ある もの あるままに

たまたま そこに あったから? かしら

仕合せ! 少しずつ裏切られていく

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「ビグナーズラック」という言葉覚えたのはいつだったかしら。
このごろは対で「初心」という言葉も心に浮かびます。

始めてやったことがとても巧くいって嬉しかった。
同じようにしたつもりが、二回目には「えっ、これなんだ?」
三、四回目と回を重ねるごとに変になって投げてしまったものたくさんあります。

反対に、始めて接した時の印象が強く残っていることもあります。
結局モノにはならなかったけれど楽しいフランス語。
ラジオ講座で半年くらい聞いてみて思い切って週一回の教室に通い始めた日。
フランス人の先生がABCを読んで下さった時の口の形。

唇にしっかり力を入れて発音していることが見えたのです。
鼻にかかった柔らかな音がフランス語の特徴と思っていたのでびっくり、
その驚きがフランス語に対する面白さにつながりました。
3年くらい熱心に通ったおかげで、
上達はしなかったけれど今や、フランス語は好きな言葉です。

ファッション雑誌など手にすると、辞書を引いて、
なんとか理解しようと思います。お料理ページは、
実用性もあるしやさしい文章なので材料が揃えば作ってみます。なんとか作れます。

私がフランス語というものに、真の意味で始めて接したのは、
ABCを聞いた、あの時だった。その時の驚きがずっと引っ張ってくれて、
面白さが私の中で育ってくれたんです、たぶん。

それで、恐れ知らずと笑われるかもしれませんが、
フランスの作家が子供と話しているCDを手に入れて、
音楽を聴くように時々聞くことまで、始めました。

何を言っているのか全然分からないけれど、
一生懸命しゃべっている子供の声も、笑い声もたのしい。

ところがあるとき、「オー モンペール」という音が耳に入って、
あ、「ワーイ僕のおとうさん」だ。
それだけのことでもとてもうれしい。

今日は空き瓶に育てたコケの中に芽を出した草を描いてみました。
コケにできるサクが美しいので、それを見たくて育て始めたのです。
サクらしいものができて、デジカメで拡大した最初は大成功でした。
ところが、その後は失敗続き、デジカメが思うように使えないらしい。

でも、コケと一緒に芽を出した草が三種類、それぞれうつくしい。
見ていてうれしいのです。

そういえば、フランス語講座をラジオで聞き始めたきっかけは、
大好きな作家の作品を読んでみたい、でした。
ものにならなかったけれど、フランス語って、聞いているだけで楽しい。

朝日のあたる家

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朝、このごろは日の出が少し早くなったような気がする。
昨日の朝は、よく晴れていて、遠い海岸線がよく見えた。
ちょうど海から日の登る時間だったのか、朝焼けが美しかった。
太陽は東の山にさえぎられて見えないからか、
空の柔らかなピンクが余計に美しく見えたのかもしれない。

我が家から見える海岸は、ほとんど工場に占拠されているので、昼間は
日を受けて時とともに色が変わる細い海だけを見ることが多いのだけれど、
昨日はなぜか、海岸に並ぶ建物に目がいったのです。
一つだけ赤く輝く建物があったからだ。東に面した壁が眩しいくらい、きれいな赤でした。

海岸は6キロ以上も離れているし、まだ明けきっていなかったので、建物ははっきりは見えない。

「朝日の当たる家」昔流行った歌のタイトルです。
若い頃はほとんど音楽に趣味がなかったから、メロディも歌詞も知らない。
この歌に関しての知識はどこかで読んだ記事だけ。で、ネットで検索してみました。

「もともとはアメリカの作者不詳の民謡(フォークソング)です。
女性の歌です。詞の内容は、貧乏で苦境に育った女性がいかがわしい仕事をし、
それを振り返っているものです。」
とあった。
You-tubeに動画も出ていたので見てみました。暗い感じのメロディ、聞き覚えがありました。

山や自然を見せる写真のブログのお気に入りの一つが、エクサイトの
Minami-alps.photo.Magazine
山とか木とか生き物が、思いがけないドラマを見せてくる写真です。
そこで見つけた『ヒカリをまつ』という2枚組の写真に、
「赤い夜明けの色はほんのひとときです。」
とコメントがあった。

そうか、この朝日の当たる建物も、こんなに輝く赤に見えるのは、
一年のうちのある時期だけ、それもほんの一時なのかもしれない。
と、今まで気づかなかったことに納得がいきました。

この建物はたぶん工場の倉庫。
壁の向きが今の季節の日の出を真っ正面に受ける角度に建てられているのでしょう。

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去年までは冬が暖かかったせいか、今年は異常に寒いと感じる。
でも、実際はそんなことはなくて、昔はもっと雪が積ったという声も聞きます。
十二月もおしつまって、それまで元気だった庭の野草も、
葉の先から縮み始めてほとんど枯れてしまいました。

さて、絵に描くために切って水にさしておいたタカサブロウくんですが、
ほったらかしたままだったのに枝から自然に根が生えた、ところまでは報告すみ。
根は、小さな瓶の中で、どんどん伸びて渦を巻き、
瓶が透きとおっているためか根が淡い緑になりました。

生きているものの力、すごいと思ったのは、水が全然濁らないことでした。
一度も水を換えなかったのにきれいに澄んだ水に中で
渦を巻く細い根は繊細で、とても美しかった。

が、あるときふと気がついたのです。もしかしたら、
小さい瓶に閉じ込められて窮屈かしら。
それで、土に下ろしてやることにしました。
小さな植木鉢に有り合わせの土を入れ、水から上げた草を植えました。
根っこが団子にならないように広げて、水をたっぷりやって。
でも、なんか不安。
根の長さほどにも伸びた茎には小さな蕾も沢山ついていて、
根がこれだけの茎と葉と花を支えることできるのかしら。
それで、茎を8センチほどのところで切りました。

切った先の枝2本に蕾と花がついていたので、またそれをコップにさして。
ここまでが、一ヶ月近く前。

鉢に植えた方の株、元々の大きな葉は2枚を残して枯れて落ちてしまいました。
残っているのは新しく生えた細い小さな葉です。
蕾と花も少しずつついています。種も出来ていて、元気です。

水にさした方の枝2本、驚いたことに、根が出始めたのです。
葉は始めから小さいものだけだったのでそのまま。
蕾がついて、花と気づかないくらいの小さな花も咲いています。こちらも元気。

図鑑には「一年生の雑草」と紹介されているタカサブロウ君、
うちではぬくぬくとした部屋で、2年生になりました。

川崎さんの作品展会期中に何度も見て、そのたびに、
まるで素敵な音楽を聴くような楽しみ方をさせていただけた。
この感じは何かしら、と思って、あっと気がついたのは去年の滝田項一展だった。

同じ白磁と言っても川崎さんとは全然違う傾向の作品。年代もちがう。
滝田先生は、私が器に目を開かれた頃には既に大家でいらした。
作品に直に接するより先に雑誌などで、お名前も、あの独特の色絵と器の形も拝見していた。

よく言えないが、「ろくろ」を多分ご自身の身体の一部として挽くことと、
模様としての絵を完成させること、それを極限まで突き詰めた
作品の存在感に圧倒されることが、見るものにとっては心地よい、そう感じていた。

ところが、ここに越してきて、身近な画廊だったことも幸いして滝田先生の作品も、
手に取って見せていただけるようになったのです。
さらに何度も同じ画廊で、形の緊張感と力強さ、
洗練されてしかも民族色濃い模様の美しさに接してきた。

ところが昨年の展覧会、初日も拝見して二日目、ちょっと違うと気がついた。
ほとんど毎日通って一週間位して、確かに違う。確信できるようになった。

入り口を入って正面に飾られた花入れ。細い口に耳付きの大壺でした。
かすかなゆらぎみたいなものが感じられる。柔らかさと言ったら、
あの形の力がどこかに消えてしまう。
白の中に何か匂いのような光を含む色の、だけど一種のかげりみたいなもの。なんだろう。

あれは何だろうか、と、ときどき思い出しては不思議だった。
それで、川崎さんと滝田先生の作品、そうだったんです。

私が勝手に決めて感激しては両先生にとても失礼。を承知で言わせていただきます。

和服をかっこ良く着こなして、miniの新型車を2時間以上も運転して
画廊までいらした滝田先生。差し入れの鯛焼きを美味しそうに頬張った笑顔。

ベージ系のツイードのジャケットをラフに着こなして、絵付けの技術について、
見にきた方に少し恥ずかしそうな顔で説明されていた川崎さんの笑顔。

どちらも瑞々しい少年の顔でした。

厳しく自分を磨き上げていらした滝田先生と、
身の回りの花や鳥などを愛するものを描き、柔らかな形を楽しんで創ってらした川崎先生。
今共通するものはこれだったのかいしら。

じっと、目の前にあることに集中していながら、その向こうのものを見る目が
小さな窓になって開いている。それで、時間が磨き上げて育てた初々しさ。

勝手にいイメージ膨らめて、両先生は苦笑なさるでしょう。

老人には火の気は危険と言われて、家を建てるときオール電化にした。
確かに私のようなうっかり病患者は、家に火の気をおかなければ安心です。
なによりよいのは、大騒ぎをして他人に迷惑をかけなくてもすむこと。

前の家のときのこと。遠くまで出かけ、ガスを止めなかったと思い、
出先からガス会社に電話した。
ガス会社は、近くの事業所に連絡して外の元栓を締めに行ってくれた。
それが、帰ってみたら、実は止めてあったのだから、もうお詫びの言葉も出ません。

今の家は広さを最小限以下に搾って、その分を電化の費用に回した。
太陽光発電の一番小さなセット。夜間電力もフル利用です。
問題は夜間電力利用の蓄熱暖房でした。
「一度蓄熱してしまったら自然放熱は止められない」
ということを知らなかったのです。

最初の年の冬、遊びにきた友人が入り口に立って、眉をひそめました。
「なに! その格好は?!」
「えっ? なに?」

半袖のTシャツ、薄地のショートパンツで現れた私を見て、
ふだんから余り常識的とはいえない私の精神に異常が? と思ったといいます。
車から降りてきた友人夫妻はダウンジャケット、氷のはった冷たい朝、9時頃でした。

その年は冬中、家では半袖のTシャツ、ショートパンツで過ごしました。
一寸した物を物置に取りにいくのもそのままの格好で走って往復。
寒暖の差に慣れたせいか風邪を引かなくなったと威張っていましたが。

電気の無駄使いに気がついて(遅まきながら)、
次の年には暖房機の温度設定を低くしました。
その年は、この地方にしてはお天気の悪い日が多かったので、
夜中に寒くて目を覚ますことが何度もあり、その度にエアコンを入れました

夜間電力で熱を蓄えて、放熱して暖房する。
コンピュータがデータによって計算して蓄熱を始めるらしいが、
見ていると、スイッチが入るのは明け方。
ある量の熱が貯まると自然に切れる仕組みになっているらしい。
真夜中過ぎ、最低気温の頃が蓄えられた熱も最低、暖房効果も低くなります。

この地方は年間の晴天の日数が国内2番目、とくに冬は晴が多いから効率がいいと、
太陽光発電のセールスマンは、強調していた。

明日の天気予報を見て、温度設定をすることを覚えたのだけれど、
これがなかなかむずかしい。晴にもいろいろな程度がある。
太陽がいっぱいの日もあるし、薄曇りに近い日もある。

それで今年も、昼間は半袖Tシャツ、夕方はまだその熱が残っているので
すこし残暑対策、つまりTシャツを長袖に着替えて、朝方の低温に備えているのです。

昼の天気によっては、夕方は少しだるいくらいの残暑です。
夕飯の食欲が今ひとつなのも残暑のせい? ビール一口が美味、なのも?

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