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広島原爆の日は、あいにく仕事でしたが
本日、長崎の日は共にすることができました。
あれから63年なんですね。
この日、長崎県立西高等学校の子どもが、進行役を務めていました。
はっきりとした言葉に、
自分の役割の中に、しっかりとしたおもいがあることを感じさせました。
長崎の鐘が鳴り、献水がありました。
その時は3000から4000℃はあっただろうという地表の温度。
水を捧げるのですね。
上空、ほんの500メートル上で炸裂したという魔物の物体。
現在、その時間をともにしていた友人の一言で、
たまたま、建物や防空壕に入っていて被害を免れた被爆者家族の人たち。
自分の今があるのは‥と語ります。
わが国の63年間は、戦争のない平和を保つことができました。
同じ悲しみで苦しまないよう、非核三原則を世界に広めたいと。
福田総理も言ってくれました。
恒久平和を築くため国際社会の先頭に立っていく。と
そして、地元の長崎のたくさんの高校生たち。
その人々から、原爆の話を伝え聴き、
あの日からのメッセージとして自分たちが受け継いで、
世界に伝えなくてはいけないのだと−。
子どもたちよ。
力をつけていってほしい。
何ものにも負けない力を。
自分の求めた正しい道を
つらぬきとおす強いおもいを。
あなたのあなたの求めるおもいは、
ひとりではないのだから。
たくさんの同じおもいが、
あなたたちを必ず守り支えるでしょう。
忘れないで。
今のそのおもいを。
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