クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

全体表示

[ リスト ]

 ピアノについて非常に無知な私がモーツァルトのピアノ・ソナタのことを書くのは、多くの専門家の方

のいる前であまりに無謀な気もするのですが、最近の「毎日モーツァルト」でここ半月くらいの間に立て

続けに4曲採り上げられ、それぞれの曲にいろいろと感じたこともあり、恐る恐るキーを叩いてみようと

思います。

        ピアノ・ソナタ第10番ハ長調 K.330

        ピアノ・ソナタ第11番イ長調 K.331

        ピアノ・ソナタ第12番ヘ長調 K.332
  
        ピアノ・ソナタ第13番変ロ長調K.333

 これらの曲はケッヘル番号でも分かる通り、従来は例の母とのマンハイム、パリ旅行のさ中に書かれた

とされていたが、最近の研究の成果でこの頃はウィーン定住後の作品と考えられるようになってきた。

 そうだろうと思う。あの母の死の前後に書かれた傑作第8番イ短調K.310の頃よりも、より一層素晴ら

しい出来栄え。4曲が4曲とも名曲中の名曲だと思う。

 最初の第10番ハ長調は、1782年8月モーツァルトがコンスタンツェと結婚してまもなくの頃の曲だとい

う。新婚の幸福の絶頂にあったろうモーツァルトがつくったこの曲の第1楽章の何と天真爛漫なこと!モ

ーツァルトが子どものような無邪気さと純真さを生涯持ち続けた人であることを物語る音楽である。

 そして作曲技法的には簡素で無駄がなく、とても細かな「繰り返し」でできている作品だ。

 同じフレーズが少しずつ姿を変え、形を変えて顔を出す。

 「僕が今朝ね、 今朝、僕がね、 ぼくが、けさね…。 同じことを何回も「繰り返し」ているようだ

けれど、決して同じことはやらない。普通に弾いたあと、「繰り返し」の時は小さく…、

ものがあって、その陰があって、ものがあって、その陰があって…というふうに。」 

 こう、この曲の第1楽章を表現したのは吉田秀和。(NHK-FM「名曲の楽しみ」)彼はモーツァルトの

この「繰り返し」のもたらす魔法、音楽の魅力を直截に表現した例としてイングリッド・ヘブラーの演奏

を挙げていた。(1963年録音)

 
 つづいてあまりにも有名な第11番イ長調K.331「トルコ行進曲付き」。

 ここではひとつこの日のゲスト、あの怪優 江守徹にその魅力を語ってもらおう。

「僕の気持ちが明るい時でも、ブルーな時でも、厭世的な気持ちの時でも、どんなときでも聴ける曲だと

いう気がするんですね。その音楽性に全く無理がないから、嘘がない。うっかりすると、何か他の人が無

理やり努力してやろうと思うことを、モーツァルトの場合はそういうものを自然に作っちゃうという感じ

がするね。こんなに気持ちが良くなる曲もないなと思うくらい。…唯一といってもいい天才でしょうね、

そう思う。」

 さすがあのピーター・シェファーの戯曲「アマデウス」でモーツァルト役をやっただけのことはある。

何気ない言葉のようでいて含蓄がある。個人的には「モーツァルト頌」に入れても良いと思う。何しろ

それほどこの曲は人口に膾炙した曲。改めてこの曲の素晴らしさを語るのは至難の業だ。

 この日の「毎日モーツァルト」は個人的に大いに収穫があった。まずこの曲が書かれた1783年は、かの

オスマン・トルコによるウィーン包囲を、苦闘の末撃退してからちょうど100年の記念の年で、ウィーン

では時ならぬ「トルコ・ブーム」が起きていたそうな。まるで「モーツァルト生誕250年」で「熱狂の日

」々を過ごしている我々のようなものではないか。その「トルコ・ブーム」という流行にしっかり乗りな

がらも、モーツァルトは極上の作品をつくり上げたという訳だ。

 もう一つ、百年前の敗走するトルコ軍が残していったコーヒー豆からコーヒーが定着し、ウィーンに独

特のカフェ文化が生まれたという字幕のバックの映像に、銀のトレイにコーヒーカップと並んで置かれた

水を入れたガラスのコップの上に、ちょこんと背中向きに置かれた銀のスプーンが…。アァ、これ、この

間入った、ヴェネツィアで最も古い創業250年というカフェ「フロリアン」で出たのと全く同じ光景!そ

うか、これってトルコ風なんだ、と感心してしまった。

 もひとつおまけに、この日の演奏はクリスティアン・ツァハリアスのピアノだったのだが、この録音に

は打楽器を特徴とすろトルコ軍楽の雰囲気を再現するためにということで、トルコ風のシンバルの音が

(どう聴いてもタンバリンにしか聞こえなかったが)加わっているという、ややキワモノ風の演奏だっ

た。

 それにしても改めてシビれたのが、第1楽章アンダンテ・グラツィオーソ 冒頭の主題、旋律にからむ

左手の絶妙な和音。モーツァルトを聴く醍醐味、ここに極まれり である。(アラウ(CD:UCCP-9351))


 さぁ、最後の12番へ行こう。この日のゲストは京都大学在学中の弱冠23歳、『日蝕』で芥川賞を取った

作家の平野啓一郎。彼はこの12番K.332の第3楽章についてこう語った。

「3楽章が始まった瞬間に、何か異様な感じがするんですよね。もの凄くきれいなメロディなんですけ

ど、何かちょっと不穏な、というか、不思議な感じがするんですね。それがすごい魅力で。ものすごいネ

ガティブな言い方すると、ちょっと気持ち悪い感じがするし、良い言い方をすれば、こういうところにこ

そ天才が現れるんだってことになる。たぶん彼の中にはずっとこう楽想があって、そこでパッとはじける

瞬間があるんだと思うんですけど、その突発的な出方が面白いですね。」

 「何か」「ちょっと」の連発が「何か」「ちょっと」若さを感じさせてしまうのですが、しかしここで

平野クンが言いたいことは、実は私も「すごく」よく分かるのです。

 この曲の3楽章の「何か」「ちょっと」変な感じ、今まであなたも感じたことなかったですか?

 昨年の10月に書いたモーツァルトのピアノ・ソナタ第13番K.333。

http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/14578571.html たぶん僕がピアノ・ソナタで一番好きな曲だと思

う曲。大好きなアラウじいさんのLPではこのレコードのカップリングがこの12番なんですね。で何度も

聴いたんだけど、何かこの3楽章に違和感を感じて、13番ほどは好きになれなかった曲。でもこの平野ク

ンの「何かちょっとヘンな感じ」の発言で吹っ切れた思いがします。

 つまり平野クンの言いたいことも、私が感じた違和感も、吉田秀和氏に言わせればこういうことになり

ますよね。

 「偉い音楽家の音楽というのは、どの方へ流れていくか、ある方向性を感じさせる。ベートーヴェンの

音楽はその典型である。しかしモーツァルトの音楽は、時々どこへ行っちゃうのか、分からないことがあ

る。ハッと気づくと、まるで違う方向へ行っちゃうこともある。それはモーツァルトの音楽の持っている

近代性、モダンなところではないか。」(前述「名曲の楽しみ」より)

 モーツァルト ピアノ・ソナタ第12番ヘ長調K.332 。その第3楽章の持つ不可思議さ。聴く者の予測

不可能な楽想の出現、曲の展開は、モーツァルト自身にもたぶん説明のできない彼の天才の表出なのでし

ょう。そういった、ちょっと説明のつかない音楽、誤解を怖れずに言えば「紙一重の」音楽。そういう

ものが、彼の後期には増えていくような気がするのです。


 

 

閉じる コメント(20)

おはようございます。この10〜13番のソナタって、ちょっと震えるような魅力がありますよね。文中3氏の書いている事は、うなずけます。 私、10番がとても好きですが、最近12番にとても惹かれます。 第2楽章の半音階の使い方と転調は、天才だけがなせる技だと思います。

2006/6/18(日) 午前 9:57 [ - ]

モーツァルトのピアノソナタはすぅーっと耳に入ってくるかんじがいいですね♪トルコ行進曲の、途中で少し悲しい旋律になるところがスキです。でも、このように解説していただくと他の曲にも愛着がわいてきますね♪

2006/6/18(日) 午後 0:33 [ mks*eet*105 ]

顔アイコン

私の記事と曲目がバッティングしました(笑)モーツァルトのソナタに関しては、私もさほど知識はないので大変勉強になりました。ツァハリスの演奏凄く気になります。

2006/6/18(日) 午後 11:32 megumegu0565

顔アイコン

こんにちは。お久しぶりです。時々覗いてましたが、この頃忙しくて…。この4月以来コンスタントにコンサート行ってますが、ソナタ10番は先日ツィンマーマンを聴きました。まるで音が飛んでいくような軽々としたさわやかなモーツアルトでした。17日の土曜日は、ムター・オーキスの5曲でVn.ソナタを聴きました。唯一の短調k304は秀逸でした。アンコールの最後にもう一度その2楽章を弾いてくれました。今でもまだ頭で鳴っています。

2006/6/19(月) 午前 9:04 [ niw*b*2000 ]

顔アイコン

yoneyonさん、こんばんは。僕も今回改めてこの4曲、K.330、331、332、 333の凄さを再認識しました。K.332に天才を感じるのは平野啓一郎と同じで、さすがですね。僕もそう思います。

2006/6/19(月) 午後 10:27 gustav

顔アイコン

sweetさん、「モーツァルトのピアノソナタはすぅーっと耳に入ってくる感じ」番組でもピアニストの菊池洋子さんがK.333の出だしを「モーツァルトが私に語りかけてくる」といってました。僕はそれを「まるで真珠が手のひらからぽろぽろとこぼれ落ちるように始まる」と表現してみましたが、どうでしょう?13番、是非聴いてみて下さい。

2006/6/19(月) 午後 10:35 gustav

顔アイコン

shogoさん、偶然ですね、同じ日に。僕もラルス・フォークトに関心を持ちましたよ。

2006/6/19(月) 午後 10:49 gustav

顔アイコン

にわぶぅ、ホントおひさ!お互いこの商売4、5、6月は、なんちゅうても忙しいですな。10番、ツィマーマン。どちらも好きな組み合わせですな。K.304の第2楽章はブログにも書いたけど、ホンマ泣けますわ!この夏は高原へいらっしゃいませぃ。(笑)

2006/6/19(月) 午後 11:05 gustav

顔アイコン

GUSTAVさん、興味深く拝見させていただきました。今後の演奏にいかしていきたいと感じたところがありましたー♪

2006/6/20(火) 午前 1:30 Fiore

こんにちは、ちょこちょこ覗かさせていただいていました。トルコマーチのキワモノ、御存じかどうか、作曲された当時トルコマーチ用のピアノがつくられました。ペダルが5本もあって、ダンパー(弦解放)以外にも太鼓、シンバル、などの鳴り物機能ががついていました。なので、このシンバルつき演奏は意外と当時の演奏を再現しているのかもしれません。

2006/6/20(火) 午前 3:04 [ まぐ ]

顔アイコン

フィオーレさんみたいなプロの方に、参考になることなんてありました?自信がないので恐る恐る書いてみましたが、お蔭でこの機会にモーツァルトのピアノ作品がだいぶ好きになりました。

2006/6/20(火) 午後 6:32 gustav

顔アイコン

nsmkoさん、トルコマーチ用のピアノがあったとは知りませんでした。でもこういうキワモノっぽいの、嫌いではありません。TVの映像にも、ウィーンの街角でハンガリーのツィンバロンっぽい楽器を演奏していたのがありましたよ。

2006/6/20(火) 午後 6:36 gustav

これらの曲はとても有名なので、マイCDでイメージを固めず、もっぱら演奏会での一期一会を楽しんでいます。…もう少し後にナポレオンのエジプト遠征。イスラーム世界を追い抜きつつある欧州人の、憧れと優越感が入り混じっていて興味深いですね。

2006/6/21(水) 午前 0:19 なっちゃん0904

顔アイコン

ナポレオンのエジプト遠征、1798年ですか。「イスラーム世界を追い抜きつつある欧州人の憧れと優越感」なるほど!ウィーンのトルコ・ブームもそういう視点で見ることができますね。ウィーンでモーツァルトが活躍していた頃、イギリスでは既に産業革命が始まっていた訳ですしね。にわかに世界史的にモーツァルトの音楽が楽しめそうです。

2006/6/21(水) 午後 10:28 gustav

顔アイコン

初めまして、大変勉強になりました。これからも読ませていただきます。有難うございました。

2006/6/23(金) 午前 4:47 Chopin

顔アイコン

ショパンさん、こんにちは。こちらはピアノ曲は全く詳しくなくて恥ずかしいのですが、かろうじてモーツァルトのそれは聴きます。こちらこそいろいろと教わりたいです。どうぞよろしく!

2006/6/23(金) 午前 6:25 gustav

顔アイコン

12番はモツのpソナタの中で18番(K.533+494)とともに最も好きな曲です。なかでも第3楽章は、p協奏曲23番第3楽章と同様、ミューズが乗り移ったような、あるいは病的な躁状態を思わせるような、天才による名作だと思っていました。「なんかちょっと変な感じ」とか「気持ち悪い」は思ったことはなかったのですが、でも平野氏をはじめ皆さんと同様のことを感じていたといっていいでしょうね。それから第3楽章に負けず劣らず、第1楽章も天才のひらめきに満ちていると思いますが。

2006/6/24(土) 午後 0:54 zar*th*s*rafu*i

顔アイコン

ふじやん、お久しぶり、ようこそ。第1楽章は13番などと、さほど大きな違いは感じないのですが、第3楽章だけは「なんかちょっと」普通と全然違いますね。「病的な躁状態を思わせるような天才による名作」ウーン、なるほどっ、うまい、座布団1枚!

2006/6/24(土) 午後 11:41 gustav

アバター

平野くんにしろ、吉田氏にしろ、曲を言葉で表現することが非常にウマイ、と感心します。そうそう私が言いたかったのはそんなこと、という感じでしょうか。モーツァルトが他の作曲家と違うのは、「不思議な、どこへ行ってしまうかわからない感じ」が魅力になっているからかもしれません。

2006/6/25(日) 午前 8:00 そにあ♪

顔アイコン

「不思議などこへ行ってしまうかわからない感じ」はモーツァルトが理詰めで書いているからではなく、ごく自然に自分の頭の中に浮んできたメロディを、そのまま書き留めているからでしょうね。理屈じゃないから、どこへとんで行くか自分でもわからない、それがまた他の人には絶対に書けない魅力になるのでしょう。「自然だから無理がない。無理がないから嘘がない」とは江守徹氏。みーんなモーツァルトが好きなんですね。たぶさんも僕も。

2006/6/25(日) 午前 9:31 gustav


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事