クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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10月28日(金)晴れ

 今日は一日気持ちの良い秋晴れだった。天気図を見ると、移動性の高気圧が本州のど真ん中(ってことはこの松本の上あたり?)にいて、ほぼ全国中快晴だったようだ。

 午前中はむしろ寒気の入りを示すうろこ雲や、天女の衣のように美しく透き通った様々なすじ雲が目を楽しませてくれていたが、お昼くらいからはそれらの雲もなくなり、一面真っ青な空に。

 そしてそのスカイ・ブルーを背景に、里山の木々が、そしてまちなかの街路樹がいよいよ黄葉(紅葉)してきた。

 正直言うと、今年の黄葉はそれほど綺麗ではない。残暑のせいか、あるいは9月の雨の少なさか、黄葉(紅葉)する前に茶色くなってしまった葉や、枯れてしまった木も多い。

 それでもケヤキなどの落葉広葉樹の黄色、桜の葉の赤茶っぽい微妙な色合いが、これからしばらく楽しめそうだ。(いちょうの黄葉はバナナの幹のように青みがかっていてまだまだ。)

 読んでいてお気づきでしょうが、私はどちらかというと紅葉よりは黄葉の方が好きだ。鮮やかな黄色の方がより秋の青空に映えるような気がするからだ。

 今までで一番鮮やかな黄葉だったと思うのは、結婚したての年の10月に車で行った北八ヶ岳、白駒池に行く途中、佐久側の池の平牧場と地図にあるあたりの一面の白樺林。背景の青空にそれはまさに絵のような美しさだった。

 白樺の木はその幹が白くまだらな筋になっている分、また葉の付き方から他の黄葉の木よりも爽やかな感じがする。カラマツの針のような細かい黄葉も、固まりで見るととてもみごとだ。

     経(たて)もなく緯(ぬき)も定めず少女(をとめ)らが織れる黄葉(もみじ)に霜な降りねそ

 万葉集に登場する中で私が最も愛する人物、大津皇子(おおつのみこ)は詠う。彼もまた黄葉を愛したのだろうか。

 さて秋の青空の下、あざやかな黄葉の風景にぴったりだなぁと思うのが、ブラームスの第3シンフォニーだ。

 「慎重居士」ブラームスが生涯に遺した交響曲はたったの4つ。しかしそれらは推敲に推敲を重ねて(2番だけは例外的に一気呵成に作られたのだが)世に送り出されただけにすべて珠玉の名作だ。(現在のところ私の好きな順でいうと、3>2>1>4というところ)

 よくブラームスの交響曲が少ないのは1番が21年かかって作られたように、先輩ベートーベンを意識し過ぎたからだと言われるが、最近私は、師シューマンの交響曲が4つだったからではないかと考えるようになった。

 先日『吉田秀和作曲家論集5 ブラームス』(音楽之友社)を新たに買って読んでみた。そしてブラームスという一人の音楽家にとってシューマン夫妻という存在が、彼の生涯を通していかに大きな存在であり続けたかということを再認識させられた。

 20歳でシューマン夫妻に会い、ブラームスの音楽家(作曲家)としての輝かしい人生が始まり、と同時にそれからわずか半年後に起きたシューマンの投身自殺未遂事件。これがその後のブラームスの男としての人生と彼の作品に決定的な呪縛と影を投げかけてしまったということを。

 端的にいえば、彼は生涯シューマンの妻クララ(とその形代(かたしろ)の愛の対象となった女性たち)を愛し続けながら、いわば「シューマンの呪い」から彼女(だけでなく彼女の代わりに愛した女性たちすべて)への愛を成就させることができず、その結果その代償として生まれたのがブラームスの作品群なのだ。

 この曲をブラームスが作曲したのは彼が50歳の時。この時も彼はクララの形代としての4番目の女性、ヘルミーネ・シュピースという26歳の暖かい豊かな声を持ったアルト歌手に恋をしていた。

 「二人は父と娘ほど年齢が違っていたが、ブラームスの故郷ハンブルクあたりでは二人が早晩結婚するのではないかとさえ考えられていたくらい親しくつきあった」(吉田秀和)という。

 しかし無論この恋も成就されない。クララへの想い、シュピースへの情熱、そしてそれへの諦念、諦観。それらがこの曲のあちこちから聴こえてくるようだ。またこの頃の作品からブラームスの旋律に一段と豊麗甘美な趣が加わったといわれる。

 一方でこの交響曲は「ブラームスのエロイカ」と呼ばれるほど、男性的な豪快さと情熱のほとばしりが感じられながら、一面で大変なナイーヴさ、そして諦めの感情、そこから生まれる優しさにあふれている。

 その理由の一つはこの3番が4つの交響曲の中では実は最も編成が小さいということで、事実聴いているとまるで「室内楽」かと思うほど、内声部がクリアーに透けて見える。

 また出だしこそいきなりオーケストラの全奏で曲は始まるが、全4楽章がすべて静かに曲を閉じるのも、4つの彼の交響曲の中ではこの曲だけであり、世間一般ではブラームスの最も地味な交響曲として受け止められているかもしれない。

 しかし、それがいい。男の純情、男の哀愁、男の諦観…に満ちあふれている。男ってこんなにもロマンティックで、おセンチで、めめしいものなの?と訝る方に、特に女性の方には、「そうなんです」と開き直るしかない。

 その極致が第3楽章ポコ・アレグレット。フランソワーズ・サガンの小説『ブラームスはお好き?』が映画化された時の映画音楽に使われていることは有名だ。

 特に3度目の主旋律をホルンが吹くところ(CDだと3:50前後)では、ブラームスの感極まった男泣き、すすり泣きのように聴こえ、こちらも思わずもらい泣きしそうだ。

 しかしこの曲の魅力はもっと地味な第2楽章、第4楽章にもある。ともに静かに消え入るように曲は閉じる。

 特に第4楽章の最後は、秋の穏やかな一日の終わりに、西の山々へ静かに沈んでいく落日の太陽を描写したようであり、学生の頃奥秩父に登った折りに見た、あざやかなオレンジ色に燃えた夕陽が消え入るように山に落ちていった様を、この曲を聴くといつも想い出す。

 また第1楽章も、激しい第1主題が一段落したあと第2主題が静かに出てくるところで(CDでは1:35前後)フルートが聴こえるか聴こえないかほどの弱音で、蟋蟀(こおろぎ)の鳴き声のような単調な和音を奏で、旋律に合わせているのが聞こえてくるのも好きだ。

 その音はまるで昼間鳴く蟋蟀のようで、か細くもの哀しい。そういえば中国ではこおろぎは絡緯といい、「緯」すなわち横糸を「絡」紡ぐ。つまり秋になり寒くなって、そろそろ冬着の支度にかかるよう、機織りを促すように鳴き始めるという。

 ブラームスは中国の言葉など知る由もなかったろうがこの曲は、やがて来る冬の厳しさに備えよと鳴く蟋蟀のように、聴く者に人生の秋、黄昏の自覚を迫る、身につまされるも哀しいほど美しい音楽である。

  演奏はLP、CDともにクルト・ザンデルリンク指揮ドレスデン国立管弦楽団。(LP:日本コロンビア OC-7286-K CD:DENON COCO-70492)

 ザンデルリンクの指揮は、先ほども言ったこの曲の室内楽的な側面をよくとらえ、各内声部がきれいに浮かび上がってくる。何より音が色彩にあふれ美しい。

 1972年ドレスデン、ルカ教会の録音。残響が豊かでホルンが、フルートが、各楽器の音がいぶし銀のように渋く光り、とても暖かく、厚みがある。

 このオケの音はいつもそうだ。ヨッフム、ブロムシュテット、スイトナーどのレコードからもドレスデン管しか出せない音を出す。さすが創立450年、世界最古の伝統の力である。

 LP、CDともに余白に収められた「ハイドンの主題による変奏曲」もすばらしい名演だ。

 もう1枚持っているのはカール・ベーム指揮ウィーン・フィル1975年の演奏。(GRAMMOPHON MG-1130)意外なことにこちらの方が音が素朴で地味に聴こえる。残響が少ないせいか、ポツポツ、ゴツゴツした音の印象だ。

 しかしなかなかこれという決定盤に出会えないこの3番の数々の演奏、レコードを、買って聴いては手放し、買っては手放して手元に残った最後の2枚のうちの1枚のことだけはある。

 素朴で武骨な、決して流麗とはいえない音にもかかわらず、ベームの男っぽさ、ガッツが感じられる、文字通り「渋い」演奏である。
 
 

 

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前田昭雄だったか、「ブラームスにはなぜ4曲しか交響曲がないのだろう。もっとあればよいのに」といわれたら、「シューマンをこえる数の交響曲を書くのは不遜とおもったんだよ」とこたえる、という話がありますが、それをおもいだしました。でも、もっともっと、交響曲を残してほしかったですね。私も、ザンデルリンクとベームがお気に入りです。ひさしぶりに趣味があったので、ほっとしました(笑)。

2005/10/29(土) 午後 1:16 kal*s*974

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かろやん(と、また呼んでしまいました)、趣味が合わんて「マタイ」と「メサイア」だけじゃないですか。後は結構趣味合っとるなと思ってブログ読んでますよ。(迷惑、かな?)

2005/10/29(土) 午後 6:48 gustav

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そういわれれば、そうですね。迷惑だなんて、とんでもない。光栄です。

2005/10/29(土) 午後 11:01 kal*s*974

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こちらこそ。

2005/10/30(日) 午前 11:24 gustav

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中国語で「絡緯」というのは知りませんでした。「蟋蟀」と呼ぶことが多いので。調べてみたら「絡緯」のほかにも「紡織娘」という言い方もあるようでした。ブラームスの話からそれてしまいましたね、すみません。

2005/10/31(月) 午前 11:11 you

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「紡織娘」というのは知りませんでしたね。まぁ「絡緯」と同じニュアンスですね。日本の季節感、中国(漢字)の表現力、そして西欧のクラシック音楽。それぞれいいとこ取りして秋を楽しみましょう。

2005/10/31(月) 午後 7:35 gustav

ブラームスの交響曲はまだ聴いたことがないのですが、バイオリン協奏曲なはちょっと悲しい切ないメロディですが、すごくきれいなメロディだったなぁと思いました。きっとこれもそんな感じなのでしょうか・・・。

2005/10/31(月) 午後 9:31 [ さら ]

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日本、中国の詩心とクラシックを結びつけるのは、相変わらずイキで良いですね。またまた日本が懐かしくなっちゃいます(^^)。こおろぎは、映画・ラストエンペラーのラストシーンにあるように、中国では親しまれている虫ですから、古くには多くの字があったらしいですね。古漢語の時代には、おそらく細かい種類を区別して書き分けていたのでしょう。パリじゃ虫の声は聞こえないなあ・・・。

2005/10/31(月) 午後 9:42 [ nakkun ]

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saraさん、3番はまず第3楽章を聴いてみて下さい。それでいいなぁと思ったら好きになれると思います。これからの季節ブラームスのバイオリン協奏曲やピアノ協奏曲第2番が合う季節になりますね。

2005/10/31(月) 午後 11:09 gustav

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なっくん、蟋蟀は「こおろぎ相撲」ってのもありますね。パリには日本のような秋の虫いないんですか?そうなの、知らなかった!

2005/10/31(月) 午後 11:15 gustav

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いると良いのですが、何せ僕の住んでいるところはビル群のど真ん中なものですから・・・。今度夕方にセーヌのほとりでも散歩してみましょうか?(^^)

2005/11/1(火) 午前 3:08 [ nakkun ]

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興味あります。是非やってみて下さい。

2005/11/1(火) 午前 7:44 gustav

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・・大津皇子の歌。ここで詠めると思わなかった・・。GUSTAVさん、あたしも彼の歌好きです。ブラームスに一時、非常に傾倒した私ですが、シンフォニーは授業でアナライズしたのが災いして、3番4番が、ただただ感性のみで聴けません・・・。ぁぁ、素直に聴きたいのに・・ですけど、旋律を思い出しながら読みました、アナライズするよりよっぽど素敵ね・・・。ブラームスの、ホルンが好きです。どんな旋律でも、ホルンの影が見えると追いかけてしまいます。大抵は、何かの楽器に埋もれて消えていくのですけどね!!

2005/11/2(水) 午後 9:47 らぷそでぃ▼*^▽^*▼

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らぷさま、大津皇子共感嬉しいです。僕が古代で最も好きな人物。いずれ彼を中心にブログ書こうと思っています。ブラームスにとってホルンという楽器は特別な存在ですね。第1シンフォニーのフィナーレを呼ぶあのホルン!ピアノ協奏曲第2番冒頭の深々したホルンの響き。またホルン三重奏曲もありますしね。これもいずれ書かねばなりますまい。やっとブラームスの音楽を巡る議論になって嬉しいっす。

2005/11/3(木) 午後 4:59 gustav

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そうそう!一番シンフォニーのホルン!!そこですぅ〜(笑)ホルントリオやりましたけど、ブラームスさんは、ピアニストに過酷な要求をしますよ。。。ピアノ・Vn.Hr.という編成は少々むりがありますね、っていうか、ホルンの旋律を、ピアノにもちょうだい!!って思ってしまいました。大津皇子の記事読めたらうれしいですね、楽しみにしています!!

2005/11/3(木) 午後 7:48 らぷそでぃ▼*^▽^*▼

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らぷ様、1番のシンフォニーのホルンは「高き山上、深い谷あいより、僕はあなたに千回ものお祝いの挨拶を送ります」と唱っているんだそうです。あなたとは勿論クララその人!「ブラームスはピアニストに過酷な要求をします」そうだろうと思いますよ。以前駒ヶ根で伊藤恵がブラームスの第2協奏曲を弾いた時、50分になんなんとする大曲の最後、もう息も絶え絶えという感じで必死に演奏していた姿を思い出します。

2005/11/3(木) 午後 11:52 gustav

ご無沙汰です。ブラームスの交響曲は、ザンデルリンク/ドレスデンがあれば、他には要らないぐらいですね。2番は夏、3番は、まさしく秋のイメージ・・・この曲、好きだなぁ!

2005/11/6(日) 午後 9:06 ひろ@音楽的生活

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ひろくんの「ブラームス 主題と変奏」の記事よかったです。ザンデルリンクは4番も室内楽的演奏として評価が高いですね。1番は未だにフルヴェンのライヴを聴いてますけど。

2005/11/6(日) 午後 9:15 gustav

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ごめんください。
ご無沙汰しております。
秋らしくなってきましたね。
僕は今日このCDを聴いていました。以前、GSTAVさんから、ザンデルリンクの「ハイドン…」をお薦めいただいたこと、憶えてます。
この3番と、「ハイドン…」のCDはいいですね。
以前入手して、よくきいたのは今日が初めてだったんですが、3番は律儀な男らしさを連想するような演奏。「ハイドン…」もちょうどいい柔らかさ加減です。

2008/9/23(火) 午後 1:17 [ - ]

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kazuさん、ご訪問ありがとうございます。ザンデルリンクのブラームスの3番は個人的に「よくぞ男に生まれけり」といいたくなる男くささを感じます。そして青空をバックにした白樺の黄葉の風景で聴きたい曲です。それが今年いい場所を見つけたのです!乗鞍高原の一の沢牧場。春行って、秋の黄葉はさぞかしすごいだろうなぁと。10月が待ち遠しい今日このごろです(^^)

2008/9/23(火) 午後 9:41 gustav

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