クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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 昨年の春、「モーツァルトとともに1年を」の締めくくりに「魔笛」第1幕のことを書いた。

   2007 4.22 魔笛礼讃(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/48719367.html

         同  (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/48719465.html

 それからあっという間に1年が経ってしまった。ことにこの4ヶ月は更新もできずにいたにもかかわらず

毎日何人もの方がブログをのぞいてくださる。ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいです。

ここらで「魔笛」の続編を綴ることで、このブログの締めにしたいと思います。

           ***************************

 知ってのとおり、タミーノとパパゲーノが夜の女王の娘で、ザラストロに誘拐されたパミーナを救出に

向かうのだが、実はザラストロは善人であり、皆で彼の徳を讃えて第1幕は終わる。つまりパミーナ奪還

のため、ザラストロの屋敷に忍び込んだタミーノとパパゲーノがつかまって、絶体絶命のところで、善悪

が逆転してめでたしめでたしで第2幕に続いていくということで、物語的には第1幕で完結してしまってい

る。第2幕はタミーノとパパゲーノが3つの試練(明らかにこれは当時モーツァルトが属していたフリーメ

イソンの入会の儀式、秘儀を反映している)を乗り越えて、それぞれパミーナとパパゲーナという良き伴

侶を得て、これまためでたしめでたしという予定調和的な内容で、ストーリー的には第1幕のようなスリ

リングさはない。その代わり、1幕には見られなかった各登場人物の肉声を聞くことができる。

 まず第3場、庭園のあずま屋で月に照らされながらひとり眠るパミーナの美しい横顔にそっとキスしよ

うとするモノスタトスの独白。

  誰だって恋の喜びは知っている。お口を突き出し、じゃれ合って、抱きしめたり、キスしたり。

  それなのにこの俺は、恋を諦めなきゃならないんだ。だって色が黒いから。

  黒人の俺には心ってものがないとでもいうのかい?

  血もなければ肉もないとでもいうのかい?

  ずーっと女の子なしに生きるなんて、本当に地獄の苦しみだい。

  だから俺だって生きてるからにゃ、お口を突き出し、キスしたい、優しく愛を交わしたい。

  優しいお月様、許しておくれ。俺は白い娘に惚れたんだ。

  白いって本当に綺麗だな、どうしてもこの娘にキスしたい。

  お月様、どうか姿を隠してくれ、それがだめならせめてその目をつぶってくれ。

 女主人公パミーナに黒い欲望を持って迫るこの黒人奴隷は、パパゲーノと並んで「魔笛」全体の重要な

狂言回しの役割を演じている。と同時に決して一方的な悪役には描かれていない。夜の女王もそうだが、

モーツァルトのオペラの登場人物には悪役はいない。悪者は登場しない。邪悪な心を持ったモノスタトス

の、しかしこの急くような焦燥感にかられたアリアに込められた切ない恋心に全くの共感を感じない聴き

手はいないだろう。

 ところで「魔笛」におけるモノスタトスは、「フィガロの結婚」におけるケルビーノの役割を演じてい

るのではあるまいか。

 ともにドラマの脇役でありながら、重要な狂言回しなのだが、彼らは本人たちが意識しているかどうか

は別として、モーツァルトその人の性衝動が人物化した、いわばモーツァルト自身のファルス(男根)的

存在だと私は考える。

「自分で自分が分からない」と歌い、伯爵夫人からスザンナへ、花から花へと飛び回る「蝶」のようなケ

ルビーノは自分の性衝動を未だ自覚することのない10代の少年である。
 
 一方「お月さんよ、目をつぶっていておくんなさいよ」とうたうモノスタトスは、自分の内側にひそむ

黒い欲望を認識している30代の男だ。「フィガロの結婚」から「魔笛」への時間的経過、モーツァルトの

人間描写の深化が両者の対比を形作っているのだろうか。

 次に出てくるのが夜の女王の有名なアリア「復讐の心は地獄のように胸に燃え」

 面白いのはここで夜の女王が登場するまで、第1幕から2幕にかけていかにもフリーメイソン思想の影響

を受けたような、女性蔑視の教訓がいくつも出てくることだ。

  女というものは仕事はちょっぴり、おしゃべりはたっぷりするものじゃ(第1幕第3場 弁者)

  女というものは男なしでは、えてして自分の本分を踏みはずしてしまうものだから(同ザラストロ)

  女性のたくらみに心すること。多くの賢い男も過ちをおかし用心を怠って手管にはまる(第2幕 僧)

  男はしっかりした精神を持っている。男は話していいことをよく考える(第2幕 第2場)

 ザラストロが、弁者が、そしてタミーノまでが口をそろえての女性非難に包囲される中、夜の女王は登

場し、そしてオペラ史上最高のコロラトゥーラを持ってして、その包囲網を粉砕する。

 男の道徳的非難が何だというの。この私の声の魅力に抗える男はいるのかしら?とばかりに。

 もうひとつ、「魔笛」それも特に第2幕を聴いていて気づくのは、その登場人物の関係性に重層構造と

いうか、パラレルな関係が見てとれることだ。

          (叡智界) ザラストロ     

                   |        

          (理性界)  タミーノ      

                   |        

          (自然界) パパゲーノ    

ざっと書けばこんな感じだろうか。

 また先ほどの男女の置かれた序列でいうと

     (男性)  ザラストロ     タミーノ  

              |        |
 
     (女性)   夜の女王      パミーナ 

こんな関係図になるだろうか。

 さて上の図でいうとタミーノの下に位置するパパゲーノ、そして下の図におけるパミーナはそれぞれ

理性を拒否した野生児であるゆえに、また女性であるがゆえに、理性界の優等生タミーノのようにはザラ

ストロ率いるところの叡智の世界に入ることができない。その悲しみをパミーナは

  ああ、私は感じる。愛のしあわせが永遠に消え去ってしまったことを!

  あの愛の喜びの時は私の心にはもう帰ってこない!

  ごらんなさい、タミーノ、愛するひと。

  あなたのためだけに流れるこの涙を。

  あなたがもはや愛の憧れを感じないのなら

  私の安らいは死の中にしかない!

と詠唱する。一方パパゲーノはひと目かいま見たパパゲーナが二度と現れないことに絶望して

  パパゲーナ!僕の奥さんになるひと!

  パパゲーナ!可愛い小鳩ちゃん!

  でもやっぱりだめだ、何の返事もない!

  もう生きているのがいやになった!

  今はこんなに胸焦がしていても

  死んでしまえば恋もおしまい

とばかりにロープで首をくくろうとし、パミーナは短剣で胸を突こうとする。

 その2人を救うのはいずれも3人の少年たちだ。パミーナには彼女が不実を嘆くタミーノその人を引き合

わせ、パパゲーノにはあの魔法の鈴、グロッケンシュピールを鳴らすことを教えて…

 パミーナと3人の少年たちはうたう。

  愛に燃え立つふたつの心は 人間の力では引き離すことはできない

 武士たちも歌う。

  夜と死とを怖れないひとりの女は、聖別されるに値し、またされるであろう

 そうなのだ、この「魔笛」というオペラではザラストロ、またはタミーノに代表された人間の叡智と理

性の勝利が讃えられる。それはフリーメイソン的な世界観からすれば当然のことなのだが、もうひとつ、

死をも怖れず愛に身を捧ぐ自己犠牲の姿。つまりパミーナにせよ、パパゲーノにせよ、愛のために死をも

怖れずと決意したその時、その気高さゆえに救済される。

  恋の高貴な目的は、明らかに示しています

  夫であり妻であること、妻であり夫であることで

  人間は神々しさに達するのです (第1幕 パミーナとパパゲーノの二重唱より)

 ドイツ的美徳とは何かと聞かれ、愛(Die Liebe)と皇帝に答えたというモーツァルト。

 「死はぼくらの生の本当の最終目的なのですから、僕はこの数年来、この人間の真実で最上の友人とと

ても仲良しになってしまったので、死の姿を少しも恐ろしいと思わないどころか、むしろ大いに心を安め

慰めてくれるものと考えているくらいです。そうして僕は死が我々の真の幸福への鍵であることを知る機

会を与えてくれたことで、神に感謝しています。」と病床の父に宛てて手紙を綴ったモーツァルト。

 愛と死の音楽家モーツァルト。「魔笛」こそは彼の生涯の最後に相応しいオペラ、ジングシュピール

(歌芝居)ではなかったろうか。

 「愛の力、愛による成就。これはこの作品を貫いている1本の赤い糸のようだ」

       (イングマル・ベルイマン「映画『魔笛』に関するノート」より)



  

  

  

  

 

 

  

  

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どうぞ、この素晴らしい論文集をしばらくでも残しておいて欲しいとお願いするばかりです。(私のほうも書きたかったテーマを幾つか書き残しておきたいと思っております。)削除なさるにはあまりにも惜しい・・・サイトウキネンでお会いできますこと楽しみにいたします。スピン拝

2008/3/29(土) 午後 6:12 スピンネーカ 返信する

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スピンさま、もったいないお言葉ありがとうございます。しかしこの年度末を逃すと、また新たな年度が始まります。新年度は3年の担任ということで、今以上に忙しくなること確実なので、けじめをつけようと思います。思ったふうにはできませんでしたが、一応索引も作ったので、利用していただければ嬉しいです。マーラー「巨人」なので今年はサイトウキネン、絶対チケット取ります。是非再会いたしましょう!(お世話になりました。)

2008/3/30(日) 午後 7:16 gustav 返信する

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Gustav さま、しっかり拝読させて頂きました。これは傑作ですね。
メーソニックの奥義に通じるご理解の深さのほどを感じました。
いつも素通りしてしまいましたけれども『魔笛』のご縁は決して
忘れません。どうもありがとうございました。どうぞお元気で。

2008/3/31(月) 午後 2:33 [ pasturedogs ] 返信する

先ほどモーツァルトのことを書いたら偶然このブログの紹介文が出て、初めてやってきました。こんなにしっかりとした「魔笛」論に出会えて心底嬉しいです!!これからゆっくりと拝見してゆきたいのでどうか、ブログをこのまま残してくださいね。宜しかったら拙宅にもお越し下さい。

私にとって最も泣けるオペラは「魔笛」です。決してドタバタ喜劇ではありません・・・・。

2008/4/6(日) 午前 0:46 opu*_*neo*e 返信する

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pasturedogsさま、返信が大変遅くなって申し訳ありませんでした。身に余るお言葉ありがとうございました。今読み返すと魔笛は1年前のpart1の方が良かったかなという気もします。http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/48719367.html文の勢いという奴でしょうか?こちらはブログを一応閉じますけれども、毎年同じように季節は巡ってきます。時たま思い出して、その季節の文章を訪ねにご来訪いただければ幸いです。そちらのブログのアメリカの四季の風情、これからも訪ねさせていただきますね♪

2008/4/22(火) 午後 9:14 gustav 返信する

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おーぱすわんわん さん、初めまして!が最後になっちゃって申し訳ありません。おーぱすわんわんさんともう少し早くお目にかかっていれば、もう少しブログを延ばしてモーツァルトその他に議論ができたような気もいたします。魔笛については1年前の第1部の方が良く書けていたかなという気も自分ではいたします。http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/48176492.htmlこれからはおーぱすさんのブログの記事を楽しみにして、時々コメントさせてもらおうかななどと思っております♪

2008/4/22(火) 午後 9:25 gustav 返信する

小林秀雄もお好きなんですか?
トラックバックにそれてしまいましたが彼の「モーツアルト」は最高だと思いますよ。
「ゴッホの手紙」もよかったです。ところどころ丸暗記しています。

2011/10/20(木) 午後 8:32 kiyoi08 返信する

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kiyoiさん、小林秀雄はあまり詳しくありません。
ただブログにも書きましたが、小林のモーツァルト論は器楽曲ばかりに焦点を当てているきらいがあり、その点モーツァルトの本質はオペラにあるという大岡昇平を、どちらかといえば好みます。
(2006 10/1 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/42413521.html)

2011/10/23(日) 午後 3:07 gustav 返信する

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