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一昨日に続いてこちらを御覧下さい。
昨日から,ある方の投稿にコメント返しをしていました。
その方は,羊牧場を営んでいます。
エサは近隣農家さんから
分けてもらっていたり、
広い牧場で放し飼いしています。
この方が
羊の肉を販売しているのですが
飼育から販売の経緯は分かりません。
で、
最終的に人間は動物の命を頂いて生きている、、
畜産は立派な職業です。
と言われました。
私は言いたいことがまだありましたが、
生き方、考え方,価値観の違いで、
これ以上の議論は無駄と考えコメントを返すことを
やめました。
そこで
改めて自分の考えなりをここで,発信することにしました。
まず、
「家畜の肉を食べなければ生きていけない」という、、
この捉え方には二通り、
そのまま,
①肉を食べなければ体が維持出来ない。
そして
②畜産を仕事にしなければ、生活が維持出来ない。
人間は,特に日本人は古来から現在まで穀物を摂って生命を維持してきました。
肉を食べなければ生命が維持出来ない,,ということはありません。
戦後、
欧米文化が入って来て,食文化も変りました。
肉食、パン食、牛乳、、これらは経済発展と言われながら、
欧米文化プロパガンダで精神的にも肉体的にも,退化させる隠れた意図があったようで、
(その他に化学物質等の使用も人口削減に利用していると言う)
肉食推進は栄養学に必ず必要なものとして挙っています。
私の自然食を学んだことから言えば
肉食は特に日本人には異質なものであり,分解、循環系等に負担がかかり
また,血液を汚し,酸性体質にして,成人病慢性病の要因のひとつ。
殺生は仏教,道徳にも反し、動物は殺される時に悪物質を発生させるということや、
怨念となって,人間に悪影響を与えていく、、性格が攻撃的になっていくそうです。
そして、
グルメ志向もあり,経済優先と言う人間の傲慢で
その飼育も生命をも人間がコントロールしていきます。
冒頭に挙げた大量飼育の大量屠殺の様は,見るに耐えません。
そして,そのような環境のなかで働く人の異常性か虐待も、、
動物は苦しくても死を選ぶことは出来ません。
この様は
戦場にいる,動くものは敵と見なして殺せ!という状況に通じるものがあります。
人間同士でも動物と人間も等しく与えられた命、
その寿命はわれわれ人間が決めるものではありません。
天寿全うが宇宙天地自然の摂理です。
天寿全うした動物の命を感謝して頂く,,というのは理解出来ますが
殺生して食することは、,例え感謝、,と言ってもそれは心からの感謝になるでしょうか?
その感謝の心があるなら元々殺生する事にためらいがあると思います。
肉食は,飢餓状況の場合を別として人間には必要不可欠なものではありません。
むしろ,無い方が自然なことと思います。
それから
生計維持のための畜産であれば、
この方の場合、羊ですから羊の一生を羊毛を売るということが出来るのであり
生命の途中で「ラム」にすることや,潰して(殺して)肉を売る,ということを
せずと羊さんから恩恵を頂くことが出来ると思います。
窮状に陥ったとして、
羊毛摂るために飼育する人に売るとか,,いろんな方法はあると思います。
この方は,別に仕事を持ってい手,資産もあるようですが、、。
経済内情はどうかは分かりませんから、私の勝手な期待です。
確かにこの牧場は羊にはいい環境です。
このまま、
羊さんが天寿全うまで飼うというのであれば
その心意気に共感することで、
遠方ながらまた行きたい,,と思うでしょう。
デモ、
やはり引っかかってしまうのです。
等しく頂いた命、,殺生、,,,どうしても戦争を思い浮かべてしまいます。
イラクの,パレスチナの子供達、惨状、
動物を虐待、殺生、,そのそこに流れるものは同じだと思います。
戦争反対するということは全ての生き物を護りたいということ。
人間を愛する,,人類の命を護る、,それは自然を守る事であり,動物と共存共栄すること、、
どうしてもそのイメージが出来ない人は立場を逆にしてみると
よくわかるかも知れません。
牛や馬は、農耕のためその昔は人間の片腕として寝食を共にして来たのです。
戦後,そして近年は人間の欲望のために量産させられ行きたまま皮を剥がれ、潰され、
地獄の虐待をされ、、
自分から肉食はやめようと思います。
殺生が無ければ、畜産は立派な職業だと思いますが、
出来れば自然農、自然循環型社会で,動物も人間も仲良く暮らせる,,という社会が私の理想です。
かわうちちかちゃん
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