クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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 クラリネット協奏曲、クラリネット五重奏曲と、クラリネットの名曲が続いたので、今日はこの2曲ほ

ど有名ではないが是非ご紹介したい、クラリネットの佳曲を。

 それがクラリネット三重奏曲、通称「ケーゲルシュタット・トリオ」K.498。

 曲名の由来はモーツァルトが当時流行っていた「ケーゲルシュタット」という、今日でいうボーリング

遊びに興じながら、この曲を作曲したという話から来ている。ケーゲルシュタットは「九柱戯」と訳され

ボールを投げて、名前の通り10本ではなく9本のピンを倒すまさしくボーリングゲーム。

 ボーリングといえば日本では高度成長真っ盛りの昭和40年代に大流行りして、須田開代子、中山律子ら

アイドルスター並みの人気を誇るプロボウラーが出たり(「律子さん、律子さん、な・か・や・ま律子さ

ん!」という一世を風靡したCMもあったなぁ。あれは資生堂のシャンプーか何かのCMだったっけ。)

「美しきチャレンジャー」という新藤恵美扮する主人公がプロボウラーを目指すスポ根(ロボコンじゃな

いよ!「巨人の星」「柔道一直線」などアニメから出たスポーツ根性物語のこと。)ドラマが流行ったり

(そういえばあのドラマでは毎回番組冒頭のナレーションでこんなことを言っていたな。「今やボウリン

グはオリンピック競技にも数えられようとしている云々。」入ってない、入ってないってば!)とにかく

日本中ボウリング、ボウリングで大変なフィーバーだった。何しろこんな信州の田舎にもどんどんボウリ

ング場が立たって、それがどこも押すな押すなの大盛況。日曜なんぞは朝の何と5時から並んで、しかも

みんな「マイボール」なんぞという、重さと指の穴の大きさをわざわざ自分専用に合わせて作った代物を

これまたマイボール専用の手提げバッグに下げて(ありゃぁ結構重いゾ。)出かけたものだ。何しろ一介

の職人のうちの親父や、おしとやかでもの静か、スポーツする姿なんぞ絶対に想像できないというお隣り

のおばさんまで「マイボール」持ってたもんなぁ。

 随分脱線してしまったが、要するに日本ではほんの一時期のすごいブーム(考えてみれば日本という

お国は何でもそうだ)で、今でも場所はあるこたぁあるけど、実にじみーな存在の娯楽になってしまった

感のあるボーリングであるが、本場ヨーロッパでは息のながーい人々の楽しみのひとつとして親しまれて

いる。何しろ始まったのが4世紀頃のドイツの教会で、神父たちはピンを悪魔に見立てて、日曜ごとにこ

の悪魔倒しのゲームを信者たちにやらせていたというから愉快だ。

 それが時代が下ってドイツからオランダ、イギリスへと広まって、やがて移民とともにアメリカに渡っ

ていくのだが、ピンの数というのは日本の場合のように必ずしも10本とは決まっていなくて、まちまちだ

ったらしい。元祖ドイツでは9本のスタイルが残って、モーツァルトが生きた時代のウィーンでもピンが9

本のボーリング「ケーゲルシュタット」(九柱戯)という遊びが流行っていた。(ケーゲルとはピンのこと)

 さて本当にモーツァルトはケーゲルシュタットをしながらこの曲を書いたのか、といえばその確証はな

い。ただし同じ頃作曲された「管楽器のための12の二重奏曲」K.496aの楽譜には、自筆で「ケーゲルシ

ュタットをやりながら」つくったと明記されていたという(石井宏氏の文参照)からトランプ、ビリヤード

ダンスと何でも遊びに目がなかったモーツァルトのこと、この佳品を遊びながら作ったというのもまんざ

らありえない話ではない。

 それに曲の冒頭、ゆったりとワルツでも踊るように(実際は6/8拍子)主役のクラリネットが登場する

あたり、本当にモーツァルトは肩の力を抜いて気楽な気持ちでリラックスして書いているなぁという感じ

がして小気味良い。

 そんな印象をこの曲が与えるのも、この曲が仲間内の”お遊び”の曲としてつくられたからだろう。

この曲はモーツァルトがウィーンで歌劇「フィガロの結婚」を完成させた、彼の絶頂期1786年8月に、彼

のピアノのお弟子さんだったフランツィスカ・フォン・ジャカンという女性の依頼でつくられたという。

 ジャカンは当時モーツァルトの家に出入りしていた、彼の大親友のゴットフリートの妹で、父は高名な

植物学者フランツ・フォン・ジャカン。モーツァルトもジャカン家でたびたび音楽の集いやパーティーを

催すといった親しい間柄にあったらしい。

 おそらく当時花の17歳、お年頃のジャカン嬢に「ねぇ、モーツァルトさん。何か私たち仲間でアンサン

ブルができる肩のこらない曲を作ってくださらないかしら」などといわれて、モーツァルトもまんざらで

もない表情で、「じゃぁ君のために書いてあげるよ」と愛想のいい返事をして、ケーゲルシュタットのゲ

ームをしている間に、さらっと書き上げたのがこの曲ではなかろうか。

 事実初演は、まだあどけなさが残るフランツィスカがピアノを、そしてモーツァルト自身が得意のヴィ

オラを担当して、クラリネットはこれも当時モーツァルトの家に出入りしていた遊び仲間の一人名手アン

トン・シュタードラーが受け持ったという。

 この曲が作られた当時は前述した不朽の名作「フィガロの結婚」を世に問うた頃。いわばウィーンに出

てきたモーツァルトが、経済的なことも含めてその絶頂にあった頃、彼は何曲かのピアノ三重奏曲を集中

的に書いている。(有名なのがK.496とK.502)いずれもモーツァルトが、仲間内のサロンで弾くこと

を想定した家庭的な作品。おそらく得意満面なモーツァルトがその幸せな、愉快な気分から自然に湧き出

た楽想を気のおけない仲間たちと分かち合おうと作曲したのであり、この曲の場合最初から演奏者をイメ

ージして作ったからこそ、ピアノ、ヴィオラ、クラリネットという一風変わった編成の曲に仕上がったの

だろう。

 曲は3楽章からなり、第1楽章はアンダンテ 前述したようにピアノとヴィオラの短い前拍のあと、踊る

ように滑るように、ふくよかにのびやかに、クラリネットが登場し主題を吹く。いかにも気持ち良さそう

だ。曲を聴く我々、奏でる演奏者だけでなく、モーツァルト自身が気持ち良さそうに作曲している光景が

目に見えるようだ。そう、映画「アマデウス」でビリヤード台の上で玉を転がしながら、フィガロのあの

perdono 許しのメロディを作曲していたトム・ハルスのように。他の曲以上に、この曲は等身大の本当

のモーツァルトの姿を映し出しているのではないだろうか。

 第2楽章 メヌエット 何ということはない、モーツァルトとしてはごく普通のメヌエットなのだが、

印象的なのは(CDで1:50から始まる)ト短調に変わるトリオの部分。ヴィオラがモーツァルトの内面の、幸

せな中に忍び寄ってくる不安を表すかのように、不機嫌そうに三連符を刻む中、にわかにとぎれとぎれに

哀しげにクラリネットが旋律を吹く。時間にすればたったの2分ほどなのに、この部分が非常に長く感じ

る。まるでこの不安がずーっとつづくかのように。するとどうだろう、さっきまでどうということもなか

った前後の長調の部分の中にも、実は微妙に不安が、影が差し込んでいることにハッと気づかされる。そ

れは技術的にはモーツァルトが非常に細かく曲の中で転調を繰り返しているからなのだが、それによって

同じ楽章の前後どころか変ホ長調の両端楽章までも、我々聴き手はもはや穏やかな気分で聴くことができ

なくなる。

 長調なのになぜか哀しい。明るい曲なのになぜか涙が出てきてしまう。モーツァルトの音楽の最大の秘

密、魅力を、僕達はこの曲に見出すことができるのではないだろうか。明るいけれど、長調だけれど、モ

ーツァルトの曲は決してただ単純に明るいだけではない。明るさの向こうに透けてみえる不安の気配。幸

せの絶頂に忍び寄る不幸の影。七色の虹に単純に歓声をあげた後、ふと気づくと無色に見えていた周囲の

風景が、複雑な、幾つもの色に染め上げられてできていたことに気づく瞬間があるように、一見単純な彩

りの人生にみえても、そこには実にさまざまな光と影がある。笑いがあり、涙がある。幸せがあり、ペー

ソスがある。そのことを、つまり人生の真実を、モーツァルトの音楽は我々に教えてくれる。まるで大空

にあざやかに弧を描く七色の虹のように。

 「僕はいつも床につくたびに、ひょっとすると自分は明日はもういなくなっているかも知れないと思う

のです。」「死は生の本当の最終目標なのです。僕はこの数年来、この人間の真実にして最上の友人と

とても仲良しになってしまったので、死の姿を少しも恐ろしいと思わないどころか、むしろ大いに心を

安んじ慰めてくれるものと考えているくらいです。」(1787年 4月4日)こんな手紙を病床の父への励ま

しとして出したのは、この曲を作ったわずかに翌年、モーツァルト31歳のことである。

 第3楽章 ロンド アレグレット クラリネットが奏する晴朗なロンド主題と、ヴィオラ(モーツァル

ト自身が弾いている)がリードして導かれる、哀愁を帯びた短調の第2主題が交錯する、そしてその対比

が鮮やかなフィナーレだ。クラリネットの音色はいよいよ深々と、ふっくらとまろやかで、それでいて軽

く、飄々としている。「面白うて、やがて哀しき」音色が魅力のクラリネット。その音色をモーツァルト

が愛したのは、まさに「面白うてやがて哀しき」人間の一生の真実を活写できる楽器だったからだろう。

 演奏は往年のウィーン・フィルのコンサートマスター、ウィリー・ボスコフスキーがヴァイオリンなら

ぬヴィオラを奏し、同じウィーン・フィルのメンバーであるアルフレード・ボスコフスキーのクラリネッ

ト、ワルター・パンホーファーのピアノのトリオのもの(LP:GT-9372)を好んで聴いている。他の演奏に

比べ、ふっくらと柔らか味があり、全体に余裕がある。これがウィーンの粋(いき)というものなのであろ

う。(CD:ベルント・カスパー(pf)ジークフリート・シュラム(cl)マンフレート・シューマン(vla)TKCC-15109)




 

 

 

閉じる コメント(18)

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おても面白そう! 聞きたい気にさせられまーす。

2007/1/14(日) 午後 6:18 Konnichiha

わ〜い、ケーゲルシュタットだ♪私が挑戦した時、確か2楽章の三連符でヴィオラの方が苦戦してましたね〜。譜面面が簡単なのに仕上げるのはとても難しいです。

2007/1/14(日) 午後 7:16 さえ

クラリネットの音色ってなんともいえぬ哀しさがありますよね。この曲はまだ聴いたことがないので、今度ぜひ聴いてみたいと思います♪

2007/1/14(日) 午後 9:00 [ mks*eet*105 ]

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kyokoさん、そう言っていただけると、とても嬉しいです。一般的にはかなり地味な曲なので、多くの人に聴いてもらいたいです。

2007/1/14(日) 午後 9:25 gustav

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さえさん、クラリネットやってる方はよくご存知の曲でしょう。五重奏曲や協奏曲に比べると地味な曲だけど、良い曲ですよね。僕も今回このブログのために聴き込んで、やっとこの曲の真価に触れた思いです。実際にクラリネット吹く人は気持ち良いでしょうね。

2007/1/14(日) 午後 9:30 gustav

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mkさん、モーツァルトのクラリネット五重奏曲や協奏曲を愛する人なら、気に入ると思います。是非聴いてみて下さい。僕の聴いている演奏はみんなかなり古いので、最近のだったら「毎日モーツァルト」にも出てきたザビーネ・マイヤー盤がおすすめだと思いますよ☆ (http://www.hmv.co.jp/product/detail/2500396)

2007/1/14(日) 午後 10:00 gustav

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わたしもこの曲大好きです。穏やかで柔らかな 心地よい音楽のなかに、そこはかとない寂しさがありすね。第3楽章の第1主題でも明朗なようでいて憂いがある。ホント魅力的な曲です!

2007/1/17(水) 午後 6:35 fal*t*ffa*

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あつさん、そうなんですよ。何気ない感じの曲であり、旋律なんだけど、実はそこに後の五重奏曲や協奏曲につながっていく深みがあるんですね。今回協奏曲、五重奏曲そしてこのトリオと製作順の逆に聴いていったから、僕にもこの曲の魅力が分かったのかも知れません。

2007/1/18(木) 午後 9:21 gustav

ご紹介ありがとうございます♪さっそくTSUTAYAへ行って、なかったらリクエストしてきたいと思います!!

2007/1/19(金) 午後 9:25 [ mks*eet*105 ]

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mkさん、ごめんなさい。↑のHMVのサイトを見ると2月21日に「EMI CLASSICS決定盤1300」のシリーズとして再発売される予定のようですね。ひと月ばかり待っていただけますか?

2007/1/19(金) 午後 9:46 gustav

あ、ほんとだ、来月の発売でしたね。では楽しみに待っています♪情報ありがとうございました☆

2007/1/20(土) 午後 1:35 [ mks*eet*105 ]

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ケーゲルシュタットトリオは、親しみやすくて好きな曲です。こんな名曲を遊びながら作ってしまうなんてすごいことです。遊びながらだったから、リラックスしていい曲ができた、と思うほうが自然かもしれませんね、モーツァルトの場合は。

2007/1/27(土) 午前 8:23 そにあ♪

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クラリネットト五重奏曲もクラリネット協奏曲も、そして今回のこの記事のK.498もクラリネットの音色とモーツァルト好きの方には、最高の音楽ですね”

2007/1/28(日) 午後 7:06 JUNOZA

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たぶさん、記事にも書きましたが、やっぱりこの曲はモーツァルトがケーゲルシュタットやりながら書いたんじゃないかなぁ。肩の力が抜けていてそれでいてどこか哀愁も感じる佳曲ですね。

2007/1/28(日) 午後 9:54 gustav

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junozaさん、K.498は前から好きな曲の1つでしたが、今回クラリネット協奏曲、クラリネット五重奏曲と晩年の曲から聴いてきたので、この曲が晩年の2曲に成熟していく必然性を、何か感じとれたような気がします。

2007/1/28(日) 午後 10:16 gustav

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ケーゲルシュタットトリオは以前良く聞きましたが最近余り聞いていません。久しぶりに明日聞いてみます。今日は、宮沢明子さんの、ソナタをずっと聞いてました。私日本のピアニストでは、宮沢さんの演奏が一番すきなんです。明日は誰のケーゲルシュタットにしようかな。

2007/1/30(火) 午前 0:13 [ mof*y* ]

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mofmyhさん、ピアノ・ソナタ僕の場合、8、10、11、12、13くらいしか知らず、今度シフの全集を買ったのでこれから勉強です。NHK-BSの「ぴあのピア」も2月はモーツァルト特集みたいですね。

2007/2/3(土) 午後 10:43 gustav

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シフの全集を私も持っています。彼の初来日の時コンサート会場で買いました。しかし長く聞きません。又聞いてみようかな。

2007/2/3(土) 午後 11:23 [ mof*y* ]


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