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オーストラリア人Yに日本語を教えているとき、
これはnoteではなくて、ノートだ、とか、 cupではなくてコップだとか、 伝えるときに、語尾の母音に力を入れて ちょっとコップぅ、ノートぉ ってかんじで違いを伝える。 そうすると、Yは ふむふむと、うなずき。 「ではこれは、スプーヌだね」と、スプーンをさす。 考え方は正しい、なるほどーっ。 続いてYは、 「日本語教室の先生は、英語の発音が良くなくて、 かならず、ホームワークって最後がクになる、 それがおかしくてクラスでいつもニヤニヤしてしまう」という話をした。 私はそんなことをいわれたことがないので、 その先生よりは発音がいいらしい。 ちょっとうれしい。 その話を横で聞いていたアメリカ人Cは、 「noteと、発音できる日本人も、 私があった人はほぼ、 TrontoをTront(トロンツ)、 SacramentoをSacrament(サクラメンツ)というように発音する。 なぜー、おかしいー」 といいだした。 わたしはわかる、その人たちの気持ち、わかる。 耳で最後が子音だと認識して単語を覚えるのではなくて、 カタカナでまず覚えて、ノートはノーツと発音する、みたいに変換している。 だからトロントならトロンツみていになるんだよね。 もし、つづりから覚えていたら、発音できるかも。 わたしは、LRの区別は、聞き取れないけれど、 つづりを覚えているから、発音するときに口をそういう風に作って 発音するのだ。 わたしにとって、ほぼアと聞こえるいくつかの音も、 発音記号を覚えているから、そういう口を作って発音する。 それで相手には結構通じる。 でも間違ったときに、 「そこは ルじゃなくてルだよ、(LじゃなくてRだよ、とかね)」 「アじゃなくてア」だよ、みたいなかんじで、、 口で何度いわれても、同じだよ、とおもってしまうこともたびたびあります。 耳はなかなか、むずかしいねえ。勉強では補いきれないようにおもいます。 耳そのものがそのうちなれるだろうと、焦らずやっていきます。 |
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