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8月29日(月)晴れ
朝晩幾分涼しくなったとはいえ、日中は30℃を越える真夏日。まだ夏の曲を紹介してもいいだろう。
前に午後はバッハのゴルトベルク変奏曲(弦楽版)を聴きながらシエスタ(お昼寝)しましょ!といいましたが、そのお昼寝の夢の中に出てくるような曲が、今日紹介するシューベルトの八重奏曲です。
彼の室内楽としては最大の規模のもので、編成はバイオリン2、ビオラ、チェロそれぞれ1に、コントラバス、クラリネット、ファゴット、ホルン各1。
編成も大きいが、長さも長い。室内楽ながら有に1時間にならんとする長さだ。いったいにシューベルトの曲は当時(ロマン派初期)としては長い。交響曲8(9)番は「天国的長さ」(シューマン)と言われ、その他にも弦楽五重奏曲、弦楽四重奏曲第15番など…。
シューベルトの曲の長さという点にこだわると、それがシューベルトという作曲家の魅力であり、本質につながる話なので、それこそ長い長ーいお話になってしまう。
なのでここでは簡潔にいうが、ハイドンが作り、ベートーベンが完成させたソナタ形式という曲の作り方によって、いくつかの旋律が浮かんだだけで、ソナタ形式という型にはめて作れば、一つの作品ができる。ベートーベン、ブラームスなどの作品の多くはそうやって作られた。
しかしシューベルトは違う。彼の脳裏には次から次へと魅惑的な旋律が浮かび、彼はそれを書き留めるのに精一杯。ソナタ形式に頼らぬとも有に一曲分の長さの作品ができてしまう。
しかも彼は浮かんできた旋律を愛し、慈しみ、それを繰り返し繰り返し飽きるまで弾き続け、さらにその主題をいくつにも変奏し、もうこれでいいや、というところで曲を閉じる。全部がそうではないが、そう考えた方が良さそうな作品がたくさんある。
(タイプはまったく違うが、同じ考えで曲を長く長−く作っていったのがブルックナーだと思う。シューベルトは実はブルックナーの直接の先駆者なのだ。)
さてこの曲をシューベルトが作った経緯は、実は彼が尊敬するベートーベンが遺した七重奏曲に匹敵する曲を書こうとしたからだ。
勿論ベートーベンの七重奏曲(当時この曲はウィーンでは知らぬ者がないと言われた程、流行った曲だった)のような曲を書いてくれ、という依頼があったからなのだが、6楽章であること、さらにその構成まで殆どそっくりに近い。意識してそうしたのだ。
今、両者を聴き比べると、シューベルトの八重奏曲の方が曲として断然素晴らしい(と私は思う)。「青は藍より出でて藍より青し」である。
第1楽章。アダージョの序奏からアレグロの主部へ。曲に推進力があり、室内楽というよりは交響曲風だ。しかし今聴いているコレギウム・アウレウムの演奏では、いつものドイツ、キルハイムにあるフッガー城、糸杉の間の残響豊かな空間に、ナチュラルホルンや1790年モデルのクラリネットの鄙びた音色が響きわたり、夏の午後の物憂く、けだるい雰囲気をいや増す。何だか自分が寝ているのか、起きているのか分からなくなってくる。
第2楽章アダージョ。鄙びた音色のクラリネットの息の長い主題が続く。物憂いモノローグが何かを想い出させる。そうだ、モーツァルトのクラリネット五重奏曲の第2楽章だ。夢見るようなクラリネットの音色が心地よく、本当に寝てしまいそうだ。あっ!最初から寝てたのか。
クラリネットにからむチェロの音も素晴らしい。1760年製のニコラ・ガグリアーノを弾くのは第1チェロ奏者ルドルフ・マンダルカ。当時専門家の間ではマンダルカこそ世界一のチェリストという意見も多かったという。しかし彼は個人プレーヤーの道を選ばず、コレギウム・アウレウムのアンサンブルを選んだのだ。
第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチェ。スケルツォの楽章でこの曲の中では最も短いが、最も印象に残る。その躍動感、楽器たちの夢見る音色ゆえに。
第4楽章アンダンテ。もしかしたらこの楽章がこの曲のハイライトかも知れない。緩徐楽章だが、主題と7つの変奏とコーダから成る。
ちょうど以前紹介した、歌曲「ます」の旋律を主題とした五重奏曲「ます」の第4楽章をイメージしてもらえばよい。主題(テーマ)は、自作のジングシュピール(歌芝居)「ザラマンカの友人たち」から採った、いかにもシューベルトらしい美しいメロディ。この楽章こそロマンティック度全開だ。
次々といろいろな楽器が受け継いで、七つの変奏が続くのだが、やはりチェロとクラリネットがからむ第4変奏が、自分的には一番好きだ。
主題と変奏。theme and variation. 初めにも書いたが、シューベルトの音楽には「ます」のように変奏曲の楽章の曲というのが、結構あり、それが彼の作品が長い一つの理由になっている。
でも私には彼が変奏曲を好むのが良く分かるような気がする。なぜなら主題(テーマ)と変奏(ヴァリエーション)とは人生そのものだから。「人生は変奏曲だ。」
私は思うのです。人間ってその一生の中で、様々な展開の中で、年代ごとに変化しているようでいて、実は生まれついた時からの、物心ついた頃の自分と全然変わっていないのではないか。
変化しているように見えて、成長しているように見えて、一生を通じて変わらない核(コア)のようなものを抱き続けているのではないか。その変わらない主題(テーマ)が、ただ変奏曲(ヴァリエーション)となって、様々な形になって現れたにすぎないのではないかと。
「三つ子の魂、百まで」といいますが、年を重ねるにつれて変貌している、あるいは成長していると自分では思っているその深部では、生まれてきた時と変わらないテーマがいつも通奏低音のように鳴り響いている…。
もしかしたらシューベルトという人は28歳という生涯の中で、そのことを分かっていたのではないかなって、ふとそんなことを思うのです。
第5楽章メヌエット。夢見るようなクラリネットの音色。ホルンの音はまるで彼岸、あるいは天国から聞こえてくるようだ。
第6楽章フィナーレは、アンダンテ・モルトのドラマティックな序奏から快活なアレグロへ。小粋なフィナーレのフレージングが、この曲がウィーンの街の空気の中で生まれてきたことを改めて感じさせる。
全体を通して、夢見るような曲想、音色が、真夏のけだるい白昼夢のBGMのような印象を僕にもたらしたのでしょうか。
演奏は、できればこれもコレギウム・アウレウムのもので聴いてみてほしいのです。録音も1978年と彼等としては比較的新しい部類に入るし、昨年、廉価版CDとして再販されたので、お求め安くなったのではないでしょうか。
先輩のベートーベンの七重奏曲がカップリング、というのがご愛嬌ですね。(Bmg ジャパン BVCD38054 )
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>シューベルトは実はブルックナーの直接の先駆者なのだ。この意見に賛成です。私も、《ザ・グレート》や《未完成》なんかを聴いていて、「ブルックナーみたいだな」と感じ、研究者に質問したことがあります。その人は、ブルックナーやシューベルトの専門家ではないので、詳しいことはわからないといいながらも、「ブルックナーがシューベルトの影響を受けた可能性はかなり高い」といっていました。
2005/8/30(火) 午前 10:47
お昼寝にゴールドベルク。。。よさそう。今度シューベルト試してみます〜〜〜〜。シューベルトはピアノ曲もこの季節に冷房かけてうたたねするのにむいていそうですよね。でも8重奏に挑戦してみます。
2005/8/30(火) 午前 10:55
かろやんさん、共鳴していただけて嬉しいです。ブルックナーはソナタ形式を究極まで窮めたとも言われますが、自分の気に入った旋律、主題を続けたいだけ続けて、ある所でパタッと止めてしまい、全然違う旋律を平気でまた始める。これが案外ブルックナー休符の正体ではないかな?
2005/8/31(水) 午後 8:16
Franさん、はじめまして。確かにシューベルトのピアノ曲もいいかも。こちらはピアノ・ソナタは13番位しか知らないので、これから挑戦して、お昼寝に合う曲を探してみます。
2005/8/31(水) 午後 8:20
私もそうおもいます。ちょっとポイントをはずしてしまいますが、あえていうと、山を描きたいだけ描いたら、森を描き、そうして次の風景に移っていくという感じでしょうか。
2005/8/31(水) 午後 11:52
どちらかと言うと室内楽の好きなクララなので、この中ではバッハかな。あと、残暑が厳しい昼下がりは、クラブサン組曲なども涼しくなります。クラブサン(ハープシコード)ってなんだか音が涼しげで好きです♪
2005/9/3(土) 午前 8:32
かろやんさん、そうそう、そういう感じ!だから何というか、心の感じるままに作曲するというか。ブルックナーって写真は大抵じいさん、爺さんしたものが多いんだけど、無邪気な子どものまんまという感じがしますね。あっ、ブルックナー休符はブルックナー休止の間違いでした。訂正します。
2005/9/3(土) 午前 11:17
クララさん、前のバッハのヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタもやっぱりチェンバロ(クラブサン)の伴奏だからこそ涼しげですよね。クラブサン組曲ではクープランのレコードをたまに聴きます。(BMGジャパン BVCD-38023)
2005/9/3(土) 午前 11:29
2006年の梅雨は長かったですね。関東は8月に入ってようやく梅雨があけました。今度は暑い夏が待ってました。季節のいい時にこのシューベルトは聴きたいです。TBさせて頂きます。
2006/8/14(月) 午後 3:40
JUNOZAさん、TBありがとうございました。その記事にもコメントしたんですが、僕が「信州の8月の暑いけだるい昼下がりに聴きたい」と感じた曲をJUNOZAさんは「(きっと東京の)5月の太陽のような暖かい音楽」と感じたとしたら、もしかしたらこの曲から感じる体感温度というものがきっと同じなのかなぁって思ってますが、どうでしょうか?
2006/8/14(月) 午後 7:50