コパンのうら

熊本県北部の山鹿市にあるちいさなフランス料理店「ビストロ シェ・ル・コパン」の舞台裏です。

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忘れられない記憶。

今、リーディング()で記憶に関する本(フランス語版)を読んでいます。これがなかなかおもしろいです。


記憶の歴史、記憶のしくみ、脳のどこでどうやって記憶を保存しているか、どうしたら長く記憶できるか、記憶力の良し悪しは生まれつきか、記憶術とはどういうもので何の役にたつのか、など盛りだくさん。よくある「記憶術」や「暗記術」をマスターするための啓発書ではなく、さまざまな方面から「記憶」について考察した読みごたえのある本です。


……といっても、エピソードや解説の多くがフランスの文化や歴史に依存しているので、日本語に翻訳すべきかどうかは疑問が残りますが……。


その本に、嬉しかった、辛かった、衝撃を受けたなど、感情が揺さぶられた出来事は長く記憶できる、という話が載っていました。

たとえば、2011年3月11日に自分が何をしていたかを覚えている人は多いでしょう。熊本や大分の人だったら2016年4月14日と16日未明ですね。恋人にプロポーズされた日、結婚式、子供が生まれた日、事故を起こした日、近親者が亡くなった日などについても、自分が何をしたかを鮮明に記憶している人は多いのではないかと思います。


実は、わたしの記憶は、「フランス前」と「フランス後」に二分されています。「紀元前」と「紀元後」的な(苦笑)。1991年夏〜1998年冬の期間をフランスで暮らしていたのですが、まだインターネットが普及していなかったので日本の情報はほとんど手に入りませんでした。日本で流行した現象やことばは、リアルタイムではなく後になって知りました。なんらかの現象や出来事が、日本の情報がすっぽり抜け落ちたその期間より前、つまり1991年夏前に起きたか、その後に起きたかは、今でも即座に明確に思い出すことができます。


たとえば、ティラミス。このイタリア発のお菓子が日本で流行したのは「フランス前」でした。でもその後に出てきたナタデココは「フランス後」。家族や友達から聞いて名前だけは知っていましたが、初めて食べたのは帰国後の2000年前後。「おお、これがあの噂のナタデココ! ついに出会えたか!」と心の中でおおいに感動したものですが、その頃にはすっかりブームは下火になってもはや誰もナタデココなどに驚きも喜びもしていなかったので、わたしも「ああ、ナタデココね、知ってる知ってる」的な素知らぬ顔を作りました。

「フランス後」に流行した他の現象に、ポケベル、たまごっち、安室奈美恵、小室哲哉があります。たまごっちやポケベルは実物を知らずに口頭で説明だけ聞いても、どういうものなのかまったくピンときませんでした。

「ちゃんと世話してあげると育つからもうかわいくて」
「え、それってふつうにペットじゃダメなの?」

「724106(ナニシテル)って打つと、4510(シゴト)って返ってきたりとか」
「へえ……(で、何が楽しいの、そのやりとり?)」

安室奈美恵や小室哲哉は顔さえ知らなかったのですが、日本から遊びに来た芸能界通の友人にその人気ぶりを詳しく教えてもらい、なんだかわからないけどすごいんだなあ、と思っていたものでした(でも正直あんまり興味はなかった)。

携帯電話やコンピュータの普及も「後」です。当時、フランスでも一部の人たちが使ってはいましたが、まだまだ一般的には広まっていませんでした。

バルサミコ酢の人気が高まったのも「後」。存在自体はフランスにいる間に知りましたが、フランスでは「バルサミコ」ではなく「バルザミック」と呼ばれていたので、帰国後に何の疑いもなく「バルザミック、おいしいよね」と友達に言ったら「は? 何それ?」と怪訝な顔をされたのを覚えています。


ええ、そうです、恥ずかしかった記憶って決して忘れないものですよね。

アルデンテも「後」。歯ごたえが残る状態でパスタを茹でる……くたくたになるまで茹でるのが好きなフランス人にはまるで無縁なことば。日本の雑誌か何かで知って「へえ、こんな表現があるんだ」と感心したのを覚えています。で、当時はライターのしごとをしていたのでさっそく使ってみたのですが、間違えて覚えて「アルダンテに茹でたパスタがおいしい」と書いてしまいました。編集の人に「アルデンテの間違いですよね?」と言われた時の恥ずかしさときたらもう。「すみません、キーボードを打ち間違えました」と嘘の言い訳をしました。

他に、フランスで開催されたサッカーワールドカップ98の記事を書いていた時、競技を行なうあのスペースのことを「ピッチ」と呼ぶと知った時の衝撃ときたら。え!? 「コート」ではないだろうと思ってたけど、「フィールド」とか「グラウンド」じゃなくて「ピッチ」って言うの!? 何、ピッチって!?

……Jリーグが登場したのも「後」だったので、サッカーに関する知識がほぼゼロだったんです。


ああ、わたしの日本語のボキャブラリーはそうとうやばい。このままフランスにいつづけて更新できないでいると使い物にならなくなる……わたしが帰国した理由には実はそうした危機感もあったのです。今はネットがあるから何の問題もないですけどね。いいなあ、今の人たちは。


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写真は、今年のボージョレ・ヌーヴォー。

そういえば、ボージョレ・ヌーヴォーのブームは「前」でしたが、わたし自身がハマったのは「後」でした。カフェのカウンターで立ち飲みして一気に4杯飲んで、お店のトイレで吐いたことは一生忘れません。あれから数年間、ガメイ(ボージョレに使われているブドウの品種)の匂いを嗅ぐだけで吐き気がし、ボージョレが一切飲めなくなりました。今はすっかり回復してこうしてぐびぐび飲んでますが。

テュイルリー公園にほど近い、rue du Mont Thabor(モンタボー通り)の古くて小さなカフェビストロでした。当時バイトしてた会社の社長とサシ飲みした時のことです。なつかしいなあ、今もまだあるのかなあ。

これも恥ずかしくて忘れられない記憶の一つです。




※リーディング:原書を読んでレジュメを書く仕事のこと。著書・著者に関する情報、あらすじ、章ごとの概要、所感、本国での反響などをA4で8〜10枚程度にまとめます。翻訳するかどうかを出版社が決める重要資料とされ、多くの場合、翻訳が決定した暁にはリーディング担当者が訳者の第一候補とされます。


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