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三遊亭 洋楽 さんゆうてい ようらく
昭和33年 北海道函館市隣接「北斗市」生まれ
昭和49年 函館西高校入学
昭和56年 札幌大学経済学部卒業
昭和60年 三遊亭円楽に弟子入り
平成 4年 真打ち昇進
平成18年 高齢の家族の面倒をみるため故郷へ戻る
平成19年 函館市議会議員になる
【地元テレビ&ラジオ】
NHK函館のラジオ番組「どどんと道南ラジオ」準レギュラー
【落語】
毎年8月頃にテレビ笑点レギュラーの三遊亭好楽師匠を招き「落語会」を開催
洋楽師匠には『名誉会長』の重責に就いていただいています。
議長ちぃにぃの高校の先輩であり、よき理解者でもある。
ブレーキの効かなくなったメンバー全員に
唯一サイドブレーキを効かすことがことが可能な人物。
実は、私ちぃにぃとは2007年10月の函館西高同窓会で初対面。
その後、先日2008年8月3日開催の『開港寄席』の撮影をご依頼頂くために2月後半に再会。
そこから…函館の将来像を語り始め、音楽での地域おこしが共通の考えということが分かる。
でも…
実はその前に…本当にかなり前にお会いしているんです。
今からおよそ18年程前…
東京都江東区東陽町にありました
三遊亭円楽一門の寄席『若竹』閉館の撮影を
アサヒグラフのご依頼でさせていただきました。
私の師匠、鶴田義久が客席センターから4×5インチの蛇腹カメラを構え
私は、舞台正面向かい2階の副調整室のようなところからハッセルブラッドを構え撮影。
円楽一門、師匠円楽・鳳楽・好楽・楽太郎などのそうそうたる真打メンバーの後ろに隠れていたらしい
と、先日の撮影の時、好楽師匠にお話しいただいた。
そう、その当時洋楽師匠はまだ二つ目。
それでも、寄席の使用量は支払っていたのだとか…
ムムム…あまい世界ではないのですな〜
昨年の同窓会で、洋楽師匠にこのお話をしたとたん
『え〜!若竹に来たことある人がここにいるなんて〜』
ハイハイ。なんだかんだで3回ほど撮影に伺いました。
円楽一門一番弟子の鳳楽師匠とも2・3回、銀座と新橋で飲ませていただきました。
ご飯も御馳走になったっけ…
そのころにお話しできてればな〜なんて思います。
今は市会議員を務める傍ら
僕らのこんな小さな団体の良きアドバイザーも兼務していただき
感謝に堪えません。
先日の開港寄席で、一席を拝見させていただきました。
この写真の表情が物語るように
真っ直ぐなお話がとても美しく聴こえ、感動いたしました。
かなり後輩の私がこんなこと言うのもなんなのですが…
本当に真面目で一直線な方です。
私みたいな阿呆な後輩の話も真剣にお聞きくださり
感謝感謝の一言に尽きんばかりです。
私は、洋楽先輩の人情話を一度拝見したいと思っております。
『人情話の円楽』のお弟子さんで、これだけ落ち着いた雰囲気をお持ちですから
たぶん、ウルッとする様な高話をお聞かせ願えるのではないかと…
同じ東京の空の下で、同じ徒弟関係という世界にいた先輩と私…
この素晴らしい出会いが、これからの函館を変えて行く原動力となるはずです。
これからも宜しくお願いいたします。洋楽先輩。
僕たちの良きストッパーして
そしてある時は焚きつけ役として
いつも中心にいていただきたいと思います。
そしていつか…
泣かせる人情話を拝聴させてください。
記述 議長ちぃにぃ
追記…いや発見!
【1993年10月 - 真打昇進。昇進公演をエジプトのギザの大スフィンクス前で行った。】
これは凄い!
ウィキペディア(Wikipedia)より拝借
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スフィンクス前って、それは何故。
いや、凄いですけど。
2008/8/20(水) 午前 0:16
ゆまりん。確かに。
凄いけど一応本人に確認をとってみます。。。
2008/8/20(水) 午前 9:16 [ ちぃにぃ ]
良い人とめぐり合いましたね♪
2008/8/21(木) 午後 9:55 [ - ]