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1980年の歌手デビューから12月12日でちょうど30年を迎えた近藤真彦にとって21年ぶりとなる全国ツアー「あの街この街 マッチとデート」は第1弾、第2弾に分けて計30ヵ所で行われて成功したが、ファイナルイベントはツアー開始前の2月13、14日に続き日本武道館で12月10、11日に開催された。
私は10日に行ってきた。アリーナ席は前からA、B、Cブロックまであるが、Aブロックの私は上手側から2番目、前から3番目という絶好の席だった。
席に着いて係員から渡されたのは紙テープ、さまざまな色があるが、私がもらったのは緑。Aブロックの人だけが渡され、「-MOTT0-」の時に投げると言われた。昭和時代のコンサートといえば、ステージに向けて紙テープを投げるのが定番だったが、飛び散らない状態でアーティストに直撃して負傷するケースもあり、'80年代半ば頃からはこういう光景が見られなくなった。紙テープを使用しているのは、前週の8日に放送された「SONGS」(NHK総合)でツアーの様子が放送されたことで確認できていた。
18:34にフルオーケストラ形式の楽団(トロンボーン担当者が指揮を兼ねる)が着席し、18:35に開始。マッチはスパンコールのタンクトップの上にピンクのジャケットを着ており、パンツは黒。
まずは「Made in Japan」。マッチが乗るゴンドラはステージ後方から現れ、アリーナ席中央まで直進。ステージ中央に後退して降りたマッチは、去っていくゴンドラ目がけて飛びつく仕草。
続いて「ミッドナイト シャッフル」「大将」を歌った。「ミッドナイト シャッフル」は往年のヒット曲では珍しくフルコーラスを歌うのだが、間奏のノンコード部分で爆薬が鳴るというこの曲お約束の場面は迫力満点。
「うれしくて、うれしくて、感謝の気持でいっぱいです。泣いちゃいそうです(うそ泣き)。30ヵ所以上回ってきて、やっと武道館に戻ってきましたー!! 長かった。25周年の時に久々にコンサートをやり、それからの5年間、走りっぱなし」
「ホレたぜ!乾杯」を経て、「ためいき倶楽部」「MOMOKO」といった、シングルA面ではない曲を交えた後は、楽団が往年のヒット曲メドレーを演奏。その間マッチはジャケットをピンクから黒にチェンジ。
第52回日本レコード大賞で最優秀歌唱賞の受賞が決まったことを報告し、受賞曲となった「心ざんばら」を披露。続いて第29回の大賞受賞曲である「愚か者」と続く。
ここでスペシャルギタリストの野村義男が登場し、「アンダルシアに憧れて」を歌った。ヨッちゃんは一旦退場。
「目覚めろ!野性」「情熱・熱風・せれなーで」「ヨコハマ・チーク」などを経て、再びヨッちゃんが現れた。
マッチといえば、レーシングドライバーを経て、2000年には自身のチームを設立して現在に至っているが、ファンクラブは同年に解散した。そのため、'05年末に歌手活動を再開してからのこの5年間は、メールで会員を募集して、コンサートやディナーショー、出演するテレビ番組の収録案内等をしてきた。そのため、会員としてチケットを申し込んだ人には自分の名前がそこに書かれている。
会員向けにWEBで募集した、「当日歌ってほしい曲」のリクエスト結果がスクリーンに表示され、一斉に視線が向けられる。
「スニーカーぶる〜す」(4,073票)、「ざんばら」(3,921票)、「ギンギラギンにさりげなく」(3,756票)がトップ3。下の方はどうだっかというと、30位に「ふられてBANZAI」(438票)。ブービー賞は「流線型のハート」(2票)。これは「ロイヤル・ストレート・フラッシュ」のB面曲だ。
番外としてヨッちゃんが結成したTHE GOOD-BYEのデビュー曲である「気まぐれONE WAY BOY」が1票だけ入っており、会場は大爆笑。
ヨッちゃん 「何それ?」
マッチ「俺入れてないよ」
でも楽団は同曲を演奏し始める。
この曲は♪Rock'n' tonight〜と4回(観客は輪唱。2回目以降はコーラスパートがだんだん音階を上げる)歌うサビが頭で、1コーラスはA→B→C→B→サビという構成なのだが、サビ→A→B→サビで歌っちゃった。
ヨッちゃん「ギターを持たずに、マイクを手持ちで歌ったのは(たのきん)3球コンサート以来30年ぶり」
衣装を黒いタンクトップの上に薄手の白いロングコートに変えた後は「夕焼けの歌」。
トークに入る。「来年はツアーをやることは約束できない。今約束したら(スポーツ新聞で)記事になっちゃう。いいじゃない来年ぐらい。来年、再来年は適当に他のコンサートに行って来てよ。許す。その代わりお願いがある。また(コンサートを)やるときは来てほしい」
後で座っているヨッちゃんは団扇を仰ぎながらくつろいでいるが、団扇には「来年もツアーね!」と催促の文字。
そしてマッチはスパンコールの黒ジャケットを着る。
「これを着ちゃったらさ、逃げられないね。逃げられないね! わかってる? いくぞー!!」
と言って、「ギンギラギンにさりげなく」を歌う。スクリーンには「夜のヒットスタジオ」で同曲を歌ったときの映像('81年12月21日放送)が流れる。
以降、「ハイティーン☆ブギ」('82年7月26日)、「ケジメなさい」('84年7月23日)、「ふられてBANZAI」('82年4月5日と5月10日)、「スニーカーぶる〜す」('80年12月15日)、「ブルージーンズ・メモリー」('81年5月25日)と歌う。(かっこ内はスクリーンに映された夜ヒットの放送日)。ちなみに5月10日は私の誕生日。「ふられてBANZAI」は12歳になった頃だ。
「ハイティーン☆ブギ」でマッチは西スタンド前のばね式せり上がりに乗り、ヨッちゃんはステージ上手、まさに私の目の前で演奏。「ケジメなさい」はこの逆で、今度は私が後を向いてマッチを見る形。
「30年ありがとうございました。これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします」と改めて感謝の意を述べ、「恋ざんばら」を歌って本編は終わり。
アンコールは2曲歌った。
1曲目「-MOTTO-」では客席Aブロックから紙テープが舞う。曲後半になると、植草克秀(少年隊)、長野博(V6)、KinKi Kids、テゴマス、KAT-TUNといったジャニーズ事務所の後輩たちがステージ下からの階段を上って登場し、歓声が沸く。サビの♪少年のままもっと もっと もっともっと〜の部分を堂本剛に歌わせるマッチ。
コンサート前半では今夏の神宮外苑花火大会の国立競技場ステージにテゴマスと一緒に出演したときの映像が流れていたが、あの時は観客席後で3人が花火を見ながら缶ビールを飲んでいた。
「Baby Rose」が最後の曲となり、マッチは退場。
終演までの間、スクリーンにはまずシングル「ざんばら」のジャケットにサインをする様子が映し出される。事務所の各後輩向けだ。CDデビュー順でいえば、TOKIOからHey!Say!JUMPまで。サイン入りCDをもらった各グループの写真が披露された。
続いて今ツアーのドキュメント映像が流れる。
4月24日。前日に室蘭公演があったが、翌日の会場となる札幌までを自転車で移動。
9月17日。この日は仙台公演だが、移動前に前日の公演場所である盛岡でスタッフ一堂でわんこそば大会。最高は286杯で、マッチは89杯。
9月20日。京都公演。烏丸通をランニング。
10月26日。福井公演。この日はヨッちゃんの誕生日。プレゼントは20人前!!!のカツカレー。
10月14日。東京公演。会場となる中野サンプラザに入る様子。12月8日放送の「SONGS」でも流れていたあの映像。ここでのコンサートは13年ぶり。'87年から'97年までの年始はいつもここで公演しており、私は'94、'95年の第1土曜日に見た。
そしてファイナル当日となる12月10日。日本武道館に入る様子。
最後に表示されたのは、WEBで歌ってほしい曲をリクエストした会員にプレゼントされる特典の当選者席番号。それを確認して観客は会場をあとにした。
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