「エリートは前線に行かず、
戦争を美化する。十分な検証が無くては、
同じような過ちを繰り返してしまう」
by保阪正康
特攻70年:「神風」犠牲4000人 9機に1機だった命中率
2014年10月24日
毎日新聞
70年前の
1944年
10月25日、
日本海軍の
「神風特別攻撃隊」が
フィリピン沖海戦で
米海軍艦艇に
初めて突入した。
生還を許さない
航空特攻の始まりで、
終戦までの戦死者は
約4000人ともされる。
この体当たり攻撃の効果を、
大本営は「9機に1機の命中率」
と冷徹に試算。
「大型艦に対しては
致命的打撃威力を発揮できない」
との査定も下していた。
ノンフィクション作家の
保阪正康さん(74)は
「特攻は日本の恥部。
美化することは、
それを命じた
軍当局と変わらない」と指弾する。
旧防衛庁防衛研修所戦史室が
編さんした「戦史叢書」によると、
沖縄戦(1945年3〜6月)
での戦果を基に、
海軍は終戦間近に
特攻機の予期命中率を算出。
対機動部隊で9分の1(約11%)、
対上陸船団で6分の1(約17%)
と見積もったという。
特攻作戦が始まった
フィリピン沖海戦時は約27%としており、
実際の命中率は大幅に低下していた。
このことは
▽搭乗員の練度の低下
▽航空機材の品質低下
▽米海軍の対策向上−−などが影響している。
零式艦上戦闘機(ゼロ戦)を
はじめとする日本機の
弱点は防弾性能の低さにあり、
生還率に直結した。
開戦当初のベテラン搭乗員の
半数以上は44年前半までに戦死。
45年3月時点で、
主力航空部隊の搭乗員
(偵察員を含む)計2661人のうち、
技量未熟で錬成が必要な
「技量D」の搭乗員は
4割超にものぼった。
最高速500キロを
超えるゼロ戦であっても、
特攻用に爆装をすれば
性能低下は避けられない。
最高速200〜300キロ程度の
練習機や偵察機となれば、
なおさらだった。
米軍艦艇の警戒レーダーに探知され、
米艦載機の統制された迎撃を受け、
未熟な搭乗員と劣悪な機材では
被撃墜率が高まるのは当然だった。
命中しても、上部構造物の
破壊だけでは大型軍艦は通常沈没しない。
大本営海軍参謀部が
「現有特攻機の装備と攻撃法では
貫徹力不十分」と認識しながらも、
特攻出撃は終戦の日まで繰り返された。
航空特攻で撃沈された
連合軍の正規空母、
戦艦、巡洋艦はゼロ。
「『海軍のバカヤロー』と叫び、
突入した隊員もいる」。
保阪さんは自身の
取材に基づいた秘話を明かす。
隊員を思うと涙を禁じ得ず、
軍司令官や参謀らには怒りを感じるという。
「エリートは前線に行かず、
戦争を美化する。十分な検証が無くては、
同じような過ちを繰り返してしまう」
と警鐘を鳴らす。