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このところ、展覧会の準備に追われて、ブログの更新ができていません。
とくに、絵を描くことができない。
これは、忙しくて時間が取れないから、ではないと、昨日気がつきました。
「ブログを始める前は、忙しいときなど、電話でおしゃべりしながら、手元の紙に、何かを描いたりしてたじゃないか。
目に飛び込んできた形や色や、空気のようなものが、すこしたって、まるでそこにあるみたいに蘇ってくる、そんなこと、よくあったじゃないか。」
最近、そういうことが、めったにありません。
なぜかなあ?
展覧会用に額装するために、マットを切ってもらったりして、描き散らした古い作品を何度も見直す作業するうちに、
「このごろ、描けないんだよなあ」
展覧会でいつも、いい作品を見せてくださるある作家のつぶやき
思い出しました。
ブログを始めるとき、
「写真は使わない、自分の絵を描こう」と、
決めたことに、自分で縛られている。
「しばらく、ブログには描かない」
と先日思いついたら、雲の形と色のおもしろいものが見えてきました。
気まぐれな心に振り回されて、うれしい。
ほんとうは今日は、
「お金って、フシギだなあ」
というテーマで書こうと、早起きしてパソコンあけたのに。
でも、たのしいなあ。ふしぎふしぎ。
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無題
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今日は お隣のミーちゃんです
よそよそしい澄まし顔、でも、油断禁物
無視すると、こわい。爪を隠しています。
よそよそしい澄まし顔、でも、油断禁物
無視すると、こわい。爪を隠しています。
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少し前の「はかせとわたし」で見た玄米コロッケ、
美味しそうと思ったけれど、
衣をつけて揚げると、私には少し重いかもしれない。
それで、残った玄米ご飯にごま油を数滴加えて有り合わせの松の実も混ぜ、
ふたくちサイズに丸めてラップに包み、冷凍しておきました。
それから2、3日たって、「自分探しの旅」に出ていた一文字のぐるぐる、
まず、名前が楽しいので気に入りました。
よく見るとねぎのぬたのおしゃれバージョンらしい。
その日は湿度も高いし暑いし、食欲が今ひとつ。
そこで遊び心が半分で一文字のぐるぐるに挑戦しました。
まず玄米おにぎりを自然解凍しました。
細ネギはひげ根を切り落として長いままさっと茹でる。 ここで、思わぬトラブル発生、ネギの中の空気が熱で膨張して、大きな音を立ててボンッ。
あわててネギを鍋から揚げて、全部の葉の先を少しづつ、切り落としました。
後は順調。
解凍したおにぎりはテフロンフライパンで、油を引かないで焼く。
ごくとろ火で、時間をかけて両面にこげ色がつくまで焼くといい香り。
その間に一文字のぐるぐるを作ります
みそに米酢とみりんをまぜて酢みそを作り、小皿に。
ゆでたネギは食べやすい長さに折って、長い葉でくるくる巻き、
竹串の根元で、葉の端を巻いた中に押し込んで止める。
焼き上がったおにぎりに小さくきった焼き海苔をのせ、
枝豆入りのがんもどきの煮物。飲み物はひやした純米酒を一口。
パソコンが不調で、スキャニングができなかったので、数日前の夕食です。
遊びながらつくって、おいしくいただきました。
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月曜日の夕ごはんです。
火曜日が生協の配達日。前日の月曜の冷蔵庫はすき間がいっぱい。
何を作ろうと思っても、何かが足りない。
よくしたもので、そういうときに、頂き物が助けてくれます。
あの日はまず、友人から筍でした。
小さなスーパーが店仕舞いしてから始まった、週一度の朝市。
朝取りを買ってすぐゆでたという。そのまま料理できるのも嬉しい。
友人の庭の木の芽も、頂きました。
イヌの散歩で毎日通る歩道の植え込み、
木の根元でこの間から目をつけていたのは、イタドリでした。
太くて立派な芽がたくさん出ていて、柔らかそう。
もう、そろそろ食べごろかな?
それで犬を連れないで見に行ったら、なんと、
大きなものは全部刈られていました。がっかり!遅かった。
でも、残っている中から柔らかそうなものを見つけて頂きました。
「ありがとう。持ち主は誰?」
というわけで献立は筍尽くし
甘皮と三つ葉のお吸い物
(三つ葉は庭から)
玄米の豆ご飯
(金時豆を炊き込んだ冷凍保存ををチン)
豆腐と筍の 木ノ芽味噌田楽
若竹煮
イタドリのゴマ和え
大方満足、でも、
豆乳から手作りしてあった豆腐、柔らかすぎが今ひとつ。
でした。
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急に初夏になって、光が明るい。
朝目を覚まして、一番に眼に飛び込んできた明るい光、
その中で動くものがあって、びっくりした。
食器棚を置くスペースもとれないほど部屋が狭いので、出窓の手前に
ガラス戸を入れて、ガラスの棚をつけて食器を並べている。
動いているのは、そのガラス棚の底面に映っている薄茶色の固まりでした。
『愛犬?』ハッピーの背中と気がつくのにちょっと時間がかかりました。
昨日までは、朝曇っていたので、ベッドの中からは、
目が向かなかったところなのか、それとも、
今日はお天気がよいので犬が小屋から出て草むらに寝そべっていたのか。
一面にクローバーや名前も知らない草が生えているのが、
棚のガラスの底面に映っていて、
「気持ちがいいなあ。」と思わず伸びをした。
それで、この家に越してきた次の朝の
目覚めを思い出した。
出窓の反対側、猫の部屋との間が白いロールカーテンになっている。
その朝、目が覚めて見回すと、そのロールカーテンに、
ふしぎな光と影が映っていた。
出窓から差し込んだ光が、どこかに反射して
棚のものを白いスクリーンに映していたのです。
できるだけ美しくと、ガラスの器を中心に並べ変えたりしてあそびました。
夜中に他の明かりが消えると、南の窓は
遠くの街灯の光だけが入ってきます。すると、
天井に窓の形の光が映ります。
そこに冬は、枯れ木の枝が面白い形を映します。
だんだん怠けものになって、
スクリーンも下ろさなくなり、そういう遊びも忘れていました。
光が直接ではなくて、
どこかに反射して届くらしいのも、
不思議なことです。
どこから届いたのか、分からない光を発見するのは、なんだか幸せな気分です。
今日の絵は少し前に描いた、名前の分からない草。
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贅沢は嫌い 病んでも 疲れてもいません 最近、体調が今ひとつで、外へ出かけるのを控えているせいか、
時間だけはたっぷりある。それで、いろいろ作ってみる。
長年使っていたミシンが壊れたので縫い物も、手でちくちく。
先日は、お店でもらった宣伝タオルの店名の部分を切って、
三つ折りにして縫って台布巾を作った。
庭のヨモギの芽が綺麗なので摘んでゆで、草団子に。
黒蜜は黒砂糖の固まりに水を加えて煮詰めた。
そんな話を自慢げにしてしまったからか、
「本当の贅沢されてるんですね」
ただ遊んでいるのです、シンプルな生活が好きなので。
贅沢って、もとは余分なもののことだった、のでは?
うちの窓からは遠くに海が見えると話したら
「癒されるでしょう」
癒されなければいけないほど、私、病んでいるように見えたのかしら?
体調が悪くても、ただ健やかに暮らしたいのです。
さきほど、ブログに
「『お疲れ様』『お疲れ〜』という言葉が多用されることに
違和感を感じているのですが・・・」
とコメントをいただいた。
大変な仕事をみんなで終えたときの
「おつかれさまー」
という一言には心がこもっています。
でも、ただの挨拶で、「お疲れさま」といわれると、
そんなに疲れて見えるのかな?
私は、落ち込んでしまいます。
やっと春がきた、庭のよもぎです。
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