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思考遊戯

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妄想により理想世界を構築する。
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冷凍保存という名のタイムマシン。(なるべく平易な文章を心がけてみる。)

「遺体の冷凍保存によって再び未来に生を受けようではないか!」というビジネスがあるらしい。遺体を液体窒素に浸すことでマイナス200度の超低音状態に保ち、科学が進歩した未来にその意識と身体を復活させようではないか!というものである。
本当に未来では科学が進歩し、復活させてくれる事が可能なのであろうか?なんて疑問はどうでもよい。
復活させてくれる体毛の皆無な未来人は、もじゃもじゃな猿人に暖かく接してくれるだろうか?実験用マウスのような、サンプルにはなりはしないだろうか?なんて疑問もどうでもよい。

ここで注目してもらいたいのは、遺体の冷凍保存という点である。
明らかなことに、遺体は既に1度は死んでいる訳だ。であるにも関わらず、未来に復活出来ると信じているからにはその支持者は、意識は身体と堅く結び付けられているということを確信しているのだろう。意識の一意性も、少なくとも無意識であれ確信しているに違いない。しかし、僕は前回の記事で意識の一意性を否定した。意識を時間軸上で結び付けられるものは何も存在しない。ただ、その身体の実存が確信されているのみである。

話をかえて、仮想的な理想ミラー人間を思考シミュレートしてみる。

ある異国の科学者シドは画期的な発明をした(近い未来、再現可能となるかもしれない)。
その名もシュトラールである。
全く形状の等しい、人間が丁度一人入れる程の密閉カプセル(入り口はあるが、窓は無い)が二つあり、
片方のカプセルに生きた人体をぶっこむともう一方のカプセル内にはそのミラー人間が生成されるというもの。ミラーの完了までは予測不可能な時間がかかるが、その間の検体の意識は無く、被ミラー化人間とその素材人間の物理的構成は全く等しい。また、カプセルの底を局所原点とした場合の3次元的位置構成(簡単に言えば姿勢)も等しい。さらに、カプセルが置かれている場所は無菌円形ドーム内であり、ぐるりと目を瞑って回り、再び目を開けてもどちらがどちらのカプセルなのか見分けが付かない様になっている。さて、ここからが本題であるが・・・。
丁度今、ミラーが完了したようなので、2つのカプセルを同時に開けてみよう。(シュトラールを起動したのはシド、カプセル同時開閉スイッチ(開ける時のみ)を押したのはその助手、アーロンであるが、
シドもアーロンも共に、素材検体が初めどちらのカプセルに入っていたのかは定かではない。)
プシューッ。
被検体A「ふわぁ〜。暑かったなぁ〜・・・。」
被検体B「ふわぁ〜。暑かったなぁ〜・・・。」
はたして、貴方はどちらがどちらなのか区別出来るであろうか。
そして、区別可能な主体は必ず存在すると肯定できるであろうか・・・。

結局何が言いたいんだよ!

物理的構成が等しい、かつそれぞれの環境もほぼ等しい時、彼ら二人の記憶は等しいはずである。彼ら二人は共に同じ記憶を共有し、ほぼ等しい環境に立たされた。それはすなわち、どちらが素材人間か?という問は無意味になる事を意味する。なぜならば、主観に於いても客観に於いても、彼らは共にアーロンなのである。認識に従えば区別のしようが無い。ただ真実を知る唯一存在は、その身体の実存の確信(アーロンの確信ではない)のみである。(ここで言う確信とは必然であり、超越存在であり、因果律に厳密に従う無意味世界であるとする。)生も死も等価値(区別不能)であり、我々の意識は常に死んでいる(生まれている)。生死の区別を付ける唯一存在は認識である(意識が生死の区別を定義した)。認識は超越存在ではない。(因果空間内で定義される因果(超越存在)と、自由意志空間内で定義される自由意志(意識、認識)の区別を明確にして欲しい。)

よって、意識は身体と一意的に堅く結び付けられている、という、両空間上の接点(写像)に於けるこの命題は偽である(独立空間の写像など存在しない)。
意識とはあくまでも身体の物理的構成とその環境により付随する、脳髄の直接的所産に過ぎない。
この双方のニュアンスの違いを良くご理解頂きたい。

意識が連続かつ一意的であるとを意識自身により確証する事が可能であるか。

まず主体を「身体性を認めた意識体」として定義する。ここで、身体を寛容に見て時間軸上で連続であると仮定する(ここでは時間の超越存在を仮定しているのであって、意識概念とは異なる)。
意識の一部である認識作用は、感覚器官から外内界の状態を記憶に取り込む作用である。(認識は判断とは独立して存在するものとする。判断による認識そのものが意識であり、認識により取り込まれた記憶に判断が付随しているか否かは着眼点ではない。この仮定が、以下の証明に対して一般性を失う可能性は否定できない。う〜む。)記憶は判断に付随しての新たな意識対象の記憶生成の源泉或いは被更新記憶である。
認識対象は常に連続であるが(仮定より)、認識により取り込まれた記憶は常に被積分体であり、判断対象に於ける記憶に時間的連続性は認められない。それは、認識は現状態の把握のみ可能であり、判断は現記憶の処理のみ可能であることから、過去存在を肯定した被積分記憶は、現記憶の処理のみ対象にする判断に於いては、過去存在を否定した現記憶(突発的に与えられたものと仮定)に等しく、現記憶が被積分体であるかの是非は、判断を通しての認識(意識)ではその性質上不可能である。
つまり、過去の意識は現在の同主体所有物である意識と同一視出来るものではなく、意識の連続性は確証されない。よって、主体は意識を無限に有し、おのおのの意識は独立であり、意識の一意性は意識では保たれない。時間の超越存在の仮定から、主体が常に保持しているのはその固有の物理的機構のみである。

主体の、過去・現在・未来を繋ぎ止めるものは、連続感を伴う記憶の継承によってなされるのではなく、世界を時間軸上で連続と見なす際の、一意存在する主体(個体)の確信のみである(認識不可能)。

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