智弘院ブログ

千葉九十九里浜のお寺です。お題目の信心によって、心も生活も立て直し

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平成31年2月2日午後1時

ワークショップ
香司によるお香の世界

ふと気付いた香りに懐かしさを感じる...
こんな体験をしたことはありませんか。

四季折々の草花の香り、水の香り、空気の香り、太陽の香り、雨の香り...

いままで無意識に感じていた香りには、不思議な力があります。

あなたの心をほっとさせてくれる香りはどんな香りですか。

香りはあなたの暮らしをより豊かにしてくれます。
ライフスタイルに合ったお香を見つけて上手に楽しみましょう。

どうぞ、皆さまのご参加をお待ちしております!

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怒り

瞋恚(しんに)の心

瞋恚とは、今の言葉でいうと「怒りの心」のことを言います。
では怒りの心は、どんなときに出てくるか?


それは、自分の欲が妨げられた時、邪魔された時です。

自分の思った通りにならない時に、腹が立つのが瞋恚の心です。
 
自分の欲を邪魔した者や事柄に腹が立つわけですが、
この欲に「五欲」があります。

「食欲」「財欲」「色欲」「名誉欲」「睡眠欲」の5つです。

たとえば、楽しみに取っておいたデザートを家族の誰かに食べられたときに怒るのは、「食欲」が邪魔されたからです。
契約まであと一歩の商談を邪魔されたり「財欲」、好きな人を奪われて腹を立てたり、パートナーが思い通りに動いてくれないとイライラする「色欲」。
大勢の人の前で恥をかかされたり、プライドを妨げられる「名誉欲」、眠たい時に起こされると腹が立つのは、「睡眠欲」が邪魔されたからです。
 

私たちが生きていくということは、欲を満たそうとするか、それを邪魔されるかのどちらかなので、「欲」と「怒り」は交互にやってきます。

また、満たそうとしていた欲が大きなときほど、怒りの心も大きくなり、忘れられないものになります。
 
酷いことをされたのだから、怒るのは当たり前ですが、
しかし、この怒りは自他にとって害になります。
理性も教養も吹き飛ばしてしまうのです。
 
いったん怒り出すと冷静ではいられなくなり、先が見えなくなる。
冷静なときには絶対にやらないようなこともやってしまう。
暴言を浴びせたり、相手を殴ったり叩いたりというように、
世の中の事件の発端は、この怒りの心でもあるでしょう。
 
また、怒りの心が起きるのは自分よりも弱い相手でもあります。
自分よりも体が小さかったり、立場が下だったりする人に対して酷い言動を取らせるのです。
 
では、自分よりも強い相手、立場が上の相手の場合はどうか?
 
そんな時に出てくるのが、「愚痴」の心です。
 
愚痴は、上司や仕事、夫・妻や家庭などで不平不満の思いとして表れますが、仏教本来の意味は、嫉妬心や恨みの心をいいます。
 
また愚痴は、「他人の不幸を喜ぶ心」ともいわれます。
 
幸せそうな人を見ると苦々しい気持ちになりますが、反対に不幸な人を見ると、口では「お気の毒に」と言いながら、内心では…。
これも愚痴の心なのです。
 
今の時代はSNSが広まり、情報が溢れています。
充実感、幸せそうにしている情報が流れていますが、見る側に愚痴の心がある限り、人の幸せを見て喜ぶことはできないでしょう。
劣等感や嫉妬で苦しんでしまうこともあります。
 

さらに人の不幸を見たなら、心から同情し、相手を気遣わねばならない、とは思いつつも、内心はニヤリとしているかもしれません。

他人を妬んだり恨んだりしていては、幸せにはなれません。
他人の努力をたたえ、自分の怠慢を反省できるようになり、
愚痴の心をなくすことができれば、幸せな人生を送ることができるように思います。
 
それには、足るを知ること。
ありがとうの思い。
感謝の心が必要ですね。

リーダーシップ

船頭多くして船山に登る
せんどう おおくして ふね やまにのぼる

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歌川広重

 
船に何人も船長がいると、船は山に登ってしまうように見当違いの方向に進んでしまうことから、指図する人が多くいると、物事がまとまらなかったり、見当違いなほうに進んでしまうことのたとえ。
 
一つの組織などにたくさんのリーダーがいると物事がうまく進まないことを伝えています。

自分の心にも言えることです。
やりたいことが多すぎると迷走してしまいます。
 
 
社会には、やたら多くの人が関わり、仕事をする場面もあります。

1つのプロジェクトがあって、いろんな人が加わる。
みんなが思い思いに勝手なことを言う。

誰に最終決定権があるのかがはっきりせず、まとまりがつかず、みんなの意見を混ぜた物を作ってしまったために、中途半端でどうしようもないものが出来上がってしまう。
もしくは、プロジェクトがあっちにいったり、こっちにいったりして、
まったく進まないということがあります。

 
経験則
第六感
統計学

ただの思いつき
ただの好き嫌い

人が集まれば当然バラバラな意見が出ます。

ですが、最終的には船頭(リーダー)が判断しなければなりません。

それが独裁独善であってもいけませんね。
バラバラな意見を出し合い、互いにその意図を説明し合える場を作ることが大切です。
 
 
の明らかなる所以の者は、兼聴すればなり
その暗き所以の者は、偏信すればなり
中国古典の帝王学『貞観政要』
 
「兼聴」とは多くの人の率直な意見に耳を傾け、その中から、これはと思う意見を採用することで、
「偏信」とは1人あるいは2,3人の言うことだけを信用することです。
 
 
経営の神様といわれた松下幸之助は、
 
「この世の中、本当は、わかっているよりも、わからないことの方が多く、知っているよりも、知らないことの方がはるかに多いのである。」
 
「誤りなく事を進めていくためには、できる限り人の意見を聞かなくてはいけない。一人の知恵というものは、所詮は衆知に及ばないのである。人の意見を聞かない指導者はともすれば独善に陥り、あやまり易い。また人心もそういう指導者からはしだいに離れていってしまう。」
 
と言われました。
 
物事を深く見通し、本質をとらえる優れた判断力、見識の持ち主です。
 
 
リーダーは裸の王様になりがちです。
そうならないためにも、素直に衆知を集める努力をしていき、謙虚な姿勢で自己反省を繰り返しながら、自らの心を律し、勇気を持って決断しなければ、何事も成し遂げることは出来ません。

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」
 
 
よく失敗することはありますか?
 
寝坊ですか?
忘れ物が多いこと?
約束の時間にいつもギリギリで迷惑をかけてしまったり、確認不足で何かミスをしてしまう。
掃除してもいつの間にか散らかしてしまう。
自分の言動で人を傷つけてしまう。
暴飲暴食や散財など。
 
誰にでも失敗はつきものですが、失敗を繰り返してしまうとなると、その法則を見つけなければなりませんね。
 
失敗の反対は「成功」よりも、「成長」が良いと思います。
 
 
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」
 
平戸藩の9代藩主、松浦静山公が書いた剣術指南書「剣談」の中にある言葉
 
勝ちは偶然という要素が入り込むものだと謙虚に受け止め、負けを「運が悪かった」と片づけるのではなく、失敗には必ず原因があるのだから、それを突き止めて次に生かす重要さを説いています。
 
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水戸徳川斉昭(なりあき)が、ある時、信濃松代藩主の真田幸貫(さなだゆきつら)と、下野黒羽藩主・大関増業(おおせきますなり)、そして静山の3人を自宅に招いて会談した時、「その記念に」と絵心のある近臣に、3人揃った肖像画を描かせて、自ら、その絵を『三勇図』と名づけました。



 心のあり方

 「剣談」では、道にしたがい、道をまもれば、勇ましさがなくても必ず勝ち、道にそむけば必ず負けるということを説いています。


この「道」とは、「人として行うべき正しい道」という意味です。

 


自分に足りないことを素直に反省し、順調であるときもおごることなく感謝の気持ちを忘れない。


また、どんなにつらくても人の道をはずれるようなことは決しておこなわない。


一貫してそのような姿勢、生き方をすることが勝つということなのです。


大掃除で垢おとし

すす払い
 
当寺では15日に大掃除があります。
今年一年の溜まったホコリをおとします。
 

神様は穢れを嫌いますから、年神様をお迎えする場所をきれいにしましょう。ということで、おこなわれたのが「すす払い」です。
お正月は年神様を家に招き入れる行事ですが、昔はご先祖様も帰ってくるとされていました。
そこで、神棚や仏壇の掃除をして正月の準備をする習わしがあり、やがて家中を掃除して年神様をお迎えするようになりました。

 
さて、今回は掃除についてです。
 

清掃はきわめて大切な修行で、心を磨くための道でもあります。
 

お坊さんの日頃の修行として昔から、
一、給仕(きゅうじ) 

二、修行(しゅぎょう) 
三、学解(がくげ)
 
まず、一番大事な給仕のなかに作務があります。
作務とは、掃除や片付け、庭の草取りや、昔ですと薪(たきぎ)を割ったり風呂をたいたりとか、要するに体に汗して働く作業です。
その中でも作務の代表は掃除です。
 
二番目に勤行。これはお経を読むこと。
三番目に勉強です。
 
 
今の時代の子供なら、「一に勉強、二に勉強、掃除なんかしなくてもいいから勉強していなさい」と言われそうです。
 
その結果、勉強は出来るけど、掃除が出来ない、行儀作法が身に付いていない子供たちが多くなりました。大人もそうです。
 
 
お寺の小僧さんは掃除が一番、勉強は三番目です。

仏教は人格を完成させるための教えで、勉強はもちろん大切ですが、おろそかにされがちな掃除などが、実は心を磨くのに大変重要なのです。

 
お釈迦さまのお弟子に、ある兄弟がいました。
兄のマハーパンタカはお経の勉強もよくできましたが、弟のチューダパンタカはお経の短い言葉も、なかなか覚えられません。
 
そこでお釈迦さまはチューダに
「おまえはお経の勉強はいいから掃除をやりなさい。目につくところをみんなきれいにしなさい」
と言われました。
 
さらに「塵(ちり)を払い、垢(あか)を除く」という短い言葉を与えられました。
 
そんな短い言葉でもすぐ忘れるチューダですが、お釈迦さまの言われるとおりに、その日から箒(ほうき)と塵取(ちりと)りを持って、
「塵を払い、垢を除く。ちりをはらい、あかをのぞく」
と、その言葉をひとつ覚えに、そこらじゅう掃除して回りました。
 
人が汚したものでも何でも、汚れを待っているかのようにきれいにして回ったのです。
 
そうしている内にすっかり心の垢がとれ、頭の良い兄を追い越して、誰からも慕われるやさしい人となったということです。

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