クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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9月15日(木)晴れ(最高気温25℃)

 関西のふじさんから、関西も今日から秋になったよ、というコメントをいただきました。

 松本も昨日までの残暑が嘘のように、朝夕は少し肌寒く、昼間の最高気温も25℃!

 前回からの続きで言うならば、残暑の中、庭を吹き抜ける「風」によって、人はまず秋の到来を知る。
その後、何回かの雨(大抵この時季の雨は野分、つまり台風による雨)の日を経て、ある日ふと気づくのです。道端の、既に満開になっている秋桜のかたまりの影が長く道路に伸びている。その影が薄く、弱くなっていることに。

 それは真夏のような暑さのあるうちは気が付かないのですが、ちょっと涼しくなると、影が薄く、言い換えれば陽の光が弱くなっていることに気づく。考えてみれば当然です。太陽が最も高い位置にあったのは6月の末。それからもう3ヶ月近く経つのです。陽は傾き、ものの影は長くなり、そして薄くなっている。

 いつの季節もそう。自然は日一日と少しずつ季節を変えている。それを何日かして人は、ある時ハッと気づく。その繰り返しです。

 でもほかの時に比べて、夏から秋への季節の変化がひときわ印象深いのは何故でしょうか。

 それは人生で言えば、ちょうど青春の時期を過ぎて中年にさしかかる時のような、あるいは人生の上り坂の時期が終わって、これからは下り坂になるんだということを初めて自覚した日のような、淋しさ、悲哀、大げさにいえば衝撃を伴うものだからでしょうか。

 「風」によって秋の到来を知り、「影」の薄さによって秋の深まりを実感する、そんな今頃の季節にぴったりだと思う音楽が、今日ご紹介するモーツァルトの弦楽四重奏曲第14番です。

 モーツァルトの弦楽四重奏曲は全部で23曲あるが、その中でこの14番から始まり、19番「不協和音」(5/28付で紹介)に終わる6曲は「ハイドン・セット」と呼ばれ、この分野の彼の作品群の中の最高峰であることはよく知られている。

 (20番以降の作品が悪いという訳ではない。この6曲の完成度が飛びぬけて高いのだ。その点20番以降はちょっと枯れすぎている。要するにピークを過ぎた感じがしてしまうのだ。しかしそれはそれでその枯れた感じを、たとえば11月の晩秋に味わうのも一興!)


 また季節感という点では、シューベルトの弦楽四重奏曲が、ちょうど3月の春先のBGMに8番あたりが相応しく、1曲ごとにまるで季節の深まりに合わせるかのように、順を追うごとに作品が充実し、最後の15番が4月の終わり頃に似つかわしい。作品の充実と季節の深まりがパラレルになっているように、モーツァルトの弦楽四重奏(SQ)は丁度その逆。

 つまり14番が秋の始まりの曲だとすると、15番、16番…と順を追うごとに季節は深まり、最後の22番、23番あたりは晩秋のすすき野、枯れ野に似合ったどんどんシブい曲になっていると言えませんか?

 閑話休題。ハイドン・セットというあだ名は、モーツァルトがこれらのSQを作るに当たり、このジャンルを確立し、100以上のSQを遺したハイドンのそれを徹底的に研究し、主題(テーマ)同士の緊密な構成感を獲得するに至ったことを、ハイドンに感謝し、これ等6曲の傑作群を感動的な献呈の辞とともにハイドンに捧げたという、有名なエピソードに由来する。

 この14番。4楽章全てが魅力的だ。

 第1楽章。アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイ(非常に生き生きと速く)。不意に始まる第1主題。揺り籠に揺られるようなシンコペーションと極端なまでの強弱の波が印象的で、一度聴いたら忘れられない人懐っこい第2主題。そうとは気づかぬほどの転調の妙。

 第2楽章。メヌエット。異例なほどの長く壮大なメヌエット。ここでも半音階とシンコペーションのテクニックが、絶妙に駆使され、極めて多彩な表現となっている。

 第3楽章。アンダンテ・カンタービレ。モーツァルトらしい優雅さを湛えた、美しい緩徐楽章。この楽章に限らないが、モーツァルトの音楽の最大の美点は、転調の妙。長調の曲があっという間に短調になり、また気づかぬ速さで長調に戻る。例えていえば、旧軽井沢の別荘地域の森を車で駆け抜ける時の、陽の光が木洩れ日となって照らしたり遮られたりを、瞬く間に何度も繰り返す感じだろうか。

 モーツァルトほど目にも止まらぬ速さで、長調から短調へ、短調から長調へ。最短距離、最短時間で転調できる作曲家は他にいない。だから冗長という言葉とはまるで無縁な、淀みのないきわめて自然な流れの音楽になるのだ。

 そしてたとえばこの曲のどの楽章を取っても、それは長調なのに、なぜか哀しくなる。微笑みの目元にうっすらと涙が光っているような。この曲が秋という季節を連想させるのは、その辺りなのだろうか。

 第4楽章。冒頭の4声のフーガは、あの「ジュピター」フィナーレ冒頭の、感動的なまでに完璧なフーガを誰の耳にも想起させる。この曲を作る直前、ウィーンでモーツァルトはある男爵のもとでバッハの音楽を知るという「バッハ体験」と呼ぶに相応しい経験を積んだという。

 モーツァルトその人の中から、湧くように出てくるコケティッシュな旋律。そこへバッハの崇高な対位法と、ハイドンから学んだ緊密なソナタ形式の融合という、それはまさに鬼に金棒の書法を彼が自分のものとした瞬間だったのである。

 演奏は、LPではアルバン・ベルク四重奏団の1977年録音の旧盤を愛聴しています。(K17C-8318)アルバン・ベルクは1987〜1990年にかけてEMIに新録音を残し(TOCE-9001)、完成度からいってそちらがベスト盤の誉れ高いのですが、旧盤の若々しい躍動的な演奏も捨てがたいところ。

 CDは、廉価盤(1000円)のベルリン弦楽四重奏団のもの(TKCC-15279)を主に車の中で流していますが、個人的にはこれで十分満足して聴いています。このシリーズ、ジャケットのフェルメールの絵も魅力の一つですね。


 

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今日の夜明け、また一段と強くなった冷たさが、腕を刺しました。でもまだ日中暑いので半袖です。しかしアルプスに囲まれておられるというのは、ホントにうらやましい!僕はここ数年、秋の訪れの寂しさは「アルプスの峰々の春は終わってしまったか・・・」ということですから。来年の夏こそは久々にアルプスを訪れますよ。/ところで14番は「ハイドンQ」で一番好きですけど、それと同じくらい23番が好きです。このカップリングのブランディスQ盤はお気に入りです!

2005/9/17(土) 午後 1:50 zar*th*s*rafu*i 返信する

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ブランディスSQ盤は名盤のようですね。あちこちで名前を聞きます。僕にとってプロシャ王セットなど20番以降は、もっと肌寒く、空気が透明になったような時季のイメージがあります。Pf協奏曲でいうと27番のような。今度23番聴いてみます。

2005/9/23(金) 午後 11:05 gustav 返信する

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