地球環境と食のあり方

毎日の一つひとつが大切だと感じています…

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おもいを伝えゆく時に

広島原爆の日は、あいにく仕事でしたが
本日、長崎の日は共にすることができました。
あれから63年なんですね。

この日、長崎県立西高等学校の子どもが、進行役を務めていました。
はっきりとした言葉に、
自分の役割の中に、しっかりとしたおもいがあることを感じさせました。

長崎の鐘が鳴り、献水がありました。
その時は3000から4000℃はあっただろうという地表の温度。
水を捧げるのですね。
上空、ほんの500メートル上で炸裂したという魔物の物体。

現在、その時間をともにしていた友人の一言で、
たまたま、建物や防空壕に入っていて被害を免れた被爆者家族の人たち。
自分の今があるのは‥と語ります。
わが国の63年間は、戦争のない平和を保つことができました。
同じ悲しみで苦しまないよう、非核三原則を世界に広めたいと。

福田総理も言ってくれました。
恒久平和を築くため国際社会の先頭に立っていく。と

そして、地元の長崎のたくさんの高校生たち。
その人々から、原爆の話を伝え聴き、
あの日からのメッセージとして自分たちが受け継いで、
世界に伝えなくてはいけないのだと−。



子どもたちよ。
力をつけていってほしい。
何ものにも負けない力を。
自分の求めた正しい道を
つらぬきとおす強いおもいを。
あなたのあなたの求めるおもいは、
ひとりではないのだから。
たくさんの同じおもいが、
あなたたちを必ず守り支えるでしょう。
忘れないで。
今のそのおもいを。

「八月がくるたびに」

小学校の時、新しい図書室になって初めて手にした本。
それは、ちょうど八月。
「八月がくるたびに」
何だろう。

背表紙を引き、手に取ると、
表紙に描かれた絵の強烈さにぷるっとした。

いくつものいくつもの手が
天に向かって伸びていた。
何かを求めていただろうということが
その表紙から感じた。

その絵の印象は、
内容とともにずっと記憶の中に残っていた。


中学校の修学旅行、
行き先は、中国地方。
広島平和記念資料館は行き先だった。

原爆−
なんて恐ろしいものなのか。

頭の中ではわかっているつもりだった。
戦争の話も聞いたことがあった。
でも、これは違う。
これは、
あの時の手だ。
あのたくさん手だ。

なんでこんなことになってしまうのだろう。
どうして、こんなひどいことをするのだろう。
胸のどこかにとげが刺さった気がした。


あれからずっと刺さったまま。
でも、それでいい。
忘れてはいけないことだから。




追記−
「八月がくるたびに」は8月9日長崎でのことになります。
また、現在は当時に見たものとは違ったもので発刊されているとおもいます

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