ここから本文です

書庫☆ピンク・レディー

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

イメージ 1

最近はインターネット上の動画サイトと呼ばれるシロモノにより現在進行形でご活躍されている方々の動画はもとより、なつかしの…とカテゴライズされるアイドルなどがいともカンタンに観れる時代になったもの。思ったその時にツベるかニコれば観たいモノがたいがいは観れるんだからスゴイったらありゃしない。こういう時代ですもの…当時を知らない若い世代の中でもなつかしのアイドルは大注目を集めているとか。なんといってもヒラヒラのドレス、魅力満載の楽曲、独特のヘアスタイル、フリツケ…それらのすべてが現代においてはすでに化石状態。リバイバルという形ならともかく、当時とおんなじままで動いているところを…と思っても二度とお目にかかれない、いわば絶滅してしまった恐竜と似たようなモノ?唯一の違いと言えばその全盛時代には家庭用ビデオなるモノがすでに存在しており、その当時のお姿が記録として残っている…ということかしらん。

こんな状況下で当時ご生存されていなかった方々からご質問として受けるのが…

ピンク・レディーってどんだけスゴかったの?

コレなのね。

ピンク・レディーは2010年9月の『解散やめ宣言』を皮切りに現在もピンク・レディーとして活動中の身。2010年3月には『初陣式』と名付けた新生ピンク・レディーのライブ、同年5月からは『INNOVATION』と名付けられた全国コンサートツアーを開催。ほとんどの会場で満員御礼状態となり、2011年9月18、19日には追加公演として急遽決定したファイナル(あくまでも今回のツアーでのファイナル)を控えているという…1976年のデビューから35年が経過してもなお、どピンクでパワフルなタイフーンで日本を引っ掻き回すお二人なのである。まさに『星から来た二人』なる『アンドロメダの異星人』?とおぼしき『モンスター』な怪物ぶりを見せつけてくれるからスゴイったりゃありゃしない。

そんな彼女等のピーク…一般的にはデビュー翌年の1977年夏〜翌年の夏頃までと言われている。翌年の夏というとちょうど『モンスター』という曲を唄っていたあたりである。その約1年前のピンク・レディーと言えば『渚のシンドバッド』というナツウタを唄っていた時期であり、その頃は頂点めがけてターボ全開まっしぐら!デビュー曲だった『ペッパー警部』のロングヒットをキッカケに、その後も『S・O・S』『カルメン’77』といった斬新な曲を連発銃!どの曲もヒットチャートで暴走しまくり複数曲がベストテンにチャートインといったことも当たり前のように起きていたもの。まさに向かうところ敵ナシ!彼女等の勢いは誰にも止められない!といった、ブームを伴った異常な状態だったのである。こんな状況でソレに待ったをかけたのが…

ジュリー

こと沢田研二氏か。1977年のニッポン歌謡界と言えば、このオトコ1人と桃色婦人のおふたり…この2組による火花散る闘い!コレに尽きるのではないかと思われ。このバトルを物語るエピとして今でも語り草となっているのが1977年に開催された…

「日本歌謡大賞」

コレである。その当時のニッポン歌謡界において、レコ大と並び称されていた歌謡賞番組であり、ココで大賞を受賞することは歌手にとっては計り知れないほどのインパクトを持っていたもの。本大会ではジュリーとピンクによる一騎打ち…その他の受賞者を蚊帳の外においてやってしまうほどにこの闘いは凄まじかったもの。最終的に大賞はジュリーの頭上に。だけど得票数差は…

1票

という究極の僅差。大した候補がいなくて誰にあげよかと迷ってしまうような昨今の賞番組からは考えられないほどの激戦か。当時のヒットチャートからもこの2組のデットヒートは垣間見れるのね。こうした記録から当時の「危険なふたり」(←2組だけど)の動向を振り返ってみるのもワクワクするものでゴザイマスよね。それではそそくさとイキましょか。

『勝手にしやがれ』『渚のシンドバッド』
1977/05/3025位(1,037)━(発売前)
1977/06/067位(3,740)━(発売前)
1977/06/134位(6,866)━(発売前)
1977/06/201位(11,400)4位(3,980)
1977/06/202位(16,196)1位(10,293)
1977/07/042位(22,213)1位(17,030)
1977/07/112位(28,300)1位(23,674)
1977/07/181位(35,897)2位(29,376)
1977/07/251位(42,562)3位(34,133)
1977/08/011位(49,017)2位(39,039)
1977/08/081位(54,150)2位(43,629)
1977/08/152位(59,060)1位(49,001)
1977/08/222位(63,685)1位(55,084)
1977/08/292位(67,863)1位(62,060)
1977/09/053位(71,194)1位(70,186)
1977/09/125位(74,123)1位(79,490)*
1977/09/1914位(75,765)6位(82,649)**
1977/09/2618位(77,145)9位(84,830)**
1977/10/0326位(77,948)13位(86,543)
1977/10/1030位(78,619)14位(87,967)
1977/10/1730位圏外17位(89,129)
1977/10/2430位圏外17位(90,223)
1977/10/3130位圏外18位(91,268)
1977/11/0730位圏外22位(92,107)
1977/11/1430位圏外29位(92,832)
オリコン/( )内は累計売上げ枚数/単位10枚

*『ウォンテッド』12位初登場
**『ウォンテッド』1位、『憎みきれないろくでなし』3位
**『ウォンテッド』12/05付まで12週連続1位に君臨、01/30付までベストテン入り。『憎みきれないろくでなし』01/16付までベストテン入り

なんともまぁ、スゴイ争いでゴザイマスこと!しかもかなりの長きに渡り継続してるのが今のチャートにはあまり見られない特徴か。この後も『勝手にしやがれ』が賞番組の影響からか再びトップ30に喰いこんできたり、『ウォンテッド』がベストテン内にいる間に『UFO』がチャートインして10週連続1位になったりで。どちらも一歩も譲るもんか!といったカ・マ・エ。ちなみに最終的なレコ売上は『勝手にしやがれ』が89万枚、『渚のシンドバッド』が100万枚(初のミリオンセター達成)と相成りましたのでゴザイマス。

ちなみに1977年の年間チャートはこんな感じ。

1位渚のシンドバッドピンク・レディー
2位青春時代森田公一とトップギャラン
3位ウォンテッドピンク・レディー
4位勝手にしやがれ沢田研二
5位昔の名前で出ています小林旭
6位雨やどりさだまさし
7位カルメン'77ピンク・レディー
8位S.O.Sピンク・レディー
9位失恋レストラン清水健太郎
10位フィーリングハイ・ファイ・セット
(オリコン調べ)

こうした火花を散らす争いを傍から見ていた作詞家の阿久悠氏。言葉遊びの天才と言わしめたオトコがコレに目をつけないワケは...。

♪セクシー あなたはセクシー
 私はいちころでダウンよ
 もうあなたに あなたにおぼれる

コレはまさに77年ニッポン歌謡界におけるキング・オブ・キング、ジュリーのことを比喩したのではないかしらん?桃色婦人のおふたりはこんなことを唄ってセクシーなアイツにすっかりいちころ状態?と見せかけておきながら…

♪あんちくしょうに逢ったら 今度はただで置かない
 
♪ウ〜ウォンテッド!

とセクシーなアイツを全国指名手配にかけ、捜査網をカンジガラメに!アタシたちだって大賞が欲しいんだもん!と言わんばかりにネ。(笑)でもって一方のセクシーなアイツはと言えば…

♪別にふざけて困らせたわけじゃない

と大賞を虎視眈々と狙うふたりにとって目の上のたんこぶに。そのゆく手をこれでもか!と阻んで手こずらせまくる状態か?だけど最終的にはホレた者の弱み???

♪せめて少しはカッコつけさせてくれ

と…芸能界の先輩として(?)ならびに惚れられたオトコの強みを生かしまくって大賞獲りを直談判??(笑)圧倒的な猛威を振るって嵐を巻き起こしていた桃色婦人の封じ込めに成功か?それこそ1977年は俺の年に…

♪朝までふざけよう ワンマンショーで

とりあえず1978年1月1日の朝まではヨロピクと言わんばかりなのがスゴ。そして...

♪あの日あなたが 盗んだのよ

年末大みそかのあの日の大賞までをもかっさらっていったのである。あの日の桃色婦人は『大衆賞』がノミネート大会の時点で決定。頂上を争う金賞候補としてはその名を連ねもせず、事実上の不戦敗?大賞狙いの桃色婦人にとってアイツは、まったくもっての『憎みきれないろくでなし』だったのか。『ピンク・タイフーン』を伴って荒れに荒れまくった桃色婦人が1977年に2大歌謡賞の頂点に立っていたら…後になって別歌手により達成されることになる史上初の2連覇は70年代の時点で達成されていた…ことになる(1978年は両賞とも大賞はピンク・レディー)のである。当時のピンク・レディーの活躍度はこれだけでは語り尽くすことはできないけれど、コレを読めばどんだけの猛威を振るってニッポン歌謡界を♪メチャクチャに〜していたのかが見て取れるというモノでション?

それにしてもこの2組による争いもスゴかったけんど、阿久センセイによる予知能力…こちらもスゴくて今さらながらにビックリコンコンなのね。

♪ある時謎の運転手 ある時アラブの大富豪
 ある時ニヒルな渡り鳥 あいつはあいつは大変装

って…。手を変え品を変えその奇抜な衣装とメイクで変装しまっていたその後のジュリー…そのまんまでないのサ!ニヒルなあいつがウンと後年になり「渡り鳥はぐれ鳥」なんてのをちゃっかりと唄ってらっしゃっていたのだって…ワタクシメは見逃さなくってよ。(笑)

ってなワケで…若人(わこうど)のみなさま、少しはお役に立てましたかしらん?このデットヒート劇から34年もの歳月が経過して2011年に。桃色婦人のおふたりはすでに50歳超え(でもまだ血気お盛ん)...思えば遠くへ来たものでゴザイマスよね。(笑)
ご無沙汰でゴザイマス〜日本に里帰り中のCHERRY★CREEKでござんす。
 
3週間前にお里帰りしてからというもの...毎日を満喫しすぎて超多忙な生活を送っているワタクシメ。
 
なのになのに...いきなりの更新とはなぜに?
 
ハイ...実は本日(2010年12月1日)、「解散やめ宣言」を9月にカマしたばかりのピンク・レディーが、NEWアルバム「INNOVATION」の発売を記念。でもって、これまでの長きにわたる芸能生活ではお初となるらしい、インストアイベントを銀座の山野楽器にて開催したのでゴザイマス。
 
ちなみに今回発売となった「INNOVAATION」とはこんなアルバムなのでありまする。要は...
 
オリジナルのマスターテープに新たな息吹を吹き込んだ
 
当時のオリジナルオケ音源を利用して、それらに現在のおふたりのお声による歌唱をのっけた...新録盤なのでゴザイマス。.
 
このイベントに関しては、このブログのご訪問者さまであり、お友だちでもある中盛ヴァギ菜さまよりご告知頂いたのでゴザイマシタ。ヴァギ菜さま...ありがトン。
 
というワケで興奮さめやらず...まとまった時間もありゃしないのに、こんな時間に目の色変えて更新作業を進めるワタクシメなのでありまする。(笑)
 
☆朝っぱら(←ってことは朝から駆け付けたことがバレましたがな)からピンク一色の山野楽器店頭。
 
イメージ 2
 
予定では午後6時30分からだった通常握手会にプラスして、突然発火的に決定した午後3時30分からの握手会に...
 
♪うっそ〜〜〜〜
 
♪ドキドキワクワク〜おとぎば〜な〜し〜
 
と疑いながらも、そそくさと昇天したワタクシメ。(笑)
 
☆オ〜ラがタップリコンコン&艶やかミーちゃん&ケイちゃんの登場に銀座街頭が一時パニック状態に!
 
イメージ 3
 
☆店頭に貼ってあった告知用ポスターにもデカデカとサインを書き込み!(注:このポスターを下さいっ!っと嘆願してるお方がいたのを店内で目撃したワタクシメ^^)
 
イメージ 1
 
☆事前予約者&当日購入者全員に握手...そして直筆サイン色紙のびっくりプレゼントに感涙!
 
イメージ 4
 
☆オースから飛んできましたのよん!の一言により、ミーたんが気を利かせてどっかから見つけてきてくれたぷちサイン色紙もゲットしたのでゴザイマシタ。ミーたん、ありがトン♪
 
イメージ 5
 
たくさんのメディア(テレビカメラも含めた)が会場に駆けつけておりましたので、おそらくは明日の朝の奥様むけモーニングショウあたりでオンエアされるのかと思われ。
 
思いがけずスポンテニアスなるハッピー体験が出来た本日のワタクシメ。まさに...
 
♪ピンクの林檎をピンクの林檎を食べたのね〜
 
っとばかりに、今晩は...
 
「眠れない...眠らない」
 
こんな状態に陥りそうでゴザイマス...ハニャ。だってミーちゃん&ケイちゃんのお手々によるぬくもりが未だに胸をキュンキュンさせるのですもの〜ってオヤジの分際でキモっ^^;。いえいえ...こういうものはいくつになったってねぇ。(笑)
 
あと2日後にはオースにとんぼ帰りする予定のワタクシメ。
 
♪いや〜よイヤイヤ
 
ってアンタ...おらおら、往生際が悪いンだよ。(笑)
 
泣いても笑っても...ほぼ終わったわ。(泣っ)
 
そんなこんなで...
 
今回お会いできなかった皆様!次回の里帰りではぜひともお会いできる機会がまいりますよ〜に^^。
 
今回ご対面〜をカマすことが出来た皆様!今後ともこれまでどおり...どうか仲良くしてくださいませネ♪
 
老体にムチ打って「真夜中シェイキンダンス」...もとい、真夜中うpダンスするチェリーでゴザイマシタ。
 
おやすみなさいませ。
 

イメージ 1

今年はうるう年…ということはオリンピックイヤーでもあり、また某大国において大領領選挙が実施される年度にもなる(←うるう年の憶え方としては最適でしょうか、おそらく)。過去8年もの長期に渡り間違った方(おそらく…主観でゴメンなさい^^; )を国の代表として選出してしまったあのお国。今回こそはその座に相応しい‘マトモな方’を選んで頂きたいもの。なんたって多大なる影響力を持つ国ですからねぇ、そこら辺のところは慎重にしてほしい…そんな風に思うのであります。

21世紀に向かって夢や希望でいっぱいだった70&80年代。僕等は歌やテレビ番組などを通じ、そのキラキラ感に満ち 溢れた近未来に想いを馳せていたものである。それがどこでどう狂っちゃったのか…ここ最近の情勢を見るにつけ、ちっともキラキラなんてしていないじゃないか…こんな風に思えてくるのであります。21世紀と言えば、それこそソレをテーマにした歌謡曲がいくつかゴザイマシタが、ピンク・レディーにだって、ほらぁ、ありましたよねぇ。皆様は憶えてらっしゃいますでしょうか。

そのようなワケで今回はすっかりご無沙汰となってしまっている「ピンク・レディー」書庫の活性化を狙い、一発カマしてみたいと思うのであります。

表題の「2001年愛の詩」は1978年に日本テレビが開催した「24時間テレビ・愛は地球を救う」第1回目のメインテーマ曲として発表された楽曲である。この曲は作詞を阿久悠氏、作曲は都倉俊一氏という、ピンク一連のヒットで知られるお馴染みのコンビが手がけた作品だが、皆様もご存知のとおり、阿久センセイは2007年8月に他界…残念ながらすでに帰らぬ人となってしまっている。その阿久センセイが未来へ向けて(←当時)実にスバラシイ歌詞をお書きになったのがこの曲…というワケなのである。ちなみにこの曲は番組内でピンク・レディーがメインパーソナリティを務めた1978年&1979年、そして間隔は空いてしまうが1991年にもメインテーマ曲として使用された経歴をもっている楽曲なのである。

それではひとまず…その歌詞とやらをザっと追ってみようか。

♪Oh!諸君 地球の諸君
 すみからすみまで おめでとう

ふむふむ…星から来た二人と呼ばれたピンクのお二人には、まさにお誂え向きのフレーズのようでもある。すみからすみまで、ずずずいっとおめでとう。はて?Congratulateされるその理由とは??

♪いよいよ諸君も 宇宙の仲間に
 認められました

おめでとう!って言われた意味がやっとこさ分かりましたわ^^。あら?でもこれって…ウチラはこれまで‘仲間ハズレ’を喰らっていたってこと?(笑)

♪愛を訪ねる不思議な旅を
 重ね重ねて何千年 重ね重ねて何千年

♪ようやく諸君も気がつきましたね
 ようやく諸君も気がつきましたね

はて…何のこと?
  
♪愛することが当たり前なら 愛という字はいらないことに

あっ!!たっ、たしかにぃ!。そう言われてみれば…そうなのか!!愛することが当たり前なら‘愛’を説くための‘字’は必要ないんだな、コレが。(笑)

♪1999 1999(ナインティーンナイティナイン ナインティーンナイティナイン) 
 地球の辞書からLOVEという字がなくなった
 L・O・V・E LOVE  L・O・V・E LOVE    
 LOVEという字が無くなった    
  
コレ、どうよ…これこそ僕等があの時代に夢見ていたという近未来。空を駆け抜ける車があり〜の、テレビ電話があり〜の、夢のようなハイテク機器がたくさんあり〜の、そんなモノに囲まれて世界のみんながワクワク&キラキラした生活を送る…そんなハッピーな未来を描いていたように思うのであります。たしかにこの中じゃ物質的には空飛ぶ車以外は、ほぼ実現してるような気がするのだけれども。だけどここで…

Objection!

僕らの辞書からLOVEという字が無くなりましたでしょうか。いえいえ…まだシカリと載っかっておりまする。(笑)ということは愛することが当たり前になっていない…ということにもなってしまうのであります、阿久センセイが70年代に掲げた持論によれば。しかも歌詞中にある1999年からすでに9年の歳月が経過しようとしているというのに…もかかわらずである。

このような思いを僕達にハタと気づかせてくれる、こんなステキな歌詞を宛がったこの曲。オリコンチャートでは最高…って、全盛期のピンク・レディーの曲ですもの〜当たり前のように1位でしょ?いえいえ…実はこの曲、人気絶頂の当時もシングル盤としては世に出回らなかった作品なのであります。当時レコードとして出回ったのが「24時間テレビ・愛は地球を救う」から発売された企画盤LP(↑のレコジャケのもの)、そして「星から来た二人」というタイトルのピンク・レディーアルバム、イメージ 2これのみだったのでゴザイマス。これほどまでにスバラシイ教訓を僕らに与えてくれる楽曲でありながら、これまでのピンク・レディーにおけるCDラインナップの選曲からはこと如く外されまくり。数年前にピンクの集大成として発売された「プラチナ・ボックス」においても収録見送り…というなんとも辛い仕打ち、当初は収録予定だったにもかかわらず…である。現在ではなんとか、その「星から来た二人」が奇跡の‘CD復刻’により音源としてゲットすることは可能となったものの…それでも熱心なファンのみぞ知る…といった状態は相変わらずで。これらが原因なのか、ピンク・レディーのラインナップ中ではなんとなくイチバン埋もれてしまっているお地味な1曲…?そんな風情を漂わせてしまっているのであります。

いやはや…これは実に勿体無い。こんな時代だからこそ必要なお歌であるように思うのだが、ソレを表舞台に立たせないとは何事じゃ!○クターさんってば…もっと情愛の念を示してよぉ….この曲をイジめちゃいやよ。あら?ヤダ…コレもLOVEという字が辞書からなくならない理由のひとつ…だったりして?(笑)


☆作品データ
作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一(1978年度作品・ビクターレコード)


 
(前編より続き)

イメージ 1「ウォンテッド」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高1位 首位獲得週数:12週 120万枚 100位以内登場週数33週

ガチョーンのポーズとおぼしき…いえいえ違います。(笑)「捕まえるぞ〜ウ〜ウォンテッド」を表現したフリツケが秀逸。♪I WANT YOU BABYのところの激しさ、ミーちゃんのお目々ひんむき加減、そしてラストの♪タタタ タタタ タタタ タタ〜に合わせて頭をグルングルン回転させる様は迫力満点!ミーちゃんたらば激しく回しすぎちゃって…頭に付けてたお飾りがすっ飛んでしまうことも度々ございましたとさ。(笑)ミーちゃんが黒、ケイちゃんが白のフリンジ風衣装がなんとも印象的でゴザイマシタ。年末の賞レースにおいてはそれらフリンジにラインストーンが施されキラキラ加減が増幅、一段と豪華になったものでした。

イメージ 2「UFO」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高1位 首位獲得週数:10週 155万枚 100位以内登場週数32週

イントロにおいて手にマイクを挟み、ヒラヒラさせるのは飛来するUFOをイメージしていた。ちょうど手の上に飛び出したマイクのヘッド部分がUFO本体をイメージしていた…というワケなのである。で、あの有名な♪ユッフォーのところ…アレはUFOが丘(頭部を丘に見立て)からひょっこり…のイメージで考えられたそうである。♪飽きたところよ、アンの部分では手をグルングルン…子供には大ウケしたであろう、体操みたいなフリツケがウリか。衣装は初期の銀バージョンに加え、よりグレードアップした感のある金バージョンも存在した。

イメージ 3「サウスポー」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高1位 首位獲得週数:9週 146万枚 100位以内登場週数29週

この曲あたりからフリツケがグンと難しくなっていく。この曲における最大のポイントは♪私ピンクのサウスポー…と歌った後のフリツケだろう。歌舞伎のアレをも髣髴とさせる‘見栄キリ’ポーズが実に印象的だったもの。またミーちゃんとケイちゃんでそれぞれ微妙に違うフリが付けられており、ミーちゃん役、ケイちゃん役がよりエンジョイできる曲でもある。例えば、イントロの♪タララタラタラタ〜のトコロはミーちゃんがオーバースロー、ケイちゃんがサイドスローの格好で投げる真似をしていたのである。この曲では準備された衣装の数も非常に多かったのが特筆なのだ。デザインはすべてほぼ同じで、初期のピンク布バージョンを始め、ピンクスパンコール、黒スパンコール、青スパンコール、金&銀の賞レース用バージョンも存在した。

イメージ 4「モンスター」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高1位 首位獲得週数:8週 110万枚 100位以内登場週数20週

土の下から這い上がるモンスターを表現したイントロ部分。曲自体も長いのだが、全体的にフリツケの難易度がかなり上がっており、完璧にマネするのは非常に難しい。相当なレッスンを積む必要がある。この曲でもケイちゃん踊りが炸裂してるのが見所のひとつだろうか。(笑)♪モンスタ〜この私のかわいいひと〜の部分においては…本来的には脚を舞台に付けずにユラユラ…のはずなのにケイちゃんのソレは一旦シカリと付けてお休みしてからユラユラするという…ケイちゃんステキすぎます。(笑)過激なスケジュールの影響でお疲れだったのね。(笑)最後の…おそらく蝙蝠をイメージしたであろう、決めポーズは圧巻だ!!この曲でも多数の衣装が用意され(←儲かってたのねっ!)、初期の真っ黒バージョン、黄色×黒、黒×白、白×白、水色のワンピースバージョンなどなど。ビジュアル的にも充分に楽しませてくれたのです。

イメージ 5「透明人間」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高1位 首位獲得週数:1週+3週 88.6万枚 100位以内登場週数22週

前作の「モンスター」が難しすぎて苦情が殺到したのか、何なのか…本作ではかなり簡略化されシンプルなフリツケとなっていた。但し、サビの♪透明人間あらわるあらわる〜の部分では、またしてもフリツケの変更が途中で成されたのである。初期バージョンはムーンウォーク風のソレだったのだが、「習得できない〜」と嘆くお子様が多かったのか?…後の手で八の字を描くソレへとコテ入れされたのだった。衣装は曲の内容に沿ったシースルー風のモノが多かったが、実はミーちゃん…この時のお衣装がお嫌いだったそうです。(笑)

イメージ 6「カメレオン・アーミー」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高1位 首位獲得週数:6週 70.7万枚 100位以内登場週数18週

ピンク・レディーが披露した曲中で、おそらくは一番ハードでタイトなフリツケを付けられたのがコレではなかろうか。2年前に行われた復活コンサに於いて、この曲をフルコーラスでご披露ろ相成ったお二人。歌い終わった後は、それこそ息が上がってグッタリ&舞台にヘタレ込む…の様相を呈しておりました。(笑)♪カメ〜レオン ア〜ミ〜のところの手フリはカメレオンの舌をイメージしていたが、当時のケイちゃんったらば…このフリツケが気持ち悪くて嫌で仕方なかったそうな。衣装のハデさ加減でもこの曲は他曲の群を抜いていた。緑×白、赤×金、青×銀…とそれぞれがスパンコールでビッシリと覆われた、爬虫類の肌風デザインだったのである。(笑)

イメージ 7「ジパング」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高4位 26.8万枚

マルコポーロによる「東方見聞録」をモチーフに作られた曲だけあり、衣装もソレ風。ケイちゃんの頭にはターバンが巻かれたが、子供時代の自分にはプチ引き(←ドン引きまではしなかったけれども)した記憶が…。♪黄金の島〜の部分では「おっ!ミラクルアイランド発見!!」と言わんばかりのフリが付けられていた。全体的にお子様向け色が強く、アミューズメントパーク風と言えようか。その割りにこの曲はウケがイマイチで、オリコン1位が取れず、4位に甘んじた。

イメージ 8「ピンク・タイフーン」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高6位 29.8万枚

別名‘ピンク・レディー体操’とでも言えそうな、体操風のフリツケがウリ。が、やってみると意外にハードで難しい。特に♪やっちゃいなやっちゃいなやりたくなったらやっちゃいな〜の部分は腰が縦横無尽に動くぜ!とご自慢の貴兄にはおすすめか。(笑)タレントの山咲トオルさんが、とあるテレビ番組でピンク・レディーのおふたりと一緒にコレをご披露。彼のソレは見事なまでに完璧で…ビックラこいたおぼえがゴザイマシタ。(笑)

イメージ 9「波乗りパイレーツ」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高4位 24.2万枚

77年に発売された「渚のシンドバッド」にも似た、ユニークでキュートなフリツケが満載。♪波乗りハネムーン〜の部分の手技や、間奏部分のふたりによるフリツケ合戦も実におもしろい。曲〆は後ろを向いてお尻プリプリ…「カルメン‘77」での経験が生かせそうだが、同時に髪を上げてうなじを見せる必要があるため、若干難易度が高めか。(笑)フリツケらしいフリツケが付いた最後の曲となってしまったのである。この曲と共に、子供のアイドル、ピンク・レディー…そして楽しかった夏休みや70年代が僕等の前から去っていってしまった…そんな一抹の淋しさをも感じたものである。

この他にも「マンデー・モナリザ・クラブ」におけるセクシーダンスなどもあったのだが、波乗りまでのソレラとは趣が違ってくるのである。自分の記憶によれば土居センセイがご担当されたのは「DO YOUR BEST」までか。それ以降はピンク・レディーのフリツケがメディアを通して話題にのぼることは無くなり、土居センセイのお名前を聞く機会も徐々に少なくなっていったのである。ちなみに土居センセイは数々のアイドル達にフリツケレッスンを施されたのだが、その厳しさはハンパなソレではなかったとか。ピンク・レディーのおふたりも…

「お前ら、出来ないのならとっとと静岡に帰れ!!」

と幾度となく怒声を浴びせられたとかで。普通のアイドルはあまりの怖さに泣いてしまい、レッスンが中断…というのが日常茶飯事だったらしいのだが、プロ根性の座りまくったピンクのお二人は唯一泣かずに付いてきた…そんなレッスン生だったと聞きます。そんなことからか、土居センセイとふたりの絆は強く、お付き合いは解散後もずっと続いていたようであります。実際、ミーちゃん&ケイちゃんのお二人は土居センセイが亡くなる前日にもお見舞いに行ったとか…実際、それが生きていた土居センセイとのラストミーティング…になってしまったのです。

これだけの創意工夫にとんだ素晴らしいフリツケを考案され、アイドル歌手やテレビ番組を通して僕等に踊ることの楽しさを教えて下さった土居センセイ。今はそんなセンセイにお礼を言いたいキモチでいっぱいなのです。改めて今、70年代にピンク・レディーと出会えたこと、そしてソレを100%エンジョイできた昭和の子供でいられた事の素晴らしさ、それらをひしひしと感じているのであります。

みなさんがスキだったフリツケはどの曲でしたか?フリツケに関する想い出などをお聞かせ頂けると幸いです。

土居センセイ…本当にありがとうございました。そしてどうか天国で安らかに。心よりのご冥福をお祈りいたします。
2007年よ…何故に君はそこまで執拗に酷なことをしでかすのだろうか。

今年はピンク・レディーファンにとっては、非常に辛く悲しい1年になってしまっている。
なぜなら、8月1日にはピンク・レディー一連のヒット曲で知られる作詞家、阿久悠センセイが永眠され、悲しみに暮れていた最中だったのである。しかし…またしてもその悲しみに追い討ちをかけるような訃報が9月15日に僕等の耳に飛び込んできたのだ。

60年代から活躍した振付師で、ピンク・レディーの「UFO」「サウスポー」などのヒット曲を振り付けた土居甫(どい・はじめ)さんが14日午前9時33分、悪性リンパ腫などのため東京都三鷹市の病院で亡くなった。70歳だった。この日、都内の自宅には元ピンク・レディーの未唯mie(49)と増田惠子(50)が駆けつけ、土居さんをしのんだ。土居さんはザ・ピーナッツや、ザ・タイガースなどの振り付けを担当。ピンク・レディーでは、手足を激しく動かすダイナミックなダンスを考案し、人気を後押しした。このほか、森昌子、桜田淳子、山口百恵の「花の中三トリオ」の振り付けも手掛けた。(Yahooニュースより抜粋)

土居センセイは振付師として振付家協会の理事を務める方でもあり、それこそピンク・レディーのみならず、70年代から80年代を駆け抜けたアイドル歌手たちのフリツケを一挙に手がけた方として知られている。特筆すべき点はここに書ききれないほどたくさんあるのだが、中でもスゴイと感じたのは、日本テレビで毎年夏に放映されている「愛は地球を救う・24時間テレビ」のフリツケを番組開始(1978年)以来、ずっと手がけてきた…ということではなかろうか。あいにく今年のソレは体調の悪化によりあえなく断念され、その際には…

「立てないし、動けない...オレは悔しい」

と自らを責めたてるかのように、実に苦しくやるせないお気持ちでいっぱいだったと聞く。今回の土居センセイの訃報により、ピンク・レディーのミーちゃんとケイちゃんは、この短期間で実に2人の恩師を失ったことになってしまったのだ。2005年1月の相馬氏(T&Cの元社長)、阿久センセイ、そして今回の土居センセイ…ピンク・レディー・プロジェクトと名付けられ、70年代末期の日本列島を大いに揺るがせた、その仕掛け人達が次から次へと…。ピンク・レディーファンとしては涙が止まらぬ状況になってしまっているのである。

そのようなワケで今回は土居センセイの追悼の意味も込め、彼が考案された偉大なるピンク・レディーのフリツケを、順を追ってLOOK BACKしてみようかと思う。(注:記事が長くなりましたので、前編と後編に分けさせて頂きました)

ピンク・レディーのデビューは1976年8月25日。すべてはここから始まったのである。

イメージ 1 「ペッパー警部」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高4位 60.5万枚 100位以内登場週数45週
 
この曲の衝撃…と言えば、やはりあの‘股開き’ではなかろうか。1976年の日本においてミニを穿いておみ足ニョッキリ、でもって股をパカパカするアイドルなど一切合財存在しなかったのである。その股開きをする際には両肩をヒコヒコ動かす仕草(←ガニマタの警部が泥棒を追いかけるシーンをイメージしたとか)もあり、難技のデパート状態。(笑)ただ、これ以外にも「ペッパー警部」には細かく、しかも凝ったフリツケが非常に多いのが特徴なのである。マイクは中指に引っ掛けて持つのが正当、しかもソレをイントロの♪チャッチャチャッチャチャッチャチャチャッチャ〜のトコロで器用にクルクル回転させなければならないのだ。これは当然の如く、警部の拳銃のイメージである、しかもイントロにおける両手親指&人差し指によるアレは二丁拳銃を意味していたのである。もちろん、最後の♪ペッパー警部よ!チャチャチャチャ〜ダン!の決めポーズだって見逃せない!ソレはあたかも拳銃でバキューンとぶっ放すかのようなイメージ…まさにソレなのである。ミーちゃん&ケイちゃん曰く…股開きステップは肩で1ヶ月、脚で1ヶ月、マイク回しに1ヶ月…夜道を照らす街灯の下で一生懸命に練習した…という逸話は未だに語り草となっているのである。

イメージ 2「SOS」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高1位 首位獲得週数:1週 65.4万枚 100位以内登場週数38週

イントロ部分では「ペッパー警部」で見せた股開きステップが再び導入されている。逃げる女の子を悪い狼クンが「追っかけるぞ〜」とばかりにソロリソロリと舞台前面に出て行く様をイメージしたイントロでのフリツケがポイントだろうか。要は曲全体のイメージを踏襲したフリツケがイントロ部分でご披露されていたのである。♪エスオーエス〜チャチャ…と頭の上で手を叩くのも非常にキュートだ。ピンク・レディーはこの辺りから急激に忙しくなり、この曲における踊りのレッスンはたったの2日で終了を喰らっていたらしい。

イメージ 3「カルメン’77」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高1位 首位獲得週数:5週 66.3万枚 100位以内登場週数36週

コレのフリツケもイントロ部分に、そのスバラシさ加減が集中しているのである。イントロ冒頭における♪チャチャチャチャチャッチャチャッチャチャッチャチャラチャラ〜部分のお尻フリフリはどう見てもミーちゃんに軍配が上がるだろうか。当時のビデオを見るとミーちゃんに比べてケイちゃんったらばお尻が全くフレてなかったりして^^;。いわゆる‘ケイちゃん踊り’がこの頃から全開となっていたのであります。(笑)

イメージ 4「渚のシンドバッド」作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一オリコン最高1位 首位獲得週数:3週+5週 100万枚 100位以内登場週数38週

コレもイントロ部分がポイントだろうか。クロール+平泳ぎ+唾耳+唾耳+鼻押さえ+潜って+浮き上がる…というアレである。(笑)2年前の復活コンサでは会場全体でこのフリツケを一緒に練習する「フリツケレッスン」が実施されていたのである。(笑)
この頃になるとピンク・レディーのフリツケを真似する子供達が激増したためか、よりインパクトのあるソレへと修正が加えられるようになった。例えば♪セクシ〜の部分における当初のフリツケは、両手を組んで顔の近くでヒラヒラとするものだったが、後になってお二人の美脚を生かしまくる♪セクシ〜とやったアレへとコテ入れが成されたのである。この曲で初めてのミリオンセラーを達成。ピンク旋風が猛威を奮い始め、日本列島全体がその色をピンクへと塗り変えていったのもまさにこの頃...だったのである。

To be continued...後編に続く。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

ブログバナー

チェリー(CHERRY★CREEK)
チェリー(CHERRY★CREEK)
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

最新のコメント最新のコメント

すべて表示

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
10/31まで秋の行楽キャンペーン実施中
抽選で150,000名様に当たるチャンス!
マツモトキヨシで期間中何度でも使える
100円引きクーポン<Yahoo! JAPAN>
衛生対策製品クレベリンの姉妹ブランド
クレベ&アンドハンドジェルが新登場
今だけ。お試しキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事