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書庫☆アイドルレビュー・番外編

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70年代にはアイドルポップスなのに演歌の風情を少しばかり湛えたチューンが数多く存在したもの。ソレの代表的な歌手と言えば、高田みづえさんあたりであり、ソレを追う様にしてホリプロのHTSC優勝者だった西村まゆ子さん、「南南西」のデビューヒットを放って注目された秋川淳子さんなど…それこそ同じような雰囲気を持った方が続々とデビューをカマしたものである。少なくとも1980年に‘あの方’が新しい時代の幕を大胆にもガバっと開けてしまうまでは…。実はその‘ガバっと幕’のほんの少し前…それら伝統を引き継いた1人の新人歌手がデビューしていたのである。

今回はその彼女が放った(今の季節にはピッタリの)あの1曲をレビュってみようと思うのでありまする。

表題の「想春賦」は千葉まなみさんのデビュー曲として、1980年1月20日に発売された楽曲である。何度もクドいようだけど、この時期は‘太陽の女王’の出現前…という頃合いである。70年代に人気を博した山口百恵さんも恋人宣言をし引退が囁かれ、そして日本列島をピンク一色に染め上げたピンク・レディーの人気も急降下。そう、時代は確実に新たなるスターの出現を待ちかまえていた…そんな頃である。

このレビューの主役でもある千葉まなみさんはこんな状況下で歌手デビュー。彼女における芸能界デビューのキカッケは文化放送の「全日本歌謡選抜」企画による…

「ヤング歌謡選抜・スターは君だ!」

での優勝である。コレは以前にこのブログでレビュったことのある真璃子さんと同じご経歴…ということになる。このオーディションは主に歌唱力に重点を置いた厳しい審査で知られたソレであり、ここで優勝を果たしたまなみさんの歌唱力は◎印。バツグンの安定感と表現力…ソレラを兼ね備えた歌唱力が持ち味の女の子というのがウリ。

デビューに際してのキャッチフレーズは…

ギンガムチェックな女の子

ってのだったと記憶する。あはん…だからデビュー曲のレコジャケでもギンガムチェックのドレスをお召しになっていたのねん。1980年当時…ギンガムチェックと言えば、なんとなくレトロな香りのする格子柄だったもの。それこそアーリー・アメリカン?若しくは戦後ジャパニーズの世界観…とも言えようか。まなみさんの落ち着いた声質、そして「想春賦」という‘ポスト高田みづえ’あたりを狙いまくったかのような純歌謡曲ちっくなタイトル…これらを考えると‘ギンガムチェック’ってのはコンセプトとして=レトロってな意味を含んでいたのではないか…こんな風にまた‘邪推’をカマしてみたくもなるのである。

表題曲の作詞を手がけたのはなかにし礼氏、作曲は平尾昌晃氏が担当。なかにし氏と言えば、黒沢年男さんが唄って大ヒットした「時には娼婦のように」など…ちとアイドルのソレとは似つかわしくない‘アクの強い作品’を書いた方としても知られるか。アイドル分野では島田歌穂さんのアイドル時代(1981年に「マンガチックロマンス」でデビュー)において、そのプロデュースをご担当…というご経歴、そして同時期には岩崎良美さんのデビュー曲「赤と黒」なども手がけておられたもの。

そんな彼が書き上げたまなみさんのデビュー曲。この曲のテーマは…

オンナになろうと心に決める少女

である。ふむ…アイドルのデビュー曲におけるテーマとしてはかなりオトナびたソレ…というか、なかにしセンセイによる独特の世界観が早くも炸裂?といった風情が漂っていたりもする。やっぱり、ひとクセもふたクセもあるのが身上といったなかにし作品だもの…この時点ですでにこうした‘ただならぬ異臭’が鼻を突き始めるのは不自然なことではないのである。良美さんの「赤と黒」においては実に文学的な香りが芳しい作品に仕上がっていたが、こちらはどうやら本来の‘なかにし色’だったようでゴザイマシて^^;。

♪そして恋が生まれました 彼と私に
 兄貴おこらないで お友達を

岩崎宏美さんの曲「春おぼろ」では20歳で結婚をカマそうと企てる娘に激怒する父がご登場と相成ったものだけれども、こちら「想春賦」では父どころの騒ぎではなく、兄貴までもがご立腹状態のようでゴザイマス。この時点でかなりの時代を感じちゃう〜今どきこんな兄妹って…ド田舎にいってもあんまりいなさそう〜。(笑)

♪まだ何もしてません 
 桜前線 今日はどこらまで

「まだ何も…」って…。この「何」ってのは一体ナニを指してるのかしらん。やっぱりアレ?それともソレよりは軽いアレ???こうした聴き手の邪推をよそに…その話題を桜前線へ一気にそらそうとする主人公様。この突拍子の無さ加減がなんともステキというかなんというか…。この時点では聴き手としてはなんで桜前線が‘まだ何もしてない事実’と関係があるのか…困惑の嵐に巻き込まれているようなものである。

♪並木の桜が すっかり咲いたら
 女になろうと 心に決めてます

決意を固める際にはなにか理由をコジつけたいお気持…ソレは痛いほどに分かるけれどもねぇ。女になるその時を並木の桜の開き具合で計る…ってのはどうよ、これ。(笑)そしてまたこういう歌詞をアイドルに…しかもデビュー曲で唄わせちゃうってのもなんだか微妙。デビュー曲はやっぱり「よろしくねっ!」の意味も込めて、明るくてさわやかな方がいいような気が…。でも楽曲として聴けば、叙情性豊かなステキな曲(ティーンの歌にしちゃ、やっぱちょっと暗いか?)だったりもする。たしかに70年代を引きずりまくった感は否めないけれども。

↑のレコジャケではそよ風に吹かれるウブな少女として写るまなみさん。あら?ということはこのレコジャケの意図はbefore & after…における‘使用前’のお顔ってな解釈でよろしいのかしらん。要は並木の桜が咲く前のお顔…って意味なのね。(笑)

いずれにしてもある意味、大胆なデビュー曲には違いはないようでゴザイマス。ただいかんせん、ちょっと地味過ぎたのがマイナスか。レコードの歌声に関してはさすが優勝をさらっただけのことはある、かなりの実力派といったソレ。それこそ東芝EMIがお好みだったという‘色々なタイプの曲を唄えそうなお声’の持ち主のようでもある。しかも平尾センセイの作曲でしょ〜それこそ平尾センセイとのデュエットで第二の‘畑中葉子’の地位も狙えるタマ(←ソレはソレでヤバかったか)だったかも、おそらくは。

そんなこの曲はオリコン最高…またもや記録がゴザイマセン。あれ?当時は文化放送を中心にしてかなり大プッシュ体制が敷かれ、ラジオを聴いていると日に1度や2度は流れるほど…それくらいに強力な売り出しがカマされていた記憶があったんだけどな。それこそ文化放送のとあるベストテン番組では、この曲がいきなり20位に初登場とか…今思えば「えっ!それはないだろうよ」といった○ジ込みまでもがカマされていたようでもある。まぁ、文化放送のオーディション出身だったしねぇ…それにしてもオリコンの100位にも入ってないのに、どこでどんなご奉仕したら20位なんていう好位置に…ムフフ。(笑)

それでも千葉まなみさんはこうした文化放送プッシュ体制の波にどんぶらこと乗っかり…

「日本歌謡大賞新人まつり」 エントリー→入賞
「新宿音楽祭」 エントリー→敢闘賞受賞

と…新人賞レースではちょっとしたご活躍もされていたもの。

まなみさんはこの後もシングル第2弾「ときめきの季節」を発売。こちらはよりアイドルらしい風情のポップス…要は‘ガバっと幕’の時流に合わせたのね、きっと。ジャケでの笑顔や髪型もソレを追った風なものとなっていたりもして。しかしその曲を唄ってる彼女って…このマニアックなワタクシメですらも観た記憶がゴザイマセン。しかもこのセカンドシングルがすでに発売されてるっつーのに、新人賞レースにはこれでもか!とばかりにデビュー曲の「想春賦」。夏の陣と呼ばれていた「日本テレビ音楽祭・新人賞ノミネート」にすらも「想春賦」なの…新曲の立場は一体…ナゾ。

■千葉まなみさんのディスコグラフィー

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「ときめきの季節」「ミスタースキャンダル」

杜の都・仙台ご出身だったまなみさん…短冊に書いたお言葉はもちろん「新人賞」!だけれども…どうにもこうにもその願いは天に届かなかったようで。あっ、でも多少は届いたのか…↑に挙げた2賞で。

そんなまなみさんも秋口には衝撃の大勝負曲(?)「ミスタースキャンダル」を引っさげ気を吐くことになった。この曲はあの‘もんたよしのりさん’が作曲だったんだから〜スゴイでしょ!なので当時はかなりの話題を集めたものなのだけれども、それが思い切りかすんでしまうほど…

♪女になろうと 心に決めてます

いいえ。あれは女になるどころの変貌ぶりではなかったばい!たしかご本人様も雑誌で…

「ロックに目覚めました」

と…黒ずくめのお洋服&仁王立ちのお写真と共に(←白黒の小さな記事)大宣言をカマされていたハズ。

それにしてもデビューしてから1年も経ってないというのが信じられないほどの豹変ぶり…やらされたにしてもちょっとなぁ。なんだか東芝魂の典型みたいな売り方されちゃって。当時のまなみファン様はその変貌にはたいそう悲しまれたのかしらん。歌唱力に関しては申し分のない方だったのに、あまりに無理なイメチェンを…しかもこんな短期間の間に強いられてしまったのはなんだかとっても可哀想だったもの。変身したはいいけどこうなっちゃうと後のもってきようがないったらありゃしない。それこそ♪はじめての〜顔をして〜とばかりに「また清純派アイドルやりま〜す♪」なんてのはムリムリだったしなぁ。どう考えても早まり過ぎましたがな〜まなみさん陣営。やはりまなみさんも‘ガバっと幕’に翻弄され、そして‘女王’により丸呑みされてしまったお一人…だったと言えようか。

☆作品データ
作詞:なかにし礼 作曲:平尾昌晃(1980年度作品・東芝EMI)

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八木美代子さんと言えば...

今から約28年前の1981年4月25日に表題の「シークレット・ラブ」でテイチクレコードよりデビューしたアイドル歌手。天にも届くような伸びやかな高音が彼女の最大の持ち味であったのだが、その美しい声を生かすためだったのか...アイドル歌手としての活動は僅か1年足らず。その後はアダルティーなポップス(演歌ではなかったけど)を歌う歌手へと活動の場を変えていったのである。

このブログにおける沢田富美子さんスレでも少し触れたことがあるのだが、こちらのレビューの主人公でもある美代子さんも暗黒の81年組のひとり...である。なぜ暗黒なのかは、このブログでこれまでにレビュらせて頂いた1981年デビュー組(林紀恵さん、矢野良子さん、中島めぐみさん等)のスレなどを参照してほしい。

さて、このデビュー曲「シークレット・ラブ」はオリコン最高160位を記録。どうか「えっ?160位??」なんて驚かないでほしい。実はこの年度...コレでもかなりマシなお成績だったの。81年にデビューされた女の子新人歌手で、それこそ200位内にすらそのお顔を出さない...なんて方はザラにいたからである。

この楽曲の作詞を担当されたのは中山大三郎氏、作曲に至っては鈴木邦彦氏である。この組み合わせからするとなんとなくちょっと古臭いイメージも無きにしも非ずだったりで。それにしても中山大三郎センセイったら...この頃はまだアイドルの楽曲も提供されていたようでゴザイマス。たしかセンセイはTBSで午前中に放映されていた「街角テレビ1100」(←大木凡人さんもご出演)というのど自慢番組において審査員としてご出演なさっていたお方。彼の代表作と言えば...

「人生いろいろ」 島倉千代子
「珍島物語」 天童よしみ

など...やっぱりソレラは演歌に集中しているのが特徴である。同じ81年組では3月にSMSよりデビューした若杉ひと美さん(←今でもお名前を変え現役なのね^^)に「ヨシオちゃん」という楽曲を提供されていたりもした。こちらもアイドル演歌というジャンルだったもの。で、気になってセンセイのことをググってみたら...実は2005年の4月にすでにお亡くなりになっていた。センセイ〜、なぜに!!

そんなセンセイが歌詞を書かれたこのポップス...あらあら意外にも実に爽やかなソレに仕上がっていたりもする。その歌詞に鈴木センセイが作られた瑞々しいメロディと美代子さんによる美声が相まって...あたかも初夏の雨上がりに虹がにょっきりと出た美しいお空でも見上げているかのような...そんな情景が一場面として目に浮かんでくるのでありまする。70年代アイドルで「ミカンが実る頃」のヒットで知られる藍美代子さんといい…美代子と名が付くとこういう美声になるのかしらん。あら?ミッチョン(芳本美代子)や浅田美代子さんは…^^;。やっぱり単なるコジ付けのようでゴザイマス。(笑)

♪誰が言い出したの
 虹は霧のいたずらだと
 虹は虹なの 愛は愛なの
 そして あなた恋人よ

ちょいとゴリ押し感が漂っていなくもないが...中山センセイにしては実にアイドルらしく、そして小ギレイにまとめあげられた冒頭部分である。そしてこの曲は...

♪誰にも 知られたくないの
 春も終わる 雨上がり

というイチバンの聴きドコロを迎えるのである。ナニを隠そう...これこそが美代子さんの歌唱における真骨頂!それこそ天高く舞い上がってゆくような...実に美しい歌声が必聴モノなのである。これが当時、彼女のキャッチフレーズ?としても使われていたという...

ミルキーボイス

とよばれたソレ...まさにそのお声を十二分に堪能できる箇所なのである。

♪この夏はあなたと過ごしたい
 それがわたしの シークレット・ラブ
 遊びじゃないと あなたが言ったわ
 それを信じて シークレット・ラブ

それにしてもちと怪しいわね、このオトコ。遊びじゃないならシークレットにする必要はないんじゃないかと思われ。「遊びじゃないのよ、この恋は」と「Believe」しまくる主人公様。後になって「信じかたを教えて」なんて末路を迎えなければいいけれど。(笑)

八木美代子さんはデビューした当初から割りとメディアへの露出はあった方である。例えば...

NTV「新・歌まね振りまねスターに挑戦」
テレビ東京「おはようスタジオ」
TBS「8時だよ!全員集合」

などなど...色々な番組に出演し、お歌のお披露目をされていたもの。しかも特筆すべき点はテレビ東京で夕方の時間帯に放映されていたソレ。実はご本人様のお名前をタイトルに宛がった番組を持たれていたのである。名付けて...

「美代子の夕焼け歌謡曲」

コレである。(笑)

この頃にはすでにシングル第2弾「夢少女」(オリコン200位圏外)も発売されており、その番組内でもお披露目されていたのは何度も観たことがあったもの。

イメージ 2 「夢少女」のレコジャケ。究極の聖子カットか?

ナニを隠そうこのワタクシメ...彼女のサイン入りシングル盤「夢少女」が手元にあったりもする。これはその番組内で「サイン入りの新曲をプレゼントしま〜す!」とやっていたのでちょっくら送ってみたら運良く当たったシロモノなのである。まぁ、応募者が極めて少なかったことによる幸運を射止めたのがワタクシメ..だったのかと思われ。(笑)

その後の活動は持ち前の美声を生かし昼ドラ(TBS「わが子よ」)主題歌(←シングル第3弾「青空天使」)を歌ってみたり、テレビドラマ「西部警察」にも‘歌姫’としてセミレギュラー出演するなど...まぁ、割とチャンスには恵まれていた方でもある。で、ちょっと音沙汰ないなと思っていたら、今度はフジテレビ「夜ヒットDX」における‘歌姫’として華々しく登場したではないか!しかも...

♪誰にも 知られたくないの

とばかりにその芸名を‘MIYOKO’とローマ字に鞍替えしてのご登場。だけれども、こんな経歴を見るにつけ、美代子さんの歌唱力...業界ではかなり認められていたのでは?そんな推測も立つのである。

ちょいと新しいめの話題としては...懐アイドルにおける新コンピCD発売の選曲段階において、美代子さんのこの曲がそのBBS上で意外なほどの人気を集め、それが原動力となって「シークレット・ラブ」が予定外→CD化に至るという嬉しいハプニングもあったりで。ご本人様はこの事実を知っているのかしらん。アイドルとして当時はこれといった業績を残せなかったご本人様にしてみたら、ソレはさぞかしウレピ〜NEWSだったに違いない。

これにプラスして所属していたレコード会社(テイチク)にて「シークレット・ラブ」の別バージョンのマスターテープ発見!という朗報も舞い込んできたのである。なんでもソレはアルバム用のバージョンだったとかで。LP製作も進んでいたとは...

♪遊びじゃないと あなたが言ったわ

美代子さんのスタッフ陣営...かなりやる気マンマン体勢を敷いていたようで。それならば当時...発売してくれたらよかったのにぃ、プンプン。いずれにしても、この発見音源に関してはいつか必ず…陽の目をあてて欲しいものでゴザイマスよね。(笑)

☆作品データ
作詞:中山大三郎 作曲:鈴木邦彦(1981年度作品・テイチクレコード)

※ブログ開設当初に書いた拙い記事を加筆・修正(←ってかほぼ全面書き直し^^;)し、再うP致しました※

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ドラムを叩きながら唄う方と言えば…

リューベン&カンパニーのリューベンさん
C-C-Bの笠浩二さん
稲垣潤一さん(ポケット保持様からご教示)

などなど…ここら辺りがパっと思いつく方の筆頭かと思われ。今回取り上げようと思っている方…実はこの方もドラムを叩きながらの熱唱をカマされたのだが、なんとムキムキマッスルな男性ではなくて、オンナの細腕繁盛記ちっくなティーンの女の子…しかも当時中学生の女の子だったから驚きなのである!

表題の「YA・KI・MO・KI」はコスミック・インベンションのデビュー曲として、1981年3月5日に発売された楽曲である。コスミック・インベンションとは…

元々は電子楽器のデモ演奏グループとして当時電子楽器(ファーストマン)開発の仕事をしていた森岡一夫が、自身の娘である森岡みまを中心に彼女と同年代の少年少女を集めて結成したバンド

らしい。ここら辺りの経歴に関しては自分もよく知らなかったお事柄でもある。でメンバーはというと…

森岡みま(ドラム&ボーカル)
井上能征(トップキーボード)
佐藤克巳(セカンドキーボード)
橋本かんな(ベースキーボード)
安藤聖己(ストリングス・オーケストラ)

当初はこの5人による編成だったらしい。が、安藤さんは1981年に脱退といった記録が残っており、おそらくは!「YA・KI・MO・KI」を発売した後しばらくしてすぐに脱退?ってことでいいのだろうか。だってこのグループ自体の寿命が非常に短かった(1982年解散)のだもの…安藤さんにおける実質在籍期間ってのはかなりショートだったのかと思われるのである。

コスミック・インベンションはこういった若き5人の音楽的才能溢れるティーンにより結成されたバンドであり、こうしたシンセサウンドを扱うことから当時は「YMOジュニア」などと呼ばれていたらしい(←呼ばれてたっけ…記憶にないなぁ^^;)。現に1980年12月に行われた…

YMOの日本武道館公演

における前座を務めていたという記録が残っていたりもする。なんだか意外にスゴかったようでゴザイマス。そしてコレは今更言うまでもなく…現在も作曲家として活躍中で、ミポリンの「ROSA」や西村知美さんの「Blueberry Jam」を作曲したことでも知られる井上ヨシマサ氏が加入していたバンドとしても一部では有名なのか、おそらくは。ちなみにリンクした動画でリーゼントっぽいヘアスタイルで陶酔しまくってキーボードをカマすお兄ちゃん…それこそが若き日の彼…なのである。

さて、そんな5人によりお披露目された「YA・KI・MO・KI」。うん…なんだかボーカルのみまちゃんのイメージを優先しまくって作られたとおぼしきチューンとなっており、その風情はバリバリのアイドルポップス風だったりもする。このチューンのモチーフが…

恋のレッスン

ってトコロからしても、どこぞのアイドル歌手ちゃんでも唄えそうなノリ…そうねぇ、渡辺美奈代ちゃんとか、その辺でもイケそうな感じ。伴奏はシンセで構成されていることからテクノ歌謡って分類でOKなのだと思われ。ただし、単なるアイドル歌手が歌う歌謡曲のソレと決定的に違う点というのが…みまちゃんのパフォーマンスだろうか。これは特筆…そう、↑で前述したように、ドラムを叩きながらの熱唱をカマされた…という変り種だったのである。

♪私 ヤキモキギャル
 カレはノリノリボーイ
 シブいポーズでキメてる
 ローラーディスコのチャンピオン

初っ端からカタカナの洪水状態である。こうした歌詞の作詞をされたのは星川スナヲ氏、そしてくら美あきら氏の合作。作曲、そしてプロデュースに至っては小田啓義氏が手がけていた。小田氏はジャッキー吉川&ブルー・コメッツの元メン…って言われても、ちょっと筆者の世代とはズレがあって…パっとそのお顔は浮かんでこなかったりもする。ちなみに岩崎宏美さんがカバーした「すみれ色の涙」も彼の作曲だったっけ。

♪こんな気持にさせ
 あなたいつでもクール
 誘いかけてもくれない
 翼のついたチャンピオン 
 Yeah! Yeah! Yeah! Yeah! 

Yeah! を4度も叫ぶみまちゃん。高島忠夫さんに勝ち名乗りあげといった勢いか。だけれどもソレはココロなしかシャイといった感じで…居直ってカマしてないわね!といった風情がしこたま。当時のみまちゃんはまだ中学生だったから、こんな雄叫びをテレビでカマすのはとってもハズかしいことだったのだろうか、おそらくは。カメラ目線だってまったく…ないものねぇ、言われてみれば。(笑)

♪誰もかれもがライバル
 だからいつでもヤキモキ ヤハン
 知ってるなら教えてよ 恋の恋のレッスン

キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!
半音好きの輩にはたまらないメロが参上!!これまた恥じらいを見せながら♪ヤハンとカマすみまちゃん…そんな場慣れ感ナシナシのトコロがかえって初々しかったもの。今改めて見ると彼女ったらばかなりの‘萌え系’なのねん。(笑)

♪アタック アタック 好きなのよ
 アタック アタック キスしてよ
 冷たくしちゃイヤイヤ ヤキモキ エブリディ

ここでも半音を多用し、聴き手のハートをキュン!とさせる作戦にでるこのチューン。歌詞自体は特に解説を付けるほどのものでもなく、いたってシンプルなのである。それこそ歌謡曲によくありがちだった定番設定とも言えようか。それと共にメロもかなりの軽量級といった風情で…「すみれ色の涙」を作曲した方と同一人物の作品にはちと思えなかったりもする、もちろんコレはいい意味で。筆者的にはかなりスキなタイプのメロであったりもする。

実は先日、NHK-BSにて放映された「蔵出し劇場」の「レッツゴーヤング」再放送にて、この表題曲がオンエア!で、その反響は意外と大きかったようで…ネット上でコスミック・インベンションに関しての人気が‘ぷち沸騰’していたりもするのである…あれから28年弱の歳月が経過した今…になって。このようなシンプルでかる〜い歌詞とメロが逆に今の時代が求めているものとピッタリコンコンなのか、もしかして。(笑)

この曲はオリコン…えっと手元に記録がありません^^;。でも100位以内には入っていたような記憶がゴザイマス。となたかご存知の方がおりましたらご教示のほど。コレはティーン集団&女の子がドラムを叩く!ってことで…当時もそこそこ話題になった上でのチャートインだったのかと思われるのでありまする。

コスミック・インベンションはこの後にも…

「ちょっとホントあとはウソ」(1981年8月)
「プラトニック学園」(1982年7月)

と解散までに合計3枚のシングルをリリース。でちと驚いたのが…

「COSMORAMA」

というタイトルのアルバムまでもが発売されていたことである。このアルバム中にはNHK「みんなの歌」でオンエア(別歌手バージョンで)された「コンピューターおばあちゃん」の元歌も収録。作家陣には近田春夫氏や谷山浩子さんのお名前もあったりで豪華だわん!特に谷山浩子さんが作詞を担当された「ひこうき雲」は後にアイドル歌手の志賀真理子さんがカバーしてシングル盤として発売するなど…音楽的にはなかなかの財産を残してくれていた彼等だったようでゴザイマス。

1981年のニッポン歌謡界…ソレは‘あの方’を筆頭にしたアイドル黄金時代の幕開け時。それこそ彼女に男性アイドル達も絡みに絡んで百花錯乱!寝ても冷めてもアイドルアイドル…といった頃合いだったもの。そんな時代だったからなのか、このレビューの主役でもあるコスミック・インベンションは…

♪冷たくしちゃイヤイヤ

じゃないけれども…なんとなく時代の波に乗り切れないまま、冷たくあしらわれてしまったような…そんな印象があったか。だけれども冷たくあしらうにはちょっと勿体無いぞ、コレは!それこそこのテの軽いノリが求められる「今」だからこそ…需要がアリアリなのではないか、そんな風に感じてしまう筆者、チェリーなのでゴザイマス。誰かコレ…カバーしないかしらん。

ちなみにボーカルのみまちゃん…後になって日テレアニメ「魔法の妖精ペルシャ」のOP「おしゃれめさるな」ってのをMIMA名義で吹き込んだりしておりまする。

今こそコスミック・インベンションを見直そうぜ、Yeah! Yeah! Yeah! Yeah! (笑)

☆作品データ
作詞:星川スナヲ・くら美あきら 作曲:小田啓義(1981年度作品・ビクターレコード)

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80年代と言えば…

このブログで何度も記述っているように、女の子アイドルがわんさかと登場し、それこそ‘キラ星’の如く瞬いた時代である。その中からなるべくして&強運がムキ出しとなった少女達だけがスターダムへの階段を上れる切符を手にしたものである。ということはその夢が叶わずに撃沈を喰らってしまった…という娘達も当然のことながら存在したワケでありまして。

そのようなワケで今回は1982年のアイドル全盛期にデビューをカマしながらも、栄光の切符を手にすることなく芸能界を去っていったという、あの方のこの1曲をレビュってみたいと思うのでありまする。

表題の「少女時代」は百瀬まなみさんのデビュー曲として、1982年7月21日にエピックソニーより発売された楽曲である。まなみさんは北海道・小樽のご出身、雪のように白いモチモチっとしたお肌とつぶらな瞳が魅力的な女の子。そもそも…まなみさんのデビューのキッカケとは…

ミス・セブンティーン

そう…例のあのオーディションである。ここで「特別賞」を受賞したことで芸能界入りの切符を手にしたのである。もちろん歌手としてのデビューは協賛のソニー系列のレコ会社から、そして歌手デビューと時期を同じくしてロッテ「パイの実」のコマーシャルに郷ひろみさんと共演によるご出演…と、なかなか恵まれたスタートを切っていたまなみさん。「あっ!あのCMに出ていた子か!!」とたった今、ガッテンした…なんて方もいるかと思われ。

さて、そんなまなみさんのデビュー曲「少女時代」は作詞を浅野裕子さん、作曲を岡本一生氏が手がけたモノ。浅野さんと言えば、美人モデル→作詞家へと転進された方としても知られ、80年代初頭にかけて…

「少女人形」 伊藤つかさ
「さよなら好き」 浜田朱里
「マーマレード気分」 甲斐智枝美

と…このように切れ味の良い、なかなかの傑作を輩出された方でもある。作曲をされた岡本氏と言えば後にペンネ−ムを岡本朗にご変更され…

「男意ッ気」 シブがき隊
「砂の城」 斉藤由貴
「陽春(はる)のパッセージ」 田中陽子
「月夜のゴンドラ」 堀川早苗
「フラミンゴ」 石川優子

などのヒット曲を書かれた方でもある。まなみさんの「少女時代」は上記に挙げたどの作品にもあまり似ておらず、全体的にマイナー調の歌謡ルンバといった風情。そんなこの曲におけるモチーフと言えば…

自らの不甲斐なさを嘆き悲しむ少女

コレなのである。

アイドルの歌う楽曲にしてはかなり異色でもある。

♪泣きながら やぶった手紙
 泣きながら つなげていきました
 さよならの文字が 滲んでる
 私の涙で

と…歌の初っ端から‘悲しみ模様’が全開なのである。それにしてもナニに対してそんなに悲しんでいるのだろうか。そこら辺をこの後でエグってみることにする。

♪なにひとつ あなた好みの
 女の子には なれない私

あらあら…別にそんなに相手に合わせなくたってねぇ。ご自分の個性を大切にして欲しいものでゴザイマス。いずれにしても♪あなた好みのオンナになりた〜い…ってのがこのお歌の主人公様における切なる願いのようで。

♪長い髪 長いまつ毛など
 私にはないの

コレを唄っていた頃のまなみさん…たしかに堀ちえみさんあたりを思わせるようなショートカット。ただ↑のレコジャケを見るとセミロングくらいの長さになっていたりもする。「パイの実」のコマーシャルに出ていた際もそのレコジャケと同じような髪型だったような記憶があったりで。ということはこの楽曲の歌詞に合わせてバッサリ…とされてしまったのだろうか、もしかして。で、もってこの曲はサビへとその引導を渡してゆくのだが…

♪少女時代はいつでも 
 かわいい人だけ 幸せになるところね

って。え〜っ、コレは一体どういう意味、浅野センセイ???(笑)
まなみさんは「ミスセブンティーン」で特別賞を受賞したタマなのよぉ!それなのにこの歌詞はないんじゃない???まなみさんだって充分に可愛かったと思うけれどなぁ。そしてコレに更なる追い討ちをかけるのがココ…

♪残酷時代 あ〜わたしの

って。わたしの少女時代は‘絶望的で最悪よん’って意味なんだろうか。♪あ〜わたしの…でブツ切りし、あえてその最悪な意味を唄わせない!ってトコロが浅野センセイのこだわりだったのかしらん。それにしてもこのデビュー曲を授かったまなみさん…こういった歌詞を見た後のご心境は一体どんなものだったのだろうか。え〜っ!なんでアタクシがこんな曲を!!と思ったのかどうかはナゾなのだが、ちょっとヒドイなぁ、コレは。(笑)

♪あきらめて わたしのことを
 あきらめて 彼のことを

なんだか最後の最後まで悲しくて悲しくて…やりきれないチューンのようである。歌詞に関してはこんな感じの仕上がりなのだが、楽曲のメロに関してはなかなかのソレを垣間見せてくれたりもする。サビから♪あ〜わたしの〜あたりまで、特に‘残酷時代’の部分における半音を練りに練り込んだやるせなさ加減が全開!となった音運びなどは、かなりの優れモノかと思われるのである。

この曲はオリコン最高187位を記録して200位以内へのチャートインは達成。ただ82年組という括りでみるとちと地味すぎた感は否めないか。他同期の方と比べてもルックスや歌唱レベルなどなど…特に見劣りするようなトコロは見受けられないのだが。まなみさんはこの後にもセカンドシングルで大瀧詠一センセイのカバー「カナリア諸島」を発売。カナリアを思わせるような黄緑色で、うさぎちゃんだかのふわっふわとしたお毛々のついたキュートなミニに身を包み歌唱したもの。それこそワタクシメ好みのお衣装だったのだが、悲しくもソレが最後の、いわばラストシングルとなってしまったのである。

その後は大映のテレビドラマ、例えば「スチュワーデス物語」「少女に何か起ったか」などで元気なお姿を見せてくれたもの。それら役どころは端役というか、そういったモノが多かったものの、かなりの出演歴があった。それこそ…

大映ドラマにおける裏女王はアタシよ!

と言わんばかりのご活躍…そんな存在だったか。ちょっと前にレビュった堀ちえみさん関連?ってことになるのかしらん^^。

こうした活動を展開し頑張ったまなみさん。しかし今ひとつ大きな花を開かせることなく芸能界を引退してしまったようである。やっぱり82年というアイドル戦国時代の真っ只中にデビューってのが…

♪残酷時代 あ〜わたしの

だったのか、もしかして。なかなか愛嬌のあるお顔立ちの…ユニークな素材だったんだけどなぁ。う〜ん、もったいなか。

☆作品データ
作詞:浅野裕子 作曲:岡本一生(1982年度作品・エピックソニー)

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12月と言えば…1年でイチバン慌しく忙しい月、すなわち‘師走’と呼ばれるソレである。また冬至があることから、実質的にはもっとも‘冬’を実感する月であるともいえる。筆者の場合、今はワケあって南半球に位置するオーストラリアに在住しているため、12月と言えばサンタさんも♪サーフィンボード小脇に抱え〜の太陽サンサンな夏…ってな具合になってしまうもの。うん、でも今年の夏はなんかヘンだぞ!だって夏がすでに半分過ぎようとしているこの時期になっても、夏らしい夏日ってのがとんとやってこないのである。それこそ20度いくかいかないかくらいの…どんよりとした肌寒い曇り空の日々が続いており♪サマ〜サマサマなんて風情は一向に感じられず、どちらかというと早くも♪バイバイサマ〜といった気候に近くなっているのでゴザイマス。(笑)

ところで‘冬’と言えば、80年代アイドル達もたくさんのフユウタを放ってくれたもの。中でも特に北風ぴゅうぴゅうの‘寒さ’を聴き手に感じさせてくれるチューンってのもちらほらで。というワケで今回は独断で選ばせて頂いた‘身もココロも寒くなる’という、冬らしいこの1曲をレビュってみようと思うのでありまする。

表題の「失恋散歩道」はつちやかおりさんのシングル第3弾として、1982年12月21日に発売された楽曲である。つちやかおりさんと言えば、元シブがき隊のフックンの奥様として名の通った方でもあるのだが、彼女のアイドル歌手時代を振り返ってみると…それこそあの衝撃のデビュー曲「恋と涙の17才」をはじめとして、マイナー調で陰りのある楽曲を数多く輩出。アイドルマニア間では‘哀愁ソングの女王’などと呼ばれたりしていたもの。要は‘哀愁’を唄わせたら、彼女の右に出る者はいない!と言わしめた方…とでも補足をしておこうか。(笑)

表題曲もダメ押し!とばかりに…デビュー曲から3作続きの哀愁ソングであるが、その注目すべきは作家陣である。作詞を担当されたのは後におニャン子関連ソングで名を馳せることになる秋元康氏、そして作曲は…

長渕剛

氏なのでゴザイマス。スッ、スゴ!あの頃も彼のネームバリューはそこそこあったと記憶しているが、今となってはソレのハクはつきまくった…と思われる位置までイったかと思われ。なんせ彼が女の子アイドルに提供した楽曲は数少なく、そういった意味でもかなり貴重な1曲…ということになるのである。

そんなこの楽曲…全般的には当時の長渕氏が十八番(オハコ)とされていたフォーク調。アコースティックギターの音色をところどころに散りばめながら、冬の寒さや失恋した少女の哀しみを演出した作りとなっている。おそらくは村下孝蔵氏あたりの世界観にも相通じるようなところもあるか。ちなみに編曲を務めたのは大村雅朗氏である。

シトシトと…冬の冷たい雨が降るとある日。空を見上げても太陽などは見えるはずもなく、ただひたすらにどんよりと重いねずみ色した雨雲が空一面を覆っている。こんな情景を思い起こさせるような、寒さが身に凍みるイントロ。

♪雨色の歩道橋 あなた見かけた
 少し急ぎ足ね 誰かと待ち合わせ

なにやら歌い出しの初っ端から‘哀愁’の匂いでムセかえるこの曲。なんてったってアナタ…雨色の歩道橋から見かけた‘あの人’は、誰かと待ち合わせの急ぎ足…なんだもの。この時点で主人公様の心中は穏やかなハズもなく…暗雲がモクモクとたちこめて辺り一面を覆いつくしてしまう勢いなのでありまする。

♪濡れて瞳に重なるの 
 両手で目隠ししたあなた
 突然さよなら言うなんて
 信じていたのに

‘哀愁’が更なる追い討ちを…。怨み100年…信じきってたオンナの怨みは怖いわよ!と展開していくのか、もしかして^^;。

♪泣きたいわ 泣きそうよ
 あの頃に戻れない
 忘れた涙ひとつ 小さな胸に落ちた
 私ひとり

失恋が決定的なモノとなり、ひとりぽっちになってしまった主人公様…これまたダメ押しとばかりの‘哀愁’である。♪私ひとり〜と歌い上げているところから…コレは「もう立ち直れないわ〜」と言わんばかりの崖っぷち、音を立てながら脆くも崩れ落ちてゆく少女の様相を呈しているようである。(笑)

この楽曲はこのようなとことんの‘哀愁’いわば‘センチメンタリズム’を楽しむことが出来るのが特徴なのだが、筆者的には更なるおすすめと言える様な聴きドコロがある。ソレは歌の後半…2番の終わりにやってくる…

♪あなた 消えそう〜

ココなのである。この箇所は‘哀愁ソングの女王’としてのかおりさんを十二分に堪能することが出来る…いわば聴き逃してはならぬぞ!といった部分。なんといってもスバラシイのがココで展開される…

かおりの泣き節

である。それこそ哀しみでいっぱいの少女を歌の中で一生懸命に表現している…そんな聴かせドコロでもあるワケだ。80年代に活躍したアイドル歌手達をザっと見渡してみても、これほどの‘泣き’を歌の中で表現できた方…そう数多くはいないはずである。しいて言えば、太陽の女王が後年になって「抱いて」を感情タップリに唄った時くらいか(←でもこちらはちと大袈裟で自己陶酔気味でゴザイマシタものねぇ)。かおりさんの場合はその‘泣き’をあくまでも自然に、そしてデビュー1年目の新人時代にやってのけてしまった…ってのが実力者の証…と言えるのか。さすがは劇団いろはに籍を置き、夜な夜な鍛えまくっていただけのことはあったようでゴザイマス。まさにこういった技量、そして持って生まれた独特の陰り声(←基本的にはお声が高くて明るっぽいのだけれども、なんだか妙な陰りを感じるのでゴザイマス)が‘哀愁ソングの女王’として君臨するに相応しい要素だったのかと思われるのである。(笑)

この曲はオリコン最高69位、1.1万枚を売り上げ100位入りを達成、新人歌手としてはそこそこのヒットへと漕ぎ着けたのである。

↑に掲げたレコジャケ…それはもう‘冬’しかありません!といった風情でムンムンなソレであり、この曲のイメージを忠実に再現したモノとなっている。それこそ、どこからどう見てもかおりさんのために誂えたチェックのお洋服…そんな風に見えるのは確か。しかしながらこのお衣装…裏話によればサイズが全然合わずに、とにかく合わせろ!とばかりに後ろっ側のあちらこちらを洗濯バサミだかなんだかで止めまくっていたそうな。公称150cmというミニミニサイズだったかおりさん…当時の担当スタイリストさんが最小サイズを見つけて宛がっても、彼女のお体にはフィットしえなかったのか、もしかして。

それこそ82年組の中じゃ、こんなにちっちゃなアイドルさんは…

♪私 ひとり〜

状態でゴザイマシタよね。だけれどもその小さなお体から繰り出されるパンチのある歌声…そのギャップこそが彼女における最大の魅力でもあり…

ちっちゃな体にLサイズの歌唱力

と評された所以なのでゴザイマシタよね。

さぁ、コレを読んでる皆様もこの曲で冬の雰囲気にドップリコンコンと浸かって下さいませ♪(笑)

☆作品データ
作詞:秋元康 作曲:長渕剛(1982年度作品・東芝EMI)

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