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70年代にはアイドルポップスなのに演歌の風情を少しばかり湛えたチューンが数多く存在したもの。ソレの代表的な歌手と言えば、高田みづえさんあたりであり、ソレを追う様にしてホリプロのHTSC優勝者だった西村まゆ子さん、「南南西」のデビューヒットを放って注目された秋川淳子さんなど…それこそ同じような雰囲気を持った方が続々とデビューをカマしたものである。少なくとも1980年に‘あの方’が新しい時代の幕を大胆にもガバっと開けてしまうまでは…。実はその‘ガバっと幕’のほんの少し前…それら伝統を引き継いた1人の新人歌手がデビューしていたのである。 今回はその彼女が放った(今の季節にはピッタリの)あの1曲をレビュってみようと思うのでありまする。 表題の「想春賦」は千葉まなみさんのデビュー曲として、1980年1月20日に発売された楽曲である。何度もクドいようだけど、この時期は‘太陽の女王’の出現前…という頃合いである。70年代に人気を博した山口百恵さんも恋人宣言をし引退が囁かれ、そして日本列島をピンク一色に染め上げたピンク・レディーの人気も急降下。そう、時代は確実に新たなるスターの出現を待ちかまえていた…そんな頃である。 このレビューの主役でもある千葉まなみさんはこんな状況下で歌手デビュー。彼女における芸能界デビューのキカッケは文化放送の「全日本歌謡選抜」企画による…
での優勝である。コレは以前にこのブログでレビュったことのある真璃子さんと同じご経歴…ということになる。このオーディションは主に歌唱力に重点を置いた厳しい審査で知られたソレであり、ここで優勝を果たしたまなみさんの歌唱力は◎印。バツグンの安定感と表現力…ソレラを兼ね備えた歌唱力が持ち味の女の子というのがウリ。 デビューに際してのキャッチフレーズは…
ってのだったと記憶する。あはん…だからデビュー曲のレコジャケでもギンガムチェックのドレスをお召しになっていたのねん。1980年当時…ギンガムチェックと言えば、なんとなくレトロな香りのする格子柄だったもの。それこそアーリー・アメリカン?若しくは戦後ジャパニーズの世界観…とも言えようか。まなみさんの落ち着いた声質、そして「想春賦」という‘ポスト高田みづえ’あたりを狙いまくったかのような純歌謡曲ちっくなタイトル…これらを考えると‘ギンガムチェック’ってのはコンセプトとして=レトロってな意味を含んでいたのではないか…こんな風にまた‘邪推’をカマしてみたくもなるのである。 表題曲の作詞を手がけたのはなかにし礼氏、作曲は平尾昌晃氏が担当。なかにし氏と言えば、黒沢年男さんが唄って大ヒットした「時には娼婦のように」など…ちとアイドルのソレとは似つかわしくない‘アクの強い作品’を書いた方としても知られるか。アイドル分野では島田歌穂さんのアイドル時代(1981年に「マンガチックロマンス」でデビュー)において、そのプロデュースをご担当…というご経歴、そして同時期には岩崎良美さんのデビュー曲「赤と黒」なども手がけておられたもの。 そんな彼が書き上げたまなみさんのデビュー曲。この曲のテーマは…
である。ふむ…アイドルのデビュー曲におけるテーマとしてはかなりオトナびたソレ…というか、なかにしセンセイによる独特の世界観が早くも炸裂?といった風情が漂っていたりもする。やっぱり、ひとクセもふたクセもあるのが身上といったなかにし作品だもの…この時点ですでにこうした‘ただならぬ異臭’が鼻を突き始めるのは不自然なことではないのである。良美さんの「赤と黒」においては実に文学的な香りが芳しい作品に仕上がっていたが、こちらはどうやら本来の‘なかにし色’だったようでゴザイマシて^^;。 ♪そして恋が生まれました 彼と私に 兄貴おこらないで お友達を 岩崎宏美さんの曲「春おぼろ」では20歳で結婚をカマそうと企てる娘に激怒する父がご登場と相成ったものだけれども、こちら「想春賦」では父どころの騒ぎではなく、兄貴までもがご立腹状態のようでゴザイマス。この時点でかなりの時代を感じちゃう〜今どきこんな兄妹って…ド田舎にいってもあんまりいなさそう〜。(笑) ♪まだ何もしてません 桜前線 今日はどこらまで 「まだ何も…」って…。この「何」ってのは一体ナニを指してるのかしらん。やっぱりアレ?それともソレよりは軽いアレ???こうした聴き手の邪推をよそに…その話題を桜前線へ一気にそらそうとする主人公様。この突拍子の無さ加減がなんともステキというかなんというか…。この時点では聴き手としてはなんで桜前線が‘まだ何もしてない事実’と関係があるのか…困惑の嵐に巻き込まれているようなものである。 ♪並木の桜が すっかり咲いたら 女になろうと 心に決めてます 決意を固める際にはなにか理由をコジつけたいお気持…ソレは痛いほどに分かるけれどもねぇ。女になるその時を並木の桜の開き具合で計る…ってのはどうよ、これ。(笑)そしてまたこういう歌詞をアイドルに…しかもデビュー曲で唄わせちゃうってのもなんだか微妙。デビュー曲はやっぱり「よろしくねっ!」の意味も込めて、明るくてさわやかな方がいいような気が…。でも楽曲として聴けば、叙情性豊かなステキな曲(ティーンの歌にしちゃ、やっぱちょっと暗いか?)だったりもする。たしかに70年代を引きずりまくった感は否めないけれども。 ↑のレコジャケではそよ風に吹かれるウブな少女として写るまなみさん。あら?ということはこのレコジャケの意図はbefore & after…における‘使用前’のお顔ってな解釈でよろしいのかしらん。要は並木の桜が咲く前のお顔…って意味なのね。(笑) いずれにしてもある意味、大胆なデビュー曲には違いはないようでゴザイマス。ただいかんせん、ちょっと地味過ぎたのがマイナスか。レコードの歌声に関してはさすが優勝をさらっただけのことはある、かなりの実力派といったソレ。それこそ東芝EMIがお好みだったという‘色々なタイプの曲を唄えそうなお声’の持ち主のようでもある。しかも平尾センセイの作曲でしょ〜それこそ平尾センセイとのデュエットで第二の‘畑中葉子’の地位も狙えるタマ(←ソレはソレでヤバかったか)だったかも、おそらくは。 そんなこの曲はオリコン最高…またもや記録がゴザイマセン。あれ?当時は文化放送を中心にしてかなり大プッシュ体制が敷かれ、ラジオを聴いていると日に1度や2度は流れるほど…それくらいに強力な売り出しがカマされていた記憶があったんだけどな。それこそ文化放送のとあるベストテン番組では、この曲がいきなり20位に初登場とか…今思えば「えっ!それはないだろうよ」といった○ジ込みまでもがカマされていたようでもある。まぁ、文化放送のオーディション出身だったしねぇ…それにしてもオリコンの100位にも入ってないのに、どこでどんなご奉仕したら20位なんていう好位置に…ムフフ。(笑) それでも千葉まなみさんはこうした文化放送プッシュ体制の波にどんぶらこと乗っかり… 「日本歌謡大賞新人まつり」 エントリー→入賞 「新宿音楽祭」 エントリー→敢闘賞受賞 と…新人賞レースではちょっとしたご活躍もされていたもの。 まなみさんはこの後もシングル第2弾「ときめきの季節」を発売。こちらはよりアイドルらしい風情のポップス…要は‘ガバっと幕’の時流に合わせたのね、きっと。ジャケでの笑顔や髪型もソレを追った風なものとなっていたりもして。しかしその曲を唄ってる彼女って…このマニアックなワタクシメですらも観た記憶がゴザイマセン。しかもこのセカンドシングルがすでに発売されてるっつーのに、新人賞レースにはこれでもか!とばかりにデビュー曲の「想春賦」。夏の陣と呼ばれていた「日本テレビ音楽祭・新人賞ノミネート」にすらも「想春賦」なの…新曲の立場は一体…ナゾ。 ■千葉まなみさんのディスコグラフィー
杜の都・仙台ご出身だったまなみさん…短冊に書いたお言葉はもちろん「新人賞」!だけれども…どうにもこうにもその願いは天に届かなかったようで。あっ、でも多少は届いたのか…↑に挙げた2賞で。 そんなまなみさんも秋口には衝撃の大勝負曲(?)「ミスタースキャンダル」を引っさげ気を吐くことになった。この曲はあの‘もんたよしのりさん’が作曲だったんだから〜スゴイでしょ!なので当時はかなりの話題を集めたものなのだけれども、それが思い切りかすんでしまうほど…
いいえ。あれは女になるどころの変貌ぶりではなかったばい!たしかご本人様も雑誌で…
と…黒ずくめのお洋服&仁王立ちのお写真と共に(←白黒の小さな記事)大宣言をカマされていたハズ。 それにしてもデビューしてから1年も経ってないというのが信じられないほどの豹変ぶり…やらされたにしてもちょっとなぁ。なんだか東芝魂の典型みたいな売り方されちゃって。当時のまなみファン様はその変貌にはたいそう悲しまれたのかしらん。歌唱力に関しては申し分のない方だったのに、あまりに無理なイメチェンを…しかもこんな短期間の間に強いられてしまったのはなんだかとっても可哀想だったもの。変身したはいいけどこうなっちゃうと後のもってきようがないったらありゃしない。それこそ♪はじめての〜顔をして〜とばかりに「また清純派アイドルやりま〜す♪」なんてのはムリムリだったしなぁ。どう考えても早まり過ぎましたがな〜まなみさん陣営。やはりまなみさんも‘ガバっと幕’に翻弄され、そして‘女王’により丸呑みされてしまったお一人…だったと言えようか。 ☆作品データ
作詞:なかにし礼 作曲:平尾昌晃(1980年度作品・東芝EMI) |

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