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1980年代を代表するジャニーズ事務所のアイドルグループ「少年隊」が12月12日、レコードデビューからひっそりと25周年を迎えた。
結成からデビューまで4年
もともとは彼等を含み、当時まだ20〜30人しかいなかったジャニーズJr.を総して「少年隊」と言っていたが、'81年10月6日からテレビ東京で始まった「ザ・ヤングベストテン」という番組のスタートに合わせ、錦織一清、植草克秀、松原秀樹の3名で結成されたグループ「Bチーム」が、後に「ジャニーズ少年隊」になった。翌'82年、松原から東山にメンバーチェンジをし、現在のメンバーとなる。 メンバー全員、バク転ができる。歌、ダンスなどのパフォーマンスレベルは非常に高く、特に東山のダンスは40歳を越えた現在でもジャニーズ随一である。 グループ結成当初は田原俊彦、近藤真彦のバックダンサーとして、歌番組やコンサートへ出演していた。また、'82年6月にはレコードデビュー前であるにも関わらず、当時歌謡番組の雄として知られていた「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)にも単独のアーティストとして初出演。これ以降、夜ヒットには1985年9月まで、レコードデビューまでの間に既に10回前後単独のアーティストとしての出演実績がある。また、'82年11月には、「ハワイ音楽祭」で金賞を受賞。 '84年4月2日、郵便貯金ホールにて単独ファースト・コンサートを行い、1日5回公演を行なった。同年5月、ビデオ『少年隊』を発売。その後、同ビデオ収録曲「あなたに今、Good-by」で、歌番組へ多数出演する。 その後、テレビ・コンサート活動などを経て、'85年12月12日、「仮面舞踏会」でレコードデビュー。デビュー時のキャッチフレーズは「日本発、世界行」。結成からデビューまで4年を要したが、このスタイルは男闘呼組、TOKIO、KAT-TUNといったジャニーズのグループでもその後踏襲された。 '86年からは主演ミュージカル「PLAYZONE」(プレゾン)を東京と大阪で開演。以後夏の風物詩となる。第37回NHK紅白歌合戦にも初出場し、以後8年連続出演した。紅白初出場の時は白組のトップバッターを務めたが、司会の加山雄三が曲名を「仮面ライダー」と紹介してしまったのはあまりにも有名。 '87年、ブロマイド年間売上成績が第1位になる。 '94年、第31回ゴールデン・アロー賞 演劇賞・グランプリ受賞。 '99年、少年隊初の看板番組「少年隊夢」(フジテレビ系)スタート。 2004年、ジャニーズビッグサプライズカウントダウンライブに少年隊として初出演。 '05年、近藤真彦25周年記念ディナーショーにゲストとして出演。 '08年、23年間続き通算公演957回、観客動員数138万人以上となった「PLAYZONE」は少年隊が出演する形としては閉幕し、翌年からはジャニーズ事務所の後輩が主演。 デビューの翌年1986年夏に青山劇場で初演され、毎年夏に上演し続けているオリジナルミュージカル。なお、'08年8月31日をもって、少年隊出演の「PLAYZONE」は終了し、翌年以降は「PLAYZONE」という名前は残し、後輩に受け継がれて上演していく予定となっている。 「PLAYZONE」が活動の柱だった
「ザ・ベストテン」「夜のヒットスタジオ」等の歌番組が'90年までに終了したこともあり、グループとしての活動の場が限られるようになった。そのため'91年よりソロ活動を本格化させる。 以後、グループとして3人揃った活動は「PLAYZONE」以外でみることは少なくなったが、ソロとグループ活動を現在でも見事に両立させた。「PLAYZONE」出演終了後はグループとしての活動実態がなくなったものの、それまで個々に掲載されていたTVガイドのタレント名鑑では、2010年度ではグループで掲載された。 主にジャニーズ所属のタレントやジャニーズJr.の他に外部のダンスチームや劇団関係者が出演してきた「PLAYZONE」はDVD化されなかったケースが2回ある。 まず1回目は19年目の'04年。一度だけオリジナル以外の作品だった。それはあの「ウェストサイドストーリー」。 この作品は、版権問題が非常に厳しく、上演する際に非常に厳しい規定が設けられており、宝塚歌劇団や劇団四季、ジャニーズ事務所後輩の嵐(大野智、櫻井翔、松本潤)も同作品を公演しているが、一切映像化は行われていない。また翌年に上映された「PLAYZONE'05〜20th Anniversary〜Twenty Years…」の公演パンフレットにも、他の公演は公演中の写真が掲載されていたのに対し、この公演だけ公演名だけ記載されただけで上映写真は掲載されず、会館入口にて今まで公演を行った公演名の紹介からも外されていた。 また、通算公演回数が900回を超えた'07年の「PLAYZONE'07 Change 2 Chance」は出演した赤坂晃(元光GENJI)が公演終了後に覚醒剤で逮捕され、事務所から解雇されたため映像化されていない。 「PLAYZONE」は東京では7月(時には8月までまだぐ)青山劇場、その後8月に大阪のフェスティバルホールで行ってきた。'89年だけは愛知厚生年金会館でも公演を行った。 ミュージカルを5回見た。
私はこれまで5回観劇した。タイトルを紹介する。
「MASK」('92年5月8日、1階N列36番)…'90年に行われた作品を日生劇場で5月に再演。結成間もない頃で、まだ6人だったTOKIOも出演。
「MOON」('94年7月9日、2階D列18番)…森山良子が特別出演。
「KING & JOKER」('95年7月23日、1階U列29番)…この年から入場料が1,000円増の11,000円に。出演していた坂本昌行、長野博、井ノ原快彦は同年秋にV6のメンバーとして歌手デビューを果たし、年長の彼らは「20th Century」と名乗る。
「RHYTHM Ⅱ」('97年7月21日、2階A列6番)…前年の「RHYTHM」に続き、歴代のジャニーズヒットパレード的なショー。
「5night's」('98年7月26日、1階N列40番)…20th Centuryの3人が4年続けて揃って出演。錦織が見せるジャグリングが素晴らしい。
と見てきたが、以後は自分の生活苦と、入場料金の高騰(末期は15,000円)もあり、「PLAYZONE」は自分とは違う世界の存在になってしまった。 現在の3人
毎週3人の顔や声は今でも接することができる。現在の個別活動を紹介する。 錦織も菊村康史で第7、8シリーズに出演していた「渡る世間は鬼ばかり」(TBS系、木曜21:00〜21:54)は放送開始から20年を迎えたこの秋、最終となる第10シリーズがスタートしたが、本間英作役で植草が出演している。グループの中では一番早く'94年の誕生日に結婚し、その後生まれた息子・裕太もジャニーズ入りし、「PLAYZONE」に出演している。 数多くの女性と浮名を流してきた東山は、1年前から女優・木村佳乃とのロマンスが報道されていたが、ついに結婚した。スポーツを中心に現場で起きる裏側に密着するドキュメンタリー番組「バース・デイ」(TBS系、土曜17:00〜17:30)のナレーションを前身番組「ZONE」の時代から務めているが、この仕事を11年続けていることもあり、長期で海外に出たことがその間ないという。 東山の結婚で3人中唯一の未婚となった錦織は近年、髪が薄くなった感がある。昨年から後輩にバトンを渡した「PLAYZONE」では演出に回って指導している。パパイヤ鈴木と出演している「ニッキゴルフ」(スポンサーは二木ゴルフ)はTOKYO MXで毎週土曜12:30〜13:00枠でオンエア中。少年隊の3人をはじめ、同時代に多くの芸能人が明治大付属中野高等学校で学んできたが、中退している少年隊の3人とともに、卒業生のパパイヤもその中の一人だ。 今日の私の音楽ブログには、「仮面舞踏会」と3タイプのB面曲を紹介している。
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