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【今日の作品】 セレナード第9番ニ長調K.320「ポストホルン」(1779年)
ディヴェルティメント第17番ニ長調K.334 (1779〜80年)
ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364(1779年)
ミサ曲ハ長調K.317「戴冠式ミサ」(1779年)
NHK-BSの「毎日モーツァルト」は今、ケッヒェル番号でいうと300番台に来ている。1779年、モーツァ
ルト23歳。パリ、マンハイムへの彼の青年時代最後の大旅行からザルツブルクへ帰り、大司教コロレドの
もとで、宮廷オルガニストとして仕えていた頃である。
1月から始まったこの番組、すなわちモーツァルトの人生の前半の大きな山場のような気がする。
パリ、マンハイムへの旅はモーツァルトの人生にとっては、散々な旅だった。マンハイムでもパリでも
彼は就職活動に失敗し、その上パリで最愛の母アンナ・マリアを亡くす。落胆した彼が目指したのは父や
姉が待つ故郷ザルツブルクではなく、当時彼が恋していた歌姫アロイジア・ウェーバーがいたマンハイ
ム。しかしそこに彼女の姿はなかった。家族と共にすでにミュンヘンに引っ越していたのだ。父の制止の
手紙を振り切り、モーツァルトはミュンヘンへ。しかし9ヶ月ぶりに再会したアロイジアの応対はつれな
かった。ミュンヘンで歌手として成功し、今や名声も収入もモーツァルトをはるかに凌ぐようになった彼
女の心は、すでにモーツァルトから離れてしまっていたのだ。
1778年12月29日、モーツァルトは父に宛てて手紙を書いた。
「25日無事当地(ミュンヘン)に到着したのですが、今までどうしてもお手紙できませんでした。お目に
かかって直接お話できる幸福な日まで、何事も申し上げますまい。今日はただ泣きたいだけです。…ご承
知の通り、もともと僕は字が下手くそです。でも生まれてから今度くらいまずく書いたことはありませ
ん。僕には書けないのです。心は今にも泣き出しそうです!どうかすぐ手紙を書いて僕を慰めて下さい…
ごきげんよう、最上の最愛のお父さん。新年おめでとう。これ以上は今日はとてもいえません。」(吉田
秀和編訳「モーツァルトの手紙」(講談社)より)
旅先での母の死、就職活動の失敗、そして失恋。1年4ヶ月ぶりに故郷ザルツブルクに戻ったモーツァル
トだったが、しかしそこで待っていたのは単調で鬱々とした日々だった。パリ、マンハイム、ミュンヘ
ン、そしてウィーンと、旅の空で見てきた音楽都市に比べ満足なオペラ劇場ひとつない田舎街。そして音
楽に理解のない大司教コロレドのもとで仕える宮廷オルガニストの職。作るのは儀式のための宗教音楽ば
かり。しかも長くなりすぎないように、反復を止め、30分以内で曲を完結するようにというコロレドの要
求。
ウィーンに向かって旅立つまでのこの故郷での2年間。もっぱら教会のための音楽の作曲と演奏に明け
暮れる日々の中で、モーツァルトの心中はいかばかりだったろうか。
「名誉にかけて誓いますが、僕にはザルツブルクとその住民は、とても我慢できません。彼らの言葉、
彼らの生活態度がたまらないのです。…」(帰郷直前に父に宛てた手紙)
鬱々と、そして悶々とした日々であったことが想像される。しかしここで天才の奇蹟がおこる。この
2年間のザルツブルク時代に、モーツァルト20代前半の傑作が次々と生まれるのだ。よくモーツァルトの
作品は実生活を必ずしも反映しないといわれるが、その典型的な例を我々はここに見ることになる。
他にも挙げたい曲はあるが、番組でも採り上げられた4曲を。4曲とも、「ピアノ協奏曲第27番」や
「クラリネット協奏曲」など最晩年の曲のような一皮剥けた諦念のような凄みこそないものの、いずれも
美しい旋律に満ち溢れ、構成にも破綻がなく実に充実した作品ばかりで、彼が生涯に生み出した曲の中で
も最上級に挙げられると思う。
例えば「戴冠式ミサ」。実に交響曲を思わせる重厚なオーケストレーション。ハイライトのアニュス・
デイの終わりでは、ソリストたちのオペラを思わせる華やかな重唱と合唱。モーツァルトが渾身の力で書
きあげた傑作だ。(この曲は今でもザルツブルク大聖堂で、毎年元旦、市民によって演奏され新年を迎え
ているという。)ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団&合唱団。エディット・マテ
ィス(ソプラノ)(LP:G-18MG4638)。番組でのヨッフム/バイエルン放送響の演奏も良かった。
「ポストホルン・セレナード」の、たとえば第1楽章、第7楽章(フィナーレ)の充実ぶりはどうだ。
「充実」という言葉を音符にしたかのようだ。後期交響曲を思わせる堂々とした足取り。これは当時マン
ハイム学派が発明したという「クレシェンド奏法」をモーツァルトが巧みに取り入れたためだという。
(クレッシェンドなんて技術はもっと前からあったと思っていた。いきおいオーケストラの音量が大きく
なりバロック、古典派の比較的静かな曲想から、ロマン派への変化の重要な要素なのだという。)
ベーム/ベルリン・フィル(1970年録音)(G-MG2248)
なおこの曲では、コレギウム・アウレウム合奏団(1976年録音)(LP:HM-ULS3236)(CD:BVCD-38043)のひ
なびた管楽器の音色が個人的に大変気に入っている。第3、第4楽章のフルート、オーボエ、ファゴットの
独奏はまるで天上の楽園にいる思いで、去年夏に紹介したセレナード第5番K.204の演奏と全く同じ愉悦
を味わうことができます。(8/27のブログ http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/10031520.html )
次のディヴェルティメント17番K.334はすこぶるチャーミングな曲。第3楽章のメヌエットは「モーツ
ァルトのメヌエット」といったら、この曲を指すくらい有名な旋律。それ以上に魅力的なのが、第4楽章
のアダージョ!コレギウム・アウレウム合奏団(1981年録音)(LP:HM-ULS3310H)(CD:BVCD-38048)の、今
度はコンサートマスター、フランツヨーゼフ・マイヤーらの羊腸弦の柔らかな響きに魅了される。さらに
最後の第6楽章フィナーレを彼らは他のどの演奏よりも遅いテンポで、この永遠のロンドを心ゆくまで歌
い抜く。永遠に終わりがないかのように…。
「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364」も傑作だ。長調短調の配置は逆だが
バッハの「二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV.1043と並び賞される名曲だと思う。
第1楽章。やや長い序奏の後オーケストラに導かれるように、あたかもヴィオラとヴァイオリンが線を
ひくように、ユニゾンでスーッと入ってくるところなど、あまりの美しさにめまいを起こしたような錯覚
を覚える。カール・ベーム指揮ベルリン・フィル・ハーモニー(1964年録音)(LP:G-MGX7076) / コリ
ン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団 アルテュール・グリュミオー(Vn)他(1964年録音)(LP:Ph-X8663)
/ コレギウム・アウレウム合奏団 フランツヨーゼフ・マイアー(Vn)他(1978年録音)(LP:HM-ULS3310
H)(CD:BVCD-38039)の3種を聴いてきたが、ここはベルリン・フィルの往年の名手ブランディス(Vn)カ
ッポーネ(Va)のソロが魅力的なベーム盤を推しておきます。
さて失意の旅の末、戻った故郷で不本意な生活を余儀なくされたこの頃のモーツァルトが、なぜ彼の生
涯に亘っての代表作ともいえる傑作を次々とつくることができたのか?
モーツァルトほどその作曲当時の私生活とできた作品が乖離している音楽家はいないと言われる。そう
言ってしまえば、この疑問はそこで終わってしまうのだが、一方で前回のヴァイオリン・ソナタホ短調K
.304やピアノ・ソナタ8番ハ短調K.310のように明らかに母の病と死が反映された曲もあることも事実
だ。
このザルツブルク時代の傑作でも、ポストホルン・セレナードの第5楽章 アンダンティーノのニ短調。
ディヴェルティメントK.334の第2楽章 主題と変奏 アンダンテのニ短調。協奏交響曲K.364 第2楽章
アンダンテのハ短調といった中間楽章の短調は、それまでの彼の作品の中に出てくる短調に比べ、ずっと
陰影に富んだ、奥行きのある哀しみの音楽として深まっており、これらの曲が名作であることを決定づけ
ている。故郷にて父と姉ナンネルの存在に、旅での相次ぐ試練、苦悩の経験が癒されながら、モーツァル
トの中で見事に芸術的に昇華されていたのだろう。
無論技術的なことをいえば、何よりも当時の音楽の最先端地パリとマンハイムで、胸いっぱいに吸収し
てきた音楽様式と流行を、ここザルツブルクで作品として花開かせたことは間違いない。
もうひとつ月並みな言い方だが、人は制約と不自由があればあるだけ、それを乗り越えようとするエネ
ルギーを漲らせていくのではないだろうか。十七音の俳句、あるいは三十一文字の短歌といった定型詩で
あればこそ、そこに込めようとする詩人の情熱のダイナミズムは、自由詩のそれ以上に凝縮され、極端に
緊張を孕みながら芸術としての質を高めていく。
「宗教音楽」という枠の中で、彼が渾身の力を込めてそのオペラティックなエンターテインメント性を
、そしてシンフォニックな創作能力を発揮したのが「戴冠式ミサ」であり、友人の門出を祝ったり(ディ
ヴェルティメントK.334)、大学の卒業式を祝う(ポストホルン・セレナード)ために依頼された「機
会音楽」という場で、彼は旅に明け暮れた前半生で吸収しえた音楽的資質の全てを燃焼させたのではない
だろうか。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。彼がついに大司教コロレドと決別し、故郷ザルツブルク
を後に、自由を求めて音楽の都ウィーンに向かったのは、その2年後の1781年、モーツァルト25歳の時で
ある。
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K300台は、なじみやすくかつ本格的!!ありがとうございました。
2006/4/24(月) 午前 8:10
「戴冠式ミサ」は合唱で歌いました。モーツァルトのそんな人生を考えて歌えばよかったです。これからはKナンバー意識して聴けそうです。
2006/4/24(月) 午後 9:35
K.364いいですね☆弾くのも聴くのも好きです♪最近聴いた録音はDGのオーギュスタン・デュメイ(Vn)&ヴェロニカ・ハーゲン(Va)です。オイストラフ父子のもいいですね!
2006/4/25(火) 午前 0:49 [ z_f**ncesc*tti ]
KV300番台は私の好きな曲がたくさんあります。364も傑作ですよね。2つの楽器の特性をうまく生かしているな、といつも思っています。
2006/4/28(金) 午前 6:43
Miyakoさん、ありがとうございます。K.300番台、あるいは1779年の作品というのは、モーツァルト前半生の中のハイライトという気がしますね。
2006/4/29(土) 午前 10:15
みうさん、そうですか、歌いましたか。羨ましいです。最後のところなんかは、歌ってて気持ちいいでしょうね。僕も今までK番号をあまり意識していませんでしたが、そう思って聴くといろいろ発見がありますね。
2006/4/29(土) 午前 10:21
francescattiさん、364弾くんですね。歌う人、弾く人いろんな方がブログにはいてビックリ。僕はただ聴くだけの人ですが。せめて1回1回、1音逃さずしっかり聴き取りたいと思っています。
2006/4/29(土) 午前 10:29
たぶさん、僕もこの曲に魅かれるのは、VnとVaの微妙な音色のせいかなと思ってます。何でも変ホ長調のこの曲で、独奏ヴィオラだけは半音高いニ長調で調弦されているそうで、それが普通よりもVnとVaが絡み合うような独特な音の色合いを作っているんでしょうね。美しい姉妹が絡み合うような…。姉妹といっても叶姉妹ではありません。
2006/4/29(土) 午前 10:44
ディヴェルティメント第17番は、僕の大好きな曲です!レビューをTBさせていただきます!!!
2006/5/3(水) 午後 9:09
ヒルティさん、TBありがとうございます。モーツァルトといえども、音楽の質が年齢とともに深まっていく。その最初の変化がこのK.300番台あたりかなって思いますね。
2006/5/4(木) 午後 1:32