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本当にいいライヴだったのだろうか?
俺は今回、不安を抱いた
函館芸術会議の主催ライヴだからと言って
障害というものへのうちだしが強すぎやしないか?
自分が障害者であるからこそ考えてしまう
しかし、昨日のライヴがはねた後
俺はPeachと話し込んだ
ピーチの第一声は
『盛りだくさんなライヴでしたね。でも一番はりぼんでした』
そしてもう一言『なみさんの詩には参りました。何かがありますね。本当に素晴らしい』
後天性の障害とは…何かを失うこと
なみは交通事故によって
俺は27歳の発症時に…
健常時には分かるはずもない、想像することさえできない、
そう、ある面での自由を失ったのである。
それは、障害を持つ身体だけではない
心の強さも、精神の安定も、時間も…
みんなと一緒には遊べない、同じことをしては遊べない…
楽しみさえも、半減するのである。
いや…半分ではない。
もっと多くのものを失うのである。
しかし…
失うばかりではおかしい
何かを失ったものには
必ず失った何かの分を埋めるものが宿るのだと俺は信じている。
そうでなければこの世はおかしい
生きとし生けるものすべては平等のはずである
どんな人間も、死を迎える時にはプラスマイナス0
それがこの世の摂理。
それこそがこの世に生まれ落ちて来た者たちへの最低の条件。
俺は、はたから見れば、この活動を通して何かを企んでいるように思われているであろう。
確かにそう見えるふしもある。それは自分でも認める。
偽善者面に見えることもあるであろう。
傍目はただの汗かきデブ。障害など微塵も感じさせないからである。
30日もいくつかの疑いの目が俺に向けられていたのが感じ取れた。
人の目を見たとたんに人の心の内がほんの少しだけ分かってしまう。
これは長年ファインダーを通して人の目を見て来た自分が
リウマチの発症と共に身につけた能力。
こんなもの無ければどんなに楽か…そう思うときがシバシバある。
タッカが演奏の合間にHAMの紹介をしてくれた。
その時のその人たちの目は、まだ白いままだった。
でも俺は見逃しはしなかった。
ライヴが終わり、俺がアナウンスをしたとたんに
その人たちの目の色が変わったのを。
『…こんなことを言っている僕も障害者なんですけどね…』
この言葉を発した瞬間にである。
人生の勝者だと間違って思い込んでいる者こそ
いつの間にか勘違いを起こしやすい人間と化す
なぜもっと人を信じないのか。なぜもっとナチュラルな目で人を観察できないのか。
人を見た目で判断してしまう…そんな悲しいことをなぜしてしまうのか。
確かに人は見た目だ。
その人となりは、その顔に表れるはずだから。
しかし、その人たちは顔を見たわけではない。
姿を見て判断したのだ。
自分で自分を褒めるのも気恥ずかしいが
俺はこのHAMでの活動を
写真や音楽と同じく、ライフワークとすることを決めた。
俺はそんなに悪い顔に見えますか?
俺はそんなことはないと思うよ。
だってそうじゃなきゃ
障害を持つものが障害者を支援するような団体なんて作るはずがないもの。
だってそうじゃなきゃ
今まで自分の会社のことしか考えなかった地元経営者に骨抜きにされた
こんな情けない状態の函館の街おこしなんか考えないもの。
あの人たちは、人のどこを見ているんだろうね。
顔かな?体形かな?服装かな?
そんなことを考える前にさ
もっと大事なことがあるんじゃない?
俺たちHAMがやっている活動は
本当はなみや俺みたいな障害者が始めることではないんだぜ。
その、人を白い目で見ることしか出来ない目に炎を浮かべて
あなたたちのような健常者が先頭を切ってやらなければいけないことなんだぜ。
こんな街にまでおとしめた今までの役人や政治家、財界人もいけないけれど
その街のぬるま湯に浸かりすぎて腑抜けになっててはもう後がないんだぜ。
危機感を持たなければこの街は潰れてしまう。
もう、夜景やイカじゃないだろ。
新しいことで函館に人を呼ばなきゃならないんじゃない?
そんなことを考え始めるとさ。人の本質を見誤ることはなくなると思うよ。
ま!いいんだけどね。俺たちがやるからさ。
30日、ライヴの前に、盲目の写真家Oさんの写真展を拝見した。
俺はその写真から何かをもらった気がした。
目が見えないはずなのに、なぜこんなにも感じる写真を撮ることが出来るのか。
31日の仕事の後、本町の丸井で
20代の時神経系の病気で倒れたという、俺よりは年上の七宝焼作家と面談した。
ちょっと小太りの40代後半の女性だったが
その眼は生き生きとし、綺麗だった。
何かがやりたいんだ…そう感じた。
ライヴがはねて、ピーチとピーチの大ファンの男性とお話しして
その男性も少しだけ精神的な障害を持っていることを話してくれた。
しかも、HAMの活動に協力を惜しまないと言ってさえくれた。
本当にありがたい。
しかし…非常に寂しくもある。
道南地方ほとんどの家庭で読まれている、北海道新聞『みなみ風』
K記者が心を込めて書いてくださった記事の中に
サポートスタッフ募集のお知らせと俺の携帯番号を載せていただいた。
そこにかかってきた電話の全部が、障害者と病気を持つもの、介護従事者だけである。
一般市民の健常の方からは…何一つ反応が無かった。
どんな土地でもそうかもしれないが、事なかれ主義も甚だしい。
本当に寂しく、本当に悲しい。
30日12時過ぎにクロエを後にし
このむしゃくしゃした気持ちを抑えきれずに
俺は一の妹分の働くお店へと向かった。
彼女は『新聞見た瞬間に、写真に向かってお久しぶり!って言っちゃったよ』
そして『今までこの話は聞いてたけれど、あの姿を見て本当に始めたんだねって分かった。ちぃにぃは口
から出したことは常に実現してきたもんね。あたしも協力するからね。遠慮なく言ってね…』
正直…この活動を始めてから一番うれしい言葉だった。
涙が出そうなのを、大好きな白ワイン
『コルボ・グリチネ』(輸入元:モンテ物産 イタリアシチリア島産)
でかき消し、彼女たちの掛け合い漫才に久しぶりの大笑いをしつつ
ひと時の幸せを味わった。
お店が終わり、俺たちは真夜中の街に出た。
ライヴのハナを飾ったユニット『IK』のN君の働くおしゃれなバーへ…
一の妹分と二の妹分に挟まれ、『マッカラン12年』をロックで…
ライヴ終わりで汗臭いからやめなさい!と言ったのにも関わらず
何故かわからないが…二人は俺にぴったりと寄り添い呑んでくれた。
二人は何かを感じ取ってくれたんだね。。。ありがとう…
今朝も朝ズバ!でやっていた
愛媛県の離島の救急医療問題
松山市の港まで救急医療船で患者を運ぶのだという
その医療船の船長さんは御歳70歳
運ばれる救急患者の多くは高齢者ばかり…
なんという現実なのか
医療船の上は常に70歳以上の人間ばかりになるという。
高齢者が高齢者を助け
障害者が障害者をサポートするこの国の実態
はっきり言う!おかしい!何かが狂っている!
この国を運営する人々の事なかれ主義に
俺は最近のライヴの実情を重ね合わせたのかも知れない。
なんとかしなければいけない。
滅亡は目の前に迫っている。
俺たちは動き出した。
本当に小さな活動だけど
俺は生涯をかけて行くことをここに誓う。
どんな目で見られようとも…
ちぃにぃ
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