クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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 続いて41番「ジュピター」。これこそローマ神話に登場する最高至上の神(ユピテルの英語読み。ギリ

シア神話に出てくるゼウスと同じく、神々の中の王)の名よろしく、雄大かつ壮麗な、古典交響曲の最高

峰の高みに立つ。優美にして壮大。古代ギリシア以来の西洋の美の基準たる「均整と調和」balance &

harmony を音楽でこれほどまでに表現しえた作品は、やはり空前絶後だろう。よくギリシア彫刻やギリシ

ア建築に例えられるのだが、僕が目を閉じると浮かぶのは2月に行ったヴァティカンの聖ピエトロ教会の

壮麗な建物だ。

 そのような印象を我々が抱くのは、やはり第1楽章冒頭の「ド-ソ-ド-ソ-ド」の堂々たるテーマ。そし

て終楽章の「ド-レ-ファ-ミ」というモーツァルトの生涯に亘る旋律(8歳の時の最初のシンフォニー

(K.16)や交響曲33番の第1楽章などに、たびたび登場している)をバッハから吸収した対位法を駆使し

た規模雄大、雄渾無比なフーガに発展させたことによる。まさに葉加瀬太郎の言う「金字塔」だ。


 (そしてこれは昔から思っていたことだが、)この曲が堂々としている割には、変な重々しさや圧迫感

がなく、むしろ軽やかなところから、明治の初め「お雇い外国人」の論理学の教授としてヘーゲル哲学を

東大生に教えに来日し、当時の日本人が軽視していた法隆寺など伝統的な日本美術の保護と再発見に努め

たアーネスト・フェノロサが、奈良で初めて薬師寺東塔を見たときに「凍れる音楽」と表現したというエ

ピソ−ドを想い出す。

 実はこの話、高校の日本史で使う図説資料に「各層、屋根の下に裳階(もこし)がつき、六重に見える

が三重の塔である。調和のとれた優雅さからフェノロサは「凍れる音楽」と称した。」とカラーの美しい

薬師寺東塔の写真の横に解説が載っている話なのだ。が、毎年ここを教えるときは必ずツッコミを入れる

「ではなぜフェノロサという外国人はこの写真の塔を見て『凍れる音楽』と言ったのでしょうか?」と。

 「それはこの塔が形としてバランスが取れ、全体として調和が取れている点。またそれはなぜそういう

ふうに感じるかというと、三重の塔各層の軒(屋根)と裳階とが作り出す長短交互の出入りが、見る者に

心地良い律動美、すなわちリズムを感じさせるからではないでしょうか。それが凍れる音楽、すなわち

frozen musicという感嘆の表現になったんじゃないかな?」と指摘する。

 そこで生徒の目がキラリと光った(ような気がした)ら、さらに調子に乗って次なる問いを発する。

「それじゃぁ、この時東塔を見ながらフェノロサの脳裏に浮かんだ音楽というのは、いったいどんな

音楽だとあなたは思いますか?」(実際にそう発問してみたのは、今までに1回しかないのだが。)

 ハーバード大出の、19世紀当時のアメリカを代表する哲学者、知識人であり、ギリシア以来のいわゆる

西洋の古典的教養を付身した彼であるから、やはりその脳裏に去来した音楽はクラシック音楽、それもロ

マン派以前の古典派の音楽であろう。塔の持つ優美かつ壮大な構成美から、一般的に考えればハイドンま

たはモーツァルトの交響曲。そしてそこに独特のリズムと軽やかさを感じたとすればモーツァルトのそれ

と考えるのが順当だろう。

 では何番の交響曲?  調和、均整、壮麗…。 東塔を讃える言葉のつれづれから考えれば、やはり41番

「ジュピター」を連想するのがまず異論のないところではないだろうか。(僕個人は東塔の持つ一種の清

冽、さわやかさからして「静謐」の交響曲39番だと思いたいのですが。)(特にリズム、律動美という点

でいえば「ジュピター」の第3楽章。この3楽章メヌエット、前回の「アイネ・クライネ・ナハトムジーク

」の第3楽章メヌエットと非常な共通点があり、ともに大傑作であると今回感じました。)


  カール・ベーム 指揮 ベルリン・フィルハーモニー(1962年)(LP:MG4015)

  ブルーノ・ワルター 指揮 コロンビア交響楽団 (1960年)(LP:20AC1804)

  コレギウム・アウレウム合奏団(1977年)(バイエルン州キルヒハイム フッガー城 糸杉の間)

                           (LP:ULS-3233-H)(CD:BVCD-38142)


 今回一番うれしかったこと。「ジュピター」だけはさすがのワルター/コロンビア響も今ひとつだと

長年感じていた(齢80を超える老ワルターが作り出す、ゆったりたっぷりのペースがさすがに遅すぎて、

音楽の勢いが感じられず、弛緩してしまっている)のだが、(それだけに録音はやや潤いがなく荒さが目

立つが、音楽にアポロン的な引き締まりを感じるベーム/BPOの男性的で筋肉質な演奏を最良のものとして

いた。特にフィナーレの終結部でのペガサスが大空を駆け抜けるような、まさに「天馬空を行く」表現を

最も好んでいた)、今回このワルターのレコードを買って20年以上の歳月が経って、初めてこの演奏の良

さに気付けたことだ。

 若い頃聴いて、弛緩と感じていたものが、遅めのテンポと、ティンパニーやコントラバスなど低音部の

音の厚みを比較的強調するワルターの丁寧な音作りが、今回この曲の堂々たる風格を良く活写していたこ

とに、ようやく気付いた。ベーム/BPOでのお気に入りのフィナーレ終結が、ワルター/コロンビアでも最

も好ましい表現、つまりここのところはあの最晩年のジングシュピール「魔笛」の第1幕の大団円でザラ

ストロを称えるあの場面と全く同じ終わり方をする。つまり「ジュピター」交響曲は「魔笛」のメルヘン

と叡智の世界を現わすシンフォニーなのだということを再認識できた。


 20年という歳月を経て、ようやくワルターの「ジュピター」の大人さを、虚心坦懐に聴くことができる

ように、自分の中の何かが変わったのだ。これからは40番と同じように、人生最後のその日までワルター

の「ジュピター」の世界に遊ぶことになる。


 もちろん39番を含めて、これでようやく自分はモーツァルトの三大交響曲を、本当の意味で鑑賞できる

立場に立ったような気がするのだ。




          ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲          佐佐木信綱(明治)



 

 

閉じる コメント(24)

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ジュピターは、やはり39番と同じくブリュッヘンだなあ。18世紀オケ版は古楽器でありながら、重厚な印象の迫力満点で、聴いていてワクワクします

2006/10/30(月) 午後 10:57 Key

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しもさん、ありがとうございます。若い頃買ったレコードで、若い時は良さに気付かなかったけど、年取って良さが分かったものって…案外少ないですよ。よろしければGUSTAVと呼んで下さい。「クリムト」の映画も封切になったそうですし。

2006/10/31(火) 午後 9:23 gustav

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ほろさん、こちらこそお久しぶりです。ピアノを習っている方などがよくおっしゃいますが、モーツァルトの曲は初心者でも弾ける。でもそれを窮めるのは大家でも難しい、と。そのとおりだと思います。それがモーツァルトの偉大なと・こ・ろ!ですね。

2006/10/31(火) 午後 9:39 gustav

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スピンさん、そうおっしゃらずに「生誕250年」ですし、是非記事を!お待ちしていますよ。しかし最近やたら仕事が忙しく、本当に九州へ行けるのかなぁと時々心配になりますです、ハイ。

2006/10/31(火) 午後 9:45 gustav

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Kapellさん、ありがとうございます。ワルターの、より若い頃の40番はもちろん聴いてみたいですね。そしてクーベリックのジュピターは知情意、三位一体のバランスが取れ、カザルスのそれは熱く燃え立っていることでしょう。せっかくジュピターが好きになったので、是非聴いてみたいと思います。

2006/10/31(火) 午後 10:05 gustav

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KEYさん、ブリュッヘン/18世紀オケも聴いてみたいですね。しかしKEYさん、実は僕は演奏論(演奏家論)にはあまり興味がないのです。それよりも作品論(作曲家論)を語りあいたいですね。曲そのものの素晴らしさを、モーツァルトの偉大さを。それが本音です。

2006/10/31(火) 午後 10:09 gustav

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次の演奏会で、ジュピターをやります(今週末、初練習(>_<))。僕はやっぱり40番の方が好きなので、41番はあまり突っ込んで聴いたことがなかったのですが、いい機会ですので楽しんでみたいかな、と。ワルターの演奏、是非聴いてみたいですね。早速CDを探してみます!

2006/10/31(火) 午後 11:47 [ nakkun ]

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ぼくもワルター&コロンビア響の「ジュピター」所持していますが、あまり聴きません。今回の記事読ませてもらって「なるほどなぁ」と思いました。改めて聴きなおしてみます。

2006/11/1(水) 午後 10:52 [ 文房具009 ]

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「フェノロサの脳裏に浮かんだ音楽」とは何だったのか、本当にジュピターだったら、などと想像するとわくわくします。それ以上に、その質問に対する高校生の答えが気になります(笑)。ベーム・BPOの演奏は、確かにいいものだと思っていました。ワルターのものは聞いたことがありません。ぜひ聞いてみたいものです。

2006/11/2(木) 午前 6:45 そにあ♪

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「ド-レ-ファ-ミ」ではありませんが、そっくりな主題はヴァイオリン・ソナタK481第1楽章展開部に出てきますね。コーダで再現されるのも素敵です。偶然にもソナタ第41番ですね。

2006/11/2(木) 午後 3:03 zar*th*s*rafu*i

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こんばんは。いよいよ後期3大シンフォニーまで話が進んで来ましたね。私の方は、11月に来日するアーノンクール・ウィーンフィルの豊田での演奏会のチケットを苦心の末入手しまして、ラスト3大シンフォニーを12日(日)に聴いてきます。楽しみです。またどんなだったか報告します。

2006/11/2(木) 午後 6:40 [ niw*b*2000 ]

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なっくん、そうですか、ジュピターをやるんですか(と頭の中では「のだめカンタービレ」の場面が浮かぶ)。今日はワルターと同じCBSソニーのクーベリックのCDを買ってきて聴いていますよ。

2006/11/3(金) 午後 1:04 gustav

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ユリ・ゲラー3世さん、今まで「遅い」という固定観念で、何年も聴かなかったワルターの41番を久しぶりに聴いたら、遅いと感じなかった。ワルターの歩むテンポにようやく合ってきたのでしょうか。あぁ年だなぁ(と愚痴るまい!)。

2006/11/3(金) 午後 1:10 gustav

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たぶさん、日本史であれ、世界史であれ、単なる受験科目として効率良く教えるだけの授業はしていないつもりです。いつの時代も政治史・社会経済史の後の、文化史に一番力を入れたいと思っています。日本の文化、世界の文化遺産を鑑賞、享受できる大人になってもらいたいから。ワルターはやはり、19Cロマン主義の最良のものをを体現しえた人だと思っています。

2006/11/3(金) 午後 1:18 gustav

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ふじやん、ヴァイオリン・ソナタ41番ですか。手元にないなぁ。40番と42番はあるのだけれど。「ド-レ-ファ-ミ」コードの音楽、まだまだありそうですね。

2006/11/3(金) 午後 2:28 gustav

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niwabu、アーノンクール/VPOの3大交響曲ですか。羨ましいなぁ。ザルツブルク音楽祭で聴いてきた人の話によると、すごいらしいですよ。是非、報告をお待ちしています。

2006/11/3(金) 午後 2:32 gustav

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薬師寺東塔を見ながらフェノロサの脳裏に浮かんだ音楽・・・私も交響曲39番だと思います。アポロ芸術の晴朗な世界、バランス感覚ですね。

2006/11/5(日) 午前 10:29 Kapell

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kapellさん、ありがとうございます。世間的に順当にいけば「ジュピター」なのかなという気もしながら、パルテノン神殿をも想起させる神々しく堂々壮麗な「ジュピター」ではちと重すぎる感が、個人的にはぬぐえません。清冽な初秋の風のような軽やかさを持つ39番であってほしいという、まぁこれは39番ファンとしての私的な願いでもあります。

2006/11/5(日) 午後 0:20 gustav

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今日は、モーツワルトはたまに聞きますが、曲と題名が一致しません。

2006/11/12(日) 午後 0:27 mtdcx048

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harutoさん、TBありがとうございました。〜朝の公園〜の写真、季節柄、ブラームスの音楽をイメージしました。モーツァルトだったら、やっぱりわりと晩年の弦楽五重奏曲K.614とか18番以降の弦楽四重奏曲とかのイメージかな?

2006/11/13(月) 午後 10:42 gustav

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