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「チグサ」?
歌舞伎町から少し離れた街で、不意に そう呼ばれた気がした。
お日様が高く昇って、
私は「ちぐさ」であることを、忘れかけてた時間に。
私は、通りをぼんやり歩いていた。
中国系の訛りがあるその声に、 確かに聞き覚えがあった。
無視しようかとも、一瞬思った。
でも、数秒経ってから
振り返ってみた。
キャリーバッグにジャケット姿の長身の男。
そのヒトは、確かに昨夜の「ちぐさ」のお客さまだった。
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始めて歌舞伎町の狭いレンタルで会ったとき、
彼は タオルを敷いた簡易ベッドの上に居心地悪そうに座っていた。
「こんばんは。」第一声で、日本人じゃないことに気付いた。
聞けば、在日の方で、しかも最近までアメリカ暮らしをしていたそうな。
つい最近日本に戻って就職して、出張で東京に来たのだと言う。
―ひとりで来たの?歌舞伎町に。
「そう。世界で有名な街だから。来たかった」
―どう?感想は。
「あんまり…映画みたいにスゴくないね(笑)」
―映画の世界とは違うねぇ。 もっと地味でしょ?(笑)
「もっと危ないカンジのほうがワクワクしたのに、残念」
…そんな会話があった。
ロングコースで、更に延長するかしないか散々迷った挙げ句、
彼は「近所」と言う宿に帰って行った。
レンタルからさくら通りに抜ける途中、
「肉まん」と、彼が思い出したように言った。
―肉まん?
「それならすぐ食べられるでしょ、一緒に」
いきなりそう言って手を引き、コンビニに入る。
あいにく、肉まんは売り切れていた。
おにぎりとお茶が手渡された。
「もう、会えないかもしれないから。」
と言う言葉を添えて。
二人で、店の下まで手を繋いで帰った。
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数時間の後、
数メートル先で手を振っているヒト。あの時繋いでた手。
「ああ、やっぱりチグサだあ」
ちょっとびっくりしている私の目の前で、凄く笑顔な彼。
「偶然すぎて凄いね」
本当に偶然だった。
…私が 今朝銀行開く時間まで歌舞伎町にいなかったら、
いや、昨日間に合わなかった振込み手続きを完了してたら、
窓口のお姉さんが親切すぎるぼと時間をかけて説明してくれてなかったら、
もっと遡れば、銀行のカードを紛失してなければ、
そんでもって、今日がいい天気で3停先のバス停まで歩こうとしなければ…
ほんの数分の差で、
私たちはもう「二度と会わない」運命だった。
そして、彼が 昨夜のことなんて 綺麗サッパリ忘れてしまっていたら…
陽射しで溶けそうな私になんて 気付きもしなかっただろな。
重なった偶然と 彼の記憶にバンザイ。
静かな会話の後、路上でハイタッチをして別れた。
素敵な再会と別れだったから、もう 思い出として完結でいいかもしれないけど
ちぐさは まだ
「運命」とやらがある方に、賭けてみたい気がしている。
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