙に発表してくれるヤツね)などなど…それこそ当時のテレビやラジオ番組は歌謡曲黄金時代を物語る番組のオンパだったワケなのでありまする。それこそ今のご時世じゃ絶対にあり得ない充実っぷりでゴザイマシタよね。

このようなワケで今回はその日曜日の過ごし方にコジつけさせて頂き、あの方が放った日曜日関連の1曲をレビュってみたいと思うのでありまする(←どうでもいいけど前置き長すぎ^^)。

表題の「夢見るSeason」は、伊藤つかさちゃんのシングル第3弾として1982年2月21日に発売。

つかさちゃんと言えば、「3年B組金八先生」における第2シリーズで生徒役を演じて人気に火をつけ、「少女人形」という曲を引っさげてアイドル歌手としてデビュー。で、そのデビュー曲はオリコン最高5位、36.2万枚を記録する大ヒットになってしまった…というお方である。で、彼女の人気を更に煽る結果となったのが…

労働基準法

という法律だったか。要は15歳未満の未成年者は夜8時以降の番組に出て商売してはならぬ!というお取り決めだったもの。これがネックとなり、つかさちゃんはデビュー曲が大ヒットしていたというにもかかわらず、夜の時間帯に放映があったベストテン番組や大型歌番組への生出演がまったく出来ないという始末。

ただあの時点ではテレビ局側でもかなりの手探り状態で自主的に実施していたとの記述もあったりで。要はソレを芸能人にあてはめるべきなのか否か…この辺りが当時はグレーと化していたようなのである。たしかにねぇ…筆者の記憶によればつかさちゃんの人気沸騰以前には15歳以下未成年のアイドル歌手が夜8時以降の生放送番組にフツーにご出演されていた(例:「リトルキッス」を「紅白歌のベストテン」で唄ったミルクやデビュー当時は14歳だったトレモロさんなど)かと。その頃はまだ取り締まり強化前だったのか、ナゾ。(笑)

そんなつかさちゃんの表題曲…この曲の作詞、そして作曲を担当されたのは原由子さん。そう、サザンの紅一点なあの方である。この曲以前のつかさちゃん楽曲は…

デビュー曲「少女人形」 作曲:南こうせつ
シングル第2弾「夕暮れ物語」 作曲:加藤和彦

と大物作家の目白押し。表題曲もこれらに続け!とばかりに大物を起用したという、なんとも豪華なチューンとなっていたのでありまする。しかもこのシングル盤のB面に収録された「春風にのせて」は作曲が大貫妙子さん(!)という、これまた豪華絢爛。いやはや…当時のアイドルは本当にゴージャスでしたわね、作家陣が。

♪春が来ればきっと めぐりあえるはずよ
 髪をなびかせて 笑いかける
 目と目が合ったなら すぐに気づくはずよ
 そんな予感がする この頃

こんな歌い出しで始まるこのチューン。ここで描かれている季節は歌詞にもあるように、春のちょっと手前の…まだ少し肌寒い頃である。気温的には似たり寄ったりでも秋のソレとはどこか違う…それこそ何か新しいことでも始まりそうな、希望に満ち溢れた頃合いでもあるか。春の良さはそこら辺りのワクワク感覚…でゴザイマスよね。

そんなこの曲のテーマは…

恋の訪れを密かに期待する少女

コレである。恋するキモチにドキドキ&ワクワクしてしまう…そんなミルクティーン世代の夢見る女の子を、実に愛らしい旋律で綴った1曲となっている。

♪一人の日曜日はつまらないけど
 たとえば好きな人に誘われたら
 二人で過ごす時は 恋の気分で
 少しだけせのびしたいの そんなSunday

日曜日…キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!
このレビューの冒頭で皆さんに日曜日の過ごし方についてお伺いをたてたのは、実はこの歌詞のせいなのである。たったこれだけのために記事の半分を割いてしまったワタクシメ…ディープに反省。それにしてもアイドルがカマした曲で、日曜日関連のお歌と言えば…

●「日曜日はストレンジャー」石野真子
●「サンデーサイクリング」川上麻衣子

あたり?タイトルは失念したが、ユニークなお声が特徴だった詩織ちゃんが唄っていた…なんだっけ?「日曜日はおヒマ」だったかな…そんなのもあったような。ただ、日曜日ってのをタイトルに宛がった楽曲はあるにはあるのだけれども、その数はさほど多くはなさげのようでもある。題名やアイドルという枠に絞らなければ、マッシュルームカットの万年好青年がギター片手に唄ったアレとか、不二家ソフトエクレアのコマソンを唄ったあの方が、活動初期のアルバムに収録したアレとか…色々あったりするのだけれども。(笑)

♪心の中はまだ寒いけど
 恋がめばえたら 素敵なSeason

この楽曲…時期的には今頃がまさしくピッタリコンコンか。頬そよぐ風がまだ少し冷たい早春の頃。恋というものがその興味の殆どを占める年代の…とある女の子のキモチを実に‘女の子らしく’キチントと描いた楽曲。それこそ当時のつかさちゃんのイメージにはお誂え向きでゴザイマシタよね。

「たとえば好きなヒトに誘われてぇ、恋が芽生えたらぁ〜春という季節はもっとすてきになるのぉ。」

こうしたテーマを‘たわいない’という枠で括ってしまえばそれまでである。しかし以前にもこのブログにおけるナオナオ記事でも触れたとおり…この‘たわいなさ’こそが70&80年代アイドルポップスにおける醍醐味であり、最大の魅力だったもの。それこそ…

♪春が来ればきっと めぐりあえるはずよ

いえいえ…こうしたお味は、今現代の楽曲においてめぐりあいたいと思ってもなかなかめぐりあえるものではないのでゴザイマス。また、主人公様とまるっきり同じキモチを共有したい!と願っても、時代の違いのせいなのか…ソレがムズカシくなってしまった、いわば今となっては‘ノスタルジィ’な楽曲だったりもする。それこそ、もう決して戻ってはこないあの日あの頃が、歌詞の中に‘うんとこさ’と詰め込まれた…そんな一品。楽曲全編に渡って散りばめられた春らしさもさることながら、僕らがまだティーンの頃の‘夢見るSeason’…そんなキモチを再び思い起こさせてくれるような…素敵な1曲だったりもするのである。

お出かけする土曜日や日曜日はそりゃ楽しいものだけど、たまにはお家にいて…

♪一人の日曜日はつまらないけど

いえいえ、そんなこと言わずに…つかさちゃんのような懐アイドル達が放ってくれた‘たわいない’チューン達をタップリコンコンとご堪能。そして昭和の楽しかった日曜日を振り返りながら過ごす2009年の日曜日…ってのも「はるか、ノスタルジィ」ちっくで…

♪そんなSunday

も素敵かしらん?そんな風に感じる筆者なのでゴザイマス。ちなみにこの曲、オリコンでは最高11位、14.1万枚を売り上げてヒットをカマしておりました。

☆作品データ
作詞・曲:原由子(1982年度作品・徳間ジャパン)

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このブログでは以前にも中森明菜さんの「少女A」によるブレイクを発端とした‘青い性’ムーブメント、そしてソレを追ったアイドル歌手達に関しての記事を何度か書いたことがある。今回はその中からまだ未レビューの1曲をピックアップ…いつものようにレビュってみたいと思うのでありまする。

表題の「モナリザに誘惑」は、現在も女優サンとしてご活躍中、北原佐和子さんのシングル第4弾として1983年1月21日に発売された曲。

作詞はもちろん売野雅勇氏、作曲は芹澤廣明氏…という、「少女A」におけるソレラと全く同じコンビにより手がけられた楽曲である。このコンビと言えば、同年に桑田靖子さんがデビュー曲として放った「脱・プラトニック」を思い起こす…なんて方も多いかと思われ。しかし表題曲の発売日を見てよ!この作品は桑田さんのソレよりも2ヶ月ほど早かったのである。1983年1月…という発売時期を考えても、この作品は「少女A」大ブレイク余波による両氏の‘後追いワーク’という解釈に間違いはなさげであり、また、この「モナリザに誘惑」こそが「少女A」の流行に目の色を変え真っ先に挑んだ‘喰い付き第1号’だった…ということになるのかと思われ。

そんなノリノリ&勢いのあるコンビにより作られたこの曲…実はこのチューンにはキャッチフレーズなるものまでが付けられていたのである。ソレが…

初めはゾクッ。二度目でヒヤリ。三度目からは切なくニヤリ。

コレである。キャッチフレーズと言えばあの頃はその歌手自体に付けられるもの…というのが定番だったのだが、この楽曲にはソレが…。しかもレコードジャケットにまで堂々と印字されていたのである。おそらくはこのチューンをタップリコンコンと堪能してもらうがための策?だったのか、おそらくは。

北原佐和子さんと言えば‘女たのきん’として人気を博したパンジーの一員でもあり、1982年のデビュー年にはそれこそお人形さんみたく愛くるしいお顔つきで♪マイマイマイボォ〜イフレン〜と、アイドル然としたお歌を唄われていた方である。そんな彼女がこのキャッチフレーズと共にイメージをガラリと変え、人気作家を従えて挑んだ年明け第1弾。要はこの曲、佐和子さんがその歌手生命の全てを賭けカマしたという‘大勝負曲’だったのでないか…そんな風に感じたりもするのである。だってなんだかこの曲には並々ならぬ気合とやらをひしひしと感じるのよねん。(笑)

これだけの気合が注入されたこのチューン…作風はモロに「少女A」を踏襲するようなソレ。歌詞に関してのモチーフにこそやや違いが見受けられるものの、かなり似通った作品となっている。しかも、そのメロったらば…スゴいんだから。

♪あなたのこと いちばん好きなのだけど
 不思議だわね ときどき息苦しくなる

ここは歌の冒頭部分である。いわゆる‘頭サビ’と言われる展開になっており、初っ端から‘佐和子節’が炸裂する展開である。それにしてもここのメロ…どうよ、コレ。これこそが「少女A」の世界観にドップリコンコンの理由ではなかろうか。そう、例のイントロにおける♪チャラララララ〜と半音ずつ段階的に下がっていくというアレ。その手法はそっくりそのまんま…しかもイントロではなくソレを歌部分にネジ込んじゃった!ってのがこの楽曲における大特筆すべきお事柄なのでゴザイマス。楽曲に半音が組み込まれるとその歌唱に関する難易度はグイっと上がっていく…というのが一般的な結果論でもあるのだが、その難技を佐和子さんに宛がってしまうという大胆不敵加減…いやはやなんともステキ!ちなみに編曲を担当されたのは萩田光雄氏。言うまもでもなく、この部分こそがこの楽曲におけるハイライトなのでありまして…フラつき気味な佐和子さんの歌声+難解極まりないメロの組み合わせにより生み出される不安定さに勝るモノはなさげ。

それこそ、コレを唄う佐和子さんのお姿をテレビで拝見するのは、なんだか…

命綱ナシの曲芸

でも見ているかのような…そんなヒヤヒヤ加減だったもの。でもこれこそが佐和子さん歌唱における魅力でゴザイシタよね。

♪女の子はみんなもってる
 自分でもわからない微笑
 モナリザだわ 年頃は
 罪なくらい男の子達 惑わせつづけるの

コレを読んでる女性の皆様…真実かしらん、コレ。自分でもわからない微笑とやらを駆使したご経験などがございましたらぜひコメント欄にて…なんて。(笑)

♪赤く赤く 赤く赤く 
 胸のどこかに炎が見える
 もう一人の 素顔の私
 驚くほど大胆に 誰かに微笑んでるわ

コレが一般的によく言われる‘魔性’ってヤツなのか。私の中のもうひとりの私…自分が自分でなくなるようでコワイ!というよりも、このお歌の主人公様の場合はこうした発見に悦楽を見出してるかのようにも思えたりで。

♪どうぞあなたお願いなの 
 もっと強い愛で縛って
 身動きさえ出来ないほど
 
ひゃ〜スゴイ歌詞。なんだかヒモとかろうそくとか...そういった妙なモノがご登場と相成るアブノーマルな世界観すらも漂ってきちゃったりもして(←単なる邪推かしらん^^)。あなたの愛で私をメチャクチャにしてぇ…とでも言わんばかりのソレなのである。で、この後に続くのがこの曲の‘準ハイライト’でもある…

♪くちづけでつなぎとめて くちづけでつなぎとめて

この絶叫2連発!!お人形さんのようなお顔から繰り出されるこの性なる絶叫…一体コレで何人の男の子たちをイカせたのかしらん。いや〜これで前述したキャッチフレーズの意味がたった今…腑に落ちましたわ、しかもドロリンコンとね。(笑)

この曲はオリコン最高74位、1.3万枚を記録して100位以内に目出度くチャートイン。これで佐和子さんのチャートイン楽曲はデビュー曲「マイ・ボーイフレンド」から4連続という結果と相成ったが…。通常ならばこの売上だと「番外編」にてうp!ってことになるのだが、佐和子さんは現在も現役バリバリだし、女優さんとしてNHK大河ドラマにもその名を連ねるお方でもありまして…ソレを考慮した上でのコチラでうPなのでありまする。

ただこの表題曲、一応はランクインしてみたものの…

「マイ・ボーイフレンド」 25位 6.6万枚
「スイート・チェリーパイ」 53位 3.7万枚
「土曜日のシンデレラ」 72位 1.1万枚

そのレコード売り上げは、新曲を出すごとにジリ貧気味。シングル第3弾だった「土曜日のシンデレラ」などは新人賞レースの勝負曲として、テレビでもしこたまオンエアされていた曲だし、仕上がり的にとっても優れた作品だったように感じていたのだが。意外と売れてなかった(←ってか更に下向き^^;)って事実にちょいとビックリコンコンでゴザイマス。個人的にはこの表題曲や「土曜日のシンデレラ」は佐和子さん楽曲における‘ラメのリボンを結んであげる’的作品なのだけれども。この後も…

「さむい夏」 125位
「ガラスの世代」 132位
「夢で逢えたら」 140位
「砂に消えた涙」 200位圏外
「悲しきカレッジボーイ」 200位圏外
「予感」 200位圏外

と出すだけ出してみたけれど…という風情でしこたまになってしもうた。要は佐和子さんのお名前を100位内の誌面上でお見かけすることはこの曲以降、二度とやってくることはなかったのである。それこそ100位入りを…

♪つなぎとめて

という絶叫もむなしく…ジリジリっと地盤沈下し続けちゃった佐和子さん。デビュー曲「マイ・ボーイフレンド」での絶好調ぶりは一体どこへ…といった様相を呈してしまったのでありまする。で、その後は売れなくなったアイドル達におけるお決まりコース(当時)だったヤンキーものへ…なりふりかまわず大突入!テレ朝2時間ドラマ「女子少年院」でスゴくなっちゃった彼女を見た時にゃ…開いた口がふさがりませんでしたがな。もうちょっと純なアイドル路線を…

♪つなぎとめて

欲しかったものでゴザイマス。

☆作品データ
作詞:売野雅勇 作曲:芹澤廣明(1983年度作品・テイチクレコード)  

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