|
あまりにも全てが予定通りだったため、予定より3日も早い6月8日にチベットを離れることに。イミグレが混む前にということでネパール時間の朝4時起床、5時半にはホテルを出る。いよいよチベットとお別れと思うと、ランクルの中、 涙がじわり。ニャラムから急激に2,000mの世界へ。視界には急に緑が増えて、どんどんとチベットが遠ざかる。
7時過ぎにはイミグレ前に到着。ここでドライバーさんとはお別れ。本当に2週間弱、よく走ってくれた。言葉はほとんど通じなかったけど、いい人たちだったなと思う。ありがとう!楽しい旅でしたと、ハグハグをして別れる。彼らとはもう2度と会う機会はないかもしれないけど、でも、元気で生きていてほしいなと心から思う。生きていくことだけでも、大変な場所だから、(体力的にも政治的にも)本当に本当に心から祈る。
私たちはあちこちでお経あげたり、湖で沐浴するちょっとへんな日本人のグループだったから、彼らにとって、もしかしたら記憶に残るゲストだったかもしれないけど、さてどうだろう?シーズンともなれば毎日、毎日、あの高原の道をゲストを乗せて走っているのだろう、この人たちは…。
そして中国のイミグレを再びくぐる。くる時は、私たちとインド人グループだけしか見かけなかったイミグレだけど、今日は欧米人の個人旅行者らしい人がちらほら、そして日本人3人組、あとはやっぱりインド人大団体様だ。出国手続きまでは全てチベタンガイドが取り仕切ってくれる。彼らはイミグレの向こう側まで行き来することができる。
本当にありがとう、クンクン!楽しいチベットの旅でした。お遍路チームもみなそれぞれクンクンと記念撮影とさよならのハグハグ。私もばっちり一緒に撮ってもらいました!さようなら、ありがとう!またいつかどこかで会えることがあるのだろうか?もっともっとチベットの暮らしについて、文化について、信仰について聞きたいことがたくさんだったけど、次があるなら、もちっと、私も勉強してから来ます!だから、頑張って!「チベットは、世界の流れから取り残されてしまって、どうしようもない状態にはまっている」とあの日悲しそうな顔で話した君のことを忘れないよ。
「たいてのチベット人は一生の間に生まれたところから500キロの範囲を越える事がないまま人生を終える。女性の場合は100キロの範囲内の人も少なくない。でも、あなたたちはこうして遠くからここまでこれて幸せだ」と語る君の心にあきらめのような、羨望のような、複雑な気持ちがちらりと、見えた。でもね、その気になれば世界一周だってできる私が言うのもなんだけど、移動できる距離と幸福度は必ずしも比例はしないのだよ。人はそれぞれの立ち位置で、幸せになることができるし、そして、誰にでも自分の立ち位置でできることがあり、自分の立ち位置でしなければならないこともある。きっとあなたの歩いている道は私の歩いている道よりも険しく厳しいのだろうけれど、決して、決して、諦めないで。希望を常に持って生きてね!そう伝えたかったけど、あいにく私の英語力はそこまではない。それが一番もどかしい。
そして空気の濃い世界へと再び私は戻ってきた。チベットから戻ったネパールは、まったりと空気が濃く、そしてのんびりとした雰囲気がただよっている。チベットに感じられたようなある種の緊張感みたいなものはここにはない。ああ、ネパールはなんのかんのいっても平和な国なのだと思う。
コダリからの道はくねくねででこぼこでカトマンズから迎えにきたバスのエンジンは登りだとスピードがでない。そうそう、これがネパールだ。対向車がだんだんと増え、たくさんの人、たくさんの車、たくさんの家、たくさんの畑、たくさんの色、なにもかもが突然たくさんで圧倒される。国境のあちらとこちら、ほんの50キロの北と南でなんと世界はこうも違うのだろう。どっちがいいとか悪いとかではなく、同じこの瞬間に生きている私たちの毎日は、生きている場所でなんと違うのだろうと改めて思う。そんな広い世界の中で、一緒に旅を共にできた人々のご縁に感謝。そして旅のつかの間の間ではあったけど、出会い、時を共にした現地の人々に感謝。この旅に出るきっかけを下さった方々に感謝、この旅に出る事に賛成してサポートしてくれた家族に感謝。そして、チベットの大地に感謝。ありがとう。そしてまた会う日まで。
|