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人と何か共有して乗り越えていくとき、大きくわけて2つ方法がある。 |
OSで出会った言葉
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あるものの価値を測定するという意味を持つ『assessment』に対し |
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はじめに |
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リスクコミュニケーションを考えてみると,
どうしても消せない,過去の自分の作業療法が頭に浮かびます。
1年目の時から,OTよりもPTの先輩に技術を習い,
そのハンドリングの魅力に魅了されていたと感じます。
ボバースと出合い,患者さんが良くなるかならないかはすべて
自分の手の中にあるとさえ感じていました。
患者さんの笑顔も,
患者さんの未来も
みんな自分の手が握っている
本当にそう思っていました。
あの頃は“患者さんのため”という思いに疑いを感じていませんでした。
そのために,
大切な機能回復段階の時期には,
特にBr-stageⅢ〜Ⅳの方など
「手を自分で上げないでください!」
「服を着るときは,できていてもまだ介助してもらってください」
そんなことを平気で言っていました。
粗大運動が上肢の筋緊張に強く影響する時なんかは,
歩行を進めようとするPTと喧嘩になりそうなことだってありました。
昔の私の作業療法には
まったく患者さんの顔が浮かんできません。
だって,患者さんの表情は見ていなかったから。
患者さんがどんなことを望み,
どんなことを私に語ってくれていたか・・・
思い出すことすらできません。
あの頃,
私が担当させていただいてしまった患者さんたちは
どんな思いで私と作業療法をやってくれていたのでしょう。
やりたい事やしなくてはいけない事をじっと我慢したまま,
病院のベッドの上で,ただ 手一つ動かすことすら許可を得なくてはいけない状況なんて
想像しただけでも悲しく,
そんな状況を自分が作っていた過去は
消せないし
しっかり振りかえらないといけないと思う。
あの頃,患者さんが私に
「〜がしたい。」「これをしたらどうだろう」と
自分の感じる問題に自分で答えを探そうとすることを聞くことはできなかった。
そんな風に私がしたのだ。
リスクの焦点を機能面,転倒,障害といった医療リスクのみに当てた時
(これらを医療リスクと言い,Crの生活上にあるリスクを生活リスクと言うそうです。)
そこからはCrの作業の抑制しか見えてこないと感じます。
「転倒が危ないから,トイレは必ず呼んでください」
「自分で勝手に立ってしまうから,抑制ベルトは外せない」
みんな,患者さんをいじめたくてしているのではないんです。
守るため,安全のため・・・・
思いは患者さんに向いています。
でも,その目は医療リスクだけを見つめています。
いま,少しずつ
“なぜ車いすから立つのかな”
“麻痺側を頑張って伸ばして,したかったことは何だろう”
そんな風にCrの起こした行為の先にある,
求めていた生活に目を向けることから
リスクコミュニケーションはCrとOTとで協業できるんだと感じます。
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リスクコミュニケーション
「個人,機関,集団間でのリスク情報や
意見のやり取りの相互作用的過程」
その特徴は
リスクコミュニケーションを送り手と受け取り手の相互作用である。
リスクにさらされる人々に対しては,十分に情報を提供し,その問題に対する理解を深めてもらう。
リスク対応についての意思決定の主体がクライアントにあることを意味する。
N君と幼稚園の先生に出会ったころは,
「自閉症」というN君につけられた障害名に不安を抱き,
走り回ったり,飛び出していくことへどう対応していいか分からず,
幼稚園の門に鍵を閉めていた。
他の子供達のように
N君の成長をはぐくみたい思いと
理解できない不安や心配から行動を抑制せざるおえない中で,
先生たちは大きなジレンマを感じていた。
自閉症の本を買って,講習会に参加して,
先生たちは沢山のことを試したと言っていた。
どれも合わない・・・どれもN君らしくない・・・
そう感じてやめたことを話してくれたのを覚えている。
リスクコミュニケーションで重要なことは
「リスクコミュニケーションの教育」と「クライアントの意思決定への参加」
とされている。
ここには,生活リスクについてクライアントとOTが知識を共有し,
クライアント自身が主体的にそのリスクの問題に対応していけることが重要とされている。
今回,先生たちとリスクコミュニケーションを行えた経験からは
いろいろなことを学ばせていただけたと感じる。
「走り回ったり,決まったこと(おままごとの道具を並べるなど)を必ずして過ごします。
だからみんなと幼稚園の生活を共にすることができないんです。」
先生の悩みのひとつだった。
OTならすぐに答えが出てしまう。
きっと自閉症を知っている(専門知識を持っている)からだろう。
「こだわりですよ」「症状のひとつです」
そんな風に答えを出して自閉症の理解をしてもらうことは
かえって先生たちの作業を抑制していたかもしれない。
「ならしかたがない・・・」
答えが出ないから。
幼稚園の中では“自閉症”“こだわり”“注意障害””身体図式”
子どもたちの行動から教科書の中の言葉は私の頭の中を飛びかっていたけれど
一度も先生の前で使わなかった。
使わないようにしたわけではないけど,
使う必要を感じなかった。
そんなことより,
「みんなと同じ生活を送ってほしいのはなぜですか?」
「同じ生活って例えばどんなことで,そんなときN君がどうしていることに心配を感じますか?」
そんなことを知りたかった。
N君が今している行動が,どういう症状かよりも,
先生がその時どうしてほしいと願っていて,
なぜそうしてほしいのかが重要だから。
OTは
今している問題とする行動を抑制するためではなく,
先生が望む作業を可能にするために来ているから。
私の質問の先には
「お友達と,N君が互いに意識しあい,
仲間意識,参加意識を感じあうことで
学べるものをN君に,お友達に学ばさせてあげたい。」
という先生の思いを知ることができた。
ここには未来があると思う。
学びあえることが重要で,
走り回ることを抑制することが目標ではないから。
リスクコミュニケーション
そのためには,クライアントが何を望み,
それに対し今どんなリスクへの不安を感じているか
それをOTがしっかり知ることから始まるのだと思う。
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