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4月5日(火)晴れ
今日は二十四節気の清明。万物発して清浄明潔となる。急に春めいて来る頃。事実今日は松本でも最高温度が20度。しかし朝の最低気温は何とマイナス3度!まさに春と冬が同居している。
信州のそんな早春の夜に聴きたくなるのが、シューベルトの室内曲、とりわけバイオリン・ソナタである。
クラシック音楽の作曲家でも、モーツァルトのように1年中聴きたい、季節をあまり選ばない音楽家もあれば、この季節になるとどうしても聴きたくなる人もいる。
シューベルトはその典型。4月といえばシューベルト。(ちなみに5月はシューマン、6月の作曲家というとメンデルスゾーンというのが、私の印象なのですが)いずれにしても19世紀ロマン派前期の音楽に春を感じる。
そのうちシューベルトが4月というより早春のイメージなのは、やはり彼の音楽がロマンティックなだけではなく、優しく、甘く夢見るようで、そしてなんとなく素朴で実直、田舎っぽいところがあるからでしょうか。
シャイで引っ込み思案で、女性にも奥手で、ハンガリーエステルハージ家の娘の家庭教師として仕え、身分違いの彼女に思いを寄せながら、その家の使用人の女との交渉で、梅毒にかかって最後は腸チフスで若死にしてしまった彼の人柄を表すかのように。
さてシューベルトのバイオリン・ソナタは「ソナチネ」または(ピアノとバイオリンのための)「二重奏曲」と呼ばれる4曲があるが、いずれもこの季節にふさわしい。
何やらなまめかしい、艶っぽい春の宵に聴いてみたい佳品である。バイオリンはあくまで控えめに優しく、憧れに満ちた想いを語り、ピアノはその想いを受け止めながらも、静かにたしなめるよう、諭すように品を保っている。
シューベルトの憧れに満ちた想いとは、誰に対してのものだろう?どんな女性?しかしこれらの曲がシューベルト19歳、20歳の作品であることを思う時、18歳の彼のある演奏会に行った日の日記の一説に注目せざるをえない。
「1816年6月14日、今日という日は僕の一生を通じて、明るく澄み渡った美しい日として残るだろう。…まだ僕の耳にはモーツァルトの音楽が、不思議なこだまのような音を遠くから伝えてくる。なんと力強くまた優しく、シュレジンガーの奏でるバイオリンが心に深く滲みわたったことか。
…おおモーツァルト、不滅のモーツァルト!こんなに明るく、より良い生命の刻印をどんなにたくさん、限りなくたくさん我々の心に与えてくれたことだろう。…」
シューベルトの憧れに満ちた想い、それは天才モーツァルトの音楽への崇拝にも似た憧憬だったのではなかっただろうか。
演奏はやはりアルテュール・グリュミオーのバイオリンとロベール・ヴェイロン=ラクロワのピアノによる1971年のものをおすすめします。(LP: PHILIPS 13PC−254)
CDでは最近手に入れたシモン・ゴールドベルク(vn)とラドゥ・ルプー(Pf)の外盤(DECCA 466 748-2)をよく聴いています。
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