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70&80年代における懐アイドルさん達の中には、その活動期間が短かったにもかかわらず、未だに根強いファンから圧倒的な支持を受け続けている…そんな方も多いもの。今回レビュってみようと思っているこの方も、そんなタイプの元アイドルさんだったりもする。‘元’と強調しているのには理由があるのである。なぜなら彼女の芸能活動期間はすこぶる短く…たったの2年ほど、あっさりと引退してしまったにもかかわらず、未だにファンサイトなども数多く存在する、そんな方なのでありまする。 表題の「私のモナミ」はキミーこと水野きみこさんのデビュー曲として、1982年5月21日に発売された楽曲。 水野さんは当時、渡辺プロダクションという大手の所属。同年4月には同事務所の系列から、渡辺めぐみさんが「ときめきTouch Me」でデビューを飾り、本レビューの主人公きみこさんはその後にデビューと相成ったもの。かといってイチオシではなかったワケでもなく、水野さんのデビューに関しては、新聞一面の全てを贅沢に使った‘デビュー告知’が打たれたり、デビュー早々にしてテレビのコマーシャルにもそのお顔を出すなど…かなりの気合と力は入れられていたようである。要はこの年度の渡辺プロダクションは二人の歌姫に、後発の坂上とし恵嬢も絡め、売り出し攻勢をかけていた…ということになる。 きみこさんのデビューのきっかけは、中学3年生の時に渡辺プロダクションの音楽学院に入学。そしてその後に同プロが開催したオーディションに合格したことによる歌手デビューと相成ったようである。 そんなきみこさんのデビュー曲は作詞を尾崎昌也氏、作曲を尾崎裕司氏が手がけたというもの。このお二人はかつてはeyes(アイズ)というユニットとして歌手デビューをカマしたこともあり、デビュー曲だった「WHITE LOVE」はオリコンでもそこそこの上位にチャートインするスマッシュヒットになっていたと記憶する。そんな彼等が手がけたこの作品、それこそアイドルのデビュー曲としてはお誂え向きといった風情の、実にさわやかで可愛らしいチューン。若葉の頃に歌手デビューをされた、初々しいきみこさんにはピッタリコンコンといった趣だったか。 若葉の頃…と言えば、そうそう。実は彼女のデビュー盤は色の付いた、いわゆる‘カラーレコード’といったシロモノ。そのお色は、デビュー時期に相応しい若草色と相成っていたのである。それにしても82年度はこのテのカラーレコードが多く… 黄色:「マイ・ボーイフレンド」 北原佐和子 青色:「イニシャルは夏」 新井薫子 白色:「待ちぼうけ」 堀ちえみ コレに加えてきみこさんの若草色などなど…ちょっとしたカラーレコード戦争の様相を呈していたものである。82年当時の自分は中学生。それまではソノシートなどでカラフルな盤は目にしたことがあったけれども、通常のレコード盤で色つきというのは…うん、自宅にあったゴールデンハーフ(「黄色いサクランボ」)のソレがワイン色だったくらいのもので、通常は黒とその相場が決まっていた。だからなおさらコレクション魂に火を点ける…そんな特徴を持っていたのかもしれない。その後もこうしたカラーレコードはアイドル盤において続々と… ピンク色:「殺意のバカンス」本田美奈子 赤色:「H-i-r-o-s-h-i」渡辺桂子 青色:「DEAR」(LP)早見優 ペパーミント色:「ペパーミント」(LP)石川秀美 緑色:「Ash Wednesday」川島なお美(+ハート型) 赤色:「都会の流星」風間ルミ(+ハート型) ペパーミント色:「SILKY」(LP)坂口良子 などなど、このような色の付いたレコード盤を好むマニア達は、しこたまに散財させられるハメになってゆくのでゴザイマシタ。笑) さて、反れまくった話を元に...。 きみこさんのデビュー曲「私のモナミ」のテーマとは…
コレなのである。モナミ…と言っても「なんのこっちゃ?」って人もいるかもしれないので、ちょっとばかりのお勉強タイム。 “フランス語でmon amiと綴る。ちなみに男性に対してはこのように綴るが、女性に対してはmon amieと綴るのが正当。意味合いとしては「親友、友だち」。親愛の情をこめて使う” こんな言葉らしい。が、この歌の中では「お友だち」以上のソレを求めているような…そんな設定だったりもする。辞書によっては「わたしの愛人」なんてのが出てきたりするのもあって…ちょっとぉ〜アイドルのデビュー曲よっ。笑) そんなこの曲は… チャラララ チャラッラ チャッラッラ チャラララ という、アイドルポップスのお手本(アレンジは大村雅朗氏)みたいなイントロに引き続き… ♪電話のむこうから あなたの眠い声 今夜も遅くなって 悪いと笑う と唄い始めるきみこさん。はて…この彼は一体どこをほっつき歩いていたのかしらん。それでも健気にそれを受け止める彼女。だって愛しているんだもん!といった状況なのは言うまでもないか。 ♪きっと今夜もまた 話をそらすのね いれたばかりの紅茶 冷めないうちに あら?一応「どこ言ってたのぉ?」くらいの追跡調査はカマしていたようでゴザイマス。でもそそくさと話をそらす彼…そう、それは‘いれたばかりの紅茶が冷める前’にカマされ、あっとう間に片付けられてしまうのでありまする。 ♪だからモナミ モナミ この言葉 わたしをそう呼んでほしいの そう、こんだけLook overしてあげてるんだから、アタシをモナミと呼びなはれ!とでも言わんばかりか。この曲のタイトルは「私のモナミ」となってるが、ここでは…
という図式になっているのが興味深い。タイトルが「私の…」へとすり変わったいきさつはなんだったのかしらん。 ♪そうよモナミ モナミ 知ってるわ あなたは少し照れ屋だって それでもいい 待ってるから バラ色に頬をそめて まだ彼側から「キミは僕のモナミだよ」というacceptが下りてない(←彼女的には「彼は照れ屋だから言えないの」って解釈だけど)ので「私はモナミ」と高らかに宣言できない状態。だから故の「私のモナミ」と相成りなんだろうか、おそらくは。バラ色に頬をそめて待ってるのはいいけれど…もしもモナミと呼ばれなかったら。石川ひとみさんのあのお歌じゃないけど♪旅立つわ明日は一人〜愛したのは私〜なんてことにならなきゃいいのだけど^^;。 この曲はオリコン最高57位、2.5万枚を売り上げてチャートインを果たした。惜しくもトップ50に食い込むことは出来なかったものの、新人歌手のデビュー曲としては合格だったのではないだろうか。最高順位は低めだったが、トップ50まであともう一息!といった位置にまで登りつめた楽曲だったので、今回はオマケ!とばかりにこちらでのレビューにしてみた次第なのでありまする。 こうして歌詞分析をしてみると、やっぱり‘たわいない’ソレとして分類される1曲なのかもしれない。内容的にはかなり薄っぺらいことは否めない。だけれどもこれでいいのである、だって夢を売るアイドル歌手の楽曲なんだもの。それこそ当時のきみこさんが大きなリボンの付いたキュートなワンピース姿で、この曲を可愛く唄ってくれる…それだけで合格◎だったのでありまする。楽曲的にはメロ、そしてアレンジともに申し分ないのは言うまでもない。アイドルポップスのお手本といった風情がムンムンのイントロ、そしてエンディングをとっても抜かりナシといった仕上がりっぷりである。 きみこさんの歌唱に耳を澄ませてみると、うん…どうだろうか。正直なところ歌手向きのソレとは言いがたいようなお声というか、なんというか。音程は充分に取れている方だと思うのだが、どうにもこうにもお声が前面に出てきていないし、声としての抜けもなんとなく良くない印象もあったりで。デビュー曲は上記のようになかなか好調な滑り出しで、82年組における他同期ともさほどの差はなかったきみこさん。第2弾以降(セカンドは「夢見るアニー」)で失速気味になったのはそういった点や、あまりに対象年齢を下げすぎた楽曲が原因?ってのも考えられるのか。当時における新人アイドルの第2弾ってのは、その後の運命を左右するほどに非常に大切なソレだったワケで…ソレを考えるときみこ陣営はもうちょっと曲選択に関しては慎重にしてほしかったものか。 それでも、きみこさんは新人賞レースの前半戦では大活躍。「メガロポリス歌謡祭」では本選に駒を進ませる1人として選出。「歌謡大賞新人まつり」においてはこちらも大勢のエントリー新人歌手の中から選出され、歌のお披露目が出来るという栄誉を手にされていたりもした。ナニを隠そう、この大会はあの明菜さんが落選したソレ…でもありましたよね。但し、こうした好調の波も夏あたりを境にプッツリ。日テレ音楽祭・新人賞ノミネートで落選しツチがついたのか…その後はコレといって目立ったご活躍もなくなっていってしまったのが残念でもある。80年代に入ってからの渡辺プロダクションは81年といい、82年といい…失態が目立ったもの。 ♪だからモナミ モナミ この言葉 わたしをそう呼んでほしいの 当時のニッポン男児諸君がキミーのことを...
と慕い憧れる…そんなストリームを作れなかったのは残念しこたまか。 ☆作品データ
作詞:尾崎昌也 作曲:尾崎裕司(1982年度作品・ポリドール) |

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