クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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6月12日(日)晴れ

 6月といえば薔薇の季節。実際にはうちの薔薇(まだ今のところピエール・ド・ロンサールなど2,3本だけなのですが、そのうちにイングリッシュ・ガーデンのように…)ももう5月のうちから咲いているのですが、やはり薔薇は6月の雨に映える花。(実際には薔薇は雨に大変弱く、うどんこ病とか黒点病とかいろいろ心配が絶えません。)

 さてこのシーズン、まず思い出すのがこの与謝蕪村の詩だ。この句を知って以来、蕪村の俳句の世界を知るようになったが、日本の俳人の中で最も好きな詩人だ。日本の文学史上最高の抒情詩人といってもいい。(蕪村を抒情詩人として再評価したのは、彼の萩原朔太郎だということを、大岡信の文章を読んで知った。天才は天才を知る、というべきか。)

       愁いつつ 岡にのぼれば 花茨

 それにしてもこの詩の持つ抒情性はどうだ。胸に憂いを秘めつつ(この愁いとは何か具体的なものではなく、「恋に恋する」といった漠然とした青春期特有の憧憬であり、哀感であろう)彷徨い歩き、小川の小高い土手を上がると、そこに野ばらが咲いていた・・・。

 これはまさしくシューベルトのリートの世界ではないか。

 どうして18世紀の江戸時代に生きた日本人に19世紀のドイツロマン派の詩人や音楽家の夢想した世界が描けるのか。同じ蕪村には「「妹(いも)が垣根 三味線(ぺんぺん)草の 花咲きぬ」という句もある。そう、もはや偶然ではない。明らかに蕪村にはシューベルトやハイネら西洋の名だたる抒情詩人が描いた世界を先取りした境地がある。萩原朔太郎でなくとも、日本人が世界に誇るべき偉大さがそこにある。

(日本人、とりわけ江戸期の日本人には時として、グローバル・スタンダードに適う世界的大人物が存在する。たとえば同じ18世紀、八戸という日本の地方都市で一生を終えた市井の医師が、フランス革命の導火線と呼ばれたフランスの啓蒙思想家ジャン・ジャック・ルソーよりも早く、優れた人間平等論を著していた。その人の名は安藤昌益。彼については岩波新書のハーバート・ノーマン『忘れられた思想家』が詳しい。)
 
 さてそれにしても蕪村にはなぜこのようなシューベルトのリート世界が描けたのか?

 蕪村は大阪に生まれ、20歳の時江戸に出て、師に俳諧を学ぶ。師の死とともに江戸を離れ、芭蕉に憧れ東北を旅したりして、42歳で京都に居を構え、45歳で結婚をして子をもうけ、68歳で生涯を閉じる。

 以上が蕪村の生涯について私の知るすべてなので、細かいことは言えない。しかし言えること、つまり蕪村とシューベルトの共通点は2つあると思う。

 一つは、さほど裕福な生涯ではなかったろうと想像されること。蕪村はまた画家としても有名だったので、その方面の収入があったかも知れない。しかし、もし蕪村が富裕な階層の人物であったら、または人生において大小数々の辛酸をなめた人でなかったら、三味線(ぺんぺん)草や野ばらなどといった、社会の片隅にかぼそく、そっと咲いている草花の存在に目がいくだろうか。詩の題材にするだろうか。

 もう一つは生涯に亘って、「さすらい」を続けていたこと、あるいは「さすらい」に憧れ続けていたこと。さすらい、漂泊、あてどのない旅…。蕪村のみならず、芭蕉、一茶、山頭火…。日本の俳人は皆「さすらい」人であり、19世紀の音楽詩人シューベルトもまた「さすらい」に憧れた。

    Das Wandern ist des Mullers Lust   さすらいは 水車職人の楽しみ
    ・・・・・・・
    O Wandern,Wandern, meine Lust    おお、さすらい、僕の楽しみ

                       (美しき水車屋の娘 第1曲 「さすらい」 より)
 
 シューベルトもまた「さすらい」に憧れた(メンデルスゾーンのように裕福な境遇だったら絶対に「さすらい」に憧れることはないと思う。なぜなら「さすらい」とは貧しい現実から逃避する一手段でもあるからだ。)が、シューベルトの「さすらい」人の面影を一番伝える作品はどれだろう?

 でも断じてそれは「さすらい人幻想曲」ではない!曲のタイトルが「さすらい人幻想曲」だからそれが一番さすらいの感情を表出しているわけではない。(そのことは4月のブログ開設以来言い続けていることだ。)シューベルトには気の毒だが、この曲はベートーベンを意識しすぎて、まるでカエルが牛のように大きくなろうとおなかをふくらませて、はしけそうになっているくらい、力が入りすぎている。
 
 シューベルトのもっと繊細なリリカルな雰囲気を醸し出しつつ、wanderer の側面を表出しているのが、表題のピアノ・ソナタ第13番ではないだろうか。

 この曲は傑作と言われるシューベルト後期(1825年以降)の長大なソナタと違い、1819年彼が22歳の時に書いた比較的小さな petit sonata だ。一節によると、この年オーストリア北部のシュタイルへ旅行した時、泊めてもらった宿の商人の娘ヨゼフィーネ・フォン・コラーという、当時18歳の「大変可愛らしい人」(シューベルトが兄フェルディナンドに宛てた手紙)で、ピアノが達者で歌もうまかった娘のために書いた作品といわれる。

 だからであろうか、素人のピアニストに弾かれることを意識して書かれているため、簡潔で少しも力むところのない小品となっている。だからこそシューベルトの甘酸っぱい青春の抒情と愛惜、可憐さ、寂寥感、そして漂泊感を表現していると私は思う。

 シューベルトのピアノ・ソナタの世界の魅力に気づいたのが最近なので、レコードはこれ1枚しか持っていない。スヴァトスラフ・リヒテルの1979年の東京でのライヴ。(VIC-28007)。でもリヒテル・ファンの人ごめんなさい!あまり気に入っていないのです。廉価盤のCDで出た(TOCE-13036)1963年の演奏よりはリリカルな面が出ていると思うのですが、やはり強奏の部分が強すぎるのです。

 もっとソフトに、もっと優しく、もっとひっそりと…。
できればラドゥ・ルプーかアンドラーシュ・シフあたりに弾いてもらいたいなぁ。あるいはクラウディオ・アラウかウイルヘルム・ケンプあたりの録音が残っているのなら、ぜひ聴いてみたいと思います。
 

P.S. 彷徨(さまよい)というのは、言葉の一番正しい意味で「ロマン主義」というものの本質だろうと私は思います。

 なぜならロマンティックとは「心ここに在らず」という状態を指す言葉だから。
 辛い現実を逃避し、現実には存在しえない甘美な世界への憧れを指す言葉だから。


     幾山河(やまかわ)越え去り行かば寂しさの果てなむ国ぞ今日も旅行く(若山牧水)
     白鳥(しらとり)は哀しからずや 空の青海の青にも染まずただよふ    ( 〃  )





P.S. その後、ラドゥ・ルプーのCDを手に入れ、今はもっぱらそれを聴いています。(LONDON POCL-1482)大好きな第21番変ロ長調(遺作)とのカップリングです。

 

 

 

 

閉じる コメント(16)

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ご訪問ありがとうございます。 信州の方なんですねぇ〜。(*^-^* 私は福岡です。よろしく〜。 クラシックがお好きなんですね。 小さい頃は梅雨の時期何故だか よくショパンを聴いていました。

2005/6/12(日) 午後 3:03 [ choco ]

シューベルト・・・良いですよね。シューベルトで始めに思い出す曲は”冬の旅”です。私の中では秋、冬が似合う方と言う印象・・雨が似合うのはEサテイやラベル・・・ちょっとアンニュイな感じがします。(^^)

2005/6/12(日) 午後 7:34 cla*aa*g*laj*

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claraさん、ラベルも雨に合いますよね。さんせーい!

2005/6/13(月) 午前 7:03 gustav

すいませーん、ぼけX2していて、シューマンとシューベルト間違えてしまいました。

2005/6/13(月) 午前 7:55 cla*aa*g*laj*

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claraさん、「冬の旅」はシューベルトでいいですよ。これも最初と最後「おやすみ」と「辻音楽師」がいいですね。サティは「Je te veux あなたがほしい」がおしゃれですね。

2005/6/13(月) 午後 1:17 gustav

シューベルトを耳にすることはあまりないのですが、歌曲ならば「冬の旅」が出てきます。ヘルマン プライが亡くなって少し経ってから、TVの追悼番組でプライの「冬の旅」を聴きました。とても素晴らしかったです。

2005/6/13(月) 午後 5:37 [ まぐ ]

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TVの追悼番組って、オーケストラ伴奏のあれかな?オーケストラ・アンサンブル金沢のコンサートで、岩城宏之指揮のオーケストラ伴奏のプライのシューベルト歌曲集のCDを買いました。(POCG-10012)いいですよ!

2005/6/13(月) 午後 7:53 gustav

私が見た演奏はピアノ伴奏でした。 岩城宏之+オーケストラ・アンサンブル金沢の演奏はとても好きです。プライの伴奏ですか。とても興味があります。

2005/6/14(火) 午後 2:44 [ まぐ ]

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楽しく読ませていただきました。俳句ほかの詩にも精通していらっしゃる! 僕も実は蕪村が好きなんです。ただ、シューベルトとの類似点を感じたことはなかったなぁ。僕は色彩的な幻想味のある句に惹かれたからだと思います。久しぶりに蕪村を味わってみるか。。。

2005/6/14(火) 午後 11:11 zar*th*s*rafu*i

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ふじさん、そうですね、「菜の花や月は東に日は西に」のように画家らしく非常に絵画的な作品も多いですよね。とにかく蕪村はいいですね。大阪(摂津)出身というのもまたいいですね。

2005/6/15(水) 午前 7:04 gustav

シューベルトはシフに限ります^^しかしGUSTAVさんすばらしいレビューですね・・・コンサートの解説書いて欲しい〜(今、シューマンの締め切りに追われてます)

2005/6/16(木) 午前 0:19 [ gnadejp ]

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ローレライさん、ありがとうございます。コンサートの解説書くなんてすごいですね。僕も書いてみたいけど、自分のブログも滞りがちな「遅筆堂本舗」なのでダメですね。

2005/6/16(木) 午後 11:07 gustav

ええっ?書いてみたい?ホント?リート六曲です(マジでお願いしたいです、何かのときは早めにおねがいしますね)大体文章書くの苦手なのでいつもへんてこりんな一言か、よそから拝借してしまいます^^;

2005/6/17(金) 午前 0:14 [ gnadejp ]

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リートはあまり知識がないのでダメかも知れませんね。室内楽くらいだとちょっとはいいかも。

2005/6/20(月) 午前 5:54 gustav

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こんにちは。勝手ながら、トラックバックしました。今後ともよろしくお願いします。不確かですが、シューベルトのピアノ・ソナタをはじめて全曲録音(演奏?)したのは、ケンプだと聞いた覚えがあります。

2005/7/5(火) 午前 1:54 kal*s*974

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ミュンヘンからトラックバックしていただき、光栄です。kalosさんの藝術論も楽しみです。藝術を論ずれば、美学論になっていくだろうし、そうなればカントの出番になること必定ですね。ア・プリオリ 先験的。そういう概念を使わざるをえないのかなって予感します。

2005/7/6(水) 午後 11:51 gustav

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