地球環境と食のあり方

毎日の一つひとつが大切だと感じています…

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

以前にも、書いたことがあると思うのですが、
すべての環境の改善の根本に、何かしらこの『レインボープラン』が参考になるように感じています。
なぜなら、この『レインボープラン』から学ぶ基礎があると感じるからです。

実際に山形の長井市で成功していることなのですが、
それは、市民一人ひとりと農家と行政とが全て循環する仕組みです。

一人ひとりが家庭の生ごみを分別し、その一つひとつを行政が回収して有機堆肥をつくり、
農家はそれをもらい受けて作物をつくる。

生ごみの有機堆肥化には、
長井市9,000世帯の内、ほぼ全世帯の現在約5,000世帯が参加していて、
地域の主婦が中心となり、豊かな有機堆肥なる土に生まれ変わる。
生ごみ分別としては日本一を誇っているそうです。

長井市では、「台所から始まる」という理念の確かさが市民意識を高め、
仕組みの基礎をつくりあげています。
農家ではその有機堆肥を使って安全、安心な作物を育て、
給食(学校給食、幼稚園・保育所等)に、
そして、また元のまちの台所へ戻っていきます。

台所から始まり、学校給食や家庭に戻ってくるといくことは、
保護者の方々と子どもたちを、
「食の道」をとおして、繋ぐことができるからです。

家庭で子どもたちと一緒に取り組んでいくうちに、
自分の行為がどのように、大切な食に繋がっていくのか。
子どもたちなら、
その中からたくさんのことを感じて、学んでくれるとおもうのです。

今の大きな環境をめぐる循環の基礎がここにあるとおもい、
命の源となる食をとおして、
大きな環境にも目を向けていくことができる人材に育ってほしいと願う一人です。

このことは、小さな積み重ねかもしれませんが、
たくさんの人々に伝えることができたら。とおもいました。

被爆したピアノ

「部品を新しくしたら音が変わってしまう。
 歴史を消したくなかったので、ピアノ線もハンマーも
 当時のままに丹念に修理したんだよ」
調律師、矢川光則さんのことばです。

きょうの新聞で、被爆したピアノを守っている矢川さんを、
子どもが訪ねる記事がありました。
昭和7年、日本生まれのアップライトのピアノ。

このピアノは、
中古ピアノを再生させ、施設などに贈る活動の中で
出会ったといいます。

「この楽器は生の音がでるので僕は生き物と思っている。
 初めて見つけたときは、本当に悲しくなったよ」
被爆二世である矢川さんは思ったそうです。
大切にされていたとうかがえる体には点々と残る傷、
「爆風でガラスの破片がいっぱい突き刺さった跡だよ。
 熱線や放射能も浴びたんだ」

そして持ち主から3年前に託されたそうです。
「自分の身に何かあっても、ピアノには生きていてほしい」
と‥。


訪ねた子どもたちは、矢川さんの
「弾いていいよ」
の言葉に、壊れたらと心配しながら、そっと鍵盤に。
優しいけれど、しっかりとした音がでたそうです。
子どもの一人が言いました。
「被爆ピアノの音色は心地よく不思議な感覚でした。
 ひき終わった後、ありがとうと心の中で叫んでいました」



ここにある。と感じました。





(本日の新聞から会話部分をそのまま掲載させていただきました)

おもいを伝えゆく時に

広島原爆の日は、あいにく仕事でしたが
本日、長崎の日は共にすることができました。
あれから63年なんですね。

この日、長崎県立西高等学校の子どもが、進行役を務めていました。
はっきりとした言葉に、
自分の役割の中に、しっかりとしたおもいがあることを感じさせました。

長崎の鐘が鳴り、献水がありました。
その時は3000から4000℃はあっただろうという地表の温度。
水を捧げるのですね。
上空、ほんの500メートル上で炸裂したという魔物の物体。

現在、その時間をともにしていた友人の一言で、
たまたま、建物や防空壕に入っていて被害を免れた被爆者家族の人たち。
自分の今があるのは‥と語ります。
わが国の63年間は、戦争のない平和を保つことができました。
同じ悲しみで苦しまないよう、非核三原則を世界に広めたいと。

福田総理も言ってくれました。
恒久平和を築くため国際社会の先頭に立っていく。と

そして、地元の長崎のたくさんの高校生たち。
その人々から、原爆の話を伝え聴き、
あの日からのメッセージとして自分たちが受け継いで、
世界に伝えなくてはいけないのだと−。



子どもたちよ。
力をつけていってほしい。
何ものにも負けない力を。
自分の求めた正しい道を
つらぬきとおす強いおもいを。
あなたのあなたの求めるおもいは、
ひとりではないのだから。
たくさんの同じおもいが、
あなたたちを必ず守り支えるでしょう。
忘れないで。
今のそのおもいを。

「八月がくるたびに」

小学校の時、新しい図書室になって初めて手にした本。
それは、ちょうど八月。
「八月がくるたびに」
何だろう。

背表紙を引き、手に取ると、
表紙に描かれた絵の強烈さにぷるっとした。

いくつものいくつもの手が
天に向かって伸びていた。
何かを求めていただろうということが
その表紙から感じた。

その絵の印象は、
内容とともにずっと記憶の中に残っていた。


中学校の修学旅行、
行き先は、中国地方。
広島平和記念資料館は行き先だった。

原爆−
なんて恐ろしいものなのか。

頭の中ではわかっているつもりだった。
戦争の話も聞いたことがあった。
でも、これは違う。
これは、
あの時の手だ。
あのたくさん手だ。

なんでこんなことになってしまうのだろう。
どうして、こんなひどいことをするのだろう。
胸のどこかにとげが刺さった気がした。


あれからずっと刺さったまま。
でも、それでいい。
忘れてはいけないことだから。




追記−
「八月がくるたびに」は8月9日長崎でのことになります。
また、現在は当時に見たものとは違ったもので発刊されているとおもいます

インドの話がTVにありました。
企業がインドをビジネス市場として焦点をあてているというのです。
しかも、それは牛の糞を燃料としている本当の自給自足を行っている人々に対して。

一例は、石鹸です。
現在は泥で髪を洗い、手も洗います。
何も問題はないとそこで生活している人は話していました。

なのに、その企業は、学校に入り、紙芝居などを利用して、
石鹸はバイ菌をやっつける正義のように伝え、子どもは家に帰りその話を家族にします。
外部からの情報を受け取る方法のない中、
子どもの学校という貴重な場所での話は、
家庭ではどれだけ重要とおもわれることになるのでしょうか。

そして、女性は収入がないため18歳までに結婚することが多いというのですが、
その女性に販売員という役割を持って収入を得てもらうという仕組みをつくったという。
その女性は、
「収入を得ることができ、自立できる。」
と喜んでいました。

しかし、その石鹸が何たるものかは知らないのですよね。
知る方法もない。
インドの発展途上中の人々のところに、
企業が利益を求めて集中している。
それは、少し前の日本の姿をみるように思えてなりませんでした。
今、知らずに利益のみが、生活の豊かさのみがよいとして走りつづけて、
振り返れば、その豊かさが海を汚し、大切な自然を壊してきた。
それをとり戻すことは、どれだけたいへんなことなのか気づきはじめているのに‥
その悲しみを、インドにも与えてしまうのでしょうか。
美しい大地に広がる、自然豊かな農村地帯。

もちろん生活の不自由はあるでしょう。
インドの中では、得に差が激しいのも理解できます。
だけれども、その中で
この農村を大切に守りゆくことがどれだけ大切なことなのか、
まず、その人々に伝えることが大事なのではないでしょうか。
皆さんの生き方そのものが、
本当は今一番求められている、大切な地球のお手本なんだと。
誇りを持って、このまま続けてほしいと。

どうか、企業のみなさん。
ビジネスチャンスなんて思わないでください。
もう、必要以上の利益を求めるのはやめませんか。

TVに映る、その人は言いました。
このターゲットは25か国あると。
私は恐怖を感じました。


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事