ぼちぼちと…

病気になり人生が変わってしまいました。でもめげないぞ。

仕事

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ご近所の方が亡くなりました。

昨日の早朝に救急車が来ていたのは知っていたのですが

こんなに早く……。

新しい住宅のかたなので直接は知らない方ですが

亡くなられたのは27歳のお父さん。子供さんは2歳だそうです。

心不全。早朝に冷たくなっていたそうです。

あまりにも若いですね。

自分もいつまでの命の期限かは解かりませんが

もう、そのお父さんよりは数十年も生きています。

そして、まだ生きていきます。

今を大切に、生きている事に感謝しようと

改めて思いました。

ご冥福をお祈りいたします。

………実は最近 腹が痛いのです。

ちょっとヤバイかなと自分では思っているのですが、

今度の診察で聞いてみます。

もうちょっとは頑張ってないと。。。

疲れたな〜

何だかんだと言って会社とは話合いで仕事は復帰する事にしました。でも会社側からの言い分で、正社員は辞めてパート扱い。今までのケアマネではなく、事務職で採用との事でした。もう何でもいいや…て事で9月から仕事復帰はしています。でも窓際族みたいな気分。隣のデスクでは、利用者のプランがどうのこうの…前なら自分も目を輝かせてやっておりましたまぁいいか。 後は楽しい事でも考えようっと!
て事で、子どものサッカーの高円の試合が土曜に埼玉であるのです。友達が車乗せててあげるよ〜と言ってくれてるので考えています。貧血の話を聞いてから自分の体力が心配になってて行きたい気持ちはあるけど、まだ考えています。どうしよう…>

休職中

H19年4月13日に通院し、15日に入院しました。担当していた利用者の方には大変迷惑をかけ、又心配もかけちゃいました。5月末に退院するまではさほど仕事の心配はしていなかったのですが、(傷病手当もあるしと言われていたので)自分でも退院してしばらく休養をしたら当たり前のように仕事に復帰できるものだと思っていました。しかし…会社へ退院の挨拶へ行った時すでに肩たたきが…。辞めるように…。そうですよね 介護の現場で仕事をする人間が癌でいつどうなるか解からない状態なんて、会社側としては使えないか。厳しいです。病気になるまでは仕事仕事と家庭を半分犠牲にしてやってきた時もあったと思うけどなんの為だったのかな。仕事って誰でも変わりの人がいるのです。病気がわかるまでは部署の主任としてそれなりに仕事もこなしてきたつもりですが、一瞬にして終わりですね。でも、会社から辞めさせる事はできないはずなので、とにかく自分では仕事を続けたい意志を伝えました。病気になるとお金もかかる仕事もなくなる。癌の医療費はとにかく高いです。外来通院ですが、私の場合ですが1回3割負担で3万7千円かかりました。高額医療で月に8万1千円以上だと返ってくるとはいえ…それだけの金額は負担しないといけません。傷病手当が出るとは言え、社会保険料・厚生年金・税金・医療費を引くと生活できないです。仕事も無いお金も無い現実です。仕事はやめたくないぁ…お金の事もあるけど、やっぱ好きだから。

今までは

ケアマネ(介護支援専門員)の仕事をしていました。介護度が付いた方が生活していく上でのサービスを介護保険内外で組み合わせていくのです。もし、自分が寝たきりになっても自宅で過ごしたいって思いが多いし、長く生きてこられた人生の先輩達の残された時間に関われる大事な仕事だと思います。解かる人には解かるのですが超ストレスの溜まる仕事と言われつつ自分は大好きでした。病気になってもできる限り在宅で…なんて、去年は2人の末期のがん患者の利用者を在宅で見送りましたが、利用者の方の最後のストレスや悲しみや、もどかしさからの罵声をあび、また家族への涙をみて、正直疲れました。それが、4月になり自分が癌患者の宣した告を受け、自分の最期こそどうすりゃいいのかと思います。今まで担当した方は若くて60代ですが、私ゃまだ45才。自宅で寝たきりになってお姑さんに介護してもらうわけにもいかないので、やはり最期は病院ですね。

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