コパンのうら

熊本県北部の山鹿市にあるちいさなフランス料理店「ビストロ シェ・ル・コパン」の舞台裏です。

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猫をさわりに相島へ。

少し前の定休日、福岡県糟屋郡新宮町というところの相島(あいのしま)へ行きました。新宮海岸から沖合8キロのところに浮かぶ島で、「猫島」として有名です。円周6キロほどの広さに、人間400人、猫100匹が生活すると言われています。愛猫トラを3年前に亡くして以来ずっとモフモフ不足のわれわれ、思いきり猫をさわりたいという欲求を満たしに行くことにしました。

新宮海岸と島を結ぶフェリーは一日5往復(3月末まで。4〜10月は6往復)。午前中の3便は釣り客で賑わっているそうですが、午後一番の14時40分の便はほとんど一眼レフを抱えた「撮り猫」(←という用法で合ってる?)ばかり。カメラ女子、家族連れ、カップルでフェリーはほぼ満席でした。

帰りの便は最終の17時。つまり、2時間以上島から出られません。飽きっぽいシェフは出かける前から「そんな小さな島で2時間も何したらいいんだろう……」と心配していましたが、「いや、猫見てればいいんじゃ?」というわたしの一言でとりあえず決行へ。

想像以上に猫だらけの島でした。以下、そのようすを写真にてお知らせします。

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漢たち。

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もぐもぐタイム。

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小さな子供が置いていったカリカリを前に。たぶん、すでに食べたのでもうあんまり食べたくない。

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堂々とした凛々しい子でした。

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お行儀のいい子。

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ちょびっとだけ、うちの故トラに似てます。

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ケンカに負けてすごすごと帰るひと。

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途中、立ち止まって海を眺めます。

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次に歩き出した時は少し元気を取り戻していました。

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で、ケンカに勝ったのはこの子、相島のスター、コムギさんです。コムギさんについては、詳しくはこちらをどうぞ。http://www.nhk.or.jp/darwin/special/cat2.html

ちなみにコムギさんの後ろにいるのは、カワイコちゃんをたぶらかすうちのおっさんです。

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相島は猫と人の距離感が絶妙でした。でもシェフ、帰ってきてから、「あんまりたくさんいるから目移りしちゃって、結局あんまり猫にさわれなかった……」と。やれやれ、いったいなんのために行ったのやら。

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わたしはひとりで行動するのがわりと好きです。ショッピング、映画、コンサート、旅行……なんでもひとりで楽しめます。ただ、唯一、ひとりでご飯を食べるのだけは苦手です。だからひとり旅をする時は、入りやすいカフェやファストフード店で簡単に済ませたり、お惣菜やお弁当を買ってホテルの部屋で食べたりします。もちろん、ひとりでフランス料理店に入った経験は皆無です。

そんなわたしが、生まれて初めて、たったひとりでフランス料理店へ行きました。しごとでひとり東京へ出かけた折に、わずかな空き時間を利用して訪れたのです、世界で一番好きなフランス料理店へ。

ランチタイムでした。予約時間5分すぎに到着したところ、すでに店内は満席。昨年シェフといっしょに訪れた時はがらがらだったので、これはやや想定外でした。ご年配の女性グループとカップルばかりで、おひとりさまはわたしひとり。しかもとても目立つ席です。店中の人たちが「あらまあ、ひとりで来てる人がいるわ。さみしいわねえ」と、くすくす笑いながらこちらを見ているような気がします。……いや、極度の自意識過剰なので、おそらく気のせいなのでしょうけれど。

のっけから針のむしろ状態。「ああ、やっぱりひとりなんてやめておけばよかった……」と、激しい後悔にさいなまれ、もはやそそくさと食事を終えて帰ることしか頭にありません。ですが、ここはいわゆる高級店。ランチタイムといえども、3時間くらいかけてコース料理を食べるのが当たり前。そうそう簡単に帰ることはできません。

前菜、魚料理、肉料理、デザートというコースを選択し、グラスシャンパーニュをオーダー。定員20名ほどの全テーブルで一斉にスタートなので(うちではとても考えられない……)、ふたりのサービススタッフは小走りで忙しそうにしています。……ふむ、よく考えたら、ここ、いい席かも。シャンパーニュのおかげで少し気持ちに余裕ができたのか、店内を眺めながらそう思いました。サービススタッフの作業台がすぐ目の前にあるのです。厨房から運ばれてきた料理を置いたり、ワインを抜栓してグラスに注いだり、下げたグラスやお皿を集めたりする作業を、すべて間近に見ることができます。

ふむふむ、なるほどね……グラスはその戸棚から出して、カトラリーはその引き出しに入っていて、ナフキンはその隣の引き出しで、動線スッキリして動きやすそうー……へえ、作業台の上がいっぱいになったら隣のチェストも使うのね(飾られてる置物をどかして)……あ、ボトル6割くらい残ってるシャンパーニュを使わずに新しいのを開けたのは、泡が消えてるから?すごーいさすが太っ腹……など、見ていてまったく飽きません。いつの間にか、最初の緊張をすっかり忘れてしまい、目の前で繰り広げられる光景に魅せられていました。

そして、料理は相変わらずとんでもなくおいしくて、アミューズ、前菜と、我を忘れて集中して味わいました。不思議なほどに、ひとりご飯の時にいつも感じるいたたまれなさ、身の置き所のなさをまったく感じず、次第に楽しく幸せな気持ちになっていきます。まるで魔法にかかったよう。

「ねえ、今日はどこから来たの?」
と、マネージャーに声をかけていただいたのは、前菜を食べ終えた頃でした。えーと、女性ではありません、そういう話し方をされる男性です。わたしの理想の人、憧れの人でもあります。

「熊本からです、さっき飛行機で着いたばかりです」
「ええーっ、熊本? どうして、なんで?」

ふだんなら、あまり突っ込んだ質問をされるのって少し苦手なのですが、この方の場合はまったく嫌な気がしません。むしろ、興味津々に尋ねていただけるのが嬉しくて、こちらもついベラベラと話をしてしまいます。熊本で小さなフランス料理店をしていること、うちのシェフもこのお店の大ファンであること、今回はわたしの別のしごとのためにひとりで上京したこと……。

「そうなの! じゃあ、うちは初めてじゃないんでしょう?」
「はい、何度も来たことがあります」
「あら、どうして覚えてないのかしら」
「うちのシェフもわたしもシャイなので、いつもお話できずにそそくさと帰ってしまうから」
「何言ってんの、あなた、全然シャイじゃないじゃない(笑)」

くーーーっ、わたし、今憧れの人と会話してるーーっ、超うれしーーい!!(←心の声です)

その後も、「いつまでいるの」「この後どうするの」「そういえば熊本ってさ……」などと、お忙しい中を何度も話しかけてくださいました。きっと、ひとりで退屈しないよう、少しでも楽しんでもらえるよう、気を使ってくださったのでしょう。でも、気を使っているそぶりなど少しも見せず、表情も動作も口調もすべてが自然です。初めてお話するお客さまに対して、わたしはこんなふうに接することはできない……すごい……。わたしの隣には常連さんらしいご夫婦がいらっしゃって、そちらのおふたりとも楽しそうに世間話をされているのですが、おしゃべりのきっかけを作られるのが実にお上手です。間の取り方、距離感の作り方も完璧。気さくだけど品があって、親しげだけど馴れ馴れしくなくて、会話の糸口をするっとつかんでみるみるお客さまをなごませてしまう。そして干渉過多にならず、決してお食事の邪魔もせず、楽しさの余韻だけを残して、絶妙なタイミングでフェイドアウトされる。素晴らしい。まさに名人芸です。

食事中、グラスシャンパーニュを2杯飲みました。このすぐ後にしごとの予定があったので、本当は1杯だけにするつもりだったのですが、えーい、こんなにおいしいお料理を食べてるのに飲まずにいられるものですか。わたしはなぜかシャンパーニュが一番酔わないので、赤ワインには行かずにこれだけに絞ったのです。

お肉料理を終え、デザートとコーヒーを待ちながら、またしてもサービススタッフの動きに見惚れていると、作業台でマネージャーがかなり高級そうなワインを抜栓し始めました。あの琥珀色は……貴腐ワイン? すごーい、高そう……いったい誰が飲むんだろう。わあ、あんなに大きなグラスに注いで……。

すると、マネージャーは、その琥珀色の液体が入ったグラスを手にくるりと後ろを振り返り、つかつかとわたしのほうへやってきたのです。

「はい。これ、貴腐ワインのシャトー・×××。銀座のヤ×ザにグラス8000円で出してるやつ」

ええーーーーーっ、わ、わたしにっ!!!??? しかも、な、な、なんですか、そのめちゃくちゃカッコいい決め台詞はっ!!??

もう、天にも上るほど嬉しかったし、ありえないくらいおいしかったです。今まで飲んだワインの中で最高の味でした。涙が出るほどでした。

帰りぎわ、厨房からシェフも出てきてくださいました(←うちのシェフが雲の上の存在のように憧れている方です)。3時間前の来店時のあの後悔と気詰まりが嘘のよう。「また来ます!」と大声で宣言し、スキップをしながら夢見心地で帰途につきました。

そんなわけで、結局、ワインを3杯飲んでしごとをする羽目になってしまいました……。ああ、顔に出ないタイプでよかった。

忘れられないうちにまた伺うつもりです。ええ、次はうちのシェフを連れていってさしあげてもよろしくってよ、こほん(←偉そう)。

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その日の東京の夜。しごとも滞りなく済ませて、幸せな1日でした。このために、3月中にお店を1日臨時休業させていただいて、すみませんでした。





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嬉しい話。

わたしの母は40年近く同じところでパートをしています。横浜市内に支店がいくつかあるチェーンの喫茶店。「もういい年だからそろそろ……」と辞めようとしても、長年のおつきあいがある社長夫妻にいつも引き止めていただき、ずるずると働き続けているのだそうです。

母「こないだね、勤め先であなたと同じ年頃の男性に声をかけられたの」
わたし「うん」
母「ちょっと離れたところでこっちをちらちら見ながら、一緒にいた人とこそこそ話をしてたのね。それから、意を決したようにこちらへやってきて、『あのう、失礼ですが、ずいぶん前に○○で働いてませんでしたか?』って」
わたし「へえ」
母「わたしが『ええ、いましたよ』って言うと『やっぱり!』と笑って、『当時、○○によく行ってた者です。あの頃は大変お世話になりました。どうもありがとうございました』って。深々とお辞儀して」
わたし「!!!」

母は40年間、喫茶店チェーンのあちこちの支店を異動していましたが、わたしが中学生の頃は、中学校の近くにあった○○で働いていました。当時、うちの中学校はすごく荒れていて、その喫茶店は同級生の不良たちの溜まり場でした。転入生だったわたしは学校になじめず、不良たちを忌み嫌っていたので、当時は「やめなよー! あんなところで働いたら、あいつらに何されるかわかんないよ!」と猛反対。学校の先生にも暴力を振るうような子たちでしたから。でも母は「へーき、へーき、そんなの」と一笑し、ほぼ毎日そこで働きはじめたのです。

わたし「それって、叱ってくれてありがとう、って意味?」
母「そうよー。だってあの子たち、たとえばガチャガチャやるのに両替したいからって、カウンターにバンッと100円玉置いて『10円っ!』って言うのよ。だからそのたびに『何、10円がどうしたの?』って言うの。すると、『あー、すいません、10円に換えてくださーい』って言い直してた」
わたし「へえ」
母「平日の昼間に来てたから『学校行きなさいよ!』ってよく叱ったものよ」
わたし「よくキレられなかったね」
母「素直だったわよ。『はーい』って言ってた」
わたし「信じられん」
母「でも叱ってばかりじゃなかったわよ。当時、毎週『マガジン』と『ジャンプ』が入ってくるんだけど、すぐに売り切れちゃうのね。ある時、『ジャンプちょうだい!』って買いにきた子に『もう売れちゃった』って言ったらがっかりして。『毎週買いに来るならとっといてあげるわよ』って言ったらすごく喜んでた」
わたし「そうなんだ」

自分が中学生の頃は、同級生たちが入り浸ってる店の話など聞きたくなかったから、そんな話は初めて知りました。

わたし「今思えば、そんなに悪い子たちじゃなかったのかな」
母「そうよ、かわいいもんだったわよ。今の子たちのほうが怖いわよ、注意できないもん。いい時代だったわ」

それにしても、叱った母のことをちゃんと覚えていて、わざわざお礼を言ってくれたなんて、今では自分も子供を持って思うところでもあったのかしら。たぶん、同級生の可能性が高いと思うのだけども。

ちょっと嬉しい話を聞けました。


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数年ぶりに訪れた場所で、木が高くなり、緑が深くなり、同じような建物が並ぶので、見た感じはどこがどこなのかわからなくなってしまっても、不思議と足が覚えてるものですね。視覚ではなく足の感覚に頼って歩けば、自然と目的地にたどり着きます、不思議と。


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カラチでのアオハル。

今朝、ある格安航空会社(LCC)のスタッフが、タイから日本に来た外国人の乗客を審査を経ずに入国させてしまった、というニュースを耳にしました。

それであることを思い出し、シェフに「でもわたし、入国審査を受けずにパキスタンに入ったことがあるよ」。

かれこれ約30年前です。10代終わりの、二度目の海外ひとり旅でした。目的地はイギリス。あのころは直行便のチケットがめちゃくちゃ高くて、バックパッカーなどの若い貧乏旅行者は「北回り」や「南回り」と呼ばれるあちこち経由・乗り換えしながらの格安ルートで行くのが一般的でした。北回りはソ連(まだロシアじゃなかった)のアエロフロート、南回りはパキスタン航空がメジャーでした。

あのHIS(今や大企業ですね)が、改築前の新宿西口の古いビルの小さな一室で細々と営業してた時代です。

パキスタン航空は、確か、香港、バンコク、カラチ、ドバイ、アテネ、ロンドン……の順で経由しながら、35時間ほどかけて日本とヨーロッパを結んでいました。今考えると気が遠くなる長さです。もうゼッタイ無理。でも当時はそれが当たり前だと思ってました。たいていは経由地で出国できず、空港で1、2時間(ときには3、4時間)待機させられた後、燃料を積んだ同じ飛行機、または別の飛行機に乗り換えます。

ところが、パキスタンのカラチに着いてしばらくすると、あと24時間飛行機が出ない、と航空会社のスタッフがいきなり言いだしたのです。理由を聞いても教えてくれません。とにかく飛べないから、の一点張り。今思えば、香港とバンコクでかなりの人が降りて乗客数が少なくなったので、翌日の便といっしょにしちゃえ、という魂胆だったのかもしれません(←あくまで憶測ですが)。

あちこち経由しているうちに、ひとり旅をしている10代、20代の若い日本人同士でなんとなく仲よくなり、いっしょにご飯を食べたりお茶したりするようになっていました(男4人、女はわたしひとり)。

「えー、おれ、ホテル予約してあるのに!」
「空港に迎えがくるのに!」
「電車のチケットを取りに行く約束があるのに!」

みんなで公衆電話に行って国際電話をかけました。目的地は、それぞれ、フランクフルト、アムステルダム、ロンドン(ふたり)、アテネと異なりますが、境遇は同じです。

やがて、航空会社のスタッフ(サリーを着たパキスタン人)がやってきて、「これからあなたたちを空港近くのホテルに案内する。ただし、ホテルからは絶対に出てはいけない」と淡々と告げました。

え? パキスタンの入国ってビザ(査証)が必要じゃなかったっけ? ざわつくわたしたち。すると、スタッフはわたしたちを手招きして奥の細い通路へ連れていき、施錠してある扉を次々と開けて外へ出してくれました。

入国しちゃったじゃん!

ワゴン車に乗せられて空港近くのホテルへ。大きくて豪華なホテルでした。高い天井にはシャンデリアが輝き、壁一面に凝った装飾が施され、大きなガラス張りの窓から日がさんさんと差し込み、青々とした観葉植物があちこちに置かれ……まるで楽園。わ、アルハンブラ宮殿ってこんな感じ?と思ったものです。大きな肖像画が飾ってあったのは、当時はわかりませんでしたが、おそらくパキスタン建国の父、ムハンマド・アリー・ジンナーだったのでしょうね。

高層階の眺めのよい客室に通されました。ダブルベッドが入った広々とした部屋で、もちろんバスルームもトイレも完備(←旅行中はいつも共同シャワー&共同トイレの安ホテルばかりに泊まっていたので感動した)。

すごいすごい、と自分の置かれた境遇を忘れてひとりうっとりしていると、部屋のドアをノックする音が。

「旅行ガイドと車を雇ったからさ、観光に行かない?」
「え? でもホテルから出ちゃダメって…」
「大丈夫大丈夫、バレないように行けばいいって」

せっかくパキスタンに入国できたのに、街を見ないのはもったいない! 一日ホテルにいたって退屈だし!……ということで、日本人ひとり旅グループの5人で急遽カラチ観光。

残念ながらかなり記憶がおぼろげですが、白亜のモスクと、眺めのよい高台のようなところと、ひとが賑わう市場のようなところへ行ったのは覚えています。そして、どこへ行ってもわたしだけじろじろと見られたことも(女だからですね)。

初めての(そしてこのまま行くとおそらく人生最後の)イスラム圏の訪問は刺激的でした。とにかく暑くて、湿度が高くて、料理がめちゃくちゃおいしかった。わたしは当時はベジタリアンだったので、ベジタリアン用のカレーが絶品でした。そして、ホテルの朝食で出てきた「バラのジャム」。人生初のバラのジャムは舌がとろけるほどおいしく、あれ以上のものにはいまだ出会っていません。

「もしかして……ホテルの外に出たことがバレて、帰してくれなかったりして」

などと怖い冗談を言い合いながらも、翌日にはまたしても裏道を通りながら何の問題もなく出国(←いいのか?)。その後、ようやくヨーロッパにたどり着き、ロンドンのヒースロー空港で名残を惜しみながらみんなと別れたのでした。



後日談。

ひとり旅グループのメンバー、やさしくて頼もしい20代男性にカラチで淡い恋心を抱き(←アオハルかよ)、こっそり連絡先を交換しました。東北大学の学生で(わたしは当時横浜で学生だった)、東京・横浜に用があって来たときに会う時間を作ってくれたのですが……うーん、外国で会うのと日本で会うのって全然イメージがちがうんですねー。お互いに「なんかちがう」と思ってそれっきりになりました。

わたしのほうは、そのひとが渋谷のファッションビルの丸井の看板を見て「何、あの『まるいちまるいち』って建物?」と言ったのが最大のガッカリポイントだった……というのは、ああ、どう考えてもわたしがバカで浅はかでくだらない女でした。ホントにすみません。

そのひとに限らず、あのときのみんなはどうしているかしら。今日のピーチ・アビエーション(あ、言っちゃった)のニュースを聞いてカラチのあの日を思い出したひとはいたかしら、とふと思った次第です。




写真は本文には無関係ですが、こないだ門司港と小倉へ遊びに行ったときのものです。北九州、実は初めて行きました。

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門司港はいい港だと思いました。こじんまりしてて、対岸(山口県)が見えて。

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「マドロス」のポーズをしようとしてる直前です(ポーズをしてる写真はFBのアカウントに使用中)。

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ポーズを取らせました。




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おはようございます。本日17日(水)も平常通り営業します。

お昼はご予約で満席になっております。夜はあと少し空きがございます。ご予約・ご来店をお待ちしております。

お天気はどんよりですが、気温がぐんと上がりました。また週末には寒くなるようなので、ひとときの快適さを味わいたいですね。今週はちょっとした団体のご予約が多いようです。新年会やご卒業などのお祝いの会なのでしょうか。楽しみです。

写真は季節のタルト、リンゴのタルトです。どうぞよい一日をおすごしください。

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※ お客さまから、フェイスブックが安定して見られるようになったので、ブログでの朝のあいさつは不要だというお知らせをいただきました。とくにご要望がなければ、おことばに甘えて今日で終了いたします。もし、「FBよりブログのほうが見やすい」というかたがいらっしゃったらお知らせください。たいした手間ではないので、こちらをこのまま続けることも可能です。





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