【D52 403 2010年9月7日・平塚市文化センター】両隣町にSLが保存されていることを知ってから3ヶ月、
藤沢市のC11にはすぐ会いに行きましたが、D52は時間が大分空いてしまいました。
今日は仕事が午後休みなので、ようやくD52に会いに行くことができました
平塚市役所の裏手にある文化公園内にひっそりとD52が眠っています。
外観は常に見学可能ですが、周囲を有刺鉄線の生垣に囲まれています。
平塚市博物館のHPで確認をしておきましたが、
博物館に申し出ると
敷地内に入り間近で見学をすることができます
ということで博物館事務所で、
「博物館資料特別利用承認申請書」を提出します。
難しげな名前の書類ですが・・・
名前、住所、人数と見学理由書くだけ
(理由ったって「SLに興味があるから」でOK)
申し込むと、見学のお願いとSLの紹介の書かれた
プリントをもらえます。
「見て・触れて、実感していただく展示をしていますので・・・」
なぁ〜んて書かれているんですが、
ますますうきうきしてきちゃいます
係員の方に案内されいよいよ開錠です
重々しい門扉を開けていただくと後はご自由に!
さあここからはD52を独り占めです
まず開口一番 「でかぁ〜」
特大のボイラーが圧倒的な存在感です
もう引退から41年もたっているのに、SL独特のにおいがまだしっかり残っています
D51と同じ足回りとは到底思えない大きさが、間近に繰ると尚一層大きく感じます
平成20年にアスベスト撤去・囲込み工事を行ったとのことで、
そのときに塗りなおしをされてのか、全体的にきれいな状態で保存されている印象です
それにしても全長21m強ですから、C12が2両分の大きさと考えると
これまたさらに大きさにびっくりします
足回りはペンキがしっかりと塗られてしまっていますが、非常にきれいな状態です。
ただしボイラー下部などは痛みが激しいようで、修復の後が所々見られます。
こちらは敷地外から撮影したもの。
特徴的な斜めに傾いた汽笛が、全体の大きさを物語っています
続いて従輪。
この部分だけ見ても火床も大きく張り出していて
全体の大きさがわかります。
プレート類はすべて木製のレプリカ品が装着されています。
後部から。
テンダー前照灯は取り付けられていませんでした。
テンダーだけでもかなり大きなものなのですが、
撮影するにも敷地内からは収まりきらないので、こちらも敷地外から。
さて続いて機関室へ
特別に開放されるときを除いて
機関室は金網で保護されています。
金網ごしで少々見にくいですが中の様子を・・・
変に塗装をされていなく、各パーツ、コックなどに銅版?の名称プレートも付いている状態で
今にも使えそうな気さえしました
さらに振り返ると・・・
おおきなテンダーが口をあけています。
幼稚園のプールぐらいに余裕でなっちゃいそうな大きさです。
自動給炭機を装備していますので、手前のふたのされている部分がその入口になっています。
機関室下を覗き込むと、自動給炭機が姿を現します
この中にスクリュー上の送りねじが入って石炭が送られていきます。
これを見た瞬間、同じ装備を備えたC61 20の復活が待ち遠しくなってしまいました
機関助手気分で前方を眺めると、ボイラーの大きさ、長さが伝わるでしょうか?
さてここまで回りを何周回ったことか
独り占め状態ですので満遍なくゆっくりと見学できました
そんな中発見したのが・・・
保存車両は多くの場合、盗難防止や安全対策などの理由で、
ボルト類や点検口など溶接などによって固定されてしまっているものばかりなのですが、
この403号機はもちろん塗装を上塗りされてしまっていますが、現役そのままの状態で保管されています。
ということで、点検口などこのように現役さながらにしっかりと稼動する場所がいっぱいありました
こんな様子を見ていると、ちょっと整備しただけで今にも動き出しそうな気がしてきました
毎度おなじみの大好きな構図
横顔を覗くと、前部にデッキが取れないほど大きなボイラーが印象的です
名残惜しいのですが・・・
この辺で今日はこの辺で
お別れです
保存場所・・・神奈川県平塚市浅間町12-41 平塚市文化センター公園内(平塚市博物館)
見学時間・・・午前9時〜午後5時 月曜・年末年始博物館休館(外観は常時見学可)
備 考・・・博物館に申し出ると展示スペース内へ入場できます
昭和20年3月 日立製作所笠戸工場製造 名古屋局配属
昭和20年3月 静岡 配属
(昭和21年3月〜24年5月休車・新製より未使用)
昭和21年5月 浜松 配属
昭和26年9月 米原 配属
昭和27年5月 浜松工場にて装備改善(炭水車D52 378のものと交換)
(昭和29年11月〜昭和30年1月 吹田 借入)
昭和30年11月 岡山 配置
昭和31年6月 沼津 配置
昭和33年9月 浜松工場にて新缶に交換
昭和35年2月 国府津 配置
昭和43年8月 廃車
昭和43年11月 当地にて静態保存
昭和51年10月 当地にて静態保存
《博物館よりいただいた資料より》
D52403号機関車
この機関車は昭和43年6月まで勾配の多い御殿場線で活躍しておりましたが、昭和43年7月1日に同線が電化されたので、その任務を終えスクラップされる運命になりました。これを心配した市内のSLファンや市民の方々、国鉄OBの人達の機関車保存への熱意が実り、昭和44年11月30日に国鉄から平塚市に貸与されることとなり、国府津機関区から横浜ゴムの専用線で運ばれて、この場所に移され展示され現在に及んでおります。
D52型蒸気機関車は昭和18年に設計され第2次大戦末期に量産された大型の貨物用機関車D51の下回りに、さらに大型ボイラーを載せた強力機ですが戦争中のため、資材の節約や工作の簡素化が計られ不備の点が多く昭和26年から大幅な改装を行い、給水温め器が煙突前方に付き、木製の除煙版や、角型の蒸気溜も一般並みになり、自動給炭機を取り付けるなど、すっかり面目を一新しこのような美しい姿に生まれ変わり、主に東海道線、山陽線などで貨物用、勾配用に活躍していた国鉄最大の蒸気機関車です。
この403号機は山口県の日立製作所笠戸工場で昭和20年3月18日に製造された後、昭和27年5月10日に改装されて昭和43年6月末までの走行距離は1,100,097.7㎞でその距離は地球を27周半したことになります。
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こんばんは。
フルパワーのリポートですね。感動しました。
最近のうわべだけのマニアとは違うしっかりした目線。
ばばっちさんは本物です。
実際にこれだけ大切にされているSLは幸せ者です。
多くは朽ち果て・・・名目はアズベスト除去に費用が・・等で消えていく運命ではないでしょうか?
リポートでは実際に可動パーツ類の紹介もあったのですが、
これだけの重量級で長時間使用の実車ですと交換パーツもかなりあったと思われます。
もしくは食いつぶしで他の機体からの流用。
前輪、ロッド等の番号も確認して欲しかった・・と思うのは怒られる要求かもしれませんね。
27年5月の装備改善が特に怪しい?
2010/9/10(金) 午前 0:22
ハイパーセントラル21号さん、コメありがとうございます。
いや〜私なんてまだまだひよこですよ
画像は載せませんでしたが、片側のみですが刻印もちゃんとチェックしてきましたよ。ただ恐らく数回塗り重ねられているようで、車輪は解読不能、主連棒はみつからず、唯一1ヶ所クロスヘッド付近に見つけたのは、ちゃんと52403の刻印でした。
見学のほとんど足まわりの刻印に費やしてましたよ
2010/9/10(金) 午前 7:03
自動給炭機がリアルに動いている所見たいですね。
今日の遠征は真岡でしたっけ?
ご安全に♪
2010/9/11(土) 午前 5:07 [ - ]
みっちゃんさん、コメありがとうございます。
C61の復活を待ち遠しく感じてしまいます。
自動給炭機の動くところは、私も興味深々です
本日は予定通り真岡へ向かいますが、真岡は午後からで、午前中は少々寄り道してから行く予定です。乞うご期待
2010/9/11(土) 午前 5:27
はじめまして。
このきかんしゃは大好きなのですが訪ねた時には柵の中に入らず、再訪したいと思っています。
状態が良いことを知りとてもうれしく思いました。
素晴らしい構図に感動しました。ありがとうございます。
2013/4/21(日) 午後 10:21 [ kayo ]