クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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12月30日(金)快晴

 ここ2、3日穏やかな天気が続いている。快晴の空に、雪で真っ白になった常念をはじめとする北アルプスの峰々がまぶしい。

 こんな穏やかな12月の日の夕方、あの至福の時はやって来る。

       蒼空(おほぞら)は蜜かたむけてゐたりけり時こそは 我が静けき伴侶

                                             岡野 隆(1982年)

 この歌のように、初冬の暮れかかる西の空が、信じられないくらい美しく蜜を垂らしたように琥珀色に輝く一瞬を何度か目撃したことがあるように思う。

 一度は年末東京から帰省した折りの「あずさ」の車中から。ちょうど列車が中央線の信濃境から富士見駅にかかり、地形がフォッサマグナに沿って段丘のようになって、諏訪湖のある諏訪盆地の西の空が大きく開けて見えた時。

 もう一度は、東京から今度は「あさま」で信越線(現しなの鉄道)を下る途中、小諸を過ぎたあたりの千曲川の河岸段丘で大きく開けた西の空間に、太陽がゆっくりと沈み、そしてやがて訪れた濃密な時間。

 昨日今日見える西の空には北アルプスが聳えているのだから、その時のような大空間はないのだが、峰々の上の西の空が、やはり一瞬ねっとりと蜜を練り込んだような琥珀色に輝いた。

 他の季節では味わえない、肌を刺す寒さの中だからこそ感じる恍惚の、そして官能の瞬間だ。

 こんな風景に似つかわしい音楽といったら、思いっきり爛熟した後期ロマン派の曲、例えばリヒャルト・シュトラウスの「四つの最後の歌」の第3曲と第4曲、「眠りにつこうとして」(ヘッセ詩)と「夕映えの中で」(アイヒェンドルフ詩)くらいしかないだろうと常々思っていた。

 が今年になってそんな曲にもうひとつ出会った。それがコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲だ。

 今年はこの曲の再評価が始まった年ということになるのだろうか。まずアンネ・ゾフィー・ムッターのVn/アンドレ・プレヴィン夫妻のCDが出た。

 その後N響定期でレオニダス・カヴァコス(ギリシャっぽい名前だね)のVn/ジャナンドレア・ノセダの指揮で演奏され、しばらくしてFMでも昨年のウィーン・フィル定期の小澤征爾が振った演奏(ソロは確かベンヤミン・シュミット?)が流されるなど、今年前半たびたび耳にした。

 そして今日やはりFMで初演者ハイフェッツによる演奏(アルフレッド・ウォーレンスタイン指揮ロサンゼルス・フィル)がオンエアーされた。

   エーリッヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897〜1957)

  幼くして神童作曲家としてウィーンの楽壇に華々しくデビュー。10歳になるかならぬかで早くもオペラやカンタータを発表し「モーツァルトの再来」とまで言われ、マーラーやリヒャルト・シュトラウスらを震撼させたという。代表作オペラ「死の都」作品12を書き、オペラ作曲家としての名声を不動のものにしたのは弱冠22歳の時である。

 しかし1938年ナチス・ドイツがオーストリアを併合。「退廃音楽」のレッテルを貼られアメリカに亡命。今度はハリウッドの映画音楽の作曲家として成功する。

 しかし望郷の思い止みがたく、第2次大戦後ヴァイオリン協奏曲、交響曲嬰ヘ調作品40などの純音楽の作品を携えて、ウィーンに帰国したが、十二音技法からセリエリスムへと既に移行していた前衛派が牛耳る当時のウィーン楽壇に、後期ロマン派のような厚ぼったい音楽が受け入れられるはずもなく、アメリカに戻り失意の晩年を過ごしたという。

 その後も長らく彼の作品は、時代錯誤の「超ロマン主義音楽」、「生温いムード音楽」として軽視されてきた。

 しかし彼の死後50年、その時代の潮流と合わなかったがために評価されなかった不幸な時期を過ぎ、ようやく作品そのものが再評価される時が来たのではないか。

  確かに曲冒頭や第2楽章の甘美な旋律を聴いて、「甘ったるーい砂糖菓子」みたいな曲という批判の声もあると思う。

 批判は甘んじて受けよう。でもマーラーの5番のアダージェットだって、バーバーのアダージョだって、最初はそういう非難を浴びていたのではないだろうか。それに抗して採り上げられる数が増えることによって、だんだんクラシックの名曲として認知されていったのではないだろうか。

 今年はさきがけの年、来年以降、世界中でもっともっと演奏されるようになっていくのではというのが私の予想です。

 さて演奏ですが、上記4つ聴いたうちCD演奏なのはムッターとハイフェッツ。

 Mutter(Deutsche Grammophon 00289 474 5152) Heifetz(BMG BVCC-37113)

 エアチェックした2つを含めての演奏比較、好みでいうとこうなる。

       カヴァコス > ハイフェッツ > ムッター > シュミット

 レオニダス・カヴァコス/ジャナンドレア・ノセダ/N響が断然良かった。カヴァコスのこの曲への想い入れの強さを聴いていて感じた。

 ただCDが出ていないので、そうなるとハイフェッツということになる。いつもの彼のように駆け抜けるような速さであっさりと弾いているようだが、そこは初演者。曲のツボを心得ていて少しも物足りないという感じがしない。

 今気がついたのだが、最初に挙げたリヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」が書かれたのが彼の死の前年の1948年。そしてコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲が1945年とほぼ同じ頃に書かれている。

 どちらも2つの大戦という狂気の時代を経た20世紀の真ん中に、前世紀末のウィーンに爛熟した後期ロマン派の息吹きを伝える最後の作品として世に出た。

 一方は祖国に踏みとどまり、戦争にもみくちゃにされた巨匠の最後の作品として。

 今一方は心ならずも祖国を離れ、アメリカで数多くの映画音楽につけた自分の創作活動の集大成として。(実際この協奏曲には、それまで映画音楽に使った旋律が数多く散りばめられている。)そしてそれは受け入れられなかった。

 そこに至る過程は違っても、どちらの曲にも「諦念」という同じ澄み切った境地が底辺に横たわっているような気がしてならない。


 (R.シュトラウス「四つの最後の歌」  エリザベート・シュワルツコップ ジョージ・セル/ベルリン放送交響楽団)



 
 *今年1年、このクラシック歳時記にお付き合い頂きまして、ありがとうございました。
  年が明けても、また冬から春に向けての季節と音楽の話題を綴っていこうと思います。
  ひき続きお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。どうぞ良い年をお迎えください。

 


 

閉じる コメント(21)

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そうですね、プレヴィンはラフマニノフとかも精力的に録音していて、超超ロマン主義音楽がお好きなようですね。でもミア・ファーローとかアンネ・ゾフィー・ムッターとか美女もお好きなようで、そっちの方はちょっと許せんですね。

2005/12/31(土) 午前 9:14 gustav

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ヴァイオリン協奏曲私も好きです。私はムターとシャハムのを持ってまして、やはりシャハムの方が好きです。TBは交響曲ですが、一応貼っておきます。ペタッ。

2005/12/31(土) 午前 11:01 megumegu0565

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TBありがとうございます。『コルンゴルトとその時代』はいつか読んでみたいです。シャハムはいいですね。いわゆる若手ではシャハムが一番じゃないかなぁ。

2005/12/31(土) 午後 2:50 gustav

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含蓄のある音楽紹介文、大変参考になっています。来年も宜しくです。

2005/12/31(土) 午後 5:42 houmei

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こちらこそ!短歌 > 漢詩 > 俳句の順で俳句や季語には疎いので、いろいろと勉強になります。

2005/12/31(土) 午後 10:43 gustav

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明けましておめでとうございます。今年もろろしくお願いします。コルンゴールド、好きな作曲家の一人ですね。ヴァイオリン協奏曲は、こんな素敵な曲があるのか?と、始めて聴いた時に思いました。彼のオペラはよく理解できませんが、管弦楽はイイです。Vn協はBMGとDORIANを持っていますが、僕もハイフェッツの演奏を気に入っています。

2006/1/1(日) 午前 11:44 陶郷の風・・・片岡誠

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おめでとうどざいます☆今年もGUSUTAVさんからお勧めの音楽、楽しみにしてます。コルンゴルト初めて耳にした名前です。次回中古CD屋で探すリストに入れておきます。あると良いな〜? ところで「諦念」って言葉は仏教用語ですか?教養不足で・・・。なんとなくイメージとしてはわかる気がしますが。

2006/1/1(日) 午後 3:10 miumiu

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明けましておめでとうございます。今年も昨年以上に楽しく交流ができればと思っております!改めてよろしくお願い致します。偶然にも昨年末にムターの盤を購入しました。未だ聴いていませんがこの記事を読み聴くのが楽しみになりました。

2006/1/3(火) 午後 8:55 白髪ばっは

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誠さん、明けましておめでとうございます。そして遅れましてごめんなさいです。新年のヘフリガーの記事は良かったです。どうぞ今年もよろしく!

2006/1/6(金) 午前 1:09 gustav

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みうさん、おめでとうございます。そして遅れましてごめんなさい。中古はあるかなぁ?すみません、安易に「諦念」などという言葉を使ってしまって。一般的な諦めの境地といいますか、晩年の覚りの境地、モーツァルトでいうと、ピアノ協奏曲第27番のような曲かなぁ、という意味で使いました。ちなみに諦(あきら・め)とは真理を明らかにすること、明らかになった真理のことを言います。

2006/1/6(金) 午前 1:16 gustav

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ばっはさん、明けましておめでとうございます。そして遅れましてごめんなさいです。こちらこそどうぞよろしくお願いします。是非コルンゴルトの感想をお聞かせ下さいませ。

2006/1/6(金) 午前 1:19 gustav

初めまして!履歴から参りました。コルンゴルドのヴァイオリン協奏曲はムター演奏のCDで初めて聴いたのですが、すごくいいなぁーと思いました。他の曲も聴いてみたいです!

2006/1/8(日) 午前 10:08 [ しろりん ]

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コルンゴルトはわたしもムター、それからシャハムを持ってます。ただ「四つの最後の歌」の方が断然好きですね。あの音楽はたまらんです。わたしは「マタイ」でも片手間に聞いてしまう不届きなヤツですが、この曲ばかりは気合を入れなければいけません。

2006/1/8(日) 午後 4:38 zar*th*s*rafu*i

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かおりさん、こんにちは。僕もVn協奏曲に触発されて、他もいろいろ聴いてみましたが(交響曲、室内楽など)ちょっといまイチでしたね。ただね、「死の都」などのオペラは傑作らしいみたいで、一度聴いてみたいですね。今後ともよろしく。

2006/1/9(月) 午前 7:28 gustav

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ふじやん、おっしゃる通りで、「四つの最後の歌」とコルンゴルトのVn協奏曲では格が違うと思います。引退間近のシュワルツコップで聴いてるから、余計にそう思うのかもしれない。でもN響定期でやったカヴァコスは入魂の演奏だったですよ。(ところがその映像のVHS前半半分、消してしもうた!!アホや)シャハムのCDあるなら聴いてみたいですね。

2006/1/9(月) 午前 7:38 gustav

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かおりさん、すみません、今ちょっとトラックバックされたコルンゴルトの記事念のために見たら、ピアノ五重奏曲がウィーンっぽくていいようですよ。CDあるかなぁ。

2006/1/9(月) 午前 7:52 gustav

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続・かおりさん、コルンゴルトの室内楽、ピアノ三重奏曲Op1とピアノ四重奏曲のための組曲Op23.聴いたらまあまあでした。前者はウィーン風で聴きやすく、後者は現代音楽っぽいけど、Vn協奏曲に使われたのに似た旋律が出てきてましたよ。

2006/1/11(水) 午後 2:02 gustav

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なるほど、コルンゴルトでしたか、たしか、チェンバー音楽を聴いたことがありました、どの作品を聴いたのか恥ずかしながら覚えていません、笑。Vnコンチェルトは未だ聴いた事はないと思いますので今度是非聴いてみます。ところでこのエッセイの諸々の風景はたまらなく良いですね。

2007/2/7(水) 午後 0:03 [ pasturedogs ]

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pasturedogsさん、いらっしゃいませ!North Americaの風景もいいでしょうね。ところでコルンゴルトVn協奏曲、9日(金)の午後2時からのNHK-FMの番組でやるそうです。ギル・シャハムのVnだから期待できそうです。

2007/2/7(水) 午後 6:24 gustav

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pasturedogsさん、ごめんなさい。North Americaじゃ日本のNHK-FMは聴けないよねぇ。あぁ、柳澤大臣みたいに「勉強はできるけどバカなのよ」とか言われてしまいそう…恥ずかしや!

2007/2/8(木) 午後 10:37 gustav

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