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▼4月19日(土曜日)
今日は父の主治医であるドクターと、父、母、ちぃちぃで今後について
話あった。
父はもう体に抗がん剤を入れることを拒んだ。
ドクターはもう少しがんばって、せめてあと最後の1回、次の木曜日の
抗がん剤を入れてから、一度お休みしましょうという提案をされた。
どちらも引かない見事な戦いぶり。
今日の父はいつになく強引で、ドクターに対してもつっかかる態度や
看護婦の失態?(大したことはないけど。。。)また、余命宣告をされた時のショックについても
再びドクターに切り付けた。
父は、余命宣告を受けてその後の人生を豊かに生きるというタイプではなく、
たとえ癌であっても死ぬまで癌であることを知らずに死にたいと
以前母に言ったことがあった。
つまり、父は何くそ根性で戦うタイプではなく
知らぬが仏タイプだ。
ま、今さらこんなことを言っても後の祭りだが、
今後病院で患者さんのカルテにタイプ別に分ける欄を作ることができるなら
「何くそタイプ」「知らぬが仏タイプ」を使用してはどうだろうか。
さて話は戻し、
ドクターには家に帰り、免疫療法で食事やサプリメントで
癌と向き合い、穏やかに、そして余生をテニスをするなどして
過ごしたいと父は話した。
しかし、現役ドクターの見解はこうであった。
世の中の免疫療法も確かにいい所はあるが、
結局の所、国の認可が下りないというのは何かあるわけで、
長年の癌の研究の成果として一番有効的なものがこの
抗がん剤治療、放射線治療や、手術だとおっしゃった。
最近の母やちぃちぃはインターネットで調べたり
本を読んだりして、癌について勉強し、治った方の話や
友人との会話の中で、確実に免疫療法は最高の治療法で
父は必ず「これで」助かるものだと信じ込んでいたのは間違いない。
が、ここへ来て、医学の第一線で働き、また最高の信頼を寄せていたドクターからの
アドバイスは熱くなった頭を冷やすには十分であった。
ドクターは、結局漢方やサプリメントで治ったという話は
たまたまである、やはり抗がん剤療法が今一番有効だと言った。
そしてインターネットなどに書かれている情報や、治りました系の
お薬はすべてビジネスであると言われた。
そして今回ドクターはたくさんのファイルと資料を持ってこられた。
そこにあったのは現在日本国内で報告されている父の病気
「前立腺小細胞癌」のすべての情報(トータルで90件ちょっと)をプリントアウトしたものだった。
そして、それとは別に英語の資料もいくつか持ってこられた。
アメリカ国内での報告書である。
難しい英語が沢山並んだ報告書。一部一部赤くチェックが入っている。
今まで黙っておられたが、アメリカでは父と同じ病気で
5年以上生きた人がいるという。
ドクターはそこまでして、父に現実に目を向け
抗がん剤の治療から逃げずに立ち向かって欲しいと思ってくださったが、
父の頭の中は全て「僕の症例は少ないし、この病院でも2例目。実験材料としての
資料が欲しいだけなんや」と、思いこんでいる。
勿論半分は真実なのかもしれない。
多くの症例を見て報告して、今後の資料にしていく。
これにはドクターも否定はされなかったが、ドクターは心から父に
病気に向き合って欲しいようであった。
そしてドクターが言うには、「Kさん以上に抗がん剤の副作用で苦しんでいる人は
沢山います。Kさんはまだ軽い方だし、しかも抗がん剤が効いてるのも事実。」
父の前にドクターが診た同じ病気の方は残念なことに、5種類の抗がん剤を投与したが
どれも利かず、その方は治療をあきらめたそうだ。しかし、父は実際に驚くほど
薬が効いているのはMRIを見てもわかる。だからこそ、ドクターは頑張って欲しいと
おっしゃった。
1時間以上別室で話をして、結局父は気持ちを変えることはなかった。
ドクターも最後には理解をしてくださった。
そして、これからについお話をされた。
この長きに渡りお世話になった病院は癌を治す為に
手術をはじめ、抗がん剤投与をする患者さんを受け入れる病院であること。
なので、もし父が退院をしたのち、もし何か体に異変が起きても
その後この病院で再びお世話になることは難しいということ。
なぜなら、父はこの病院の治療方針を断り自ら退院の道を選んだからである。
勿論、今後どれくらいかおきに血液検査をして
体の様子をみることは可能であるが、再び入院するということは
出来なくなる。そして、最近耳にするホスピスについてもお話して下さった。
※ホスピス(宗教団体など宿泊所の意)癌などの末期患者の身体的苦痛を軽減し、
残された時間を充実して生きることを可能とさせるとともに、心静かに死に臨み得る
よう幅のひろい看護につとめるための施設。また、そのような活動。
家族もホスピスの対象に含まれる。 (広辞苑より)
長い長い話し合いは終わった。
父は来週月曜日の4月21日。朝血液検査をして白血球の数値を見て
問題がなければ退院ということとなった。
これからが本当のはじまりである。
■本日の父・・・ドクターに自分が癌になったら抗がん剤を打つか聞いたそうだ。
結果、親戚が癌になれば打つが自分が癌になれば・・・無回答だった。
■ドクターへ・・・父の痛みを取り除き、今まで素晴らしい処置をして下さったことに感謝します。
お薬による治療法も大変効果がありましたが、ドクターの言葉一つ一つが
とても心のこもったお薬でした。
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何ともコメントできないドクターとの会話、最終的には本人の希望で治療(抗癌剤)をやめる、、、物凄くお父さんは考え悩み苦悩の日々を送られたのでしょうね、本人が何と言っても一番悔しい思いをしてるこの病気、、何とか一番良い方法で本当に奇跡を信じて頑張って下い
2008/4/19(土) 午後 10:07 [ 静 ]
静 様
こんばんは。現役ドクターの言葉を信じるべきなのか、それとも
本やインターネットで実際に治った方の話を信じるべきものなか、
今はわかりませんが、全ては患者である父が主役。
父がやりたいようにやってもらう、そして我々家族はそれを支えていこうと思います。
2008/4/19(土) 午後 11:52
身につまされています。私も全く同じ状況です。
極めて特殊な癌で、運よく抗がん剤が奏功し、すさまじい副作用に苦しんでいます。
現在は断薬中、ファーストラインが終わってしまい、次の手はありません。
ネットの情報は玉石混交であることも事実であると認識しています。
何が正しいかの判断は素人には難しいけれど
自分の生に誠実に生きるしかありませんよね。
お父様のお心が安らげることを陰ながらお祈り申し上げます。
2008/4/20(日) 午前 0:33
私はずっとK家を見てきました。
家族全員が、とてつもないパワーの持ち主で、たくさんの人を救って来たと、私は心から思います。
だから・・・私はK家を信じてます。
奇跡は必ずおこるよ!
美味しい物・・・というか贅沢品は、あんまり食べすぎないようにしないといけないのかもね・・・。
まぁ、美味しい物を食べる時は、たけちを呼んでね☆
す〜ぐ、片付けてあげるよv(^▽^)v ぶひっ
2008/4/21(月) 午前 0:28 [ たけち ]
flure_deux 様
こんにちは。ブログ拝見させて頂きました。
明るく強く生きようとするその姿は
父にも見習って欲しいほどです。
我が家は騙されているのか、それとも本当に希望に向って
今進もうとしているのか、まだわかりません。
それでも抗がん剤を中止して、免疫療法でがんばろうと決めました。
諦めず、希望を持ってがんばります。
flure_deux さんもがんばってください。
2008/4/21(月) 午前 1:33
たけち
奇跡をおこして見せます。
たけちのお父さんが奇跡をおこしたように。
近くに奇跡をおこした人がいるというのは、
父の希望にも繋がります。
今日はちぃちぃの誕生日会(3○歳にもなって・・・)
おいしいものが食べれますよ。
2008/4/21(月) 午前 1:39
もう、このブログは見られてはいないのでしょうか?
実は我が息子今年21歳になるのですが
去年11月に同じ病名で癌宣告受けました。
「前立腺小細胞癌」です。
余命は1年。発見時はもう進行も進み
骨・肝臓も転移しており末期状態でした。
いろいろ調べても資料が何もなく
いろいろ聞かれればと思いました。
2013/8/25(日) 午前 11:50 [ まじょ ]
前立腺原発小細胞癌。主人60代が診断されました。やはり、調べてもあまり症例がなく、どうなって行くのだろうと不安な日々を送っています。
そんな時、このブログを拝見しました。
皆、同じ症状ではないと思いますが、精一杯繋がりを持って過ごされた事に
感銘を受けました。不安は続きますが
前向きに頑張るつもりです。
2014/6/8(日) 午後 4:30 [ miz**rok*nn ]