平蔵の・・・・

メインはつたない写真で綴る旅日記です。

平蔵の昔話

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「平蔵の昔話」のカテゴリーに入れたが、亡父の写真アルバムから古い写真を何枚か・・・・・。
亡父は明治42年1月2日生まれで生きていれば96歳になっている。
大正、昭和の初期には、写真と言えば写真館で何かの記念に撮影すると言うことが多かったと思われるが何故かスナップ写真が多数ある。

父がカメラを当時から持っていたと推定するのだが・・・・・。
たしかに父はカメラが好きで平蔵の子供の頃から家族の写真を沢山撮影していたが大正時代に・・・と思う。
イメージ 1
SL。
関西本線のどこかの駅ですれ違いの蒸気機関車を撮影したものだ。 
アルバムでは修学旅行の項に貼り付けてあったので大正14年か昭和初期のものと思う。
父の修学旅行は高松、栗林公園だったようだ。 
イメージ 2
メートル法発布記念。
ネットでメートル法を調べて見たら大正10年、1921年4月11日公布とある。
その頃の写真だと思う。 父は静岡県三島市の出身なので、この写真も三島市内と思う。
景品がメートル巻尺や寒暖計、体温計などだ。 町内のエライさんたちの服装はほとんど和服だね。
イメージ 3
三度笠?
これはなんだか全くわからない。 場所は三島大社と思われる。
ちょんまげ、三度笠、合羽・・・・。 でも、ちょんまげはカツラみたいだね。 
祭りで清水の次郎長一家の大社詣ででもやったのかな?
イメージ 4
工事中の丹那トンネル。
イメージ 5
工事中の丹那トンネル。
東海道本線の丹那トンネルが開通したのは・・・・?  これは工事中の写真だ。
こんな写真があると言うことは、父が工事中の現場にカメラを持って入ったと思うのだが。
イメージ 6
赤トンポ。
三島練兵場に着陸した当時の飛行機と思う。 練習機だったのか、戦闘機だったのか・・・・。
複葉機でなんともレトロである。 
多分、父は練兵場に飛行機が降りた! と、カメラを引っつかんで駆けつけたのだと思う。
若き日の父を想うとなんか楽しい。 

写真はまだありますが、ネタ切れの平蔵は小出しに・・・・・・・。 はははは
続きは「明日の心だぁー」。 イヤ、明後日かな?
今夜は飲み会があり、御茶ノ水の「狩の川」まで遠征するので酒量次第と言うことでご勘弁を。
 

名古屋人

平蔵の昔話である。

ある年、名古屋北支店津島支社の勤務を解かれて浜松支店転勤になった。
新しい任地に着くと、まず主だった顧客へのあいさつ回りが始まる。
あいさつ回りに先立って、部下から一言アドバイスがあった。

曰く、浜松の人々は名古屋人をあまり快く思っていない。 
問われるまでは前任地が名古屋であることは言わないほうがいい・・・・・と。

初日のあいさつ回りは無事に終わった。 終わって、主だった部下たちを連れて飲み屋へ。 
懇親と意思疎通を図るための平蔵の手口である。

なぜ、名古屋人を快く思わないのか・・・・・。 これは知っておかなくてはならない。 
外交辞令で「前任地はどちらでしたか?」と必ず聞かれる。 
ウソは言えないし名古屋とわかれば愉快に思われないとなると問題である。

飲みながら、部下たちは浜松人の気質から説明をはじめた。
浜松には起業家が多いと申す。 たしかにホンダ・ヤマハ・スズキ・カワイ楽器、みんな浜松人だ。
これは「やらまいか精神」が旺盛だからと。
「やらまいか」、どうなるかわからんが「やって見よう」の精神だ。
同じ静岡県でも静岡市近辺は「やめまいか」だそうな。
考え方が浜松人は積極的で静岡は消極的である。

物を造っても売りに出なければならない。 このあたりから核心に入る。
バイクや楽器を造って東京、大阪、名古屋など大きな消費地へ売り込みに行く。

東京人はその製品が良いものであれば、言い値で買う。 支払いもきれいだ。
つまり定価で買ってくれるし、振込手数料も買い手負担だと言う。

大阪人は必ず値切る。 絶対に定価では買ってくれない。
しかし、商談がまとまればあとは実に「きれい」だとのことである。

名古屋人は大阪人と同じように必ず値切る。 定価では買わない。
商談がまとまり、商品を送ると勝手に端数を切り捨て、しかも振込手数料は負担しない。
「端数を切り捨てる」つまり約定通りの金額を送金してこないと言うことだ。

名古屋人は「やり方が汚ねぇー」と (やらまいか精神の旺盛な) 浜松人は感じるのだ。
だから名古屋人を快く思わないと・・・・・・・。
平蔵は半信半疑ながら (そうであったか・・・) と思うのであった。

あいさつ回りも浜松市内、掛川、磐田、浜北、ディーラー、銀行などを順調にこなした。
名古屋人問題も出てこない。 
前任地を聞かれ、名古屋と答えると、
「あそこは商売がむつかしいところ、ご苦労なさったでしょうねぇー」と慰められもした。

最後に三井グループ関連各社を廻った。 三井グループは大体が本社で一括損害保険を手配しているので我が浜松支店が関与することは少ない。
得意先と申すよりもむしろグループ仲間への表敬訪問的なものである。

三井の直系6社に数えられる某社で前任地を聞かれた。
平蔵が (名古屋です) と答えると、「あーぁ、名古屋ですか」と妙な口調で先方は言う。
(あ、来たな・・・) 平蔵は思ったのである。 得意の平蔵の勘働きである。
平蔵はすかさず (前任地は名古屋ですが、名古屋の出身ではありません。 名古屋人の悪口なら100以上言えますよ) 。 同じ三井グループだとの不思議な安心感が平蔵の口を軽くしていた。

「私は名古屋の出身で、名古屋は私のふるさとです」今度は怖い口調で返事が返ってきた。
「あーぁ、名古屋ですか」は懐かしさと親しみをないまぜにした言葉だったのだ。
平蔵の頭の中は「ガァーン」である。 
以来、彼はこの平蔵と親しく口をきいてくれることはなかった。 くすん
イメージ 1
浜松市内全景(アクトシティータワーから)
イメージ 2
浜松駅前ロータリー
イメージ 3
浜松駅前の夜景
この町には浜松人のみが住んでいるのではないと言うことをイヤと言うほど教えられた事件であった。

ん? 平蔵の女房殿?
名古屋人でござる。 しかも、100%名古屋人でござるよ。
「何をいっとりゃーす、とぉーろい事いゃーぁすな」(何を言っているの、馬鹿なことを言わないで)
「そんなことやっちゃーいかんがねぇー。 うつけだわさ」(そんな事やってはいけない。バカよ)
顔は時々般若みたいになる。 来週、般若の姉が我が家に泊まりにくるそうな。 
「五鉄」の2階へでも避難するかな・・・・。 このことである。

保険金詐欺

長谷川平蔵である。
いつの世にも悪は絶えない。 これからお話する事件は20数年前の出来事である。
平蔵が日本橋支社長の時の話だ。 既に時効が成立していると思うので思い切って・・・・・。

日本橋支社には昼休みや昼下がりにしばしば飛び込みの新規のお客様が契約手続きに来られた。
その中に海外旅行傷害保険の飛び込み客がいた。
「クラブ バクテリア」のマダム風の美人と中年の男性のカップルだったと記憶している。

女子社員が応対にで、ごくごく標準的な内容の海外旅行傷害保険に加入した。
明日出発と言うので、少し店頭で待っていただいて、手書きの保険証券を発行した。
手書き証券には支社長のサインが必要だ。 
女子社員は平蔵のサインを求めて我輩のところへ申込書などを添えて持ってくる。

平蔵は内容をさっと点検し、引き受け金額にも(新規飛び込み客などに対する引受け制限がある)問題が
ないことを確認してサインした。 
「あの二人、もしかして不倫じゃねぇーか?」などと軽口をたたきながらも、その二人のことはすっかり忘れていた平蔵と女子社員であった。

その二人が2週間後に再び支社に現れたのである。
男は右手を三角巾で吊り、顔には大きなアザが・・・・・。
クラブ バクテリアのマダムは海外で事故に遭ったと申し、保険金請求書を提出した。
同じ女子社員が応対に出たが、平蔵は女子社員に呼ばれていっしょに話を聞くことにした。

ニューヨークのホテルでエレベーターに乗ったとき、黒人3人づれが乗ってたと言う。
そして、いきなりボコボコ殴られて旅行カバンを奪われ彼はこのようにケガをしたと。
中年の男は可哀そうにションボリでアチコチが痛むのか顔をしかめて無言だ。

携行品の損害が約50万円、男の現地での治療費が15万円くらいだと申し立てている。
平蔵は「ケガがまだ完治していないようだし、治療の請求は完治されてからにされては」とアドバイスしたが、日本に帰ったので健康保険で処理できる。 
この請求書の内容で支払ってくれればいいとマダムが言う。

そんなもんか・・・と思う平蔵を前に、そそくさと保険金請求書を手渡して二人は帰った。
請求書を見て見ると、旅行カバンの中身の損害品明細、医師の診断書、治療費の明細・・・揃っている。
しかも、事故に遭ったホテルの支配人のサイン入りの事故証明までが添付されていた。

「海外旅行は何回かしたが、事故に遭ったのはこれが初めてだと言っていたよなぁー」と女子社員に確認したら、同席していた彼女もうなずいた。
「申込書、もう一度見せて」と彼女に頼み、「他の保険契約の有無」欄に目を落とすと「なし」とある。
「これ、契約時に確認した?」と社員に聞いたら「あのマダムが(なし)に丸印をしました。」との返事。

引受け制限を下回る契約。 保険会社が簡単に支払うような比較的低額な保険請求。
あわてて保険金請求書を置いて帰った二人。
平蔵の勘働きは「臭い」である。

損害調査部に請求書を回送するメモに平蔵は一言コメントをつけた。
「他社契約の有無を他社に照会して確認されたい」と。

当時、国内には20社ほどの損害保険会社があったが、そのうち9社に同一契約者、同一事故日、
事故状況も損害の内容も同じ請求があがっていることがわかったのは3日後であった。 
このあたりの損害保険会社の連携はすばやい。 契約がない会社は「ない」と返事が来る。

「他の保険契約」が有るにもかかわらず「なし」と告知することは告知義務違反で免責にあたる。
1万円前後の保険料を10社に支払って10万円前後のコストをかけても、1社から65万円の保険金を受け取れば650万円に化ける。 
三角巾で吊った右手も顔のアザも・・・・・????? なのだ。

当社を含めた合計10社の対応は・・・・・。
示し合わせた同一日に契約者に対して一斉に「告知義務違反の疑いがあり、保険金の支払いには応じられない。異議申し立てについては当社損害調査部長あてに願いたい」と言う内容証明郵便を送付することだった。

不倫のこの二人(ホントは不倫かどうか・・・平蔵は知らねぇーよ)はこれで沈黙した。
「逮捕されずに済んだ」だけラッキーと思っているやも知れない。

後日、損害調査部の担当者から「他社は全く気づかなかったらしいが、平蔵殿はどうして臭いと思ったのか」と聞かれた。
(初めての海外での事故だと申すのに書類が整いすぎている。おかしいと思わねぇーのか?)と答えた。 

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長谷川平蔵
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