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1月7日(日)雪
昨日、今日と今シーズン初めての本格的な雪となった。
昨日は太平洋側の低気圧が発達してもたらした、いわゆる「かみ雪」。ベタッとして重い。今日は強い
冬型の影響で降った雪で乾燥していて軽い。どちらにしても本格的な降りで、両日でかれこれ30cmは積も
っただろうか。結局2日とも雪かきばかりしていたように思う。少し道路から奥まったところに家がある
ので、1回の雪かきで小1時間はかかる。ご近所に独り暮らしのお年寄りの方がいるので、その前もかく。
雪をかいている時は無心というか、ただ黙々とかく。何も考えない。と、突然自分の中で、不意に
ドヴォルザークのチェロ協奏曲の旋律が鳴った。
どうしてだろう。いつもはちょっと重過ぎるというか、何だか演歌調にも聴こえるこの曲の第1楽章や
第3楽章。普段聴くには何かちょっと恥ずかしさを感じる旋律(分かりますか?)ドヴォルザーク独特の
親しみ深いんだけど、ちょっと野暮ったいようなところ。交響曲第8番の最終楽章なんかもそんなところ
ありますよね。
とにかくそんなこんなで普段はあまり聴かないドヴォ・チェロが聴きたくなってきた。雪かきが一段落
したので、自分の部屋へ。レコード棚を見る。あぁ、やっぱりドヴォルザークのチェロ協奏曲のレコード
がないことに気づく。有名な曲なんだけど、先ほど言った理由で普段そんなに聴かない。それでも昔、あ
の吉田秀和が解説で褒めていたので、ロストロポーヴィッチとカラヤン/ベルリン・フィルの有名な演奏
のを買ったことがあったが、カラヤン特有のオケの音が平べったいというか、薄い感じがどうしても馴染
めずに手放してしまった。(それが僕の持っている唯一のカラヤン指揮のレコードだった。どうも彼とは
相性が悪いらしい。)その後、情熱的といわれるデュ・プレ、バレンボイム/シカゴの盤か、端整といわ
れるフルニエ、セル/ベルリン・フィルのどちらかを買おうとずっと思ってきたのだが、なぜか今日まで
中古LP屋さんでこの2つのLPにお目にかかったことがないのだ。CDでも持っていないので、結局今日まで
持たずじまいの名曲になってしまった。
さて、どうするか。このドヴォルザークのチェロ協奏曲を聴きたい気分を。その代わりにと、レコード
棚をごそごそやって取り出したのが、
ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲(スーク(Vn)、ノイマン/チェコ・フィル)
エルガーのチェロ協奏曲
チャイコフスキー 交響曲第5番 (ハイティンク/コンセルトヘボウ管) の3枚。
この3曲を聴いて、やっとドヴォ・チェロを聴きたくなった腹の虫がおさまったというか落ち着いた。
落ち着いたところで考えてみた。なんでドヴォルザークのチェロ協奏曲が聴きたくなったのだろう。気分
なんてものは理屈で説明できないもの、と言ってしまえば元も子もないのだが。クラシック音楽を聴いて
30年、特に季節を強く意識して聴くようになって20年の自分にしてみれば自分の思考回路というものは、
案外に見えてくるものである。
まず「雪」である。寒里、信州松本に暮らしていると、寒いのはいつものことで慣れている。しかし日
本海側の長野と違って、「雪」は案外滅多に降らない。太平洋側の低気圧が発達して「かみ雪」を降らせ
た時か、冬型が強くなって、日本海側の雪がここまで来た時のどちらかの場合しかない。まさに昨日、今
日がそれに当たるわけだ。つまり冬の暮らしの中でも、雪は「非日常」の光景。そんな非日常の風景が触
発して、普段聴かない曲を所望したくなったのかも知れない。
そして「雪景色」が僕の場合、チェロの音色に結びつくようだ。前にも大雪が降った翌朝、太陽に降り
積もった雪がキラキラ輝く風景を見ると、バッハの「無伴奏チェロ組曲」第3番が聴きたくなると,昨年の
「音楽歳時記」に書いた。(2006 1/28 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/24832136.html )
雪は僕にとって「非日常」の光景であり、また冬の荒涼感、人間を超えた自然のスケールを感じさせる
ものである。チェロという楽器もまた、僕にとって一番近しい存在のヴァイオリンに比べ音域が広く、
深々とした音で、弾き方によっては豪放磊落なスケール感がある。人間の声に最も近いとい
われる音色の暖かみもあり、雪寒にかじかんだ指先を暖めてくれる温もりがある。そんなところが雪とチ
ェロを結ぶ接点になるのだろうか。
ところで前述の3曲の中で、イギリスの作曲家エルガーのチェロ協奏曲も、わが音楽歳時記では冬の
曲、特に雪景色に合う作品だと思っている。イギリスの大作曲家というのは、案外少なくて近代ではディ
ーリアスとかエルガー(1857〜1934)くらいではないか。
イギリスというのは北欧には含まれないが、気候的には寒く、風土的には荒涼としている。したがって
イギリスの作曲家の作る音楽は、どことなくシベリウスやグリークなど北欧の作曲家の作風に近いところ
があるように思う。昨年の音楽歳時記でシベリウスは1月の作曲家、グリークは2月の作曲家と紹介した。
このエルガーもそれに近い、どちらかといえば冬のイメージの作曲家だ。(それに対し、ディーリアスは
春の到来を待つ早春の作曲家という感じだ。)
バッハの短調の無伴奏チェロ組曲を思わせるような荘重な、そして悲痛なチェロのレチタティーヴで始
まるこのチェロ協奏曲は第1楽章や第3楽章の激しい場面など、海からの冬の季節風に吹きつけられるイギ
リス海岸。他に作物など育たぬ泥炭層からなるヒースの丘の荒涼とした風景を想像させる。
演奏はイギリスの天才女流チェリストだったジャクリーヌ・デュ・プレのチェロ、わが敬愛するサー・
ジョン・バルビローリ指揮ロンドン交響楽団(LP:EAC-81009)
デュ・プレは11歳でロンドン国際チェロ・コンクールで優勝、16歳でプロ・デビューした。が、28歳で
複合硬化症という難病に冒され、その後亡くなった悲劇の女性でもある。
白鳥の歌ともいうべきこのエルガーの協奏曲は、彼女の渾身の思いが込められたかのような、激しく情
熱的な演奏だ。
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英国の大作曲家といえば、ご指摘以外だとヴォーン=ウィリアムズとやっぱりブリテンになるのかなとは思います。ところで、松本は雪が少ないというのにはちょっと驚きました。てっきり松本も豪雪地帯なのかと思っていましたので。エルガーのチェロコンは、デュプレとは対照的なシュタルケル盤も愛聴しています。
2007/1/8(月) 午後 3:41
デュ・プレ演奏のエルガーのチェロコン。もうたまりません。情熱的で燃えるような演奏、涙が出ます。彼女を題材にしたドキュメンタリー映画もあります。機会があったら見てみてください(実は録画だけしてあって、まだ見ていない・・・)。
2007/1/8(月) 午後 8:58
shogoさん、そうですね、V=ウィリアムズとブリテン忘れてましたね。BUt正直この2人の曲はグリーン・スリーブス…というのと、シンプル・シンフォニーくらいしか知りません。すみません。(^_^;)
2007/1/8(月) 午後 10:55
たぶさん、彼女がこの世に生きた証としての演奏、ライヴ。やっぱり感動しますね。映画は「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」でしょうか。あの映画でもエルガーのこの曲はテーマ音楽のように鳴り響いていました。姉だったか、妹だったかとの性的な確執などもあったようですね。
2007/1/8(月) 午後 10:59
ども。ごぶです。 ちょうど7日の日曜日、ドヴォルザークのチェロコンをBGMに包丁研いでました。深い意味はございませんが。同じタイミングで同じ曲が聞きたくなったというのが妙におかしくて書いてみました。 ちなみに我が家のはフルニエ/セル/BPOのCDです。
2007/1/9(火) 午後 0:59 [ ますみ ]
そういえば、某TV曲でのカウントダウン曲はエルガーでしたね(^−^@)。
2007/1/9(火) 午後 4:40
クララさん、そうですね。エルガーといえば一番有名なのは「威風堂々」ですよね。あのイメージとはまただいぶ違うのがこのチェロ協奏曲ですので、良かったらまた聴いてみて下さい。
2007/1/9(火) 午後 6:31
ますみくん、ども。今年は会えるといいですね。さて同じ日に片方は雪かきしながら、もう片方は包丁研ぎながら、ドヴォ・チェロ・コンがBGMだったというのは笑えますね。やっぱ肉体労働とか職人芸につながる音楽なのかな。今年もハモニカ練習がんばって下さい。
2007/1/9(火) 午後 8:32
お久しぶりです。松本ってそんな雪降らないんですか。意外ですね。ところで、最近複数のブログでエルガーの名前が見受けられ、年末にディヴィス&ロンドン響の1番・2番・3番の交響曲を購入しましたが、今のところ、彼の曲には私の感性がそっぽをむいているようです(笑い)。また、デュ・プレのドヴォ、チェロコンは私もお気に入りのひとつですが、確かに聴きたいというのは、何年かに一回ぐらいしかないですね。何故か理由は定かではありませんけど・・・(汗)
2007/1/14(日) 午後 11:18
タカピーさん、今年もよろしくお願いします。昨年はある会で南日本新聞の記者の方と知り合いになりました。とてもいい方です。さて僕もエルガーはチェロ・コン以外はちょっと…ですね。それからデュ・プレ何となく分かるような気がします。気軽にちょいと聴くという類のものではないということですね。僕も先日デュ・プレではなくフルニエのCDを選びました。
2007/1/15(月) 午後 9:25