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12月11日(日)雪のち曇り
見るままに冬は来にけり鴨のゐる入江の水際(みぎは)薄氷りつつ(式子内親王)
みるみるうちに冬という季節はやって来た。この入江の水際に立っている私の足元にも薄氷が張っている。この歌には冬という季節の到来そのものへの感動、感慨がある。
式子内親王は新古今和歌集を代表する女流歌人。平安末期、後白河法皇の第三皇女として生まれ、源平の争乱の中、肉親の相次ぐ非業の死に遭遇した。
そんな人生を反映し彼女の詠風は、情熱を内に秘めながらも端整かつ高雅、独特の奥ゆかしさがある。
彼女には藤原定家との恋愛伝説もあれば、最近では彼女の忍ぶ恋の相手は鎌倉新仏教開祖の一人、法然だったという説もある。(石丸晶子『面影びとは法然 式子内親王伝』(朝日新聞社)1989年)
そんな式子内親王は万葉以来の日本の歌人の中で、もしかしたら私の最も好きな歌人かも知れない。
12月に入り、一気に季節は冬となった。今日も松本は朝から雪がちらついている。ここ1、2週間真冬並みの寒さが続くという。
こんな寒さが続く日は無性にチャイコフスキーが聴きたくなる。チャイコフスキーを主としてラフマニノフなどロシアの作曲家の音楽が。
不思議なことに同じ北国でもシベリウスなど北欧の作曲家の音楽は、冬のもう少し深まった頃に聴きたくて、この12月はあくまでチャイコフスキーだ。なぜだろう?
思うにチャイコフスキーなどロシアの音楽は、冬の寒さがやってきて、暖炉やペチカに火をくべて(レコードを聴いているこちらは石油ストーブだったり、FFファン・ヒーターだったりするのだが)一生懸命暖をとり、身体を暖めようとする音楽のような気がする。
あるいはウォッカなど強いお酒でカーッと身体の中を無理やり熱くさせようとする音楽。いずれにしても外の寒さに対して、暖かい室内の音楽のイメージ。
冬至に向かって明るい時間がどんどん少なくなって、ひたすら長くなる夜の音楽のイメージ。
それに対し、シベリウスの音楽はもっと寒い時期の音楽。寒さそのものを音楽にしたようなところもあるし、冬の屋外の音楽のイメージもある。
そして何より冬至が過ぎ、日一日と日が長くなり、身を切るような寒さの中にどこか、温かい春の日がやがてやって来ることを確信しているような感じがする。シベリウスの描く冬の風景の方が寒い。しかしこちらの方が明るく春に近いのだ。
無論ロシアにも北欧にも行ったことはないのだが、チャイコフスキー、シベリウス両者の音楽から受ける微妙な印象の違いを言葉にするとこんな感じだろうか。
シベリウスの作品が冬の寒さそのもの、厳しい自然そのものを表わしているのに対して、チャイコフスキーの音楽は冬の寒さの中にいる人間の営みを感じさせる。ダンスをしたり、ワルツを踊ったりして一生懸命暖かくなろうとしている北国の人々の温もりを感じる。
そんなチャイコフスキーの音楽で、炉辺の音楽という感じが一番するのが「弦楽のためのセレナード」作品48だ。
セレナードとは愛する人の窓辺で恋する想いを切々と歌う「小夜曲」。これが18世紀後半、1770年頃には交響曲と組曲の中間のような多楽章形式の器楽作品に発展した。モーツァルトの時代がセレナードの最盛期だった訳だ。
16歳で初めて「ドン・ジョバンニ」を聴いて以来、終生モーツァルトを敬愛してやまなかったチャイコフスキーが、おそらくモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」など珠玉のセレナードを意識して作ったであろう弦楽合奏の曲である。
といってもモーツァルトの時代のセレナードよりはるかにロマンティックな曲想で、サウンドも分厚い。
チャイコフスキーは1877年37歳の時結婚生活に失敗し、自殺未遂を起こした後、極度の神経衰弱を治すべく、イタリアやスイスに転地療養をした。それ以来7年間外国生活が続いたが、彼が一番愛した街はフィレンツェだったという。
1880年チャイコフスキー40歳の時に書き始めたこの曲は、弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」と並んでイタリアの陽光を存分に浴びたような幸福感と明るさに満ちている。
また第1楽章の第1主題、第2主題がともに長調であるのは、実はチャイコフスキーの作品では極めて珍しいし、第1楽章ハ長調、第2楽章ト長調、第3楽章ニ長調、終楽章はト長調の導入部から、主部で原調のハ長調に復帰することによって曲の統一感を出している。
第1楽章「ソナチネ形式の小曲」。まず重厚で劇的な序奏で曲は始まる。主部の第1主題はシューマン風のロマン的な旋律。チェロ、コントラバスの低音が活躍する。
一方第2主題はヴァイオリンとヴィオラのスタッカートで奏されるロココ風の軽妙な旋律。
第2楽章「ワルツ」。dolce e molto grazioso(甘美に、そして極めて優雅に)の指定通り、ヨハン・シュトラウス顔負けの魅力的な、古来「ウィーン風の甘美な円舞曲にフランス香水をふりかけたような」ワルツと言われている。
三大バレエでも分かるとおり、チャイコフスキーはワルツの名手。この曲は現在NHK-BSの「クラシック・ロイヤルシート」のテーマ曲として用いられているし、その昔私も自分の結婚式の披露宴で使わせていただいた。
第3楽章「エレジー」(悲歌)。華やかなワルツの後だけに導入の悲しく憂鬱な旋律は印象的だ。が中間部はニ長調。ピツィカートにのってヴァイオリンとヴィオラに出る、モルト・カンタービレの流麗な旋律がこの曲のハイライトだろうか。対位旋律を弾くチェロの雄弁さが心に残る。
同じニ長調のせいか、曲想が後の交響曲第6番「悲愴」の第2楽章アレグロ・コン・グラツィアによく似ている。交響曲第5番の第2楽章やヴァイオリン協奏曲も同じニ長調。チャイコフスキーの好んだ、あるいは得意な調性だったのだろうか。
楽章全体にスラブ的な憂愁の影はあるが、それがあくまでも抑制された哀愁であることが、曲の気品を保っているし、彼の作品中1、2を争う幸福感に満ちた作品にこの曲全体が仕上がっている理由だと思う。
第4楽章「ロシアの主題によるフィナーレ(終曲)」。冒頭弱音器をつけたヴァイオリンによって奏でられる荘重な序奏は、ロシア民謡でニージニー・ノヴゴロド付近のヴォルガ河の舟引き歌。続いて第1ヴァイオリンに現れる親しみやすいロシア主題はモスクワの街の歌といわれる。
どちらもチャイコフスキーの少し先輩、ロシア五人組の一人バラキレフが採譜したロシア民謡集からチャイコフスキーが借用したもの。
主題が何度も変奏され繰り返されながら、次第に激情的な民族舞踊風に、ブルレスケ風に展開され、最後は第1楽章冒頭の旋律も現れクライマックスを作って曲を閉じる。
演奏は長年ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団(アカデミー・オブ・セント・マーチン・イン・ザ・フィールズ)の旧盤を聴いている。(LP:LONDON SLC-6018)(CD:DECCA UCCD-7041)
マリナー/アカデミーの旧盤で聴くと(特にLP)、低音部、チェロとコントラバスの充実ぶりが目立ち、このどっしりとしたベースの上に、弦楽のアンサンブルがバランスよく成り立っていることがよく分かる。
ワルター/コロンビア響の美点と同じ感興を、この演奏にも感じることができるのである。
カップリングはどちらもドヴォルザークの「弦楽セレナード」で申し分ない。
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チャイコの弦セレ。ダイスキです。あの下降形旋律、耳を傾けずに居られません。大学時代、精鋭(自称)の弦楽器奏者が、ミニマム弦楽合奏と称して弾いていました。とっても美しかったのでした。。もうきけないだろうなぁ。少人数でやると清楚な感じだったんですよ。オリジナルの厚みももちろんステキですが。
2005/12/11(日) 午後 10:36
「チャイコフスキーの音楽は冬の寒さの中にいる人間の営みを感じさせる」という一文、全く同感です。「悲愴」という交響曲を聴きましても大地の咆哮と民衆のエネルギーを感じ、どこが「悲愴」だ?と思っておりました。 それにしても、こんな紹介文が書ける人たちが沢山居るブログ世界で音楽紹介をしようとするのが怖いですね。
2005/12/11(日) 午後 11:58
式子内親王から始まって、雪、チャイコのセレナードに流れていくのが、すでにその世界をご案内いただくステージになってますね。「ドクトル・ジバゴ」の寒さでなく、暖炉ですか。交響曲第1番と一緒に聴いてみますね。
2005/12/12(月) 午前 0:43
弦楽セレナーデは好きです。甘くて豊かな旋律がコッテリした洋菓子をイメージします。だから何回も続けて聴けないです。この曲のほかに、暖をとりながら聴きたい曲としては「ロココの主題による変奏曲」を挙げたいです。
2005/12/13(火) 午後 9:02
らぷさん、「清楚なミニマム弦楽合奏」聴きたかったですね。羨ましいです。何だか推理小説の謎解きをしたような爽快感を感じられたのではないでしょうか。例のオーケストラ曲のピアノ演奏版や室内楽版の良さもそんなところにある気がします。
2005/12/13(火) 午後 9:37
Spinnakerさん、一番言いたかった一言に共感していただきありがとうございます。「悲愴」も大好きです。「悲愴」を聴くとあの時代の帝政ロシアの重苦しい閉塞感と人々の絶望感を感じずにはいられません。ちょうどドストエフスキーの描く世界のような…。でもドストエフスキーも学生時代以降読んでないなぁ。
2005/12/13(火) 午後 9:55
みうさん、暖炉というか、そう、あの「ハウスシ・チュ・ウ!」のCMの世界のイメージですね。(年がバレバレ)それにしても12月がこんなに寒いとこのブログも調子狂っちゃいます。
2005/12/13(火) 午後 10:02
白髪ばっはさん、「甘くて豊かな旋律がコッテリした洋菓子をイメージ」全くその通りですね。「他に暖をとりながら聴く曲としては「ロココの主題による変奏曲」を挙げたい」またまた同意見です!関連して曲紹介しようか迷ったんです、実は。同じことを思っている人がいて何だか嬉しいなぁ。
2005/12/13(火) 午後 10:07
おおっ!これは嬉しいコメントをいただきました。是非「ロココの主題による変奏曲」の紹介も!と勝手に先走ってしまいそうです。
2005/12/14(水) 午後 0:56
チャイコ&暖炉といえば「アンダンテカンタービレ」です♪イタリアの生活が彼の作風を明るく、暖かくしているのかな?って感じもしますね。セレナーデも音階の使い方がすばらしいところが好きです。ワルターばっかり聞いてます。
2005/12/14(水) 午後 2:01
チャイコの曲は小さいころから、耳にたこが出来るぐらいきいております(^^;)12月はくるみのシーズンです(^^。)
2005/12/15(木) 午前 9:33
今月の新国立劇場のバレエは「くるみ割り人形」です。大人気みたいなんですけど、仕事の都合で行けそうになくて残念です。私は「ロミオとジュリエット」を初めて聴いたときものすごく衝撃的で、今でも大好きでよく聴いてます。
2005/12/15(木) 午後 4:44 [ - ]
チャイコさんといえば、昨日、「白鳥の湖」の「情景」を聴いてきました。あまりにも有名でかえって選んで聴くことがなかったのですが、生で聴くと「ああ、やっぱり名曲なんだな」と実感しました。それにしても、チャイコフスキーと暖炉のイメージなんだか合う気がします。
2005/12/15(木) 午後 11:18 [ さら ]
クララさん、そうですね、クリスマスが近くなると「くるみわり人形」が聴きたくなりますね。
2005/12/17(土) 午後 5:09
pyangumさん、「ロミオとジュリエット」を聴くと、チャイコフスキーのオーケストレーションの見事さとロマン性の高さに感心しますよね。「くるみ割り」ではメロディーメーカーとしての彼の才能に脱帽ですね。
2005/12/17(土) 午後 5:13
ほろさん、ワルターの弦セレってあるんですか?知らなかったなぁ。きっと分厚い低音をベースにメロディをたっぷり歌うんでしょうね。一度聴いてみたいな。
2005/12/17(土) 午後 5:17
さらさん、この寒波で信州は冷蔵庫に入ったようですが…北海道はもっと寒いんでしょうね。きっとチャイコフスキーがますます風景に合うんじゃないですか?
2005/12/17(土) 午後 5:20