地球環境と食のあり方

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児童文学 −兎の眼ー

「あの晩も流れ星が多かった」
「あの晩いうて」
「先生が生まれてはじめてドロボーした晩や」
「先生がドロボーしたの」
足立先生の前にしゃがみこんでいたみさえはびっくりしていった。
「いまみたいに腹がへって死にそうなときに先生はドロボーをした。みさえ、びっくりしたか」
「うん」
みさえはこっくりうなずいた。
ははは……と足立先生は小さく笑った。
「むりもない」
足立先生はみさえの頭をなでた。
「一日に親ユビぐらいのじゃがいもが5つ。ごはんがそれだけやねんで」
「おなかへったやろ」
「いまみたいに、腹がへって苦しゅうて苦しゅうてかなわんかったナ。先生にもおにいちゃんがおった。みさえのおにいちゃんみたいにええおにいちゃんやった」
純はちょっとてれた。
「先生はそのおにいちゃんとふたりでドロボーにはいった。こっそり倉庫にしのんで大豆やトウモロコシをぬすんだ。こわかったなあ。ドロボーはなん回やっても恐ろしいなァ」
「そんなになん回もしたんか」
四郎がかすれたような声でたずねた。
「先生はドロボーが恐ろしゅうて恐ろしゅうてかなわんかった。だから、4回5回でやめてしもた。先生のおにいちゃんはドロボーが平気やった。なん回もなん回もドロボーしたんやな。きょうだいが7人もいたからツバメがえさをはこぶようになん回もなん回もドロボーしたんやな」
「おまわりさんにつかまらへんかったか」
「つかまったで。なん回もつかまった。けど、なん回もドロボーした。先生のおにいちゃんはとうとう少年院におくられることになってしもうた」
子どもたちは恐ろしそうな顔をした。
「その日、先生のおにいちゃんは死んだ」
足立先生があまりあっさりいったので、子どもたちはしばらくその意味をとりかねていた。
「先生のおにいちゃんは、みさえのおにいちゃんみたいに本を読むのが好きやった。死んだとき、文庫本の『シートン動物記』がボロボロになってポケットにはいとった。なん回も読んだんやろなァ」
足立先生は遠いところを見るような眼をした。
「ドロボーして平気な人間はおらんわいな。先生は一生後悔するような勘ちがいをしとったんや。先生はおにいちゃんの命をたべとったんや。先生はおにいちゃんの命をたべて大きくなったんや」
子どもたちしーんとしている。
「先生だけやない。いまの人はみんな人間の命を食べて生きている。戦争で死んだ人の命をたべて生きている。戦争に反対して殺された人の命をたべて生きている。平気で命を食べている人がいる。苦しそうにたべている人もいる」
足立先生はそういってまた眼をとじた。

児童文学 −兎の眼ー 灰谷健次郎 作 より


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