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1年が経ちました・・・
ブログのヘッダーはいつもの友人が、シンタローと愛猫たちを中心に作りかえてくれました。
1999年1月15日深夜、愛知県岡崎市民病院の駐車場で出逢った、24キロの青い首輪をした雄犬。 まるで私が飼い主であるかのように最初からおんぶしてきたり、くっついて・・・。本当に不思議な出会い。
写真左が縁したころの凛々しい顔。 先の飼い主さんに情報が届きますように。 最期まで多くの人、ネコたちに愛され郷帰りしたことを! そして、今もいっぱい愛されていることを。
シンタローに縁できたママはどこまでも幸せです。 ありがとう。
去年はいっぱい泣いていたこの時間、今日は笑顔いっぱいであなたの名前を呼びましょう!
「ママのシンタロー♡」
笑顔なのに、涙がいっぱいキーボードに落ちてしまいます・・・
もう1年なんですね。
昨年6月19日の出来事
2013年4月20日 ブロ友アルさん撮影
ブログバナーのシンタローもこの日に撮影していただいたもの。
心から感謝します。
シンタロー、ブログの記事は沢山書けなかったけれど、この1年、結構いろいろなことに頑張ったママでした。 これからも、頑張るね♡ ずっと、ずっと愛してる!
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シンタローの記録
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詳細
コメント(12)
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シンタローブログを今後どうしようか、いろいろ悩みました。
悩んで悩んで、2日に1度のアップを断念しようか、願掛けする必要もなくなり・・・
そして、日付がかわる寸前に決断。
本当は、今日ここで、シンタローと暮らし感じたことをまとめるつもりでしたが、祖母の他界もあり、思うところを書き切る自信がもてず、後日にさせていただくことにします。ごめんなさい。
次回からのタイトルは、『大型犬しんたろう』は、変わらず、サブタイトルを
『が、残したもの・・・生きているからあたたかい』
にすることに決めました。
そして、私の顔写真もアップすることに!不定期になりますが、また、ご訪問いただければ嬉しいです。
2013年6月20日別の友人撮影
火葬扉の前方より撮影
これが、最後の写真になりました(・・・)
ママのシンタローや〜い・・・
かわいいシンタローや〜い・・・
いっぱいありがとうだよ!!!
2013年6月21日いつもの友人撮影
木工芸家で友人の飯見さんよりお花をいただきました
シンタローが居たスペースに今日も美しく咲いています。
花器に使用した湯呑とマグカップは、
液化したドライドッグフードを入れて、シンタローに食べさせた時の器
カメラで写し切れなかった、初めて見た
真ん丸・・・足元にもくっきり表れた二重の虹の一部
いつもの友人が一言
「感動的〜〜」と、はしゃいでおりました・・・あの人らしい。(笑)
私は、祖母に会いに病院に行く準備をしていたのに・・・
途中でホースを持たされ、撮影協力のため上から下まで水浸し!
いつもの友人が、「シンタローブログを読んでいる人の少なくとも2/3は、ちかさんの顔も知っている人たち・・・たぶんね(ニッコリ)」と、言っております。シンタローを散歩している時に声を掛けてくださる方が次々に増えて・・・いっぱい「シンタローくん、頑張ってね!」のエールをいただきました。
早朝ウォーキングをされている方、保育園へお子さんを送迎されるお母さま方、そのお子さんたち、同じ町内の方、近くの病院、公民館に来られた方たち、宅配のお兄さん、お姉さん、早朝新聞配達の方・・・シンタローが元気な時に私や主人の代わりに散歩に行ってくれた友人たち・・・
ブログ上でご縁いただきました皆さまにも多くの応援メッセージを頂戴し、深く感謝申し上げます。
今後のシンタローブログでは、皆さまに私の健康も含め、心配いただかなくてもいいように元気の出る記事を書いて行きたいと思います。・・・しかし、元がかなり真面目なので、また、かたくなりましたらごめんなさい。(笑)
数えで99歳の祖母も、24名の、多くのひ孫たちや遠く県外に住む孫たち、親族たちに見守られる中、6月22日深夜11時21分 潮の満ち引きに合せるように、こちらも穏やかに、幸せな生涯を閉じました。大往生でした。
病院の看護師さんより、「これだけ大勢の方に最期を見届けてもらったしあわせな方はいませんよ。」といわれました。長寿でPPK(ピンピンコロリ)は、残される者にとりましても、『寿』の文字がのこります。
心あたたかく・・・シンタロー、おばあちゃん、ありがとう♡
まだ、私と顔を合わせるだけで涙を浮かべてくださる友人が沢山、沢山います。主人の母も泣いてばかり。笑顔でまいりましょう。 真の 『寿』 なんですから♡
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6月20日の朝の模様は6月19日に修正アップにて書かせていただきました。
シンタロー、こんなのんきな顔で眠っていたんですよ♡
2013年6月20日撮影
やっと熟睡できるんだから起こさんでくれよ
今日は涼しくて本当にいい日だなぁ〜
いつもの友人が撮影
手前左のみの虫くんも巨大で元気でなにより
今から僕主役の式典だ
ピンクは僕のトレードカラー♡
左上に写っている人は葬儀場の僕のお世話役
ママが一番好きな季節の花紫陽花は、きゃべつ姫さまから
胸元の花々はパパのお母さんから
ママが夏花として一番好きな向日葵もちゃんと入っている♡
ママったらこの倍の花を僕のために用意したんだ!
でも背中は僕の自慢だから隠さないで♡立派でしょ?
僕はママが望むように最後までモデル犬ですから
エッヘン、いかが?
いつもの友人が最後まで撮影
ママからの手紙、後から肩の辺りにそっとかけてくれて
以下2枚、掲載をいつもの友人と迷いに迷いました。あまりにも悲しい気持ちに皆さまをさせてしまうのではないかと。でも、私やいつもの友人、主人以外に多くの人に涙いただいた喜び、感謝を伝えたくて、そして、シンタローの本当に最後の姿まで、まるで葬儀場のパンフに載せるモデル犬であるかのように美しくあったことを知っていただきたくて、修正アップの形で掲載に踏み切りました。
この2枚も、しあわせなシンタローの姿です。
友人たちの涙
僕のために泣いてくれてありがとう。
でも、言っておくけど僕は130歳近いんだよ。
みんなもしあわせに長生きしておくれ♡
ご参列いただきました皆さま全員が目が腫れるまで泣いてくださり・・・
シンタローのママとして、大きな大きな喜びでした。
ありがとうございます。
火葬前の最後の姿
モデルの仕事はもうできないけれど、
いろいろなあたたかいものは残したつもり・・・
この葬儀場には複数のお寺さんがいます。
10数年前、ここの機関紙への記事掲載依頼があり、
その際、我が家にいらした方が
今回葬儀をおこなってくださったお寺さんでした。
「あの頃のシンタローくんは若々しい大型犬なのに
本当に人懐っこくて、穏やかで優しい子でしたよね。」
元気な若いこの子を知っている方に送りのお経まで読んでいただけるなんて・・・
本当に最後までラッキーなシンタロー
すみません。この記事もまだ途中です。
シンタローが亡くなったのを知った数多くの友人たちの弔問、メールに電話・・・
車で約1時間の場所で葬儀でしたが、そちらにもご参列いただいた方が4名あり、ご香典もいただいたりして・・・
20日は夜11時ごろまでお花が次々に届きました。22日の今、美しい花々で祭壇は飾られています。シンタローの小屋の中も花、花、花。
記事の完了とリコメを!と思っておりましたら、21日10時半ごろ、97歳の祖母の様子悪く胸水が溜まっていると医師から言われた旨の連絡を受け、午後から病院へ。一目見て・・・老衰による腎機能低下→むくみ、胸水とわかりました。過去危ないと言われたときにいつも連絡があり、アドバイス。それが功を奏したことも幾度か。お嫁さん(叔母)が飛びぬけてあたたかくていい人で、だから祖母はここまで幸せにいきてこられたと、確信する私です。数年前からは寝たきりにはなりましたが、認知症も何もかも完治。前日20日までは、自由に会話することができたのです・・・
今回は、「天寿全うだね、おばあちゃん。もう何もできないけど、苦しまずに逝けるようしてあげよう。大丈夫、もう眠るように逝くから。大往生だから」 としか言えず・・・
私の祖母が生きていたのを知ったのは十数年前。叔父や叔母がいることもしりませんでした。
姉を除いて、私を兄弟と知る者もおらず、3名の弟たちが驚いていました。この葬儀で初めて、一堂に会すことになるのかも。それぞれに仕事を持ち、東京に住んでいるものがほとんどで、個々では会ってはいますが・・・
これから出る症状の説明は、病院からはありません。本当に大往生ですから。私から説明を叔父、叔母にはして・・・どうしてもシンタローと重なるものがあり(涙)・・・ どこまでご飯を食べさせるのか・・・ 昨日私の目の前で、もうあげるのを止めようと叔父が決意・・・配膳されたものをそのまま自らさげに行き・・・ 祖母も旅立ちの準備です。
ここの記事には、まだ別なことを記したい私ですが、こちらも修正アップを繰り返しながら書き終えたいと思います。何度もご訪問いただきますみなさまに、今回もごめんなさい。
まだしばらく寝不足が続きますが、シンタローと皆さまの優しさに包まれて、私は元気です。
みなさま、笑顔、笑顔で♡
でも寂しい気持ちにさせているのは私のブログ・・・すみません!
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このブログのタイトルだけ決めて、気を失うようにして枕も掛布団もかけることなく、シンタローの声がいつも聞こえる事務所にこのところ敷きっぱなしになっていました仮眠するための長クッション上に私は眠っていました・・・
目が覚めますと20日の朝の5時・・・
シンタローの小屋から元気いっぱいにしっぽを振る音が。
激しい腰痛の中飛び起き玄関を出ますと、愛猫美佳が段ボールで爪を研いでいました。
シンタローの蚊帳の中には、いつものシンタローがいつものように眠っています。
蚊帳の外側には蚊がシンタローを狙って、これもいつものように沢山しがみついていて。
午後からは、シンタローの一生に一度の‘葬儀’です。
6月23日のブログで、私がどうしても皆さま聞いていただきたいシンタローとの生活を通して感じましたことを記したいと思います。またぜひご訪問ください。お願い申し上げます。
朝、本当に私はいつものように目が覚めて・・・
違うことと言えば、久々に肌寒く感じたことぐらい・・・とても涼しい朝・・・
このブログが、いつもの友人の手により写真選びも含めアップされておりました。これまで守ってきました最低2日に1度の記事アップ・・・シンタローの長寿を願う‘願掛け’どおりに。
ありがとう!
最期の最後までシンタローは、超ラッキー犬!!
その子と一緒に長きにわたり生活できました私も超ラッキー人間!!
でもね、もっと一緒にいたかった・・・
だけどね、すでに周りがいっぱい心配するほど、ママの身体、限界に来ていたのかもね。
シンタロー、あなたは優しすぎる子だから・・・
最期までママはあなたをいっぱい、いっぱい愛せてハグできて、しあわせでした。
全てにありがとう・・・
これからも愛し続けまするからね。
6月22日午前3時半現在、やっと落ち着いて、大切なシンタローの最期の日の記事が書けそうです。
遅くなりすみません。
2013年6月18日いつもの友人撮影
朝かなりぐったり・・・ 脱水から半昏睡気味の中1回100〜200ccの食事
流動食しか食べられなくなり、
高栄養パウダーを使用していたのですが嫌がるようになって
中身をカリカリのドックフード、サプリ、水に変更。
ミキサーで撹拌。 転んで折れた前歯の隙間にスポイトの先を差し込んで
流し混んでいました
時間をかけての食事後はママもシンタローもぐったり
2013年6月19日いつもの友人最期の撮影
最後の日、朝食は75ccの流動食
6月7日、ついこの間まで食欲旺盛だったシンタローなのに
シンタロー、今日もがんばれの願いを込めての世話
酸素ボンベ・・・1本半使用
過去どれだけ多くの愛犬、愛猫に使用したことか・・・
一時期ほんの数分、酸素レベルを6まであげましたが、
後はレベル4で
6月18日6時半に飛び起きた私。 えっ?こんな時間寝過ぎ!!
と言いましても、本人は何時間寝たのかしっかり記憶はないのですが、2時間以上予定より寝過ぎたのは確か。
シンタローにとっては大切な夜、生死の境目・・・と位置付けていた夜でしたのに寝過ごしたのです。。。
あわてて外へ。 いつもの友人の姿がシンタローの小屋の中に・・・
しかし、もう私以外は全く水も餌もあげられない状態。 いつもの友人ができることは、身体の向きをかえることと
簡単なマッサージ。
私の顔を見るなり真剣な口調で、
「ちかさんを生かしました! 今日(シンタローが)死んだら、私の責任にして!・・・4時間の間に3回、(ママを)呼ぼうとしたのを阻止したから・・・」
ブログや携帯メールで、ありがとうの文字を打つのにさえ所々で寝入ってしまい、30分以上かかていたこの頃。記事アップの‘決定’が眠くてクリックできなくて・・・それに気づいたいつもの友人があわてて23時59分にクリックしたのが2回・・・腰かけますと常に意識が遠のく状態にあった私を見るに見かねて・・・つらい決断をさせてしまいました。
18日にシンタローを死なせる訳にはいかない!そう思った私です。しかし朝一番のシンタローの顔は・・・1枚目の写真のとおり、本当に難しい状態を示していました。
「シンタロー、今日逝ってはだめよ。もう少しだけ頑張って!もう少しだけ」
昼夜シンタローに添い・・・19日の朝を無事迎えることができました。
スポイトで餌を口に入れますと、飲み込まなければと、それは、懸命さが一飲みごとに伝わり、辛い気持ちになりました。しかし、それを止めれば死があるのみ・・・
19日夜18時20分最後の餌を飲ませて・・・この時点で私の気持ちに少し、ステージ前のフラ、タヒチアンダンスの練習時間に今日も遅れそうで焦りの色がありました。
食べさせて5分、ゆっくり体を起こしますと・・・口元から頭にかけてカチカチカチカチと歯の噛みあう音を立て痙攣。手足は他は、穏やかなそのものでしだ・・・胸水が溜まっていたように思います。
すぐに、酸素吸入を開始。レベル6。家の中にいたいつもの友人を呼び最期のお別れのステージへ・・・
「いい子ね、愛してる、縁してくれてありがとう、ママ幸せだった。ありがとう、ありがとう!」このフレーズを何千回、いや何万回言ったでしょう・・・ 1回目の痙攣は15分ぐらい?で収まり2回目の痙攣・・・こちらは1回目より少し長く感じましたが、2回とも実際の分数は全くわかりません。ずっと先の言葉を呪文のように繰り返した私です。
最期は、苦しまず、痛みなく、恐怖心なく・・・
「シンタロー、ママの波動に合わせて!痛みも何もなく眠る中で魂が抜けていく・・・痙攣も起こすことなく静かに静かに深い眠りにつくだけ。魂が肉体から離れれば、全てが楽になり、思うがまま生きられます。合わせて逝くよ。来たところへ帰るだけ。シンタロー、いっぱい愛してる!!」
四つん這いの姿でシンタローの耳元でささやきました。こちらも何度も。その間痙攣も何もありません。呼吸は穏やかそのもの。リズムの乱れも何もありません。いつもの友人がいて、そして、途中8時半近くから、ブロ友であり、リア友でもありますアルさんがいて、3人で涙しながらその時を待ちました。
アルさんはとても不思議な方で、シンタローの写真を何度か撮りにきてくださったのですが、その度に人見知りの激しい邑鹿(ゆうか)が一番に甘えにいったり、人間不信のある真也ももちろん、他の猫たちもみんなアルさんを囲むのです。シンタローもそれは穏やかな表情をみせて・・・何か特別な波動をお持ちなのでしょう。
7時過ぎに、シンタローの状況を簡単に話し、念じてくださいとお願いしたところ、何も言わずにきてくださいました。私が主催します健康・美容のためのボランティア会にも時々参加いただいており、サプリメントから医薬品まで、私よりかなりかなりお若いのに大変詳しい方です。
嘔吐も草を食べて吐く以外はしたことのないシンタロー。
この日もありませんでした。ありがたかった・・・
途中私がシンタローの耳元で、「ねんねんころりよ、おころりよ、シンタローはよい子だ、ねんねしな〜♪」と子守唄をうたいました。どうしてもしてあげたかった・・・眠るように、どこまでも、どこまでも穏やかに、優しい気持ちで旅立ちの時を迎えて欲しかったから。
普通の呼吸・・・ただ一度の乱れもなく・・・
「もう目、みえてないね。意識もないね。」のアルさんの何とも言えない優しい声。
雨音が一気に強くなり・・・
「あれ?シンタロー息していない?」と私。
「少し前からね・・・」といつもの友人。
頭を優しくアルさんに撫でられながら、いつもの友人に背中をさすられながら、ママの泣き声と雨音が一体化する中、本当に理想的な旅立ち、いいえ里帰りをシンタローは致しました。
シンタローありがとう。 平成25年 6月 19日 21時30分 永眠
ついこの間まで自分で歩いて、座って、食欲もあって、私にいっぱい期待を持たせてくれて・・・
なんというPPK(ピンピンコロリ)! ママの願いを全て叶えて、沢山のプレゼントを残して逝ったシンタロー。ママね、これからもっといろんなこと頑張るね。 あなたの最後の自分のためじゃなくて、ママのためだけに生きた頑張りに応えなくっちゃ。 ありがとう、ありがとう、どこまでもありがとう。
落ち込むことなく、感謝の気持ちいっぱいに笑顔で、ホント、いきますよ。
だって・・・最後に信じられない本当の話: シンタローったら18日、19日と2日間はしっぽを若い頃のように振りっぱなし。 「シンタロー」の声だけにもフリフリ。友人たちが来て頭を撫でるとバタバタバタバタ。もう褒めようものならパタパタパタパタパタパタパタパタ・・・ 脱水分痩せていましたがまだ、体重は19キロもあって。 しっぽの付け根は筋肉がしっかりついて、一時細くなり心配した尾も元通り。最期の最後まで見事なモデルスタイル!そして、ママの自慢の愛犬しんたろうだったのだもの。
あの子の穏やかな旅立ちを願っていただいたすべての皆さまにこの場をかりまして、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
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