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大型犬しんたろう〜推定17歳
『が、残したもの・・・生きているからあたたかい』

書庫シンタローと仲間たち

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家の猫たち

2016年10月22日に書いたブログ。忙しくて途中までしか書けず、結局非公開でアップした状態になっておりました。とらまるにゃんさんから我が愛猫たちのことを聞かれましたので、その後の出来事も少し書き足し、本日懐かしの記事をアップします。

2012年10月19日、母の命日から書き始めた愛犬シンタローのブログ。
2日に1度、まだまだ生きて!の祈りの気持ちを込め、どんなに忙しくても更新し続けた大切なブログ。郷帰り後は、シンタローが残しくれたものとして、時々記事を書いておりましたが、あまりにも物事が+αの方向に動き、約10ヶ月のブランクとなってしまいました。

この間のえっ?と思える沢山の出来事は、おいおい書くとしまして、新たに増えました家族を今日はご紹介したいと思います。

先ず、2014年7月に突然我が家の庭に現れた子猫『多喜』のこと。避妊手術を予定していた矢先、目の前の神社の大きなご神木から降りられなくなって丸1日ないていた雄の子猫を保護。首輪をしていてかなり人慣れしていたので、警察に連絡したら、3ヶ月間紛失物として我が家で預かることとなり・・・仮名を「クー」と付けました。以前我が家に居たクウにそっくりでしたから。子ねこのはずが多喜と相性バッチリで、保護中に子どもができ、4匹出産。『和基(かずき)』『和佳(かずよし)』『智和(ともかず)』『三和(みわ)』と名付け順調に大きくなっておりましたが、和佳が事故に遭い、大手術を2度受けることに。先生たちの技術、和佳の生きようとする強い意志と力をしっかりと見せてもらいました...もうボロボロに泣きながら!

我が家の庭に気のウルトラ強い雌猫が捨てられ???子供を多喜の出産1ヶ月前くらいに我が家の倉庫で3匹の子ねこを産みました。子猫たちは1年過ぎても触ることが出来ず、母親は途中私に子猫を預ける形で姿を消しました。お父さんらしき猫は最近頻繁に見ますが、我が家に居座ってはいません。その内1匹がかわいい雌で、クーと多喜の子どもたちの多分、子どもを産みました!そして、生後1ヶ月弱の時に子猫を我が家のリビングに移動させ、なんといっぺんに母親猫(優)含む5匹がまた増えました!(前記事で書いた通り)

2016.10.9
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お母さんの優(ゆう)右と、子猫の大氣(だいき)

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優のお乳をタオル置き場の台で飲む左から
『元氣』『和氣(わき)』『大氣』『光氣』

2015.11.28
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左から、『和佳』『三和』『智和』『和基』父ちゃん『クー』

2015.11.28
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父ちゃんクウに甘える智和
子どもや孫たちの毛づくろいを頻繁にしている。
お母さん猫たちより、ずっと優しさがかわらない・・・
なんとな〜く、老夫婦に可愛がられていた子ではないかと、
クーのことを思う。

2016.3.4
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美猫のママ猫『多喜』

2017.3.10
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風邪をひき炎症をおこした目を自ら掻きだした千寿
左目を失っています。
病院の薬なしで並外れた自己治癒力をみせてもらいました。
早く気付けずごめんなさい・・・

2017.2.17
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多喜の子『三和』
左手が生まれつきとても短くて、内臓器官も足らないものばかり。脱腸に横隔膜ヘルニアに心臓周辺の膜もなし、保護する胸の骨もなし。
生まれた時から他の子の2〜3倍の心臓の動き。数ヶ月のいのちと覚悟しておりましたが無事1年半が過ぎ発情期に入った時、あれだけ可愛がってくれていたクーが一変して、死に追いやろうとして。(涙)
医学の進歩と近くにスーパー外科ドクターがいるから今回助けられたいのち。車の中で心臓を守るために人工膜をつける手術をするまで生活予定の三和です。(現在)


和佳の手術は、横隔膜破裂、内臓が全て心臓、肺の周辺に入り込み、骨盤も大きく損傷という交通事故?に対してのものでした。1週間近く帰宅せず、帰ってきた時足を引きずっておりました。さらに1週間ほどすると足は着くようになっていたものの呼吸がいきなりおかしくなり、病院へ。レントゲンの結果は・・・腹部に腸も何もない状態!
その後の三和の手術は実は、これを上回るものでした。(涙)

多喜も手術で、この1年半、膨大な支出を生じました。この他、本当に愛猫たちに様々なことが起こり、避妊、去勢手術をする予定の費用がなくなり、うつ手が全て遅れる状態に。

猫の習性はたぶん、跡取り(ボスに成りうる)と認められた男子以外は、家を離れなければならず、また、奇形で家に残ろうとする子は、家を守るボスが責任をもって始末する、なんです。過去には、去勢済み同士の雄の間で同じようなことが起こりました。これは、まれだと思いますが・・・。

和佳は本当に2度の大大大手術の後、完璧に元氣になり家を後にしました。年末に和基、智和も家を離れたのですが、1ヶ月後、智和だけが帰ってきました。どうか2匹が無事でありますように、そして、帰って来てくれたらすぐに手術をしたい!と思っています。本当に、不幸になっていたら・・・私の許されない失態!ごめんなさい・・・

2016.12.16
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左上から
智和、和氣、優、クー、光氣、元氣、大氣

2016.6.9
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静香の子で優の兄弟『アトム』
今は、触らせてくれて、時々家の中に居ます。

小ぶりの竹藪や草むら、自由に遊べる倉庫などが敷地内にあります。基本、家の中で生活して、庭で遊びたかったら遊んで欲しいと思い、少し大き目なカエル、トカゲ、虫たちもいる庭を昔、購入。でも、10年間全く交通事故らしきものなんてなかったのに、この2年、近所のノラちゃんも沢山の子が後ろ足を骨盤骨折から引きずっています。我が家でも6匹・・・異常です。

我が家の前の道はもうずっと工事中で車は通れないのに・・・

美佳と邑鹿(ゆうか)の親子、多吉、陽陽、真也(マーヤ)・・・美佳は虫を追いかけて道に飛び出し傷一つなし、亡くなったこともわからない様子でねむっていました。1週間、生き返るかと待ったぐらい死後硬直も腐敗も何も起こらなくて・・・。陽陽は年齢もあったでしょう・・・1年前でした。他の子もシンタローの後を追うようにでした。静香との激しいけんかも原因となった子もありましたが、みんな天寿全うと考えています。みんな穏やかな郷帰りでした。。。静香は、半年に1度、我が家の庭にいます。触り、抱っこもできますが、子猫たちは近づけません。相変わらず強い!

ずっとこのブログを読んでくださっている皆さま、最後に悲しい報告ですみません。余りに多くの変化があり、涙も沢山流したブログお休み期間でした。しかし、みんな私にとんでもないパワーを今でもかけてくれています。それを感じて動ける幸せ、あなたたちのママは、顔晴(れやかに参)るよ♡

前の記事は非公開アップした後、徐々に記事を書きたしアップしましたので、マイページに掲載されなかたかと。お読みいただけたら嬉しいです。
 
小学校に上がる前、すぐそばのお寺でだったか、どこかで
「生きる中には、辛いこと、苦しいことがいっぱいある。『難』といって漢字の意味は・・・中略・・・生きることが難しいと思える『災難』もある。でも、この難があるから人生、命があり、ありがたいんだよ。仏様の心に近づく、わかるというものだから。だから、苦しい時ほど『有り難い』って思いなさい。その分、人の苦しみや辛さがわかるようになるから。強く優しくなれるから・・・」と教えていただいたことがあります。
 
今では、人ではなく、神様から直接教えていただいたかしら?と思いながら、結構難しい話ですが、本当に小さいころから胸に焼き付けて、この言葉に添って生きようとしてきたように思います。手相にもそのまま表れているようで、いつもの友人が、「手相占いってこんなにも当たるんだ〜」とはしゃいでいました。すぐそばで長い間私を見ている人たちから、私の大好きな言葉『あたたかい』が、形容詞として人の前につけていただけるよう、これからも精進してまいりたいと思います。
 
魔法の言葉で有名な五日市剛先生も「ありがとうをどんな時も、どんなに苦しい時も口にしよう」とおっしゃっています。階段からかなりひどく長く落ちていく最中、3年前に脳腫瘍が見つかり「ただちに手術しないと、失明の可能性も、いや今すぐでも危険はある」と突然言われた時も、「有り難い、有り難い」、と自然に唱えていました。ほとんど動揺することもなく。私にとっては、これぐらいは、人生の中で大したことではない部類ですから!?
 
一般的には、『ありがたい』の意味は、難しい、困難の意味ではなく、困難な時に助けていただいたり、願いがかなったときに感謝する言葉の意かと。でも先に書いた‘有り難い’の気持ちを大切にしていきたいと思います。私にとっては‘元気に生ききる力’にもなるものですから。
 
犠牲という字は、‘牛’へん、丑年の人は、楽な道と険しい道があったなら、迷わず険しい道をすすみなさい!と、まあ、大変なアドバイスが書かれた本がありました。埼玉県の竹寺に数回伺い、この言葉を述べた方にも会うことができました。ゴジュウ〜、いろいろとさらにがんばり、仏になるまでに今世でも多くを学びたいと。
 
このところあまりにも災害の多い日本、ニュースで台風関連の映像を見ただけで涙が止まらず、多くの支援が政府、民間からあることを願ってやみません。有り難いと私が頑張れるのは、まだ若く?十分働くことのできる環境だから・・・。でも、ご高齢の方や限界近く頑張っておられる方には、幸せの意味での‘ありがたい’の言葉が出て欲しい!と切に願う私です。
 
 
2013年4月5日撮影
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2001年9月に我が家に子猫で来た真也(マーヤ)と
1999年1月に岡崎市民病院で24キロの大きさで縁したシンタロー
 
2014年7月2日撮影
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左から、千寿、真也、美佳、邑鹿(ゆうか) 
お手洗いに行く度にブラッシングを頼まれる私
たまのたまに、誰も来ないとホッとしたりして。(笑)
 
2014年7月27日いつもの友人撮影
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多喜が来てから老けこんだ真也
急に歳を感じたのか、何か様子が変で、気を配っています。
シンタローが亡くなってからは、以前のように家の中を中心に生活していたのに、
また、外の倉庫にいることが多くなりました。
呼べば相変わらずすぐに来るのですが・・・
 
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猫嫌いな陽陽だったのに・・・
特に真也との相性が悪くとっても怖がっていた子が、
真也とべったり一緒にいたり・・・
何かが起こっています・・・やっぱり真也がちょっと心配 
 
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2001年10月、真也の1ヶ月後に我が家に子ねこで来た陽陽と
真也、今年の7月13日に我が家の子になった多喜
約13才の歳の差
 
2014年8月1日いつもの友人撮影
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 12歳の美佳に9歳の邑鹿
 
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今まで一番年下だった邑鹿と多喜
邑鹿は、今は多喜が嫌い・・・真剣に怒って爪を立てたり叩いたり・・・
多喜はかなり怖がっていますが、元気な子です。
その分、邑鹿のお母さん、美佳を追いかけ回して。(笑) 
 
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いつも優しい怒らない千寿ですが・・・
元気の良すぎる多喜をいっぱい叱っています。
そう、私が人間的に育てなくても、ちゃんと先輩たちが
バランス、猫としての立ち位置を教えてくれるのです。
だから今は、ママの私がすることは、甘えさせてあげること。
もう少し大きくなったら、ちゃんと言葉で
ダメなことや、ママの願いは伝えますね♡
 
2014年8月8日いつもの友人撮影
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オチビちゃんがきてから風邪気味の邑鹿
ストレスで免疫が落ちたのがありありです。(笑) 
 
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 多喜疲れの美佳
 
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今はずっと庭暮らしの陽陽・・・元は室内オンリー猫
 
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本当によく遊び、狩りが大好きな多喜 
 
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この子に熟睡はない! 
 
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今年の春先まで、我が家を駆け回っていたイタチに動きがそっくり・・・
よく、窓から我が家を覗き込むイタチくん(さん)がいて
私が外にでると足元から1mぐらいの所まで来ていました。
最近見ていないなぁ〜
あっ、もちろん肉食の子、手を出したりはしていません。
触って欲しくて多喜になってきたのかしら?
 
ロフトにいると、
「たき〜♡」と優しく呼ぶパパさんの声
「今、私と一緒に上だよ。」
朝一起きてくるとパパさんにも駆け寄る多喜
いつもの友人が来ても。
 
他の子たちのようにお客様にもスッとご挨拶にいける子に
はやくなってくださいね。
ちょっと人見知りを覚えましたが、保育園の子にも抱かれる多喜でした。
 
毎日、本当に100%信用されている!を感じる私。
綿棒の耳掃除も自由にさせてくれて、
先日は柔軟剤のほんの少し残るボトルに前手をつっこみがさがさと・・・
ぬれタオルと乾いたタオルで何度拭いても取りきれずお風呂へ。
ちょっと怖がりましたが、
「大丈夫、ママがいるから。愛しているわ♡」といっておでこにキスしたら
おとなしく仰向けで、浴槽にプカプカ浮いて洗わせてくれました。
今いる子たちでもここまでは・・・
 
多喜も、高齢の真也、陽陽、美佳、千寿、邑鹿も、
みんなありがとう♡
 
猫屋敷と呼ばれていた中古住宅(改装物件)を全く知らずに購入。 前の飼い主さんが餌だけ与えて、避妊、去勢もせず外飼いされていたとか。 引っ越しの際、全ておいていかれて・・・
「抱っこもできない子たちばかりで・・・」と後から直接伺いました。
小さい子、大人のネコさん・・・
一匹ずつ信用を得て抱っこして病院へ。ワクチン接種、血液検査、避妊・去勢手術をしてもらい全部室内飼いに。 我が家の庭が猫捨て場になっては困りますので、かなり無理をし、主人には泣いてもらいました。 新しかったマイホームは、瞬時に・・・。私たちが引っ越して来たら急に次々に猫がいなくなった状況を懸命につくりあげていったのです。 ねこ1匹の一生、きちんと家族として暮らすとどれだけの費用がかかるか、十分知った上での本当に覚悟でした。
 
正直、この家を買わなければ・・・なんて、よく思った私です。
すでに、新婚当初から我が子として4匹の子を家族としていた私。その上、母が急死し残していった愛猫たち3匹・・・。(母が父をおいて亡くならなければ今頃は、岩手県北上市展勝地すぐ近くの住民。私の人生で一番楽しい時をすごしたところかもしれません。自然が輝き、人も交流がいっぱいで輝いていました。そして私は、レザークラフトと民謡舞踊に力をいれていたことでしょう。)
 
主人の実家で数匹のノラちゃんから直接託された子猫も沢山いて・・・実際、子猫を銜えて私の足元まで連れてくるのですから。それを見ていた猫嫌いだったはつえ母は、ネコママの愛を感じ泣いていました。今はもちろん、猫好きです。 里親探しもいっぱいして・・・失語症や病気になって戻される子たちも・・・なんでこうなるのか有名な先生にみていただいたことがあります。「おかあさんのお仕事を助けるために」と言う言葉が返ってきて・・・驚きです。私のことは何もご存じないのに、生前の父や母のこと、私の仕事のこと、しようとしていること・・・本当に見事に全て言い当てられて。その場で私の顔を見つめられただけなのに・・・すごいの一言でした。
 
 
『縁した命』
猫たちも犬たちもどんなに自分が大変な時でも見捨てられなくて・・・
私が独身の頃、家族の知らないところで事件に巻き込まれアルコール依存症になった父(戸籍上養父ですが私の唯一の父)の介護最中に、私の身をあんじた主人が正社員から地域社員に私に内緒でなり、単身赴任先の東京からこちらにもどり購入しましたのが今の家です。
 
いつも一緒に居たはつえ母にも辛さはみせなかった私ですが、つい先日、父の失火で実家が全焼する約2ヶ月前に私が書いた遺書がなぜか置いた覚えのない所からスッと落ちてきて・・・読み直しました。
 
いつも明るい私、他の人に見せる必要もない苦労をわざわざ心配させるために表わす必要もなし♡ 
しかし、あの頃実際は・・・
明日はたぶん目が覚めないだろうと思ったことが何度も何度もあり、その中で夜中薄らぐ意識の中で5回遺書を書いて・・・でもちゃんと目が覚め、ありがたい!今日もがんばろう、と思ったものでした。
 
まだまだ沢山の有り難いが過去にはあり、未来にもあるはず。
なぜ‘今’、昔の忘れかけていた遺言状が届いたのか・・・少し考えながら、お盆を迎えようと思います。
 
 
過去一緒に生活を送ってきた子どもたちはみんな、怪我や病気で痛みがない限り、体調が優れないと私にべったりになってしまいます。 本当に2歳ぐらいの子どものよう。 
そして、その時にいっぱい抱っこをして、できるだけ一緒に時を過ごすようにしますと、体調がよくなってからも、もうそれはそれはくっつき虫・・・
 
洗面台で顔を洗っていれば背中の上に。 料理をしていれば、自然に前からよじ登り肩に手を置き胸元に抱っことなり。 座ればすぐに膝の上、そこから抱っこへ。 歩けばいつも後を追い・・・
 
この2ヶ月半、体重も順調に増え、食欲旺盛で外も走り回るほど腎不全で危なかった子とは思えないほど元気いっぱいな多吉が今もってその状態です。 パソコンに向かい始めてからの50分、もうふわふわのクッションの上に寝せようがブラッシングして眠気を誘おうが何をしても、膝から抱っこへと戻ってきます。 昨日の外出時もウエストポーチをしてから実際に外に出られるまで15分もかかってしまい・・・外で友人二人を待たせていた私は、本当にごめんなさい!でした。
 
私に体力と根性と深い愛情が今朝もあってよかった♡
先に写真アップだけしたこの記事を、どうしてもすぐに書き上げたくて、4時半起きしてスタンバイしたのに、まだ書き出したばかり。 そして、多吉は相変わらず私と一体。
 
私の身体に1日数えられないほどの回数、飛び乗ったり、よじのぼったりする力が十分にある多吉です。 そして、私にだけここのところべったりで、いつもの友人が抱っこをしてもゴロゴロすらなかなか言わない多吉なのに、人からも、周りの猫たちからも大切にされて、幸せな子。 
 
たった今、膝に低反発クッションにふわふわのひざ掛けをかぶせ、その上に私の綿半纏をのせて、多吉の敷き布団にしていたのですが、そこで熟睡してくれましたので、降ろすことができました。 そのまま半纏を少し被せて・・・ 
 
いい子にしていてね。 あっ〜もう6時です。
 
 
2013年4月20日撮影
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男らしくて力強かったシンタローも晩年はママ、ママ、だったよね♡
かわいいシンタローでした。
 
2014年4月13日いつもの友人撮影
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猫ぎらいで、庭猫になっている陽陽
 
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犬猫、人間問わず、誰とでも仲良くできる千寿(せんじゅ)
 
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小さい時は、これほど独占欲の強い子っているの?
私にべったりで、他の猫は全く寄せつけなかった真也(マーヤ)
 
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 美佳母さんが我が家で産み育てた箱入り娘、邑鹿(ゆうか)
 
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とっても甘え上手な、女の子らしい美佳
 
2014年4月14日いつもの友人撮影
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 外を走り回る多吉
私が家に入るとすぐに家の中へ・・・
 
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たまに遠吠えしたくなる・・・
 
2014年4月15日いつもの友人撮影
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 太ったママと1キロ半体重が戻った多吉
多吉の体重アップは、ママの努力のたまもので、私が太ったのは、ただの食べすぎです♡
この半月は、丸くなってもいい時なんで♡
 
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 前日まで2泊3日の台湾で・・・
この日の多吉は、1日中、ママ〜〜〜〜〜
 
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 陽陽と多吉
 
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陽陽はいつも少し離れて
手前左から、美佳、邑鹿
 
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私にくっついていた多吉を加えると我が子全員
手前から真也、邑鹿、美佳、千寿、陽陽
陽陽が一番苦手なのが真也です。 
下2枚は私の撮影
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お陰様でとっても元気です♡感謝
 
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我が家の庭の桐の木
写真下方の保育園に大きな桐の木があります。
種がそこから飛来して、我が家に自生したかと。 
切っても切ってもすぐに立派な木になります。 
深く根を張っているのでしょう・・・柔らかいのに強い木です。
 
 
『3日食べなきゃ7割治る』 船瀬俊介先生著の中に、こう書かれていました。
病気を癒す。治す。その方法は5つあります。
①「少食」、②「笑い」、③「感謝」、④「長息」、⑤「筋トレ」
 
仕事を兼ねてのたった3日の台湾旅行。朝のバイキングは野菜と果物だけにしたものの、見事に食べ過ぎ。他の項目は、日頃と変わらずかそれ以上でしたのに・・・帰国後の3日間は足はもちろんのこと、全身がパンパンにむくみました。水分は、日本での1/3ぐらいに抑えていましたから、原因はやはり食べ物・・・でしょうね。
 
昨日も、限界近く友人たちと楽しく食べて・・・。 バッチリ浅い睡眠となってしまいました。
 
本当に、自分に合った量、質、内容・・・食事はもちろん全てにおいて見直さないといけない時期!年齢?(笑)
と、痛切に感じた4月です。 
 
う〜ん、でもな〜〜〜・・・。 減らす方向に向かわねばと思いつつ・・・大切な姪が中3、週1、家庭教師をもち無料でしてあげたいな〜〜〜と心底思っている私です♡ 5月からのスタートはいかが?♡ ハグハグ♡
 
 
近日中に、知人が考案した素敵などんぐりのストラップ、写真つきの解説書をアップします。
もうあたたかくて、かわいくて、全幼稚園、保育園、小学校に配布したいぐらいです。 お楽しみに。
 
 
シンタローがいた頃一番大きかったのは、多吉。 一日の多くの時間、シンタローのすぐ近くで見張り役をし、野良猫などを一切近づけませんでした。 そして、シンタローが元気だった頃は、大半、家の中に居た子だったのに、彼の散歩コースを1日1回は、パトロールして・・・。 ひとりひとりがしっかりした役割を持って、守ってくれていたように思います。
 
そんなリーダー的存在だった多吉が今は、6匹の猫の中で一番小さい子で甘えん坊。 大切にしてやらねば♡
 
今日の写真は、私が撮影したねこ‘真也の1枚’を除き、全ていつもの友人が撮影したものです。
2013年1月31日撮影
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本当は、シェパードとハスキーミックスのような顔なんですが、
夏にカットしすぎたかしら?♡
 
 
2014年1月16日いつもの友人撮影
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左:母親の美佳 右は子の邑鹿(ゆうか)
この顔の大きさ・・・
ロン毛で大きく見えているだけだったのに・・・一気に中身ずっしり!
 
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食欲はあるけれど、また小さな、軽い猫になった多吉
もう、シンタローの散歩中に子猫で拾ってから12年になるのかしら。
田んぼを3つも4つも離れたところから、突然子猫のなき声。
シンタローを急いで家に連れて帰り、ネコの餌をもって声のする方へ
工事現場・・・水たまりに少し身体が浸かった状態の子猫がいました。
目やにもいっぱいで・・・
他に人影はなし、全力で私を呼んだとしか、今も考えられません。
 
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多吉手前と、シンタローの母親役だった陽陽
陽陽だけが、我が家の子でありながら、猫嫌いで、外で生活しています。
時々家の中に入ってくるのですが、そこでネコの姿を見つけると・・・
「ギャ〜〜〜〜」
とないて、玄関や窓際へ。 完全に人間化した猫ばかりだった頃は、彼女も
完全な家猫だったのに・・・もう、無理なのかしら?
今は、庭猫です。
 
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右、陽陽 と いつもナース役の千寿
 
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電気のいらないあったかマットの上でうとうとする千寿
 
私の撮影 
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いつのまにか9割以上家の中にいる真也
若い頃は、みんなに嫌われて、少しでも近づこうものなら、『シャー!!!』
をされていた真也。 今は布団の上でよくみんなと仲良く猫だんごをしています。
一時期痩せましたが、今は元通り♡
 
2014年1月20日いつもの友人撮影
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あたたかい会事務局(主人の実家)で
喪中の花嫁で嫁いで20年、今はこの仏壇の前で、
本当に多くの友人たちが集います。
私の友人は全てと言っていいほど、事務局長をつとめる
はつえ母の友だちです♡
 
この日の私は、完璧に普段の私。ノーメイクにフリースにお疲れさん♡
いつもの友人の髪を切るために、こちらへ集合。
食事は出ますし、会話もはずむ♡
狭いながらも、どんな時も、誰もがくつろげる、いい空間になっています。
お越しくださいませ♡
 
この写真が、新しく替えたスマホで撮ってもらった初の自分です。
 
 
今日は、もう一つ、午後に健康についての記事をアップする予定。 連続で書くつもりが、少し冷えてきましたのと睡魔で、早く?寝ることにします。 夜は、自主トレのフラもありますし♡
 
久々の猫たちの写真。 お陰様で健康のバロメーターでもある体重の変動はかなりありますものの、みな穏やかに、病院にかかる子もなく、まずまず幸せそうに生活しています。 月末ですが、「忙しい!」と、カリカリすることなく私が過ごさねば。 そうすれば、子どもたちはみな安泰です。(ニッコリ) 
 
全てに感謝します!
 
シンタローが亡くなって半年。 去年の今頃は、私は外で生活を彼と共にしておりましたので、猫たちも当然のごとく外暮らし。 今は、家猫。 私の傍にずっと誰かがいます。 5匹全部がついて回ることも普通。どうやっても離れたがらず、パパさんやいつもの友人が強引に引き離すことも。 ジーンズをよじ登ってきたり、いろんな高い所から飛び降りてきたり・・・、もう10歳を越えた子たちも、毎日人間の2、3歳時なみ。愛され続けて、ネコママ冥利につきます。が、ドアを開けるまで事務所やトイレ、お風呂のドア前でなくのは止めてくれないかしら?
 
いつもの友人が、「もう少しほっといたら、優しすぎ!」と言います。 しかし、私は、みんなに優しいわけで・・・。
 
隙あらば常に抱っこ!の多吉。 浴槽周りを洗っていれば千寿と多吉は「水飲みたい」「おんぶ」と必ず来ますし、お手洗いに入っている間は5ニャンズが抱っこに、いい子いい子のおねだり。 ついでにタンクに落ちる水を飲もうと順番待ち。 食事をしていれば、私の食べるものは何でも食べらえると思いおねだり。 納豆にヨーグルト、柿、玄米ごはん、無塩のトマトジュース、無添加のお味噌まで少量ですが舐めてみたりしています。 私は犬猫でも安心して食べられる状態のものを好んで口にしていますから問題はないようです。 あっ、食事としてきちんと与えているものは、キャットフードのみです。 市販の猫ちゃんのおやつもあげませんし、体調を崩し、食欲がない子の特別食以外は、缶詰も今は与えていません。 添加物が多いものが主流ですから。 
 
どなたかいらした、と、外に出ますと、ぞろぞろと猫専用出入り口から出て来る子供たち。 我が家の状況を知らない方は皆さんびっくりです。 一番困るのが寝床。 私が布団に近づく前は5匹が3箇所に分かれて寝ていたりするのですが、どれだけ気づかれないように布団に入ろうとしても、違う階で寝ている子も集結して、私を中心に、いや私の身体の上でねこ団子をしようとする始末。 遠赤が猫たちが好む温度で敷布団にいれてありますから、私の身体の上にのる必要は全くありませんのに。 20年間、世代が変わっても状況は変わりません。 猫に愛され続ける私です。 
 
睡眠時間が短かったり、熟睡できない状態が続くと、事務所に使用している一室で仮眠。その方が眠れるのですから、絶対に問題です。 結婚した年の春、まだ主人とは結婚なんて考えていない時から猫を飼いはじめて・・・色々な猫との出会いがあり、別れがあり、普通では考えられないようなことをいっぱい経験してきました。 目覚まし代わりに時間を言えば必ず起こしに来てくれる子、テレパシーで私をどこからでも呼び寄せることができる子、旅行先に自由に連れて行って放してもちゃんと集合時間には戻ってくることができる子。1週間でも大丈夫でした。 人以上に気配りができる凄すぎる子も二匹いて・・・またおいおい書かせていただきたいと思います。
 
 
2012年10月26日いつもの友人撮影
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シンタローもちょっと不思議な子でした
 
2013年12月10日いつもの友人撮影
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千寿と美佳
わが家に置いた時から猫の専用椅子に。
冬は太陽の陽射しで日が暮れるまであたたかく、
夏はカーテンを通過する風が心地よく・・・
私が座りたい場所に置いてある、ちょっといい椅子です。
 
2013年12月17日いつもの友人撮影
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陽陽
家猫だったのにね。先の猫たちはみんな人間的で感じが違っていて・・・
猫らしい子が入って外ネコを選択せざるを得なくなった子たちが3匹
ごめんね
でも、風邪もひかずにいつも元気でいてくれてありがとう♡
 
 
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左、12月17日の真也(マーヤ) と 右、12月10日の多吉
12月16日
「多吉、ごはんも食べないし、水も飲まない。数日そんな感じだった。
じっくり診て」
10日には弱っていた多吉。 ハワイアンダンスショーの準備に追われ
子どもたちの世話の多くをいつもの友人に任せてしまい、一番甘えっ子をしていた
この子に異変が。
外の毛布が敷いてカバーのある箱の中にうずくまり、低体温症に・・・
シンタローが生きていた頃は、一番体が大きく縄張りパトロールもしていた子・・・
慌てて1.5リットルのペットボトル3本に60度のお湯を入れ温めて、
助かりました。親の私が少し目を離した隙に、簡単に危ない状態になるんですもの。
シンタローが低体温になった時にもいつも回復させてくれたこの安全湯たんぽ・・・
人の自己免疫を上げるには、
寝ている時に、二の腕、太ももの近くに置くと良いようです。
あと1日ショーが後でしたら、取り返しがつかないことになっていた気がします。
今は、いつもの多吉です。
 
2013年12月23日撮影
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白いレースのカーテンから太陽の美しい陽射し
邑鹿(ゆうか)の意識はどこに?
 
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レンズの奥の乱反射でも遊んでみました。
 
2013年12月24日撮影
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次の日、
捕まえてみました。(笑)
 フラのショーも終わり短い爪になっています。
 
 
一緒に寝たら元気になった多吉。 一緒に寝たら疲れた私・・・多吉だけと言うわけにもいかず。 一度、彼を事務所に連れて来て一緒に寝ようとしたのですが、ドアの所でずっと千寿がないていて、お互いが落ち着けずだめでした。
 
寂しかったり、緊張したり、ストレスがかかり続けますと体温が下がるよう。 あまりにも起きている間中落ち着きのない私でしたから、堪えたのでしょう。 ごめんね、多吉。
 
 
今日、以前書きました、女性の大切な部分に携帯カイロ・・・「あしの痛みが数日のカイロでどんどん軽減されてきて」、「むくみが消えた」、「寒くなくなった」、「疲れなくなった」、「足がいつもポカポカしている」・・・などの喜びの声をいただきました。
「みんなに『絶対女性ならすべきよ!』と伝えているの」、と言っていただいた方も。嬉しかったです。 私が以前から時々していたアンチエージングの取り組みの一つがお役に立てているようで♡
 
多吉の命を救ったもの、ペットボトルに入れたあたたかいお湯。 私の友人たちを助けているのもあたたかいカイロ・・・昨日は健康相談を6名の方から受けました。全て、冷えを伴うコリが原因になっていた感じです。 深呼吸していただきながら温めて、優しく擦っただけで、痛みなく肩があがったり、歩けたり♡ 少し背中に触れることにより血の気のひいたお顔がスッとピンクに変わった時には、なんとも言えない幸せな気持ちに私がなりました。寝起きには、あたたかい白湯などを飲んでスタートしてまいりましょう。 
 
年末、何かと忙しい時期ですが、体調を崩されませんように♡ 
本日もご訪問、誠にありがとうございました。
 

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