HAMの大冒険

函館芸術会議(HAM)の大冒険!!さーて何から始めますか・・・

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昨日の続きか?

イメージ 1
 
前にもこの写真出しましたが
 
これは俺の今住んでいるマンションからの眺望
 
俺が生まれて少しした頃
 
父が独立し工場を建てたところの真後ろに住んでいる感じです
 
ほら、右下に写る白い建物の裏に『三洋漁網』という工場がありまして
 
家族はその工場の2階に住んでおりました。
 
そうです。地元の人ならわかる・・・新しくオープンしたローソンの場所です。
 
ですから、この函館山を望む景色は
 
俺が2歳から4歳の頃に見ていた景色とほとんど同じ
 
4歳の頃の記憶はそれしかないというような景色
 
ただ、そのころの記憶とはかけはなれている
 
何かが足りない
 
もっともっと壮観で鮮やかなものが
 
俺の脳裏には焼き付いているのです。
 
それは・・・
 
無数の大漁旗をはためかせた北洋船団の群れ
 
当時はうちの工場の前の道をはさんですぐそこに
 
波止場がありました。
 
そこにはオホーツク沖や北方領土周辺へ向かう大小さまざまな船が
 
2隻3隻重なって停留していました。
 
その見事なくらい折り重なる色鮮やかなる大漁旗のはためきが
 
まるで函館山に繋がるかのように並ぶ姿が
 
俺の記憶には鮮明に残っているのです。
 
 
記憶が確かならば
 
小1のころ
 
日ソ漁業交渉が始まり
 
その影響で
 
北洋船団は縮小の一途をたどり
 
函館・釧路・根室の基幹基地は
 
都市として暗黒の時代へと突入したのです。
 
 
しかし、函館はエキゾチックな旧跡や素晴らしい夜景を持つ街
 
確か、中学の頃の市長Yさんが
 
『観光都市宣言』なるものを発表し
 
それからすでに30年余
 
 
なにやってたんでしょうね
 
その間・・・
 
 
高校を卒業し15年間を都会で過ごした俺にとって
 
帰ってきたときのわが故郷の寂れ方には
 
愕然とした覚えが今も記憶に新しいのです
 
 
そしてそれから12年
 
 
市民運動を何年かしてきた中で思うことは
 
この街はなにも進歩をしていない
 
ということ
 
 
このような街でも
 
個々で小さな努力を続けている人々はたくさんいる
 
それはわかっています。
 
 
しかし、
 
都市の活性化は
 
その土地で成功している企業の皆さんがなすべきことではないだろうか。
 
そして、それを後押しするのが行政のあるべき姿。
 
 
もっともっと
 
世界に目を向けてもいいと思うのです。
 
もっともっと
 
海外に売り込みに行ってもいいと思うのです。
 
確かにリスクはありますが
 
打って出なければ何もおこらないでしょ?
 
 
函館のものが売れる→企業が儲かる→従業員の給料が上がる→買い物をする→地元のお店が儲かる
 
→みんなで飲みに行く→スナックが儲かる→雇用が進む→自治体に税金がたくさん→公共事業がおこる
 
→土建業が儲かる→たくさんの市民の収入がアップ→また税金がたくさん入る→観光地の整備が進む
 
→観光客が増える→ホテル・旅館・お土産屋さんが儲かる→またまた給料が上がる→お買いものする
 
→行政に余裕が出る→福祉・福利厚生にあてる→素晴らしい街なので人が集まる→税収が増える
 
→市民税が減る→みんなニコニコ笑顔の町・・・・・・・・・・・・・
 
 
そんな
 
『幸せスパイラル』
 
嬉しいじゃないですか
 
本当におこったら。
 
 
月曜日から東京出張してきます。
 
頑張って函館を売り込んできます。
 
 
3月位にはまた中国へ
 
その時も素晴らしい函館の産物を伝えてきます。
 
 
だって本当はすごいんだから
 
函館の潜在能力は
 
このままじゃもったいない
 
 
また写真も少しだけ撮ってきます。
 
それでは
 
 
ちぃにぃ
 
    元町倶楽部じろじろ大学
    冬季集中講座の第3回に少しだけ出演
    お暇なら見てくださいね

函館という街

イメージ 1
 
イメージ 2
 
函館という街に生まれて
 
函館という街で育ち
 
函館という街に帰り12年
 
 
これだけ観光資源や産物にも恵まれているのに
 
行ってみたい街 住みたい街のランキングも上位なのに
 
こんなに元気のない街はみたことがない
 
 
上の写真
 
上海での北海道物産展のタペストリー
 
函館の名前が入っていない・・・
 
ホテルオークラさんと三越さんのタイアップ企画なのだが
 
函館人としてはあまりにも情けなかった
 
 
どうしてなんだろう
 
内向きの力もあまり感じないが
 
外に打って出る力も感じない
 
わからん・・・
 
年間の観光客は海外の旅行者を合わせても
 
500万人をここ数年間下回っている
 
 
国内の北海道物産展は
 
ここ数年でかなり減少
 
 
その決まったパイを
 
市内の業者でこねくり回している状態なのだ
 
 
ある事情筋に聞くと
 
道内のほかの自治体や商工会は
 
大小にかかわらず
 
中国や新興国への進出を
 
今や遅しと狙い
 
どんどん動いているそうだ
 
 
こんなこと書いても
 
函館のみなさんはこんなブログ見てはいませんから
 
どおってことないのですが
 
なんかさみしい感じを受けてしまっているのは
 
俺だけなんでしょうか?
 
 
函館ってね
 
けっこうすごい企業があるんですけどね〜〜〜〜
 
 
ちぃにぃ

16年の黙祷

イメージ 1
 
阪神淡路大震災から16年が経ちました。
 
近代の自然災害として忘れてはならないこの日です。
 
皆さん、
 
犠牲者や被災者の皆様のために黙祷を捧げましょう。
 
 
その日
 
俺はその当時暮らしていた東京の田端という町にあるマンションで目を覚ましました。
 
28歳。鶴田写真事務所という会社で助手兼セカンドカメラマンとして仕事をしていました。
 
朝8時に起床。その頃は渋谷の事務所に10時出勤だったので少し遅い起床。
 
居間に行きテレビをつけてトイレへ・・・
 
ん?テレビ騒がしいな〜
 
トイレから出てきた俺が震撼したのが
 
高速道路が横倒しになっているテレビ画面でした。
 
『ねえ。大変なことになってるよ〜神戸』と俺
 
『あれ〜・・・』と眠い目をこすりながらもテレビに見入る妹
 
 
出かける支度をし、9時過ぎに駒込駅へ向かう
 
お隣のお肉屋さんのお母さんとおはようの挨拶をし
 
関西大変みたいですね・・・なんて声をかけつつ
 
道すがら毎日通過する田端銀座の雰囲気も何かよそよそしい感じがして・・・
 
 
当然ながら東京はいつも通り
 
いつも通りの山手線に乗り渋谷まで
 
でも・・・なんか違う空気がただよう静かな車内に
 
あ〜やっぱりみんな心配してるんだな〜なんて思っていた。
 
 
9時45分過ぎに事務所へ入り
 
留守番電話の点滅に目が行く
 
エアコンのスイッチを入れ、留守電のスイッチを押し
 
コーヒーを入れる準備
 
留守電からは太い声が
 
『APAの○○です。関西支部連絡がつかないから、今日会議やります・・・・・・・・・』
 
テレビをつけると、ヘリに乗ったレポーターの叫び声
 
見入っていると玄関があく音
 
『おーいおはよー。大変だな神戸。どーなった』と鶴田師匠
 
『おはようございます。早いっすね。いや〜わかんないな〜こんなになるもんなんですね・・・』と俺
 
『あ!会長から会議の留守電入ってましたよ』
 
『そうか・・・関西支部大変だよな〜かけてみるわ電話。木村そっちで大阪の○○さんにかけてみて』
 
鶴田師匠は所属する日本広告写真家協会の会長さんに
 
俺はお世話になっている大阪の写真家の事務所に
 
それぞれ電話をかけた。
 
隣の部屋で師匠は繋がったようだ
 
俺のほうは・・・繋がらない・・・3回かけてみたが・・・呼び出し音・・・無音・・・話中の音
 
俺は電話をしている師匠の顔をのぞき首を振る
 
師匠は電話をしながらうなずく
 
 
コーヒーが入ったので、師匠にコーヒーを持っていき
 
俺は向かいのライトテーブルでネガの整理を始めた。テレビを見つつ・・・
 
その日は撮影が無かったので、前年の海外ロケのフィルム整理をするつもりだった
 
しかし・・・気もそぞろとはこのことか
 
 
『木村、俺京橋会館の会議に出るから。電車で行くよ。あと頼むな』
 
『いってらっしゃい。なんかあったら連絡します』
 
 
お昼、その当時付き合っていた彼女から電話
 
『ちょっと。京都の○○さんの家にも会社にも繋がらないんだけど・・・』
 
『あ〜そ〜・・・来週末来るんだったよな〜』
 
二人共通の京都の友人が次の週末に上京する予定だったのだ。
 
『どうしよう・・・』
 
『ホテルか・・・連絡取れてからのほうがいいかもな・・・』
 
その時もう一本の電話が鳴った
 
『ごめん切るよ〜』と俺
 
『とりあえず待ってみるか。それじゃ明日ね』と彼女
 
 
出てみると師匠から
 
『木村。車で京橋会館に来てくれるか。今年の総会の資料もって』
 
『は〜い。京都も繋がらないですよ電話。今出ます〜〜』
 
 
青山通りを走りながら・・・車も少ないななんて思いながら
 
ラジオでは情報が錯そうしているのかさっきから同じことを繰り返している
 
午後1時時点での確認された死者数は
 
約300人だったと記憶している
 
 
京橋会館の会議室に入り、師匠に資料と車のキーを渡し
 
『ラジオでは300人の死者といっています』と報告をしたところ
 
居並ぶ写真家の先生方の間でもどよめきが走った。
 
 
最終的には6000人以上の死者を出すことになるこの震災
 
なにかその日の出来事をダラダラと書き綴ったが
 
今でも忘れずこれだけのことを覚えているということは
 
それだけ衝撃的な出来事だったということだろう。
 
特に、函館ではなく東京という街に暮らしていた当時のこと
 
いろいろな繋がりをもった人もたくさん関西には住んでいたし
 
何よりもこれだけの情報社会の中で
 
国の中枢にいる我々でもほんの少しの情報しか得られないという不安
 
それは恐ろしいことであると感じた。
 
 
現地の被災者の皆さんはもっと怖ろしい日々をおくったことだろう。
 
昨年日本テレビが制作した神戸新聞社を舞台にしたドラマを見ても分かる通り
 
離れている我々も、現地の被災者の皆さんも
 
当時は断片的な情報しか得られないでいたのである。
 
 
あの当時の政府から現在の政府まで
 
このような激甚災害についての情報収集のありかたや
 
災害対策についてはどのようなことが行われてきたのだろう
 
あらゆる観点から照らし合わせれば
 
救助救出や援助などの刷新がはかられていれば
 
同じような災害がおきたとしても
 
救える人の数は多くなるだろうと思うのである。
 
 
なによりも
 
地震大国日本である
 
我々も日頃の備えをおこたらず
 
国全体も備えを強固にしたいものである。
 
 
そのためには
 
この日を風化させることなく
 
毎年必ず黙祷を捧げたい
 
それが被災者の皆さんへの全国民の心であり
 
日本国民の義務ではないかと思います<m(__)m>
 
 
ちぃにぃ
イメージ 1
 
仕事いっぱいなのに連日アップの僕です<m(__)m>
 
毎朝通勤の途中で
 
北大水産学部の前を通過するのですが
 
今朝はなぜか変な渋滞…
 
なんだ?
 
そう、センター試験の学生さんを運ぶ
 
観光バスが3台と自家用車が数台
 
圧雪になってるものだからセンターラインが見えないため
 
北大水産学部の校門前の半端なラインで右折待ちの行列なのでした
 
 
塾か学校が手配したのかわかりませんが
 
過保護もはなはだしい
 
そう考えるのは俺だけかな?
 
 
試験って勝負でしょ?
 
勝負の前って…
 
一人になりたい
 
精神統一したい
 
俺は大学行ってないのでわからないけど
 
写真家って毎日の撮影が試験みたいなものだったから
 
フリーになって現場に向かうときは
 
俺は一人で車を運転して、もしくは電車に乗って
 
イメトレをしたり
 
音楽で景気つけたり・・・
 
 
あ〜そうか〜
 
ⅰPodやウオークマンという手があるのか・・・
 
たしかに今の子たちみんなそうだもんな
 
それにしても気が散んないかな
 
みんなで集合するわけでしょ?
 
ん〜〜〜〜わからん・・・
 
 
集中して音が聞こえなくなることってないですか?みなさん。
 
聞こえてないわけではないのかもしれないけど、気にならなくなることって
 
俺は今でもたまにあります。
 
集中力って個々によって違うんでしょうけど
 
それってすごく大事なことだと思うのです
 
 
つい先日
 
また音が消えました
 
初詣の時
 
久々の集中でした
 
気が付いたとき
 
迷いは消えていました。
 
 
とにかく
 
頑張れ受験生の諸君
 
俺たちの次は
 
君たちの肩に日本は背負われるのだから
 
 
ちぃにぃ
 
写真:銀座の資生堂パーラーのディスプレー
    さすが花椿やな〜
イメージ 1
 
昨日の記事で
 
俺、いけないことをしてしまったのかも・・・
 
幸せは あなたの中に・・・うんぬん・・・
 
この歌が頭の中にあったから飛び出した言葉でした<m(__)m>
 
ス・・・スマン
 
お詫びにみなさんに『シアワセノカケラ』という歌の歌詞をお届けします
 
 
シアワセノカケラ 詩曲:池間史規 歌:岩崎宏美
 
もう疲れたのですか? 嫌になったのですか?
力の限り尽くしたけれど 届かないのですか?
上には上があって 自分の限り知って
望んだ事と 叶った事はあまりに違うから
 
あなたはあなたで がんばったでしょ?
今はそれでいいよ 明日があるから
 
もう泣かないで 涙をふいて
あなたの心は あなたが決める
元気をだして 笑顔をみせて
シアワセノカケラは あなたの中にある
 
忘れたいできごとや 人に言えない事
ひとつやふたつ誰にもあるよ 心配しないで
 
誰のためでなく 自分のために
誇らしく歩ける 道があるから
 
もう泣かないで 涙をふいて
あなたの未来は 輝いている
勇気をもって 歩きはじめよう
シアワセノカケラは あなたの中にある
 
もう泣かないで 涙をふいて
あなたの未来は あなたが決める
勇気をもって 前をみつめて
シアワセノカケラは あなたの中にある
 
 
 
この歌は
 
俺の友達がカラオケでよく歌う曲で
 
またこの歌詞が沁みるのです・・・心に
 
 
最近、俺の周りでも悩んでいる人が多い
 
みんなでこの歌詞をかみしめて
 
元気になろうぜ!!
 
 
そう
 
歌はみんなの友達
 
音楽は世界共通言語
 
アートは全人類の架け橋
 
なのだ
 
 
いい歌でしょ?
 
 
ちぃにぃ
 
写真:九華山でお祈りをする女性です。
    俺もお祈りしてきましたよ。。。

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