クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

全体表示

[ リスト ]

 1781年5月9日、モーツァルト25歳。もし彼の人生を前半生、後半生の2つに分かつとするならば、間違

いなくこの日がその分水嶺になるだろう。


 今日(5月10日)のNHK-BS「毎日モーツァルト」では、モーツァルトが彼の雇い主であるザルツブルクの

大司教コロレドと、積年の積もりつもった不満を爆発させて、ついに訣別した出来事がテーマだった。

 
 ウィーンに滞在していた大司教コロレドに呼ばれ当地にやってきたモーツァルトは、大司教主催の演奏

会で、耳の肥えたウィーンの聴衆から大喝采を受ける。ウィーンの貴族たちから個人演奏会の依頼が次々

にモーツァルトに舞い込む。ところがコロレドは自分の主催する演奏会以外へのモーツァルトの出演を厳

禁する。われらが天才モーツァルトも、彼にとっては彼のただの使用人なのである。

 そのことに内心腹を立てていたモーツァルトにとって、何かと制約の多い窮屈なザルツブルクに比べ、

音楽の都ウィーンははるかに魅力的な街に見えた。

 大司教は使用人モーツァルトにザルツブルクへの帰郷を命ずる。何かと理由をつけ、ウィーン滞在を

引き伸ばそうとするモーツァルト。そこで件の1781年5月9日、コロレドはモーツァルトを呼びつける。

 ここからは、「世界遺産」ともいうべき、人類が遺した手紙のうち最も愛すべき、最も貴重な(と僕が

考える)「モーツァルトその人の手紙」に、ことの顛末を語っていただこう。(吉田秀和編訳「モーツァ

ルトの手紙」)

 
 「僕ははらわたが煮えかえりそうです!今まで随分長いこと僕の忍耐力を試されていたようなものです

が、今度という今度は我慢できません。幸いなことに僕はもうザルツブルクの家来でなくなりました。

 今までももう二度までもあの奴から面と向かって、実に愚劣で無礼きわまることを言われていました。

それはとてもお聞かせするに忍びないようなことなので書かずにいました。そうしてあなたのことが念頭

から離れないばかりに、いつもその場で仕返しするのを我慢してきました。あいつは僕をやくざ者だと

か、ならず者だとか呼んだ揚句、「出て行け」と言いましたが、僕は何もかもじっと我慢していました。

これは僕の名誉ばかりじゃない。お父さんの名誉も傷つけるものだと感じはしましたが、あなたがそうし

ろとおっしゃったればこそ黙っていたのです。

 ところがお聞き下さい!一週間前、急に馬丁がやってきて、今すぐ出て行けというのです。他の連中は

みんな日が決まっていたのですが、僕のは別でした。…僕はお邸を出たのですから、自分の金で暮らさな

ければなりません。ですから支度ができるようになるまでは、とても旅行できないのは当たり前です。二

人の侍僕たちは「もっともだ」といいました。

…僕が彼(大司教)の所へ入って行くと、まずこうです。「下郎、いつ発つのかな。」僕「今夜発つつも

りでしたが、座席がもう一杯でございますので。」そうするとひと息でまくしたてるのです。僕はおよそ

だらしのない奴で、およそ僕みたいにつとめを怠ける者はない。いいから今日発て。さもなければ国に手

紙して俸給を差し止めるという始末です。彼は面と向かって嘘をつき、僕が五百フローリンの俸給をもら

ってるだとか、ルンペンだとか、ごろつきだとか気違い呼ばわりするのです。あぁ、その全部をあなたに

書くことなんて、とてもできるものじゃありません!

 そのうちにとうとう僕もあんまり頭にきたので「猊下には私がお気に入らないのですか」というと、

「何っ!わしをおどす気か、この気違いめ!出て失せろ、よいか、貴様のようなごろつきとはもう縁切り

じゃ!」それで僕もとうとう言いました。「僕の方でもあなたとは縁切りです!」「出てゆけ!」…

 最上のお父さん、どうお考えでしょう、むしろもっと早くいうべきで遅すぎた位じゃないでしょうか。

 僕のことはご心配下さらないように。僕は何も理由がなくても辞職したでしょう。そのくらいここでの

自分の立場を確信しています。…僕がここで困っていない証拠に、次の郵便でお金を若干お送りします。

 どうかお元気でいらして下さい。今こそ僕の幸福が始まったのですから。それに僕は自分の幸福は、ま

たあなたのそれでもあることを望んでいます。人に知られないようにして、あなたがこのことで満足して

いることを知らせて下さい。そうしておいて、世間にはあなたのせいにされないよう、うんと悪く言って

下さい。それでもなお、大司教があなたに少しでも失礼なことをしたら、即座に姉さんと一緒にウィーン

の僕のところへお出でなさい。三人で暮らせます。僕は名誉にかけて誓います。…

 アデュー!あなたの手に1000回キスし、愛する姉さんを心から抱擁します。

                    永遠にあなたの忠実なる息子  W・A・モーツァルト 」

 
 
 こんな時にも父親への気遣いを忘れないモーツァルトの人間性に心打たれる。そして生誕250年に浮か

れる私たち現代の日本人が忘れがちなこと。それは彼が生きたのはこのような冷徹な封建社会であったこ

と。その中で彼は自らの才能のみを頼りにそれと戦ったということを。

 フランス革命で人間の「自由」「平等」が謳われたのは、この8年後であり、モーツァルトがウィーン

で、自由な一個人として、一芸術家として生きたのは、この後たった10年しかなかったということを。


 P.S. やっぱりゴールデン・ウィークに「毎日モーツァルト」の番組が進行を足踏みさせていたの

は、この大司教コロレドとの訣別の日付けに番組を合わせようとしていたんだな。ンダ、ンダ!

閉じる コメント(22)

アバター

私もモーツァルトの本なども読みましたが、彼は、社会制度や宗教などにかなり振り回された芸術家だったのだな、と感じています。自分の考える芸術を貫くのは、いつの時代でも大変なことなんですよね。自由と引き換えに生活の保証を捨ててしまったモーツァルトですが、彼は、好きな曲を自由に書くことができて、幸せだった、のでしょうか・・・。

2006/5/12(金) 午前 6:41 そにあ♪

顔アイコン

こころの自由、音楽の自由を失っていないモーツアルトと、感じました。

2006/5/13(土) 午前 9:33 Miyako

顔アイコン

mo21h_k467 さん、登録ありがとうございます。最近ますます好きになったのと「毎日・・・」の関連で、今年は主にモーツァルトについて書いていこうと思います。どうぞよろしく!

2006/5/13(土) 午後 5:39 gustav

顔アイコン

フィオーレさん、いつも父はモーツァルトに「わが最愛の息子よ!」といい、息子は父に毎回「わが最上のおとうさん!」と呼びかけて、二人の手紙は始まります。昔はみんなそうだったのかも知れないけれど、親子の間で手紙のやりとりなどというコミュニケーションをしない我々から見ると、何て家族のことを常に愛し、思いやる時代だったのか、とため息のひとつもつきたくなります。はっきりいって羨ましいですね

2006/5/13(土) 午後 5:50 gustav

顔アイコン

たぶさん、「自由と引き換えに生活の保証を捨てた」モーツァルトは近代的な意味の芸術家の嚆矢かも知れませんね。ウィーンに住んで「自由」を得た彼の音楽は間違いなく進歩を遂げ、深みを増していきます。しかし「生活の保証を捨てた」ことにより、彼は健康を害し、芸術家としての彼の残りの人生はたった10年になってしまいます。彼は後半生において幸せだったのか、今後の番組の展開の中で考えていきたいです・

2006/5/13(土) 午後 5:59 gustav

顔アイコン

Miyako先生、手紙を読むとモーツァルトの家族愛、大人になっても子どもの頃の純真さ、率直さを失わず、また人の善意を疑わない性格だったことが分かります。その上で彼の音楽を聴くと、どんな人にも決して不快な思いをさせないようにと気を配る彼の優しさが、その音楽にも反映されていることに気づきます。

2006/5/13(土) 午後 6:11 gustav

顔アイコン

大司教がモーツァルトに発した言葉が本当だとしたら、ものすごいですね。もともと自由人の天才が、教会のために音楽を書くなんて仕事に向いているわけがなかった、ですよね。

2006/5/14(日) 午後 3:47 zar*th*s*rafu*i

顔アイコン

モーツァルト、普段あんまり聴かないんですけど、ぐすたふさんに影響されてピアノ協奏曲20番と12番を聴きました。ゼルキン、アバド、ロンドンSO.本を読みながらの「ながら聴き」でしたが、曲の美しさに読書を中断し、聴き入りました。

2006/5/15(月) 午後 4:31 [ - ]

顔アイコン

ふじさん、自らから湧き出てくる音楽的欲求と、教会の仕事との二律背反 の葛藤の中で生まれたからこそ、あの「戴冠式ミサ曲」が稀に見る傑作なのだと思いましたヨ。

2006/5/15(月) 午後 8:53 gustav

顔アイコン

はいどうさん、ピアノ協奏曲はモーツァルトの作品群の中でも、最も質の高いジャンルだと思います。駄作が1つもない。9番、10番、17番、22番、23番、27番が私のお気に入りです。例によってTBできないので、記事のURLをhttp://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/23418928.html

2006/5/15(月) 午後 9:04 gustav

顔アイコン

未踏の領域にまた新しく踏み入るきっかけになりそうです。20番は本当にロマン派の匂いぷんぷんで、あれでは18世紀のウィーンでは受けなかったでしょうね。^^

2006/5/15(月) 午後 11:43 [ - ]

そんな背景があったことを知りませんでした。私もここで少しずつ知識を増やしていきたいと思ってます♪

2006/5/16(火) 午後 4:13 tamamim

顔アイコン

はいどうさん、確かに20番、24番はロマン派の先駆けという感じがしますね。というよりロマン派はベートーヴェンから始まったというのは間違いで、「ウィーン時代のモーツァルトの短調の曲から始まった」というのが僕の持論ですが、どうでしょう?

2006/5/16(火) 午後 7:48 gustav

顔アイコン

tamamimさん、僕のは知識だけであまり面白くないと思います。是非NHK-BSの「毎日モーツァルト」を録画でもいいから毎日見て下さい。充分すぎるほどのモーツァルト通になれますよ。

2006/5/16(火) 午後 7:52 gustav

顔アイコン

僕は本当に不勉強でモーツァルトのPC,様々なメディアでは聴くもののCDを買ったのは今回の20、12が初めてなんですけど、確かに20番を聴いた時はモーツアルトの心情の吐露にたじろぎました。ありゃロマン派ですよ!

2006/5/16(火) 午後 10:36 [ - ]

顔アイコン

はいどうさんにもうひとつだけ。モーツァルトのピアノ・コンチェルト20番、24番のカップリングというとクララ・ハスキル/マルケヴィッチ、ラムルー管が超がつく決定盤として知られていますが、僕としてはイギリスのピアニスト、マレイ・ペライアの弾き振り(イギリス室内管)の演奏を一度聴いてみてほしいなぁと思います。硬質のピアノの音がたまりません。

2006/5/16(火) 午後 10:58 gustav

顔アイコン

ぐすたふさん、おすすめ盤、ありがとうございます!この辺の名盤はいつか通らなければならない道、と思いつつ大通り(交響曲)ばかりに足を向けて来ましたので、粋な小路に足を踏み入れる事にします。

2006/5/17(水) 午後 11:15 [ - ]

顔アイコン

僕の場合は今回35番以前の交響曲(大通り)をしっかり聴いていなかったなということを、痛感させられました。番組で紹介された31番、33番、34番いずれもユニークな愛すべき曲ですね。また時間があったらしっかり聴き込みたいです。

2006/5/17(水) 午後 11:41 gustav

顔アイコン

ストレス・・ (というような認識が250年前にどのようにあったのかわからないが)醜く穢く苦しく辛い毒・・ これらを宝石に創りかえるべく生まれてきた人。美しいものは残酷だ。モーツァルトの音楽に救われるときと、余計に辛くなってしまうときとがカネオにはあります。

2006/5/21(日) 午後 6:01 can*p*cor*829

顔アイコン

カネオさん、幸いにして(?)僕はまだモーツァルトを聴いて余計に辛くなってしまった経験はありません。いやっ、待てよ!あったかも知れない。最近では「戴冠式ミサ」曲のアニュス・デイの晴れやかな音楽を聴いて、何だか無性に泣きたくなった覚えがあります。短調よりも断然長調の曲の方が泣きたくなる衝動に駆られるような気がします。それがモーツァルトの長調の魅力といってよいかも知れません。

2006/5/22(月) 午後 10:56 gustav


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事