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東日本大震災の大津波で甚大な被害を受けた気仙沼線。
気仙沼-柳津間は今も不通が続き、鉄路が寸断されたまま。
沿岸部を走る路線だけに、
駅も、線路も、橋も流されてしまった場所も多い中、
少し内陸にそれた高台にあったこの駅は被害を免れた。
でも北も南も寸断された中に取り残された駅は、
いつ戻るかわからぬ列車の到着を静かに待っているようでした。
何の変哲もない地方のローカル駅の風景。
ただ静かなその雰囲気が、寂しさを感じさせる。
輝きを失った茶色いレールが何とも悲しい。
何も変わってはいないだろうそのホームも、
色褪せてしまったような雰囲気が漂っていた。
人も列車も来ない、ホームに、線路には、草の伸びた跡が。
夏にはもっと生茂ってしまうかもしれない。
ただ立っているだけの信号。
早く灯りが灯ってくれることを願いたい。
主役がいなくなった駅には、不通区間を結ぶミヤコーバス。
今は柳津-本吉・本吉-気仙沼を結ぶ乗り換え駅となっている。
そしてこのミヤコーバスも保有車両のうち31台が流失し被災。
全国のバス事業者からの支援を受け、車輛譲渡されている。
右手に止まる青い模様のバスは、明石市営バスからの譲渡車輛で運行されていた。
2012年3月11日 JR気仙沼線・本吉駅
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3.11.東日本大震災
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2011年3月11日14時46分 今も忘れないあの大きな大地の揺れ。
震災直後から現地に出向きたい気持ちがあった反面、
メディアを通してみるその惨状、復興支援に向かった親族から「今は行くな!」と止められた現実、
いろいろと入ってくる情報に、行くことの怖さもあったのが事実。
そして蒸機好きとして、震災当初から頭の片隅にあったC58の存在。
あれから1年の節目。
いよいよ私の足も南三陸の地へ踏み入れる覚悟ができた。
C58を見に行くという動機に、少々心の迷いもあったが被災地へと向かった。
14時46分…鳴り響くサイレンの中C58の前で黙とうを捧げた。
晴れ渡った午後の空が何とも憎らしく見えた。
南三陸町で過ごした復興元年のスタートの日。
そこで見た様子をまた明日からご紹介したいと思います。
2012年3月11日 宮城県本吉郡南三陸町志津川地区
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