ある もの あるままに

たまたま そこに あったから? かしら

仕合せ! 少しずつ裏切られていく

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何描いているのかナ?

高校で美術部に入った。
そしたら、自分が絵を描くことが、とてもやましい、恥ずかしいことと思うようになった。なぜか?
 
絵画とは、「何か世界観みたいなもの」、あるいは「思想」を形と色で表現するものだと、美術部で様々な作品に触れて気がついたらしい。

私が初めて描いた絵は、女の子の顔だった。
ただし、「覚えているものの話」、だけれど。
ノートの隅に描いた。
 
言われるまま、しかたなく学校に行ってはいたけれど、
授業はちっとも面白くなかった。
 
そのころは、自分も他人も、内側も外側も、なかった。
あるとき、少女雑誌の挿絵の「女の子」が、飛び込んできた。大きな澄んだ目。
 
授業中の退屈を紛らしたのか、それとも、授業の方には何も心が向かなかったのか、もっと内的な欲求があったのか。
ノートの隅に「女の子の顔」を描いた。
そして、ノートの隅から、真ん中へ、ノートから教科書へ、
女の子が進出するのに時間はかからない。
空いているスペースは「美少女」でぎっしりうまった。
  大人が、絵など描くひとを反社会的と判断するから、やましく感じると、ずっと、思っていたが、本当の理由がちがう。
 
雑誌で見た「目のお大きい女の子」をノートや教科書に描き散らすのは、絵を描く動機としては、何の価値もない。
 
二十数年たって、勤務先の会議は、学校の授業に近い感覚の時間だった。
会議の記録を取るためのノートが意味のない線や形で埋まった。
線も、形も、世界観とも思想とも何ら関係ない。
イメージ 1
 
こ間の展覧会で、出合った 言葉。
「なんでも、絵にするんでね」
しばらく、
その言葉が心の中を行ったり来たりしていた。
 
それで、もしか? 
と思った。よくわからないけれど、私
何かを描いてるんじゃないのかも。
 
抽象的な線、面、形、で遊んでいるだけ。
「見えたもの」を借りているんです。
具象に見えているけれど、
抽象なんです。すみません。
何かがあるのではなくて、
ただの遊びなのです。
ささやかな個展 暑さの真っ最中だったのに
たくさんの方が 見に来てくださいました。
しらけるのではないかと心配しました。が、
いろいろおしゃべりも聞かせてくださって、
素敵な十日間でした。感謝 感謝。

でもなぜか、人の動きには波があるらしく、
わっといっぱいの人の後はまるで引き潮のように
誰もいない時間、感覚的には結構長いのです。
 
住宅街の画廊ですから、真夏の真昼は
暑さと静けさのひととき、思いは冴えてしまいます。
あげく、ちょっと贅沢な感想まで、浮かんできました。
 
小さなときから、なにかができる子ではなかった
ので、褒められるのは、すごーく苦手です。
それが褒められて、なんとなく身の置き所がなかった
こともありますが。

「上手ですね」
という言葉には、後から一人で
「上手なんかじゃないもん。下手よ、下手!」
なんども繰り返してしまいました。
イメージ 1

 
今は上手にできることを、要求されている時代?
楽しむのはいけない?
 
努力ができない 楽しむことしかできない
のは 後ろめたいことです
 
腐葉土の袋にハサミを入れたら、中は鮮やかな緑。
一瞬、
「あら、袋が二重になっている」
と、思いました。
 
一杯に根を張って鉢からこぼれそうになってしまった
観葉植物を植え替えるために買った腐葉土。

何年も植えたままになっていた球根も植え替えようと、
欲張って二袋も買いました。
でも、結局一袋はそのまま冬を越し、
先日生協で買った野菜の苗を植えるのに使うことにしたのです。

 イメージ 1

袋の中の緑のもの、よく見ると苔らしい。
でも、しっとり、ふかふか、というやさしい苔
とは全然ちがうイメージ。
 
画栞堂さんのブログでファンになった
可愛いサクとも関係無さそう。

ところが、苔を写真にとってよく見ていたら、
苔の形に隠れている<可愛い親子らしい形>が見えてきました。
 
そういえば、
植え替えなかった鉢には、思いがけない球根が残っていて、
カワイイ花を咲かせてくれました。
あちこちにいろいろな生きものが隠れているんですね。

イヤな子 ミーちゃん

「イヤな子 ミーちゃん」ていうのは
「カワイイ ミーちゃん」てことでしょっ ね、ねえ。
 
ほかの子を撫でていると、
知らないうちにしゃがんでいる私の膝の下にもぐりこんでいます。
膝下にすきまがなければ、足に頭をつける。

見ればなかなかの器量よし。でも、
この猫はイヤな子ミーちゃんなのです。
 
数ヶ月しか通わなかった学校の、前の席だった子、
みーちゃんそっくりでした。
嫌いな子ができるほどいなかったのに、苦手な子でした。

可愛くて、勉強もできる、いじ悪でもない。
いつも何となく先生のそばにいる。あるとき先生に
「あの人が私に意地悪するんです」
というようなことを小さな声で言った。

確かにその男の子が彼女の髪を引っ張ったのだから、
ほんとうのことでした。

今考えると彼女はかわいくて、
男の子がちょっと意地悪してみたくなる女の子。
先生もそれが分かっていて、
「まあ、悪い子ねえ」とか、
軽く言ったようだった。

すぐ転校したので、名前も忘れたけれど、
この猫を保護してその子を思い出した。
 
遊びにきた友人に
「この子はイヤな子ミーちゃんなの」
と言ったら
「まあ! かわいそうに!」
眉をひそめた。でも、
 
「いやなこみーちゃん」
と呼ぶと猫自身は意に介さず
「みゃーーん」
膝にのってくる。

イメージ 1













そうよ、イヤな子って言うのはかわいい子ってことよね。
 
ピンクのリボンがよく似合いそうな子なのです。

また、目の鱗一枚剥いでもらえました

「例えば、石膏のデッサンをするでしょ。予備校とかに通い始めて。
最初はワケが分からずに一生懸命描く。だんだん描いていると、何となくできてくる。
もっと描きこんでいく。

ある程度描くと、まとまってきて、自分でも良く描けているかな、と思うようになる。
うーん、なかなかいいじゃない。
でも、なんだか居心地は悪い。よく見ると、ちがうかなーって感じる。

ここが分かれ道なんです。

良く描けているからいい、とするか。
居心地悪いから、消して同じものをまた最初から描くか。

それをよいとすれば、そこで止まる。
できているものを消して描き直せば、ぱっーと、一つ先の世界が広がる。

良くできたのを消すのがもったいない。と、見ているほうは思うかもしれないけれど。
描き直さなければ次に進めない。」

思い出して、聞いた通りに書いてみたつもりですが、違うかもしれません。
近くのギャラリーで展覧会を開いている彫刻家の安藤栄作さんに聞いたお話。
これもすごい「初心」。

そのあとに続いた言葉。
「今の世界は、その分かれ道にきているのかもしれない。
居心地の悪いことに気がついて、イヤなものみんな出してしまえば・・・」

そういえば、安藤さんの作品は20年近く見せて頂いています。
木を鉈でたたいて創る技法は変わらないが、思いがけない変化を楽しませて頂く。
今回は「顔」が多かった。一番嬉しかった作品は、女の子の顔。
内側から膨らむ力がみなぎるような小さな作品でした。

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