コパンのうら

熊本県北部の山鹿市にあるちいさなフランス料理店「ビストロ シェ・ル・コパン」の舞台裏です。

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天まで届け。

古い友人が急逝しました。

20年以上音信不通でしたが、わずかに残った細い友情の糸をたどって、熊本のわたしのところにも逝去のお知らせが届きました。

学校の同級生ではなく、パリ時代の仲間のひとりでした(わたしがシェフに出会う何年も前の話です)。みんな年齢や境遇はバラバラで(当時、20代前半から後半)、共通するのは、それぞれの目標を抱えてパリで暮らしているということだけ。修行仲間……とでも言えるでしょうか。当時、彼の地でともに学び、遊び、語り合った友人たちは、今ではあちこちに散在してそれぞれの道を歩んでいます。

当時のことをしみじみと思いだしたり、彼らの現在に思いを馳せたり、ましてや互いに連絡を取り合ったりすることもほぼ皆無となってしまった今(幸いにも、わたしはそのうちの幾人かとかろうじてつながっておりますが)、思わず過去へとタイムスリップさせられているこの数日間です。

……こんな事情ではありますが。

心のなかでは、すごく大事にしている時代、大切にしているひとたちなのに、その気持ちを伝えられないまま、こうしてずるずると歳を重ねてしまいました。

そして、心のなかで大切にしていたひとをひとり、感謝の気持ちを伝えられないまま、こんなに早く失ってしまいました。

遅すぎた、という胸の痛みは、これからもどんどん増えていくのでしょうか。それはしかたのないことなのか、それともそうならないために努力すべきなのでしょうか。

考えながら、生きていこうと思います。

以下、そのひとへのお別れのことばです。フランス語で思ったことなので、そのまま書きます(なぜかアクサン記号が文字化けする……)。訳しませんが、ご了承ください。


A T.H.

Il y a quelques jours, je me suis dit soudain que je n'ai qu'une photo de toi.

Et ton image est apparu dans ma tete.

Comme ca, sans raison speciale. 

Tu es dans le miroir. Tu appuies sur le bouton de l'appareil photo. On ne peut pas voir ton visage, cache par l'appareil.

Pourtant, je t'avais completement oublie depuis longtemps (je suis desolee...). Je n'ai meme pas cherche ton existence a SNS.

Ni dans Wikipedia.

Je ne savais pas ce que tu es devenu.

Ce jour-la, on m'a appris que tu es hospitalise.

Je pense souvent a toi ces jours-ci.

Et je me suis enfin apercue que tu m'as beaucoup aide a vivre quand j'etais jeune.

C'est trop tard.

Maintenant, je ne realise pas que tu t'en vas.

Je ne pleure pas.

Je ne te dis pas adieu.

Alors, on se voit en reve ? Si tu veux.

Ou bien a Paris ? Par hasard, dans le metro, encore une fois.




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楽しい宝探し。

ようやく梅雨が明けましたねー。ほっ。

しかーし、これからは猛暑に向けてまっしぐら。しかも今年は平年より暑くなるというじゃないですか。しっかり守りを固めてのぞみたいと思います(鼻息)。

先日の休日は、宇城市松橋(まつばせ)にある常設アンティークマーケットを訪れました。……すみません、カメラ(というかiPad)を忘れたので写真はありません……。大きな倉庫内に複数の業者さんが共同でお店を出しています。キッチン用品、ガラス製品、照明器具をはじめとする日用品、昭和のなつかしアイテム、コレクターグッズ、物置から引っ張り出してきたような素性の知れないもの……など、さまざまな商品がずらり。お値段もリーズナブルです。われわれコパン組にはツボなものが多かったので、けっこう時間をかけて物色しました。

やっぱりおもしろいですねー、こういうところ。パリの蚤の市を思い出します(とくにヴァンヴの蚤の市)。希少価値があったりデザインが優れていたりと、こだわりの店主さんによる厳選された良品のみを扱うお店も魅力的ですが、ガラクタの山から掘り出し物を見つける感覚のこういうお店は、宝探しのようでアドレナリンが大量に分泌されます。たとえ何も買わなくても、「何かないかな?」と探しているその時間が楽しい。


とくに今回はシェフの戦利品が豊富でした。

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こちらは、「キリンオレンジ」マーク付きの栓抜き。なんと、鈴つきです(笑)。あのビストロスマップで中居くんが「オーダー!」と言いながら振っていたあの音とそっくり。「どうするんだ、これ、買っても」とか言いつつ、100円(!)だったので買っちゃいました。

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これは、「ブルガリアヨーグルト」のロゴ入りスプーン。柄が長いので、おそらく500g入りパックからヨーグルトを取りだすためのものでしょう。スプーンの先が「丸」ではなく「四角」なのも、パックの隅々に残ったヨーグルトを掻きだすのに便利そうです(購入後にシェフが確かめてみたら、やはり使いやすかったそうです)。これも100円。

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アナログキッチンスケール。左の緑色のはシェフが13年間使いつづけたもので、右の赤色のが今回購入したもの。プラスティックが劣化してあちこちひび割れているのをテープで修繕しながら使っていたのですが、もうそろそろ限界です。ここさいきん、ずっと新しいのを探していたのですが、形や色が気に入らなくて購入には至らず。これはほとんど一目惚れだったそうです。タニタではなく、聞きなじみのないクボタというメーカー。昭和のころはこちらのほうが主流だったのだそうですね。デジタルスケールももちろん持っていますが、パン作りにはアナログのほうが便利なんだそう。それに、置いておくと見た目もかわいいですね、アナログのほうが。

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最後のこちらは、ペンダントライト。トイレ用です。以前使っていたガラス製シェードが割れてしまって以来、代わりのものをずーーっと探していたのですが、どうも今ひとつピンとこないまま数年がすぎてしまい……。こちらは、デザインもさることながら、プラスティック製で割れる心配がないところも気に入りました。モダンすぎず、シンプルすぎず、オシャレすぎず、レトロすぎず、スタイリッシュすぎず、甘すぎず、クールすぎず、ほどよくかわいいデザインで、ひと目で「これだ!」と思いました、シェフもわたしも。


いやあ、おもしろかったですー。スタッフのかたたち(この日は女性ふたりでした)も親切でやさしく、おひとりはなんとうちにご来店いただいたことがあるとかで、びっくり(まあ、遠くからわざわざ!)。楽しかったです。


おまけ。

陳列棚の片隅にLPレコードが無造作に積んであるのを発見したわたし、つい「どれどれ」とチェックしはじめました(ブックオフでCDチェックをする習性がここでもむくむくと)。ううむ、どうやら、あるひとりのひとの所有物がなんらかの事情でここに流出したもよう。70〜80年代に青春を生きたひと(わたしと同世代か、少し上くらい?)なのでしょうね、ライオネル・リッチー、シカゴ、ケニー・ロギンス、オリビア・ニュートン・ジョン、アイリーン・キャラ、フォーリナー、アバ、テレビアニメ『銀河鉄道999』サウンドトラック、映画『フットルース』サウンドトラック、映画『ゴーストバスター』サウンドトラック、映画『トップガン』サウンドトラック……すいません、すべて知ってはいますが、まったく食指が動きません(あくまで個人的な趣味です、ファンのかた、すみません)。

ああ、もう不毛な作業だからやめよう……と思ったそのとき、「ん?」。

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なんと、ケイト・ブッシュさまじゃないですか!(驚) ど、どうしてこんなところに……。まさに、掃き溜めに鶴(ファンのかた、すみません×2)。これはもしや、「ここからわたしを救って」というわたしへの個人的なメッセージでは?(←ちがうって)……という勝手な思い込みで、つい購入しちゃいました(プレイヤーもないのに!)。500円です(安かったし)。78年、東芝EMIより発売。帯はなかったものの、ライナーノートと盤の状態は良好でした(プレイヤーがないので目視ですが)。しかし、これ、いつ聴けるんだ? 

それにしても、元の持ち主さん、どうやらオリビア・ニュートン・ジョンの大ファンらしいのですが(大量にあった)、なぜケイト・ブッシュを? ルックスがかわいいからジャケ買い? デビューアルバムで、おそらく大々的に宣伝されたと思うので、うっかり乗せられた? これ一枚だけということは、あまり気に入らなかったのか……などと、余計なことで胸を痛めてしまいました。まあ、前の持ち主のことをあれこれ想像するのも、中古品を買う楽しみのひとつではありますけどねー。

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食品展示会で。

先日、食品展示会へ行きました。

食材生産会社、機械メーカー、食品輸入会社、飲食業関連商品の販売会社などのブースがずらり並ぶ、大規模な展示会です。業界で活躍しているひとたち(有名シェフ、料理ジャーナリスト、ラッピング講師など)の講習会も行われます。年に一度、熊本で開催されますが、昨年は展示会場の建物が地震で被災したため、北九州で行われました。そのため、われわれは昨年は行けず、さらに一昨年もお店が忙しくて行けなかったので、三年ぶりの来訪です。

突然ですが、わたしは内向的で人見知りです(このブログにはその旨を何度か書いてますが)。基本的に、初対面のひとと話をするには清水の舞台から飛び降りるほど勇気がいり、五人以上のひとがいる場では気配を消して貝になります。ただし、自分と無関係のひとたちが集まるところ(例:都会のスクランブル交差点、満席のライブ会場)は全然ヘーキ。そして、苦手なシチュエーションでも「やる気スイッチ」さえ入れば大丈夫。ちなみに、お店の営業中は常に「やる気スイッチ」をオンにしています。

ただし、お店以外の場で「やる気スイッチ」がいつどこで入るか、自分ではコントロールできません。

ということで、実はちょっと苦手でした、食品展示会。

スクランブル交差点やライブ会場とはちがって、業者さんとはそれなりにお話をしなくてはなりません。どう話しかけていいか、そして、説明を伺ったり試食させてもらったりしたあと、どういうタイミングでその場を立ち去ればいいか、展示会向けの社交ノウハウがまったくわかりません。

まわりのひとたちをそれとなく観察していると、なんとなくフェイドインして、なんとなくフェイドアウトしているひとが多いようです。でも、その「なんとなくフェイドイン&アウト」が、わたしにはできない。「さりげない行動」が不得手なんです。というわけで、わたしが編みだした(?)のは、まず、「こんにちは。なにか新製品はありますか?」と切りだす方法。無言ですーっとさりげなく近づくことができないので、何か一声かけたい。でも、いきなり「試食させてください」は恥ずかしい。応用として「これ、産地はどこですか?」「こちらとこちらの製品はどうちがうんですか?」なども。とにかく質問から入ります。それなら、あちらもなんらかの興味深い情報を教えてくれるはずですし、こちらはそれを「ふむふむ」と聞いていればいい。そのうち、たいていの場合は「試食をどうぞ」と勧めてくださいます。

そして、フェイドアウト。「どうも」「じゃあ」などと、さりげなく立ち去ることができない、不憫なわたし。編みだしたのは「カタログはありますか?」と切りだす方法です。そしてカタログをいただいたら、「では、あとでゆっくり読ませていただいてご注文させていただきます。よろしくお願いします。ありがとうございました」と言って引きさがるのです。おかげで、手元にカタログがどんどん溜まっていき、会場入口でいただいた手提げ袋がはちきれそうになり、しまいには引きずるようにして歩かねばならなくなりますが。

ただし、もうひとつ大きな問題が。なぜか、わたしが興味のあるブースに近づいても、「業者さんはわたし以外のひとに熱心に説明をし、わたしの存在には気づかないふりをする(あるいは、わたしの質問を聞こえないふりをする)」ような気がしてならないのです。いえ、はい、気のせいなのはわかっています。単なる考えすぎ、自意識過剰です。でも、でも、もしかしたら、業者さんが名札(会場入口で「シェ・ル・コパン」という店名、「マネージャー」という役職、わたしの名前が書かれた名札を首から下げるよう言われます)を見て「ああ、山鹿のちっちゃな店ね。ここは商売にならないからパス、パス」、あるいは、わたしが料理人でもなければ、パティシエでもなく、大手企業のやり手社員でもない、ほぼアマチュアのしがない給仕人であることを慧眼から見抜かれてしまい、「こんなど素人を相手にしてもしかたがない」と思われているのでは……とドキドキし、萎縮してしまうのです(←絶対ちがうって)。

で、毎回、それなりの敗北感を背負いながら会場をあとにするのですが、今回はちょっぴりちがいました。

シェフは講習会に参加したので、わたしはひとりで見て歩いていたのですが、今年の業者さん、なぜかこんなびくびくおどおどしたわたしに大変親切でした。「あの……」とおそるおそる話しかけると、詳しく、丁寧に、製品の説明をしてくださいます。ユニフォーム屋さんでは試着もさせていただき、製粉メーカーではパンの試食を勧めていただき、機械メーカーではエスプレッソを飲ませていただき、食品輸入会社では新作のクーベルチュールチョコやフランス産チーズを味見させていただき……って、いや、当たり前だろそんなの、と思われるかもしれませんが、ふつうのひとにとっては当たり前のこうしたことが、うまくいかなかったのが四年前までのわたしだったのです。

あげくのはてに、某製粉メーカーさんでは、社長さんと思われるかたに「さあさあ、この焼きたてのバゲットを二本お持ちください。それから、この新製品を使った試食もしてください。おい(と、従業員の若い男性に呼びかける)、このかたにその試食をお持ちしなさい、さあ、早く」と厚いもてなし(?)までしていただいて、いったいわたしの背後にどんな令嬢の背後霊がいるのか、と後ろを振り返りたくなるほどでした。さらに、某ワインインポーターのかたには「コパマネさん(←実際はわたしの本名)、毎年いらしてくださってますよね、お久しぶりです」と、にっこり声をかけていただいて、「え! 覚えててくださったんですか!」とほとんど感涙状態(あとからよく考えたら、「あ、このひと見たことある」くらいで、名札を見ておっしゃったのでしょうけど)。さらに、見知らぬ女性に「あの……山鹿のコパンさんですよね、いつもブログ読んでます」とお声をかけていただいて(Kさん、読んでくださってますか?)、ああ、こんなわたしにもようやくこの会場に居場所ができたのだ……としみじみうれしく思ったのでした。

そう、「ここにはわたしの居場所がある」と思えた瞬間、「やる気スイッチ」がオンに。

そのあとは、まるで自分とは思えないくらい、皆さんとスムーズなやりとりができました。しまいには、どうやら大阪のかたらしい業者さんと、ほぼ漫才かと思うような軽快なかけあいまでしてしまう始末。なんだわたし、やればできるじゃんか。

というわけで、興味のあるすべての業者さんとお話をし、たくさん試食・試飲をし、大量のカタログと資料をゲットし、充実感いっぱいで(お腹もいっぱいで)帰宅。あー、よかった。さて、ここで得た知識をお店でも活かせるようがんばりますねー。

でも来年、また「やる気スイッチ」が入るかというと……それはまた別問題です。

しっかし、たかが食品展示会になにをこんなに一喜一憂してるのか、わたしは(恥)。



すみません、展示会では一枚も写真を撮らなかったので……先日の定休日、福岡市近郊の志免町(しめまち)へ行ったときの写真を。こちら「旧志免鉱業所竪坑櫓(たてこうやぐら)」です。NHK BSの『こころ旅』という番組で、火野正平さんが訪れたところで、シェフのたっての希望で訪れました。すごく大きくてインパクトがありました。機能性重視でまったく無駄のないこの形、かっこいいです。

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そしてこの下は、飯塚市にある「巻上げ機台座」。炭鉱で使われていた建築物の遺跡です。ふたつの残っているうちのひとつは、隣の民家の駐車場に再利用されていました(笑)。

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さらにこの下は、飯塚名物のお菓子。子どものころ(というかついさいきんまで)、どちらも東京のお菓子だと思いこんでいました。「千鳥饅頭のチロリアン」は近所にお店があったし(わたしは埼玉生まれ)、「ひよ子」は電車で田舎へ遊びに行くときに上野駅で東京みやげとして買っていたからです。どちらも、炭鉱で町が栄えた時代に飯塚で誕生したのだそうですね。

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人間力。

今年の春は二度バラが咲きました。

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5月の初めに一度、そして今、つまり6月下旬にもう一度(上の写真は今日撮影)

鉢植えなので、一度に3輪ずつくらいしか咲きませんが、それでもとてもうれしい。お花、しかも一番好きなバラが咲いてくれれば、その日いちにち中気分が上がります。

そして、ふと、思い出しました。
そういえばむかしは、自分が植物を育てるなんてとても考えられなかったなあ、と。

「女子力」ということばがありますが、わたしに足りないのは「女子力」どころか「人間力」。人間としてのセンス。というか、パワー、実力。

ついさいきんまで(具体的には30代前半まで)、わたしは自分の「人間力」をまったく信じていませんでした。

わたしが植物を育てると枯らしてしまう。
わたしが動物を飼うと殺してしまう。
わたしが料理をすると火事を出してしまう。
わたしが車を運転するとひとを轢いてしまう。

本気でそう思っていました。なんていうか、そういうセンスがゼロで、むしろ自分から出てくるネガティブなエネルギーが悪いことを必ず引き起こしてしまう、と。そういう宿命なのだと。

だから、ずっとそういうことを避けてきました。観葉植物は買わず、ペットも飼わず、極力料理もせず、車の免許も取らない。そうすれば、何かを、誰かを、傷つけたり、苦しめたり、自分も苦しんだりしないで済む、と。

ところが、わたしのそんな思いなどつゆ知らず、「おれ、植物が好きなんだー」と、次々と観葉植物を買ってくるシェフ。かれこれ20年近く前の、知り合って間もないころです。

そのときの、わたしの内心のとまどい。

「えーー、わたしが観葉植物なんか育てたら、絶対に枯らしちゃうのに……」。
でも、当時はまだシェフに対して多少は猫をかぶっていたので(ああ、そんな時代もあった……遠い目)、困っていても口には出しませんでした。そして、たぶん枯らしちゃうだろうけど、まあなるべくがんばろう、と、せっせと水をやり、肥料を与え、適宜土を変えてやりました。

そして数年。

あれ? 観葉植物たち、わりと元気じゃん?

ちょっとだけ自信がついたので、鉢植えを少しずつ増やしていきました。オリーブ、トネリコ、ロシアンオリーブ、バラ、アジサイ、チューリップ……意外なことにみんなわりと元気です。さいしょのころは、水やりや肥料やり、土替えなどが面倒だったのに、今はむしろ楽しい日課に。元気がないとすぐに根っこを調べます。虫が大嫌いなわたしが、植物を守るために、アブラムシやネキリムシを素手で駆除できるようになりました。

こうして「植物を育てると枯らしてしまう」の呪縛から解かれたのです、いつの間にか、気づかないうちに。

今思えば、ネガティブエネルギーを発してるというより、関心がない、興味がない、愛情がないのが原因だったんでしょうね。当時、音楽や文章やアートには比較的親しんでいて、愛情を感じていましたが、植物、動物、料理、車にはまったく興味がなかった。だから、扱いに自信がなかった。

猫を飼いはじめたのも、そもそもはシェフが野良猫を手なづけたためでした。でも、結局ごはんやトイレや病気の面倒をみたのは主にわたしでしたし、愛情も生まれました。そのおかげで「動物を飼うと殺してしまう」呪縛もクリア。そして、毎日料理の現場にいるおかげで、料理呪縛もゼロに(まあ、自分ではあまり作りませんが)。

ん? てことは、ほとんどの呪縛はシェフによる荒療治(?)のおかげで治ったってこと?

あとは運転かあ。

ただし、この呪縛はかなり手ごわく、いまだに「わたしが運転したらきっと事故を起こす」と思いこんでいます。ええ、「運転にはまったく自信がない」と、自信を持って言えます(←なんのこっちゃ)。

もしかして、この呪縛からは一生逃れられないかも? とりあえず、シェフが運転好きで助かりました。



おまけ。

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上の写真は、ある日のシェフの置き手紙。……暗号か。

これはなかなか解読が難しいでしょう。答えは以下。
答え)「杏行く」:杏を仕入れに行く、の意。「豚は外」:業者が豚肉を配達に来るので、常温解凍したいから外に出しておいて、の意。



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幸せな一日。


「あー、幸せ。すっごい充実感。この幸せはきっと誰にもわからない。あんたにも」

これは先日、ディナーの営業を終えたあと、わたしがシェフに言ったセリフ。この幸福感をことばで説明するのは難しく、たぶんほとんどのかたはよくわからないのではないかと思いますが、自分の記録のためにブログにすることにしました。勝手ですみません。

ひとことで言うと、現時点でのもっとも理想的な状態を体験できた、ということです。

シェフとわたし、同じところを目指しているようでいて、やや視点が異なります。シェフにとっては、季節と土地の恵みである食材のおいしさを最大限に生かし、自分にできる最良の料理をご提供し、お客さまにおいしい状態で召し上がっていただくこと。そしてわたしにとっては、お客さまひとりひとりに心地よい時間をすごしていただくこと。お腹が空いてらっしゃるかたは満腹に、疲れてらっしゃるかたは英気を養い、気分が上がらないかたは笑顔になり、久しぶりにお会いしたかた同士の会話が弾み、日常に追われてるかたは非日常を味わい……と、それぞれのニーズを満たしていただくこと。簡単に言うと、シェフは料理目線、わたしはお客さま目線です。まあ、料理人とサービスですから、当然といえば当然ですよね。

でも、毎日何かしら反省点があって、なかなか自分のしごとに満足はできません。

ところが先日、「いやあ、慢心するわけじゃないけどさー、今日はかなりよかったんじゃ? 今の時点ではこれ以上は望めないんじゃない?」と、我ながら思える日があったのです。

その日は、昼も夜も、常連のお客さまと新規のお客さまがほぼ半分ずつでした。それも要因のひとつだったかもしれません。常連のお客さまが作ってくださる「コパン的な」雰囲気に、新規のお客さまがすーっと自然に入ってきてくださったようなイメージ。お店全体が、ほどよい笑顔、ほどよい会話、ほどよい食器とカトラリーの音に包まれます。わたしも、お客さまのさりげない言動から、求めてらっしゃるものが自然と察せられ、風に乗って舞うようによどみなくサービスができます。まるでテレパシーで会話をしているかのよう。誰も急かさず、急がず、慌てない。主張がないのに、存在感がある。わたしとすべてのお客さまが、それぞれの存在を互いに感じながらも、過剰に介入することなく、ことばや態度にしないながらも思いやりを抱きつつ、公共の場でありながら互いのプライベート空間を保っている。その見事なバランス。店全体が一体化しながらも、決して濃密ではなく、押し付けがましくもこれみよがしでもなく、風通しがよく、涼しげな、自由な空気。

それはまるで、上質なオーケストラのよう。指揮者は、僭越ながら、わたしです。楽器の演奏者がお客さまたち。指揮者が求める音を、まるで呼吸をするように自然に奏でてくださいます。聴こえるのは、五感に心地よい、余韻を長く残す音楽。

わたし自身の心身のコンディションがよかったというのもあると思います。だから、自然に、躊躇なく、こだわりなく、お客さまに寄りそうことができた。さらに、奇跡的に、すべてのお客さまのコンディションもよかったように思われます。交わす表情、ことば、しぐさに、ざらつきやねばつきがまったくない。苛立ちや挑発や刺々しさも皆無。飛び交う気持ちと会話は、どれも「ありがとう」「おいしい」「楽しい」に満たされている。

それは、夢のような体験でした。

たぶん、第三者が客観的に見てもまったくわからないでしょうねー。おそらく気づかれもしないでしょう。誰からも褒められることも、評価されることも、羨ましがられることもない。もしかしたら、わたしの独りよがり、思い込みかもしれませんし。でも、あの幸福感だけは嘘ではありませんでした。

たとえば、メディアに取り上げていただいた、著名なかたにご来店いただいた、ステキないただきものをした、スペシャルなパーティーを催した……そういう、誰が見てもわかりやすい「非日常」より、こういう一見わかりにくい「非日常」のほうが、ずっとうれしくて幸せなのです。……ひねくれてると思われるかもしれませんが(苦笑)。本当に。

まあ、ここまでいかなくても、お客さまと楽しくお話ができたり、「おいしかったです」「また来ます」などとおっしゃっていただけただけで、十分幸福感は味わえているのですけどね。

それにしても、13年前、シェフのお手伝いということで、片手間程度にしか考えていなかったおしごと。当時は、毎日はお店に出ていなかったし、お店に出ても「料理を出したり下げたりして、洗い物をするだけ」しか考えていませんでした(恥)。それまで、サービスをやりたいと思ったことも、勉強や修行をしたこともありませんでしたし。

あのころのわたしには、こういう世界があるなんて思いもよらなかったです。

そう思えば、あっという間だったようでいて、長かったような(遠い目)。

いえいえ、まだまだ先を目指すぞー。あくまで、これは「現時点での」理想的な状態ですから。毎日が、新しい体験、一期一会。毎日、新鮮で、楽しく、意外で、それと同時に、怖くて、緊張もしています。今後ともよろしくお願いします。


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写真は、本文とは無関係ですが、天草の崎津天主堂近くにいた猫たち。猫ハーレム状態! 猫に飢えていたわれわれはほくほく。猫の「撫で溜め」をしておきました。

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それにしても、崎津天主堂は遠かった……。山鹿から日帰りで行くものではありませんね。往復330キロでした。

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