クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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 モーツァルト 歌劇「魔笛」K.620(1791年 モーツァルト35歳 死の2ヶ月前に完成)

【登場人物】     ザラストロ(高僧)      テオ・アダム(バス)

             夜の女王           シルヴィア・ゲスティ(ソプラノ)

             タミーノ(王子)       ペーター・シュライヤー(テノール) 

             パミーナ(夜の女王の娘)   ヘレン・ドナート(ソプラノ)  

             パパゲーノ(鳥刺し男)    ギュンター・ライプ(バリトン)

             パパゲーナ(パパゲーノの恋人) レナーテ・ホフ(ソプラノ) 

             モノスタトス(ザラストロの奴隷 ムーア人)ハラルト・ノイキルヒ(テノール)

             弁者             ジークリート・フォーゲル(バス)

             その他 (夜の女王の)三人の侍女、三人の少年(天使)など

             合唱             ライプツィヒ放送合唱団

             管弦楽            ドレスデン国立歌劇場管弦楽団

             指揮             オトマール・スウィトナー

            (LP:K18C9261〜3  CD:BMG74321 32240 2)(1970年録音)

 モーツァルトの音楽作品の最高傑作は、おそらく歌劇「フィガロの結婚」だろう。しかし彼が我々後世

の人間に遺してくれた最も素晴らしい贈り物といえば、それはジングシュピール(歌芝居)「魔笛」に違い

ない。20世紀の偉大な音楽学者アルフレード・アインシュタイン(従兄弟にあの有名な物理学者アルバー

ト・アインシュタインがいて「死とは、そうさなぁ、死とはモーツァルトが聴けなくなることじゃよ。」

という名言を残した。ややこしいね。)は言う。「<魔笛>は子供を夢中にさせると同時に、最も経験を

積んだ大人をも涙が出るほど感動させ、最も賢明な人間をも高揚させることのできる作品である。どんな

個人もどんな世代も<魔笛>のうちにそれぞれ異なった何物かを発見するのであって、この作品が何事も

語りかけないような相手は単なる”教養人”と全くの野蛮人だけであろう。」(浅井真男氏訳)

 ゲーテは「魔笛」をこよなく愛し、その続編を構想したといい、ベートーヴェンはモーツァルトの最高

傑作は「魔笛」と公言し、劇中のパミーナとパパゲーノの二重唱「恋をするほどの殿方は」のメロディか

らチェロとピアノのための「魔笛の主題による変奏曲」をつくった。

  僕にとって「魔笛」は生まれて初めて買ったオペラの全曲レコードだった。そして今でも最も好きな

オペラをひとつだけと言われれば、やはりこの作品を選んでしまうだろう。1980年代前半の貧乏学生には

2800円の正規盤は当時高くてとても手が出ず、レコードといえばいつも、1500円位の廉価盤を大学生協で

注文し2割引で買うものだった。だから何枚組かのオペラはずうっと高嶺の花。ようやく買ったのが大学3

年の春休み。大船から松戸への1日がかりの引越しのバイトをして「お前は力がないなぁ」と何度も怒ら

れながらも、その日にもらったバイト代を握り締めて生協へ。この廉価盤ながら評判の3枚組全曲盤、た

しか5400円だったと思う。大事に抱えて下宿に帰り、早速徹夜で対訳と首っききで聴いたのが、このスウ

ィトナー盤だ。廉価盤なのでオリジナルの対訳ではなく、どこか他のレコードで使われた歌詞カードをそ

のまま使用したのだろう。せりふのところなど、随分演奏と違うなと鉛筆で書き込んだり、線で消したり

しながら聴いたことを覚えている。

 あらすじはご存知の通り。王子タミーノが鳥刺し男パパゲーノと、夜の女王の娘でザラストロに誘拐さ

れたパミーナを奪還しに行くが、実はザラストロは善人であり、パミーナとも出会い、皆とザラストロの

徳を讃えて終わるのが第1幕。第2幕はタミーノがザラストロが課した3つの試練(これがフリーメイソン

入会の際のエジプト式秘蹟、儀式に例えられる)を乗り越えてパミーナと結ばれ、合せて自然児パパゲー

ノも良き伴侶パパゲーナを得て、めでたしめでたしの大円団となる。以下曲の進行に従って注目すべきと

ころを指摘したい。

 まずは序曲。完璧なるオペラ序曲(completely Mozartの1つ)であろう「フィガロの結婚」の序曲を更

に凌駕する傑作だ。フィガロには、開幕今や遅しと待つ聴衆をワクワクさせるような軽快さとスリリング

さがあったが、「魔笛」序曲にはそこに加え、独特の清澄さと堂々たる落ち着きとがある。清澄さとは、

交響曲第39番と同じ「変ホ長調」という調性がおそらくはもたらしたもので、冒頭の全合奏による3つの

変ホ長調の和音の強奏が、このオペラ全体の色調を作り出している。(ちなみに変ホ長調はフラット3つ

の調号を持つ調性で、3という数字に特別な意味(おそらく闇から光へ、または正、反、合というヘーゲ

ルばりの弁証法的な意味での解決の数字、調和の数字と考えていたのだろう)を見出していたフリーメイ

ソンの思想を象徴的に表す調性として採用されたと思われる。)また堂々たる落ち着きは、今言った3回

鳴る和音の多用とともに、フリーメイソンの音楽で好んで使用された低音のバセットホルンと、随所で鳴

るティンパニーの音が曲を引き締め、「フィガロ」序曲の唯一の欠点と言ってもいいある種の「軽薄さ」

を克服している。

 "Zu Hilfe!zu Hilfe!"「助けてくれ!助けてくれ!」幕が上がると、大蛇に襲われ逃げ惑う主人公タミ

ーノが登場する。主役がいきなり逃げ惑いながら登場するのは、モーツァルトという人物像の持つ一端を

いかにも象徴しているように思われる。モーツァルトの一生はあの世からのお迎えから「逃げる」一生で

はなかったか。「アマデウス」(神に愛されし者)というクリスチャン・ネームを持つからという訳では

ないだろうが、この不世出の音楽の天才を天上の神々は所望した。「早くこちらの世界に来て、我々をお

前の音楽で楽しませておくれ」と。彼の音楽を愛したのは我々地上の人間だけではないのだ。結果、彼は

35歳という若さで夭折してしまうのだが、彼は彼なりに精一杯天上界からの手招きに抗ったのではないだ

ろうか。彼には天上の手招きが見えていた。「僕はいつも、ひょっとすると自分は明日はもうこの世から

いなくなっているかも知れないと思わずにベッドにつくことはありません。」(1787年4月4日の父への手

紙)「後宮からの遁走(誘拐)」という名のオペラもあるが、いつも死神から「遁走」していたモーツァ

ルト。彼一流の、脱兎のごとく軽快なアレグロで走る明るいオペラ・ブッファも、華やかな協奏曲もそう

思うと、必死に「遁走」するモーツァルトの姿の分身のようにも聴こえる。堂々と荘重さを湛えた魔笛の

序曲も、アレグロの部分はひとつの旋律が逃げ、追いかけるフーガの技法(バッハから学び取った)が、

いよいよモーツァルトの自家薬籠中のものに到達したことを示している。

 LPレコードだと1面の最後を飾るのが、ロケットに描かれたバミーナを見て歌うタミーノのアリア『何

と美しい絵姿』これ以上シンプルで甘美なテノールの詠唱を私は知らない。"Soll die Empfindung Lieb

e sein?"「この感情が愛(恋)というものなのか?」"Ja,ja,die Liebe ist's allein!"「そうだ、これ

こそ愛(恋)というものだ!」

 次の有名なアリアは夜の女王の『恐れることはない、若者よ』"O zittre nicht,mein lieber Sohn"

"Du bist undschuldig,weise,fromm."「御身は穢れなく、賢く、敬虔です。」このあたりのモーツァルト

の、メロディへのドイツ語の乗せ方、言葉の置き方、あるいは音の跳躍が絶妙だ。ワーグナーの『ライン

の黄金』での女神フリッカのごときおごそかさ、あるいは『ワルキューレ』第1幕でのジークリンデを思

わせる可憐さを合わせ持ったような、みごとな夜の女王の登場の仕方である。(無論ワーグナーの方がモ

ーツァルトを真似したのかも知れないが)

 続く"Zum Leiden bin ich auserkoren,denn meine Tochter fehlet mir,durch sie ging all mein Gl

ück verloren."「私は悲しみに暮れています。愛する娘がいなくなってしまったのですから。あの子と

ともにすべての幸福は失われました。」に始まる短調の部分は、我が子を失った母親の悲しみをメロディ

が良く表出している。最後、一転して"Du,du,du wirst sie zu befreien gehen"「御身、御身こそがあの

子を救いに行ってくれるでしょう」とマーチ風に締めくくるあたりは、ファゴットの低音が小気味良くコ

ロラトゥーラのソプラノのアリアを支えてくれている。

 次のパパゲーノのHm hm hmの合唱のところでは、フリーメイソンを背景にしたオペラらしく、最初の教

訓(Warnung 戒め)が出てくる。侍女とタミーノとパパゲーノが三重唱で「嘘つきどもの口を、皆こうい

う錠前でふさいだら、憎悪や誹謗、いさかいが、愛と友情にかわるだろう」と。これが教訓その1。

 その2は捕われの身となっていたパミーナがパパゲーナと出会い、自分を愛し、助けに来るだろう王子

(タミーノ)のことを聞き、「愛ですって?じゃ、その方は私を愛していらっしゃるの?ねえ、もう一度

『愛』って言って頂戴。私は愛って言葉を聞くのが大好きなの。」といって、パパゲーノと歌うこれまた

有名な『恋を感じるほどの殿方は』。ベートーヴェンが「魔笛の主題による変奏曲」にした曲だ。

   「恋(Liebe 愛)を感じるほどの殿方には 善良な心も欠けてはおりません

    甘い衝動を一緒に味わうのが 女のひとの第一のつとめです

    私たちは皆、恋を楽しみましょう ただ恋のみによって生きましょう


    恋はあらゆる苦しみを和らげ 生あるものは皆 恋に身を捧げるのです

    恋は日々の生活に味をつける この世の至るところにその味がする

    恋の高貴な目的は、明らかに示しています

    夫であり、妻であること以上に尊いものはないことを

    夫であり妻であること、妻であり夫であることで 

    人間は神々しさに達するのです」   (字数制限のため、つづきは次ページへ)

 

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パパゲーノ。面白いですよね(^0^@)!

2007/4/22(日) 午前 8:45 cla*aa*g*laj* 返信する

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やっぱりねぇ、パパゲーノというと、僕は第一にヘルマン・プライのパパゲーノをイメージしてしまいますね。

2007/4/29(日) 午後 11:48 gustav 返信する

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